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その七

突然ドラたんがタケルに顔を近づけ、鼻をクンクンとさせながら臭いを()ぎだした。


「な、何ですか……?」


これには流石のタケルもドキッと鼓動(こどう)を跳ね上げ、思わず頬を赤く染めてしまう。

ユーモアのある性格や茶目っ気で隠れがちだが、(りゅう)干支神(えとしん)は誰もが認めるほどの麗人(れいじん)である。
一言で表現するなら、大人のお姉さん、と言ったところだろう。

彼女に見つめられて動じない男はそういない。まして顔を近づけて来るなど、だだの反則でしかない。
健全な一男子(いちだんし)で、実年齢も容姿(ようし)も年下のタケルに、ドラたんの魅力(みりょく)が効かない道理など皆無(かいむ)であった。


「前々から気になっておったんだが、お主、さてはシャンプーで体を洗ったな?」
「は?」


ドラたんの唐突な台詞に眉をひそめるタケルの隣で、何か思い当たる(ふし)があるのか、猫の干支娘はハッと表情を強張(こわば)らせ冷や汗を流す。


「もしかして~、詰め替えボディソープとシャンプー間違えたにゃ」


テヘペロならぬ、にゃひペロで誤魔化(ごまか)すにゃ~たんであったが、流石にタケルもこれにはイラッと、こめかみに十字の血管を浮かび上がらせる。


「ほんとですです」
「確かにシャンプーの臭いだな」


辰の干支神の言葉にウリたんとツルギも、タケルの臭いを嗅ごうといろんな所に鼻を近づけてひくひくさせる。これには眼鏡の少年も顔を引き()らざるを得ない。


「て言うか、もう立ち直ったんですか?」
「まーね♪」


タケルの体臭を胸一杯に嗅ぎ充分に満足した所で、途中でうやむやになってしまったある話題を、(いのしし)の干支神が改めて聞き直す。


「そう言えばドラたん、極上萌力(ソルラル)ってどういう事ですです?」
「そうだな、非常に珍しい萌力(ソルラル)じゃ」
「あの~、途中ヘンタイ発言があったんですけど……」


しかしタケルの台詞は豪快(ごうかい)にスルーされる。
ショックを受ける少年の肩に、次期神主は優しく手を乗せて(なぐさ)める。


「質も量も我々にとっては極上の物じゃ」
「そうにゃんすか?」
「あぁ、先程の萌力充填(ソルラルチャージ)と、バトルでも感じたはずじゃ。微量でも(わし)と戦えるパワーを持つ、萌力(ソルラル)じゃとのう」


本気のバトルではない、タケルの気を引く為の演出であったことを知ってしまうと、いくら辰の干支神の言葉であっても(いささ)か説得力に欠けてしまう。

しかし、一人の人間の――しかも一回で得た萌力(ソルラル)から、あれほど高度で激しい戦闘を繰り広げるのは、普通であったら不可能なことだ。さらに萌力祭具(ソルラルギア)までも呼び出せるとなると、ドラたんの言っていることが確かなのは疑いようもない。

萌力(ソルラル)は変身や龍を出す以外にも、日常生活や神の使いとしての業務遂行(ぎょうむすいこう)など、干支娘たちにとって何をするにも必要な無くてはならない存在である。そしてバトルの際もまた、様々な恩恵(おんけい)をもたらしてくれる重要なものだ。
代表的なものとして攻撃、防御、能力強化が上げられ、大量に消費することで必殺技や奥義を発動できる。

ドラたんが銀盤(ぎんばん)ごと粉砕する掌底(しょうてい)突きを繰り出せたのも、にゃ~たんがそれに耐えられたのも、リュウ科奥義「龍牙墜扇衝(りゅうがついせんしょう)」を放てるのも、全ての萌力(ソルラル)駆使(くし)してのことだ。

そして萌力祭具(ソルラルギア)萌力(ソルラル)媒体(ばいたい)して形成された代物である。故にそれを現世に維持しようとすれば、常に萌力(ソルラル)を消費しなければならない。
自力で充填(チャージ)できる干支神ならまだしも、人間から貰わなければバトルすら申し込めない干支娘にとって、萌力祭具(ソルラルギア)の使用は加速度的に萌力(ソルラル)を消費してしまうためリスクが大きい。

しかしにゃ~たんはそれを使った。
状況としては使わざるを得なかったが(そもそも演技ではあったが)、もし残りの萌力(ソルラル)を惜しむのであったら、対処の仕方や萌力祭具(ソルラルギア)をすぐに引っ込めるなどあったはずだ。
それでも彼女は使い続けた。本人はあまり自覚がないようだが、恐らく本能が「行ける」と確信していたのだろう。

タケルが生み出したそれには、萌力(ソルラル)食いと揶揄(やゆ)できる萌力祭具(ソルラルギア)躊躇(ちゅうちょ)することなく使用できるほど、膨大な容量が秘められていたのだ。
ドラたんは極上と一言で表現したが、実際はそれすらも遥かに凌駕(りょうが)する代物であっても何ら不思議ではない。


「ま、この手に関してはツルギの方が詳しいじゃろ」


バトンタッチと言わんばかりのドラたんのウィンクに、ツルギは小さなため息を付くも、すぐに表情を引き締め真剣な眼差しで説明を始める。


「そうだな。目見ではあるが、量だけでも十人分は余裕だな」
「マジっすか!?」


驚愕(きょうがく)するにゃ~たんに首肯(しゅこう)し、さらに説明を続ける。


「質もそうだ。混じりっけのない、限りなく純白に近いものだ。心が綺麗ってだけじゃ、そうそう出るもんじゃないぞ」


質も量も常識の範疇(はんちゅう)(ゆう)に越え、干支神をも極上と言わしめるタケルの萌力(ソルラル)は、干支娘からしたら喉から手が出るほど魅力的であろう。

だが、それと同等に大きな危険性も(はら)んでいるのではないと思ってしまうのは、萌力(ソルラル)を必要しない人間であるツルギだからこその抱く考えなのだろうか。

心が綺麗なだけでは出ない。
なら他に必要な要因は?
光がより明るく輝けば、そこから生まれる影も大きくそして濃くなる。

疑ってかかりたくはないが、ツルギはどうしてタケルに対して心の何処かに引っ掛かりを覚えていた。

しかし、そんな次期神主の心境など(つゆ)知らず、猫の干支娘は知ったかぶり全開で首を縦に大仰(おおぎょう)に振っている。


「なるほど、なるほど~」
「絶対分かってないでしょ?」
「にゃ~たんは、おつむがちょっぴり残念なのですです」
「あ~、そ~う」


ウリたんの説明に、タケルは納得しながら(あわ)れむ様な視線を向けるが、とうの本人は全く気が付いていない。


「つまり――」
「?」


突然の意味深な前置きに、四人の視線が猫の干支娘に集中力する。


「無敵スターゲットにゃ!」


サムズアップを向けながら発せられたにゃ~たんの台詞に、一同一斉に凍りつく。

聞き違いでなければいいのだが、今何と言った?
無敵……スター……?

一部名称が違うが、要するに
ホッホ~ッ!
チリン、チリン、チリーン!
に出てくるあれか!?
赤い帽子と青のオーバーオールを身に纏い、団子っ鼻に(ひげ)を生やした、キノコを食べると一回りデカくなる、(ぼう)有名作品のあれか!?

いいのか?その例え。
にゃ~たんのトレードマークの一つである髪飾りは、確かに星の形をしている。スターをかけるのも何となく分かる。
しかし、それでも、あからさまに意図して言っているだろ。

冗談抜きで怒られるぞ。寧ろ潰されるぞ!


「う……うむ、ソユコトジャ、なぁ~」


流石のドラたんも片言にならざるを得ない。


「タケルがいれば無敵にゃ!にゃはははっ!」
「よ、よかったの~、にゃ~たん……」
「例えがアホ過ぎやしないか……」


尚も続くにゃ~たんの高笑いに、誰一人直接ツッコミを入れることができなかった。
ネタにしているのがあれだけに、下手なことを言って薮蛇(やぶへび)になるのは御免である。

言ったもの勝ちとはよく言ったものだ。

これに関してはタケルも何かを察したのだろう。何も聞かずに黙ってくれていたことに、干支神二人と次期神主は心の中で感謝を伸べた。


萌力(ソルラル)を貰えればの話しですですが……」
「そんなの楽勝にゃ、タケルをちょいちょい~っとつつけば良いにゃすよ~」
「つついても萌力(ソルラル)は出ませんよ」
「じゃあまた、妹キャラをしたり~、プレゼントキャラをやったりしたらいいにゃすよ~。にゃほ~っ!」


亥の干支神の指摘(してき)など何のその、彼女らしいかなり楽天的な考えで舞い上がっている。
仕舞いには踊り出しそうになるが、「みっともないですよ」と、ウリたんがこれを全力で阻止するも一歩及ばぬようだ。

干支娘二人の仲の良い光景に、難しい顔ばかりしていたタケルも思わず微笑(びしょう)を浮かべる。


「コスプレコント……」


その場で立ち上がったタケルは服に付いた汚れを払っていると、次期神主が干支娘たちに代わって謝罪の言葉を口にする。


「ゴメンなタケルくん、結構騒がしくしちゃったな」
「騒がしいと言うか、何と言うか……、色々とあり過ぎてちょっと混乱してます……」
「まぁ、そうだよな……。でも、初めてなのにここまで落ち着いていられるなんて、大したもんだよ」
「は、はぁ……」


タケルの(きも)の据わり様を称賛するツルギであったが、()められている本人はいまいちピンと来ていないようだった。
計る物差しの基準が、あまりにも違いすぎるのだから無理もない。


「こうなったら、干支娘について色々と教えなきゃならないんだけど……、詳しい事はまた次回の方が良いよな?」
「ですね……、その方が嬉しいです」


時刻は既に八時を過ぎようとしていた。
濃密(のうみう)で不馴れな出来事の連続に、タケルの心と身体が疲れきっているのは目に見えて分かる。さらにそこから話せば長くなる干支娘の説明は、いくらツルギでも(こく)としか思えなかった。

面倒臭い話はなるべく早めに済ませるに()したことはない。しかし、少年のことを(おもんばか)るのであれば、この提案は正解であろう。
これにはタケルも異論はないようで、すんなりと了承した。


「それじゃあ、明日なんてどうだ?日曜だけど先約とかは?」
「いえ、特に」
「うっし、じゃあ明日の朝から来るよ」
「分かりました」


取り合えず約束を取り付けた。
互いにこれ以上の厄介(やっかい)事は勘弁なようで、短い間アイコンタクトの後、ツルギは首の間接を鳴らし、タケルは両腕を上げて大きく伸びをする。


「さてと、お腹も空いたしご飯にしよっと」
「食べる食べるー!」
「儂は熱いのが苦手でのう、(ぬる)めで頼む」
「わたしは豚肉意外でお願いします」


さも当然のように夕食をご馳走になろうとする三人の干支娘に、タケルは無論だが、流石のツルギも閉口(へいこう)してしまう。
尚且(なおか)つ個々で注文を付けようとするあたり、図々しいにも程がある。

加えて、にゃ~たんのお肉コール――たまにお魚――の連呼が更なる苛立ちを誘う。


「もう、どこから突っ込めば良いのか……」
「毎度毎度、ゴメンな……、タケルくん」
「い、いえ……」


男子二人が大きくため息を付き肩を落とすも、現状が良くなることは決してなかった。こういう時こそ切り替えが大事である。


「まぁいいかぁ、とにかく今日もう疲れたし、あまり考えないように――」


そこでタケルの動きが静止画の如く止まった。

怒濤(どとう)のようにあり得ない展開の連続で、すっかり頭から抜け落ちていた。

否。何故抜け落ちてしまっていたのか。
これ程まで大事なことを。
()がマイホームが見る影もなく瓦礫(がれき)の山と化してしまったことを。

この時のタケルの頭の中には、悲しくも「そうでした」の言葉しか出て来なかった。


「家が跡形(あとかた)もなく壊れてるんだった~~~っ!!」


長い絶叫(ぜっきょう)の後、怒りの矛先は、無論家屋を吹き飛ばした張本人であるドラたんに向けられる。


「どうすんだよ!これ!!」
「意外と鈍いのう」
「心配するにゃ、タケル!にゃあが脱ぐにゃ!」
「いやそれは"一肌"が抜けてるから!てか、そもそも意味が分かんないしー!」
「ぷっ!あっははは!」


今度は辰の干支神と猫の干支娘のボケをタケルが突っ込む即席漫才に、ツルギは思わず吹き出してしまう。

見かけは大人しそうだが、少年のノリの良さは嫌いではない。寧ろ、これから仲良くしたいくらいだ。
本来は彼のような一般人をこれ以上巻き込む訳には行かないが、この打ち解けようなら、もしかしたら干支娘とも上手く付き合えるかもしれない。
それに彼女たちにとっても良い友達になってくれるだろう。

しかし、それを決めるのはタケルである。

その答えと一緒に、明日干支娘について詳しく話しをしよう。


「そう慌てるなって、この程度なら何とかなるよ」
「どうやって!?」
萌力(ソルラル)を使うのですです。萌力(ソルラル)は干支娘の技量次第で何でもできる優れものなんですよ」


つい先程まで萌力と言う単語すら知らなかった人間に、漠然(ばくぜん)とした説明をされても、それが一体どういうものか想像するのは難しいだろう。
ウリたんの説明に、いまいちピンと来ていないのも仕方がない。


「ドラたんは構築(こうちく)系が得意にゃ。ちょいちょいっとやればすぐに元通りになるにゃすよ」
「完璧に復元して見せるでな、安心せい」


補足を加えるにゃ~たんの隣で、自信ありげに胸を張るドラたんであるが、タケルの反応が変わる事はなかった。
これではいくら時間があっても、少年を納得させるのは夢のまた夢である。

しびれを切らしたツルギはついに強行手段に入った。


「よし!家の件はドラたんに任せた!」
「あぁ、任せておけ」
「ちょっ……!?」


百聞は一見に如かず。
聞くより見ろ!そして感じて体験しろ!

ツルギの無理やり感に物申(ものもう)すタケルであったが、それが実現されることはなかった。
先の干支娘たちの策略(さくりゃく)でまともに会話に入れなかった次期神主のように、少年もまた入り込む隙すら与えてくれなかった。


「それともう一つ」
「ん?何じゃ?」
「今日も例のとこに集まってんだよな?」


例のとこと言うのは、干支神捜索の中断を決意した際にやむを得ず賭けることになった、喫茶店以外にも彼女たちを見つけられる取って置きの場所のことだ。


「その予定のはずじゃ。もう皆で始めておるかもな」
「分かった!ありがと」
「儂らも後で行くと言うといてくれ」
「おっけ!」


ドラたんのお墨付きと伝言を頼まれ、ツルギはサムズアップを向けながら言葉を返す。


「んじゃ、明日来るから、よろしくタケルくん」
「え?……あぁ、はい……」
「にゃ~たんとウリたんも粗相の無いようにな」
「心配しすぎにゃ、にゃあなら大丈夫にゃ」
「それではツルギさん、また明日ですです」


タケルからにゃ~たん、そしてウリたんへと言葉を交わし、最後に「じゃあ」と軽く手をふってから、ツルギは例の場所に向かって駆けていった。

干支娘たちも次期神主を見送り手を振っているも、眼鏡の少年だけは疑いの眼差しを向けていた。

少年から見て、何処と無くこの場から――強いて言うならタケルを取り巻く状況から逃げるように見えてしまうのは、決して気のせいではないだろう。