2008年09月26日
小泉純一郎引退
小泉前総理大臣は政治家を引退するそうですね。
衆院神奈川11区選出で当選12回。
2001年4月から06年9月まで約5年半にわたって首相を務めた素晴らしい政治家だと思います。
今後は二男で秘書の進次郎氏に選挙区を譲考えだそうです。
最近このブログ、政治の話ばかりになっていますが許してねww
ここの所メディアでは小泉改革で以前より国民生活が苦しくなったみたいな事を言っておるわけです。
国民の中に大きな格差が生まれ、弱肉強食な世の中になったと。
特に問題視されているのは派遣労働者の問題。
小泉改革の中で派遣法が制定されてワーキングプアと言われる層が生まれ、1度そこに嵌ると脱却出来ないと。
本当にそうなのかね?
俺はそんな現実も確かにあるけど、実際は違うと思う。
派遣法が制定される前、世の中は大変な状況だった事を覚えているか?
大手企業と言われていた会社が次々と経営に行き詰まって『リストラ』が進み、金融業ですら合併を繰り返し不良債権の処理が出来ず何度も公的資金の注入が繰り返されていました。
その一方少し前までは危ないイメージだった消費者金融はイメージ戦略と共に急成長し、今では5人に1人は消費者金融から借金しているなんて話も聞きます。
そんな中リストラされ職がなくなった人たちはハローワークに通い再就職先を探し、それでもなかなか就職出来ない、仕事がない、そんな状態だったわけです。
また、新卒者でも就職先が見つからずフリーターとなる人口が爆発的に増え社会問題となっていました。
俺はそんな就職難だった世代に生まれ今も生活しているわけです。
でも今その状態から脱却できない奴はこれまでの時間、本当に自分の人生を考えて来たのでしょうか?
そんな暇はなかったとは言わせない。
俺達には多くの時間があったと思う。
そんな世代だからこそ政治にも沢山の思いがあったはずだ。
そんな就職難だった時代が長く続き大卒の友達の中にも多くのフリーターが生まれていました。
そんな中派遣法が制定され、企業側も正社員を雇うより低コストで雇いたい所にピンポイントで人を雇う事ができ、経費削減を行いやっと浮上してきたわけです。
一方雇われる側も就職の夢は諦めず仕事が出来る時に行え、仕事を選べる幅も広がったわけです。
今メディアで色々な事を言っている人達はその間も仕事があり、ある程度以上の生活レベルで生活し我々のような生活をしていなかったに違いない。
もしそんな現実を本当の意味で知っていたらあの時多くの人が仕事にありつけ、やっとの思いで今生活している事を忘れるわけがない。
確かに今多くの大手企業は業績を黒字に転換でき、景気も良くなってきていると思う。
そんな中今度はその派遣法を使い、未だに低賃金で人を雇い続けている事は問題。
経団連の会長の所だって今もそうだ。
でもそれは今の話。
当時とは違うわけです。
何が言いたいかと言うと、1つの事を良くしようとすればその反動は必ずある。
っと言う事。
全てが良くなるなんて事は幻想。
世の中そんなに甘くない。
なんでもメリットとデメリットがあって、そのリスクを背負う覚悟がなければメリットも生まれないと言う事。
そして何事にもフォローが必要と言う事。
あえてデメリットを受け入れ得たメリットが当初の目標に達した後、その生まれたデメリットをフォローすればいい。
日本の政治はそこがなってないと思う。
中途半端な所で生まれて来たデメリットを恐れて右往左往していては何も生まれない。
本当に国の事を考えるのであればその時捨てなければいけない何かがあると思う。
それが例え一部の国民であっても。
そうしなければ全体は守れない。
国民もそうだ。
自分の生活はもちろん大切。
誰かがその生活水準を守ろうとすれば、その人が負うはずだったリスクは他の誰かが被っているわけだ。
それがワーキングプアだ。
皆苦しいんだ。
お前だけが得するような事は許されない。
小泉純一郎は当時何度も言っていた。
「痛みに耐えてくれ!」
その時その痛みは自分にも降り掛かる事だと思っていなかったとは言わせない。
まだ日本は真の好景気ではない。
何故か!?
それは小泉改革によって今やっと日本をリードする会社に体力が付き始めてる所だからだ。
ここまで来て方向転換は許されない。
ここからはこの路線を突き進み、末端までその体力が行き渡るシステムを作る時だ。
だから小泉改革は失敗だった等と言う政治家や政党、メディアは信用出来ない。
だが残念ながらそんな事を大きな声で言う政治家は少ない。
そんな事今言っていたら「痛み」に耐える事を忘れ、嫌気がさしている国民にキツいお灸をすえられてしまうかもしれないからだ。
この国は変われるチャンスなのに。
やっとここまで来たのに。
次の選挙もどうせ耳障りの良い言葉に踊らされてしまうのだろう。
そんな愚かな事はない。
もっと良く1人1人が考えるべきだ。
せっかくここまで「痛み」に耐えてきたのだから。
衆院神奈川11区選出で当選12回。
2001年4月から06年9月まで約5年半にわたって首相を務めた素晴らしい政治家だと思います。
今後は二男で秘書の進次郎氏に選挙区を譲考えだそうです。
最近このブログ、政治の話ばかりになっていますが許してねww
ここの所メディアでは小泉改革で以前より国民生活が苦しくなったみたいな事を言っておるわけです。
国民の中に大きな格差が生まれ、弱肉強食な世の中になったと。
特に問題視されているのは派遣労働者の問題。
小泉改革の中で派遣法が制定されてワーキングプアと言われる層が生まれ、1度そこに嵌ると脱却出来ないと。
本当にそうなのかね?
俺はそんな現実も確かにあるけど、実際は違うと思う。
派遣法が制定される前、世の中は大変な状況だった事を覚えているか?
大手企業と言われていた会社が次々と経営に行き詰まって『リストラ』が進み、金融業ですら合併を繰り返し不良債権の処理が出来ず何度も公的資金の注入が繰り返されていました。
その一方少し前までは危ないイメージだった消費者金融はイメージ戦略と共に急成長し、今では5人に1人は消費者金融から借金しているなんて話も聞きます。
そんな中リストラされ職がなくなった人たちはハローワークに通い再就職先を探し、それでもなかなか就職出来ない、仕事がない、そんな状態だったわけです。
また、新卒者でも就職先が見つからずフリーターとなる人口が爆発的に増え社会問題となっていました。
俺はそんな就職難だった世代に生まれ今も生活しているわけです。
でも今その状態から脱却できない奴はこれまでの時間、本当に自分の人生を考えて来たのでしょうか?
そんな暇はなかったとは言わせない。
俺達には多くの時間があったと思う。
そんな世代だからこそ政治にも沢山の思いがあったはずだ。
そんな就職難だった時代が長く続き大卒の友達の中にも多くのフリーターが生まれていました。
そんな中派遣法が制定され、企業側も正社員を雇うより低コストで雇いたい所にピンポイントで人を雇う事ができ、経費削減を行いやっと浮上してきたわけです。
一方雇われる側も就職の夢は諦めず仕事が出来る時に行え、仕事を選べる幅も広がったわけです。
今メディアで色々な事を言っている人達はその間も仕事があり、ある程度以上の生活レベルで生活し我々のような生活をしていなかったに違いない。
もしそんな現実を本当の意味で知っていたらあの時多くの人が仕事にありつけ、やっとの思いで今生活している事を忘れるわけがない。
確かに今多くの大手企業は業績を黒字に転換でき、景気も良くなってきていると思う。
そんな中今度はその派遣法を使い、未だに低賃金で人を雇い続けている事は問題。
経団連の会長の所だって今もそうだ。
でもそれは今の話。
当時とは違うわけです。
何が言いたいかと言うと、1つの事を良くしようとすればその反動は必ずある。
っと言う事。
全てが良くなるなんて事は幻想。
世の中そんなに甘くない。
なんでもメリットとデメリットがあって、そのリスクを背負う覚悟がなければメリットも生まれないと言う事。
そして何事にもフォローが必要と言う事。
あえてデメリットを受け入れ得たメリットが当初の目標に達した後、その生まれたデメリットをフォローすればいい。
日本の政治はそこがなってないと思う。
中途半端な所で生まれて来たデメリットを恐れて右往左往していては何も生まれない。
本当に国の事を考えるのであればその時捨てなければいけない何かがあると思う。
それが例え一部の国民であっても。
そうしなければ全体は守れない。
国民もそうだ。
自分の生活はもちろん大切。
誰かがその生活水準を守ろうとすれば、その人が負うはずだったリスクは他の誰かが被っているわけだ。
それがワーキングプアだ。
皆苦しいんだ。
お前だけが得するような事は許されない。
小泉純一郎は当時何度も言っていた。
「痛みに耐えてくれ!」
その時その痛みは自分にも降り掛かる事だと思っていなかったとは言わせない。
まだ日本は真の好景気ではない。
何故か!?
それは小泉改革によって今やっと日本をリードする会社に体力が付き始めてる所だからだ。
ここまで来て方向転換は許されない。
ここからはこの路線を突き進み、末端までその体力が行き渡るシステムを作る時だ。
だから小泉改革は失敗だった等と言う政治家や政党、メディアは信用出来ない。
だが残念ながらそんな事を大きな声で言う政治家は少ない。
そんな事今言っていたら「痛み」に耐える事を忘れ、嫌気がさしている国民にキツいお灸をすえられてしまうかもしれないからだ。
この国は変われるチャンスなのに。
やっとここまで来たのに。
次の選挙もどうせ耳障りの良い言葉に踊らされてしまうのだろう。
そんな愚かな事はない。
もっと良く1人1人が考えるべきだ。
せっかくここまで「痛み」に耐えてきたのだから。