ウェブブラウザのJavaScript(ジャバスクリプト)の設定が無効になっています。Javascriptが無効になっていると、サイト内の一部機能がご利用いただけません。 悩み、悩めど、尽きぬ恋情【剣スロぐだ♂】2017年4月16日 02:07 まるで花が綻ぶように笑う方だと、初めにそう思った。 嬉しい事があるとすぐに頬が上気して、眉尻を緩めて喜びがこちらまで溢れだすように青い瞳が滲んで柔らかくなる。 その笑顔を向けられるだけで、胸が疼いて何でもしてやりたくなる。彼が喜ぶ事なら何だって。 花を贈り、不得手なりに彼の部屋を飾る物を作り、夜には遠い昔の話を聞かせてやり。 騎士ではなく、まるで従者のように彼の世話を焼きたくなる。 現界した当初は好ましい表情をされる、心根の善良なる方だとしか思っていなかった。それよりも重要たり得るのは、この剣を捧げるに値する者かどうかだけ。一度王に捧げ、己で踏みにじり、それでも尚この手にある剣を。その一端を感じ取ったからこそ、召喚に応じた。 けれど、時が経つごとに、共に戦場に立つごとに、己の中でゆっくりと溶けていく何かがあってそこから生まれ出たものを感じた。 愛しさ。 何時の間にか私は彼に愛しさを抱くようになっていた。 こちらを見上げてくる目の清廉さ、そこに明確に映る信頼した者に向ける柔らかな温度。過酷な旅でも腹にものを入れた時に幸せそうに唸る顔、楽し気に水浴みをする姿、汚れた顔を拭いてもらって驚いてそれから嬉しそうに礼を言う声、柔らかく微笑みながら幼い英霊達の髪を梳く手つき。全てが好ましかった。 戦の最中に見せる鋭い表情も、悩みながらも心の声を信じて進む道を選び取る姿も、怯えてなお立ち向かう強さも勿論彼の一面で、この方がマスターで良かったと心底感じる瞬間だ。 けれど、いつも脳裏に思い浮かぶのは滲むような笑顔だ。春を待つ花が陽光に誘われ綻ぶように、こちらの胸の裡まで照らし出す。 己の責務を、あの日の咎を、暗く澱んだ所から叫ぶものを忘れた訳ではない。 ただ、どうしようもなく胸を焦がすのだ。 彼に構わずにはいられない己がいる事を自覚して、それがあの日々を思い起こす事を知って、尚それでも手を伸ばさずにはいられない。 彼を、マスターとしてはなく、一人の愛しい人として独占したいと思うのに時間はかからなかった。 そんな己に試練の時が唐突に訪れた。「ランスロット、痛かったら言ってね」「は、はい」「そう固くならないでよ。オレまで緊張しちゃう。でも、安心して任せてね。結構上手いんだよオレ」 くすくすと笑いながら、そっと剥き出しの背中を押されて導かれるままに風呂場の椅子に腰を下ろした。広くは無い個人用のバスルームにマスターと二人きりという事実に想定以上に心臓が煩く騒ぎ立てる。触れられた所から心音が伝わりそうで身を縮めれば、宥めるように背を軽く撫でられた。 そろりと目線を横にずらせば、己と同じく服を脱いで腰にタオルを巻いているだけの軽装すぎるマスターの姿。普段日に当たらない肢体は白く、目に毒なぐらい滑らかで、薄くついた筋肉が健康的でいっそ厭らしい。 ごくりと鳴りそうになる喉を咳払いで誤魔化して、無理矢理に視線を剥がす。「じゃあ、ランスロット、始めるよ。肩、濡れないようにちょっと屈んで」「はい」 それに気づいた様子もなく、シャワーヘッドを片手に幼子にするように髪を優しく撫でられて、きゅうっと高鳴った胸を隠すように頭を差し出した。 武人たる自分が急所を何のためらいもなく晒せる日がくるとは。王に裁可される為でもなく、愛した女に掻き抱かれる為でもなく、ただただ焦がれる相手に頭を洗ってもらう為だけに。 そう、私は今マスターに洗髪をしてもらっている。「お湯かけるよ~」「は」「熱くない?」「丁度良い温度です」「良かった」 熱すぎない湯がカランを捻った先のシャワーヘッドから溢れた。それを満遍なく頭に掛けながら、耳の中に湯が入らないようにそっと手で閉じられる。頭皮を丁寧に優しく滑っていく指先が心地良くて、すぐに身体から余計な力が抜けた。 妙に力が入っていた肩が弛緩して、その分ずしりと腕が重くなる。俯いた己の目に映るのは、白い包帯で巻かれ、固定された腕とそれを覆うビニールだ。所謂骨折の治療処置後の姿。 何故英霊たるものがこんな人間のような治療を受けているのかというと、経緯を話せば長くなるが簡潔に言うと、カルデアの電力不足だ。 種火を探しに行った先で骨を折る怪我を負ってカルデアに帰ってきてみれば、なんと電力システムのオーバーヒートで復旧作業の真っ最中であった。レイシフトに必要な装置やカルデアスをはじめとする重要装置を最優先として電力供給がなされており、サーヴァントに至っては魔力供給を一時的とはいえ完全に断たれた状態で皆なるべく霊体化した状態で消費魔力を抑えている状態だった。 そんな中で魔力供給による霊器復元は望めず、ドクターロマンとマスターに謝られながらこうして腕を吊っている状況だ。しかし、ドクターにも、特にマスターにも謝られる由はない。こうして至福の時を得られたのだ。むしろ役得と言うべきか。「――腕、この体勢で痛くない?」「ええ、全く問題ありません」「そう……」 気遣いの滲む声が上から降ってくる。まだ謝り足りないと声に滲んだ感情に苦笑が零れる。本当にこの方は奇特な方だ。 彼はこの傷を自分の所為だと思っているらしい。失礼を承知で言えば、それは思い上がりに近しい事だ。一重にこれは己の力不足が招いた事なのだから。 剣を捧げたマスターの一番側にいながら、後一跳びでこの脆い身体を貫いて命を絶てる距離まで敵の進撃を許した。間一髪間に合ったから良かったものの、もしあと数瞬駆け付けるのが遅ければと思うとぞっとしない。ガンドを打つ魔力も使い切っていた彼から離れるべきでは無かったのだ。私の判断ミスと力不足が重なって自分の身に跳ね返ったものだ。寧ろ彼の身体に何も無くて本当に良かった。 レイシフトから戻る最中も、戻ってからも謝り、心配し、蒼褪める彼にぴしゃりと言い伏せたのは先程の事だ。 見る目にもしゅんと項垂れた彼に心が痛んだが、本当に私の斯様な無様で気に病まないでほしいと願うばかりだ。その叱られた子犬のような彼から提案された、せめてもの、という心遣いが風呂の手伝いだった。 剣を持って武人と名乗るならば、骨を折る事などざらにある話だ。骨が折れていようが風呂ぐらい一人で入れる。ましてやマスターに侍女のような真似事をさせるのは気が引けて一度は断った。けれど、強く、どうしてもと強請られてその健気さに根負けした。というよりは、欲の方が勝ったという方が遥かに正しい。 マスターに髪を洗ってもらう。間近で、お互い裸で、直に触れてもらう。 焦がれる相手に、けれどまだ何も告げられないでいる相手にしてもらうには最高のご褒美ではなかろうか。 花の蜜を集めずにはいられない蜂のように、気づいた時にはこっくりと頷いてしまっていた。 そうして出来上がったのが今の状況だ。 労わるように、甘やかすように触れてくる指が心地よい。人に触れる事に慣れた手だ。柔い、日向の手。剣の扱いには長けていても、私はこんな風に触る事は一生できないだろう。「よし、じゃあちょっと失礼して、と」「っ!?」「今からシャンプーするから、目閉じててね」 湯が止まったと思えば、マスターが動く気配がして、薄めに開けた視界に白い腹が映った。シャンプーをするのに、前に回ったらしい。何故だ。「ま、マスター……! 後ろからでは……」 自分でも情けない声が出たが仕方がない。緊急事態だ。「そうしようかと思ってたけど、ランスロットおっきいから後ろからだと届かなさそうで」 思わず顔を上げれば、思ったより近くにきょとんとしたマスターの顔があって、思わず口を噤んだ。可愛い。そうして、ランスロットおっきいからという単語に思わず別の方向で反応してしまいそうになった自分が憎い。「あ、水滴が流れちゃう。ランス、屈んで」「ハ、はっ」「いくよ~」 濡れた髪にマスターの手で既に泡立てられた洗髪剤が乗せられる。くちゅくちゅと鳴っていたのはこれだったのか。混乱を来す脳を他所に、身体は柔い指先でゆっくりとしかし強弱をつけて洗われる心地よさに既に屈服している。 けれど、目はかっ開いたままで、目の前で自分の足の間で膝をついて髪を洗ってくれているマスターの身体に釘付けだ。 胸から下、みぞおちの辺りから見える肢体は程よく引き締まっているが、武人のそれでは無く、視界に映る己の足と比べれば随分柔い。 指を通す度にぎゅっと踏ん張るように力の入る太腿の付け根は自分と同じようにタオルで隠された股間。濡れていないそれは透ける事無く、主人の恥部を守っている。 締まった細い腰が捻られて、より華奢に見える。マスターの声が遠い。水のカーテンが頭上から降り注ぐ中、それでも目はそこに固定されていた。 ほんの出来心だった。 濡らされている中、彼の腹から下に水が滴るように頭を傾けた。近くなった彼の肌を見下ろしながら、タオルが透けていくのを食い入るように見つめた。張り付いた白い布は肌の色を透かして、厭らしく影を作っていた。下腹に張り付いた布越しに、はじめて見る下生えがうっすらと透けて見えるのにじんと腰が痺れる。薄くしか生えそろっていない、未熟さを匂わせる性に幼い身体だと直感的に感じ取って、その喜びに背筋が震えた。 まだ誰にも触れさせた事が無いのかもしれない。 そう思うとどうにも止まらなかった。 無事な手をそろりと伸ばして、しなやかな脇腹を撫で下ろす。驚いて手元の狂ったシャワーヘッドがうねって、辺りを濡らした。「わ! って、ランス、ごめん! 濡れ、た……」 何も知らない彼がシャワーを止めて、濡れた場所を確かめるように視線を落とした。その先には私の、身に着けていたタオルを押し上げているモノ。濡れてしまったタオルがくっきりとその形をマスターの目に伝えている事だろう。 固まってしまったマスターの身体を片腕でそっと引き寄せ、びくりと震えた肩を後目に赤く染まった耳元で懇願する。「マスター、お慈悲を……」 怪我をさせてしまったと負い目を感じている彼の弱みにつけこむ卑劣だとわかっていても、それでも尚、頬を赤くさせるだけで拒絶反応の無い彼に欲望の箍が外れた。 重く湿った吐息と共に吹き込んだ言葉に、漏れた声と共に宙を掻いた手をそっと掴んで指先を撫で擦る。「この指で、私を癒したこの手で、――慰めては頂けませんか」 マスター。 そう呼ぶ声に力を込めて言えば、逃れるように肩を竦められ、合わさった瞳に訴えかけるように熱を籠めれば、戸惑う瞳に熱が飛び火して滲んだ青がぎゅっと閉じられた。 そうして、次に開いた時には付け込んだ弱み通りに、使命感すら浮かんだ瞳でおずおずと手を伸ばしてきた。「――ス、ランスロット」「っ! は!」「あ、良かった。寝ちゃったのかと思ったよ」 私の頬を包んで洗い終わったよと快活に笑う彼は、一瞬前に見た戸惑いと羞恥と決意に頬を染めて絶妙に瞳を潤ませてはいなかった。 どうやらいつの間にか自分の世界に引き籠っていたらしい。 ぱしぱしと目を瞬かせると、柔らかなタオルで私の頭を包みながら彼が嬉しそうに笑った。「はは、そんなに気持ち良かった? 途中からあんまり返事がなくなったから心配したよ」「すみません、ぼうっとしておりました……。――ええ、とても、とても気持ちが良かったです」 そう、妄想の中では特に。 タオルで優しく髪を拭いてくれる手が、可笑しそうに笑うその口が、至上を連れてきてくれた感覚はまだ近い所にある。 白昼夢に踊らされて、腰が重いのを何とか息を吐きながら鎮めにかかる。妄想の延長で屈託なく笑う彼にうっかり手を出さなくて良かった。本当に危ない所だった。 少し前屈みになりながら、妄想と寸分違わず目の前に惜しげもなく晒される胸や腹から目線を引き剥がす。 この日向を損なう事はしたくない。 想いを告げる事も、この欲望を見届けてもらう事も、何一つするつもりは無い。 無いけれど、どうしたって妄想してしまうのだけは止められない。こうしてこんなにも近くにいるのだから。 せめてもの慰めにと無事な手を伸ばしてマスターの頬を引き寄せ柔らかな頬に感謝の口づけを落とす。否、欲望の発散をし損ねた苦悶に耐える為の誤魔化しともいえる。 頬を真っ赤にして「へ!?」と口を開けて驚くマスターにまた胸が疼かされながら、お互い風邪をひく前に着替えてしまおうと促した。 入ってきた時と逆にマスターの背中を押して、浴室を出た私は気付かなかった。 誰がどう見ても恋をしているとわかる、潤んだ瞳で口づけをされた場所をそっと撫でる彼の表情に。[newpage]おまけ「こんだけアピールしたのに、また手を出されなかった。やっぱり俺守備範囲外なんだよ」「馬鹿め。お前はいつも詰めが甘い。守備範囲うんぬんは気にするな。今のまま押しまくれ」「ええー、アンデルセンいっつもそう言うけどさぁ」「やかましい。俺は執筆中だ。ぐだぐだ言うなら追い出すぞ」「黙る」「よし、いい心掛けだ」 静かになった書斎でペンの走る音だけがする。 ちらりと横目で突然の来訪者を見遣る。拗ねたように所謂体育座りをして、ソファでゆらゆら揺れる我らがマスターのふざけているようで、その実傷心な心の裡を感じて、今はここにはいない件の騎士に悪態を吐く。 あんな目でこいつを見るのなら、さっさとモノにすれば良いというのに。守備範囲外どころか、ドストライクだろうが。 心中で続け様に罵詈雑言を並べ立て、幾分かすっきりするがいい加減こいつの悲しそうな顔を見るのも飽きた。「――次は何か考えてやる。ほら、これ飲んで今日は寝ろ」「! アンデルセン……! 好き、大好き!」「あー、あー、そういう事を軽々しく言うんじゃない!」 ホットココアを作って渡してやれば、じわりと瞳を潤ませてぎゅうっと抱き着いてきた。馬鹿め。こういう事を簡単にしてしまうからお前は駄目なんだ。 溜息を吐くが、満更でもない心情が混じってどこか軽い。「手伝ってやるが、覚悟しておけよ。俺のシナリオ代は高くつくぞ」「うん! 頑張って返すよ」 代とは金銭に限らない。今からどんな難題を突き付けるか、その想像だけが砂を吐くようなラブストーリーの執筆に立ち向かう源泉足り得る。 全く、世話の焼けるマスターだ。 ココアを冷ましながら飲むマスターの頭をこつんと軽くこづいて、お気に入りの椅子に座り直した。END