簡単に言えば、歯科医院を五つ彷徨ってやっと虫歯を治してもらえて大泣きしたという、27歳女の悲しい話である。
 




最初に言い訳させてもらうと、虫歯になった経験が乏しいとどの痛みが虫歯かわからんのです。



良い歯だけが取り柄の学生時代を経て初めて虫歯になったのが二十歳、幼少期から私より私の歯に気を使っていた母にバレないようバイト代を握りしめ実家の近くにあった小さな歯医者に駆け込み、それはそれはトラウマになりそうな処置で、二度とこんな目に遭うもんかと心に刻みこまれた。左上奥歯にひっそり銀の詰め物を携えて、それから7年9ヶ月は良い歯で頑張ってきたわけであります。


しかし今年の夏、アイスが痛い。大好きなアイスが超痛い。これは知覚過敏というやつではないかと塩味のガンガン効いた地獄のような歯磨き粉を購入するもクソマズいだけで何の効果もなく、これまた手近な歯医者に行ったのであります。マ◯ザカヤの上にあるのだ、きっと大丈夫だろう。マツザ◯ヤの名前を背負っているんだぜ?それにしても受付の中年女性の目がものすごくすわっている。たくさん来院してくるが故に笑顔も忘れてしまう大変なクリニックなのだろう。



【8月某日 一件目  上野 M歯科】


レントゲンを見ながら「虫歯の無い綺麗な歯ですね~」と、御髪グリングリンのギャル助手。というか診察始まって15分くらいずっとギャル助手。いつ先生来るの?今でしょ?


そこに突然「何~?口の中に虫歯菌飼ってるのー?ヤダねぇ」と仰向けの私に話しかけてきた白衣を纏った眼鏡のおじさんが通り過ぎ、隣に同じく仰向けのマダムに優しく「◯◯さ~ん、もうすぐ完治ですね!」と話しかける。見た目的にそのおじさんは…先生だよね?おじさんは歯科医だよね?おじさん私の歯は診ないの?おしえておじさん…ねぇ…おい!!!ジィさん!!!さっきの暴言なんなんだよ!!!


「今日はクリーニングしておきますね!定期的に歯石取らないと、歯石が歯茎を刺激して痛くなるんですよ」とギャル助手。というかもうバイトだろ。一緒に見ているモニターには明らかに奥歯に宿る黒い影。「あの、ここ黒いですけど、虫歯じゃないんですか?」「あっ……あ、そ…うですね、虫歯ですね!!!」「……」「次回、治療に入りますね!今日はとりあえずクリーニングだけしておきます~」


診察券をちぎっては投げちぎっては投げ 二度と行かないことをマツ◯カヤに宣言。





忙しくてなかなか時間が取れず1ヶ月。ある日冷たいお水が痛い。残暑にウマいはずの水が超痛い。これはやはり虫歯なのでは?その日を境に、私は歯医者を彷徨うこととなるのだ。



【9月某日 二件目 銀座 T歯科】


レントゲンを撮る。今度は「痛い」ということを食い気味に話すが「うーん、でもレントゲン何も見当たらないんだよね、きっとストレスですよ」と肩を叩かれる。え?ストレス?歯が痛くなるほどのストレス?ないないないない元気元気元気。


「今日はクリーニングとブラッシングだけしますので、様子を見ましょう」


おい、またクリーニングか。私はクリーニング屋に来てるんじゃない、東幹久みたいな白い歯を目指しているんじゃない、大好きなアイスが私に牙を向いている非常事態なんだ。どうにかして欲しい。



【9月某日 三件目 表参道 N村歯科】


レントゲンを撮る。今まで行った歯医者での成り行きを話す。すると歯医者のオヤジは語り出す「うちの機器はどれも最新でね!見てこのモニター!!こうやって、ほらこんな風に動くの。こんっなモニター他の歯医者で見たこと無いでしょ?!こんっな綺麗なモニター他に無いんだから…あとそう!!この麻酔!ペースト状の!!君、バナナは好きかい?まぁ他にイチゴ味もあるんだけどね、多分バナナ味が一番良いよ!!何にする?麻酔の味!!」「…じゃあ…バナナ味で…」「君!この子にあの、ほら、あの最近入れた…バナナ味の麻酔!!塗ってあげて!!」「ハァイ、…この辺ですかね?どうですか?麻酔、効いてきましたぁ?」


人工的なバナナ味の中、歯茎と歯の間を細い針のようなものでチクチクされる。痛い、なぁ、普通に痛い、麻酔効いてない。うがいすると血だらけ。毒素が取れましたとのこと。あとここで捕捉すると、助手はまたしても化粧の濃いギャル。ちなみに「ギャル」という語に対して悪意を感じるかもしれないが「君はここに居ていいのか?」という意味合い。


「どう!!?この歯医者、通いたくなった!?通えそう?」「…あの、私、最初に話した通り左上の歯が痛いんですが、虫歯じゃないんですか?この、ほらここの黒いの、虫歯じゃないんですか?」「あー…あのね、黒いからって虫歯とは限らないんだよ~」「でも、…痛いんです!冷たいものとか!」「うーん、じゃあもう一回レントゲン撮ろうか」



「もう一回レントゲン撮ろうか」


えっ なんで?



「あの、最初のレントゲンでわからなくてなんでもう一回撮るとわかるんでしょう…撮るごとにお金かかるんですよね?」「あー、今日お金持ってない感じ?交通費とか大丈夫?じゃあ次回にしよう!お疲れさま!!」



「……」


通うわけねーダロ!!バカー!!!!




【10月某日 四件目   銀座Oクリニック】


あのね、もう超痛い。何かを噛むだけで痛い。多分どこかしらの何かが悪化してるのは間違いない。「レントゲンでは…何も無いねー」「先生あのね」今までのクソムシ歯科での診断を一通り話す。「ああ、あー…じゃあ親知らずだね。ここ。親知らず。虫歯かもしれない」


初めての虫歯診断!!これで治してもらえる!!!…しかし後々判明する。ここで舞い上がったが最期なのだ。でもここは勘弁していただきたい、私は虫歯初心者なのだ。
 


「とりあえず今日は治療出来ないから次回ねー、お疲れさま」「えっ?(痛いから今日治療して欲しいんだけど)」

先生は何故かもの凄い速さで奥へ引っ込む。そして受付の女性に告げられた残酷な宣告「今日から二週間後の…この日に来て下さい」に、二週間後ですか?あの、…あの!!すごく今痛いんです。もう少し早い日に出来ませんか…?」「あー…ごめんなさい、その日しか、ないんです。その日が最短なんです。予約が一杯で…。万が一、キャンセルありましたら連絡しますから。」



キャンセルの連絡などあるはずもなくマジで二週間。痛い、早く次の治療日になってくれ。



そうして待ちに待った治療の日。親知らずをポーンと抜かれ、麻酔が残ってボンヤリする帰り道で、気付く。痛い。抜いたところじゃない歯がいつもと変わらず痛い。奥から二番目の、そう、7年前に初めて実家の近くで治療し銀の詰め物した歯が、ものすごく痛い。痛い原因は全部ここだったんじゃないか。




診察券の裏を見る。
 

記された次回治療日は、3週間後だった。






【11月1日(土)  激痛】


11月4日からの個展の準備で歯医者巡りしている場合じゃなかった10月後半、とりあえず四件目の治療日を待って歯の痛みを忘れることにした。それでも円状のものハムっと噛むと左の顔が全部しびれるくらい痛かった。そういうドジを踏まずに左側に気を付けていれば耐えられる。そんな不安定な日々。


土曜の午後、あるものを食べてから症状が急変した。焼き鳥。


焼き鳥のちょっと焦げた部分が粒となって左側に流れ、「ガリっ」と奥歯で噛んでしまった。その瞬間、ザ・ワールド。時は止まり、そして次の瞬間から涙とヨダレと鼻水がドバドバ止まらない。その場に立ち会っていた人によれば「漫画太郎が描いたババァみたいだった」「顔が普段より長かった」「動画を撮っておけば良かった」ということだった。



とにかく、もうこれが奥歯からの最終宣告だった。

「俺はもうダメだ」内なる声がそこで絶える。



「その治療日バカ正直に待たずに、とにかく現状を電話してみたら?」と言われ四件目に電話をするも、土日はやっていない普通の歯医者だったのだ。新しく他をあたりなよ、土日やってるとこもあるよ…と言われるも、この2ヶ月で歯医者に凄まじい不信感を覚えていた私は、どこに電話したらいいのか探す気力もなく、激しい痛みと部屋に散乱している画材の中でオイオイ泣きながら不貞寝するしかなかったのだ。痛いよー…悔しいよー…そんな断末魔の叫びと共に、齢27の女がシーツを握りしめ、歯痛で大泣きしている。まさに地獄である。



【11月2日(日)   搬入日前日】
 

個展の搬入日前日を知っているか?知らないだろう、大変なんですよ?



……ごめんなさいちゃんとしている作家さんは計画的に梱包した箱を「明日から頑張ろうね」なんて話しかけながら撫でてお紅茶飲んでお肌のお手入れしてるんです!!ごめんなさい!!いつもギリギリで生きててごめんなさい!


それでも、歯医者に関してはギリギリじゃなかったはずだ。なのに行けば行くほど「なぁんでこんなんなるまで放っておいたの!?」と怒られそうなほど悪化するばかりだ。心外だ、違うんだ、あいつらのせいだ。全部全部、あいつらのせいだ。


冷凍庫を開けると、いつかのメリークリスマスケーキな感じの保冷剤があったのでタオルで包んで左頬にあてた。初めてやったが確かにいくらかマシになるんだな。効率は最悪。でも、大事な搬入前日の数時間を歯の治療に…と思い切れなかった。痛い。痛い。このまま個展の6日間を過ごすことになるんだろうか。


ボルタレン展、ロキソニン展、ジクロフェナク展。私の歴史にはそう刻まれるはずだ。



【11月3日(祝)  搬入】

今回搬入は、WATARoom Officeの方々が何から何まで手伝ってくれるというありがたいご好意の中で滞りなく終了。その方々への感謝はこんなクソ歯科話の中に織り込むわけにはいかないのでまた別の記事で。



お手伝いのおかげもあり13時に搬入が終了。


私は決意した。


「今から 歯医者に行く」



土日、物凄く葛藤していた中でも歯医者を検索をしていた。「救急 歯科 東京」「土日祝 歯医者」そんな感じだったか。そこで印象的な歯医者がヒットし、ここなら本当に治してくれるんじゃないかと思った。「深夜でも祝日でも、どうしても痛いなら電話しなさい」という旨文章、神でしかない。土日に躊躇したのは、その連絡先が090という神様への直電であること。でももういい、電話する。





【11月3日(祝) 個展開催前日  五件目  三ノ輪 M歯科】


「おお、早かったね」閉まっている歯科医院の入り口でしゃがみ込んでいた私に気さくな歯科医は話しかけてきた。自販機で買った水のペットボトルの裏を左頬に当てて緊急性を醸し出すといういやらしさを携えたが、そうでもしないと向き合ってくれない。みんな、真剣に慎重に診断してくれない。

休診日だったので診療所はその先生しかいない。他の歯科同様、すぐにレントゲンを撮られる。いつもの流れ、そしていつもの台詞がきた。


「君ー、すごく良い歯してるね」


「よく言われます」今までの歯科医たちのニヤニヤした顔を思い出す。「でも、そう言われて虫歯は無いと診断されてきました。それでも今、顔の半分が痺れるほど痛いんです」「うん、そうだね。だってこことここの奥歯、すんごい虫歯だもの。」



「すんごい虫歯だもの」




「これちょっと神経取らないとダメかもね」「やっぱり、銀の詰め物の下が虫歯だったんですね…」「一番大きい虫歯は違うよ。その隣。ここガッツリ黒いでしょ。確かに詰め物の歯もちょっときてるね。あと君ドライソケットだよ。骨剥き出し。奥歯抜いたあと縫ってもらえてないね。虫歯二本にドライソケット?こりゃー痛いはずだよ」「レントゲンを4件の歯医者で撮ってもらって、どこも虫歯を発見出来ませんでした。どうしてなんでしょうか」「画像が悪いんだよ!しょうもない機器なの、それだけ。」


涙がボロッボロ出るわけですよ。歯科医と私の二人だけの診療所で、悔しさと、ホッとしたのと、やっぱ酷い状態だったんだというのが入り乱れて泣けてくるんです。


治療は、痛かった。全部治してもらえるのはありがたいが、酷くなってる分たくさんキュインキュインしたので、虫歯先輩方ご存知の通りの苦しい時間だった。けれど、これで個展期間中は笑顔でいられる。その想いで耐える。


ところで気になる。その状態での「良い歯だね」という再三言われた評価は何なのだろうか。「歯並びが良いのと、あと歯周病にならない歯茎してるってこと」



歯科医は治療後、どこかうんざりしたように語り出した。



「君たちはどうやって歯医者を探しているのか知らないけどね、六本木、表参道、青山、銀座。そういう立地に在ればいいと思っているの? 美容院みたいな選び方をするよね。予約でいっぱいの歯医者、患者を待たせる歯医者、そりゃダメな歯医者だよ。痛かったらすぐに治してくれる、それが病院でしょ。そういう歯医者はどこよ、君はどこに住んでいるの?なんでわざわざ六本木、表参道、青山、銀座に出るの。混んでるところが人気っぽくて安心なの?君が行くべき歯医者はね、君の住まいの地域に在るんだよ。近所にたくさん在るでしょうが。立地条件に吸い寄せられていく客は、もう一見さんで良いの。次にその患者が来なくても、立地に吸い寄せられてくる患者は絶え間なくいて、適当な初診を繰り返してても儲かるんだから。でね、知ってると思うけど歯医者は本当にたくさんいるの。歯科医院は言われてる通りコンビニより多いんだから。あなた、イラストレーターなんだっけ。一言でイラストレーターって言っても、対処出来る案件と技術を越えて対処出来ない案件あるでしょ、一緒なんだよ。君が行った歯医者は、君の状態を治す方法が分らない。だから適当に歯石を取って終わり。もーねー審美審美ってバカじゃねぇのと思うのね~」



とこんな調子。その後も結構いろいろ話していたが、とにかく「最後の砦」のような役割を担うと呆れる人々の傾向が見えるということだ。この五件目のサイトの文章を読んで想像していた通りの人柄であったし、その歯科医が言ってることは「虫歯素人」の私にグサグサ刺さった。六本木、表参道、青山、銀座…なんとなく立地で信頼度を量っていた。予約の多さで「ここは支持されている」と感じていた。よく考えたら本当にダサいな、なんて考えの浅い物差しだったんだろう。



そんなこんなで個展開催前日に、ようやくちゃんとした治療をスタートしたのである。11月7日(金)、歯の治療で個展会場に11時~15時までいません。さっさと治したいもんでね…すみません。



歯医者だけじゃなく、何かと病院選びというのは大変そうだきっと。セカンドオピニオンどころの話じゃない。「先生が言ったから、じゃあ…そうなんだ。」と納得して放っておいたら病状が酷くなったなんてあんまりじゃないか。健康に過ごし過ぎた10代20代。自由業で健康診断も何年受けてないだろう。病院とはほぼ無縁の人生だった。経験の為に病気になりたいなんて思わないけれど、考えさせられる27歳の4ヶ月になったのだった。