昔話「力太郎」は、垢から生まれた男の子の物語だ。
『昔話100選』(主婦と生活社)は、力太郎の誕生シーンを次のように描写している。
まんずむかし、とんでもない無精者のおじいさんとおばあさんがいました。顔も洗わなければ風呂にも入らないので、垢だらけ。
子どもがいないので、垢を落とし、捏ねて人形をこしらえて「かわいやのう」とひとなでしたところが「ほぎゃあ、ほぎゃあ」と泣いて、男の赤ん坊になりました。
その子はとても大食いで、鍋いっぱい食わせれば鍋いっぱい分だけ、釜いっぱい食わせれば釜いっぱい分だけ大きくなりました……。
垢から生まれるとは、まさしくアカちゃん! などと非生産的なことを言ってないで、真面目に考えよう。力太郎を生むために、おじいさんとおばあさんはどれほどの垢を出したのか。
人間はどれほど垢を出すか?
垢が人間の赤ん坊になる。実に不思議な現象だが、桃から生まれた桃太郎や、瓜から生まれた瓜子姫などに比べれば、はるかに納得できる話である。
垢は、皮膚の角質層が剥がれ落ちたものだ。元をたどれば人体の細胞だったのだから、垢の塊にはおじいさんとおばあさんのDNAが含まれていたはずである。2人のDNAが垢の海で接合したとすれば……いや、するかなあ? そんなことが起こったら、銭湯の排水溝では元気な赤ちゃんが、ほぎゃあ、ほぎゃあ……。
しかし、接合しなかったら力太郎は生まれない。ここは無理を承知で、接合したと考えよう。すると、老夫婦にとっての力太郎は、桃太郎や瓜子姫より血縁関係が濃いどころか、遺伝的には普通に生まれた赤ん坊と同じといえる。
しかし、人間の新生児は3㎏。2人でこれほどの垢を出すのは大変であろう。
そもそも、人間は1日にどれほどの垢を出すのか? 調べてみたがデータを見つけられなかったので、皮膚の一生から考えよう。
皮膚は、表面を覆う表皮と、その下の真皮に分かれる。表皮はさらに4層に分かれ、基底層の細胞分裂に押される形で、下から上に移動しながら基底層→有棘層→顆粒層→角質層と変化し、剥がれ落ちて垢となる。このサイクルは6週間といわれる。
表皮の厚さは0・1~0・2㎜で、人間1人の皮膚の総面積は1・6㎡。厚さを中間の0・15㎜とし、生体組織なので密度を水と同じとすれば、表皮の重量は240gとなる。
これが6週間で入れ替わるのなら、1日に出る垢の量は5・7g。球形に捏ね固めると直径2・2㎝、大きめのビー玉くらいである。
ひえ~っ、わしらは毎日こんなに垢を出しているの!?
誕生までの時間は同じ
予想外にオソロシイ話になってきたが、頑張って考え続けよう。
おじいさんとおばあさんが2人で出す垢は、1日に11・4gである。このペースで3㎏の垢を出すには260日、およそ9ヵ月かかる。
ああ、大自然とはなんとお茶目なのだろう。ヒトの妊娠期間は280日=9ヵ月と10日。人間というものは、通常の方法で子どもを産むにしても、垢で赤ちゃんをこしらえるにしても、ほぼ同じ期間を要するのだなあ。
自然の神秘に打たれている場合ではない。垢を落として人形を作ったということは、おじいさんとおばあさんは、9ヵ月分の垢を体に付着させていたわけだ。
つまり、9ヵ月間、顔も洗わず風呂にも入らなかった。あんたたち、昔話の登場人物とはいえ、不精にもほどがあるよ!
体を覆う9ヵ月分の垢とは、厚さ1㎜。こりゃあ冬でも寒くない!
などと喜んでいる場合か!? この厚さになると、風呂に入らなくても、ひび割れたり服でこすれたりして自動的に落ちそうなものである。それでも皮膚にしっかり固着していた2人の垢は、力太郎になる前から力持ちだったのだろう。
食べた分だけ大きくなる?
さらなる謎は、誕生してからの成長ぶりである。
前掲書には「釜いっぱい食べれば釜いっぱい分だけ大きくなった」旨が記されていた。これは、科学的には聞き捨てならない現象だ。
哺乳類を含む恒温動物は、栄養分の77%を呼吸で消費し、21%を糞として排出する。成長に回るのは、残りのわずか5%なのだ。ところが力太郎は、食べた分だけ大きくなったという。これは、摂取した栄養分がすべて成長に使われたということではないか。
不思議だ。この少年、呼吸もせず、糞もしなかったということか。垢から生まれた力太郎なのに、垢すらも一切出さなかったのか……!?
う~む。どう考えればいいのかなあ。力太郎の体表には光合成細菌が棲んでいて、呼吸に使う栄養分は彼らにもらっていたのかもしれない。また、消化器官が完全な消化力を持っていたので、糞を出さずに済んだのかもしれない。しかし、垢は? 力太郎の皮膚は、細胞分裂しないのか。細胞分裂しない生物が成長できるのか。う~ん、これは難しい……。
人間に変化した垢の謎を追って、最後に垢の問題が残るとは、筆者にとってもこれがホントのアカっ恥。めでたし、めでたし(そうかな?)。【了】