2014年 11月 02日
自分が専攻している分野でブログを書くなら、最初はこの話題にしようと思っていました。 質量保存の法則はいろいろな分野でとらえ方が微妙に違うのですが、エネルギー恒常性について考える場合には流体の質量保存が近いです。ある個体に蓄積する質量は流入した物質の質量から、流出した物質の質量を差し引いた量ということになります。つまり、質量保存の法則から、体重の増加は私たちが食べた量から、排出した量を差し引くことで計算できるということです。当たり前ですね。「生命」という現象も物理法則を逸脱することはありません。ですので、生物について考える場合も、既に知られている物理法則の範囲内で考えていく必要があります。ですが、この観点は意外と見落とされているようです。たとえば、一年前に、 という記事がありました。記事中では、今まで肥満というのは摂取カロリーと消費カロリーの不均衡によって起こると考えられていたのが、同じカロリーでも炭水化物の摂取量によって太りやすさが変わる、という新しい説が提唱されている、と説明されています。同じカロリーでも何を食べるかによって太りやすさが変わるというのはあり得る話です(これは何かの機会に説明したいと思います)。ですが、これが正しかったとしても摂取カロリーと消費カロリーの不均衡によって太ったり痩せたりするという説が棄却されるわけではないのです。 これも一年前の話題になりますが、MRAP2という遺伝子について報告した論文(Science, 341, 275–278 (2013))に関する名古屋大学のプレスリリース の中にも 野生型と全く同じ量のエサを食べても太るのに、運動不足でも栄養吸収過剰でも無い という記述があります。元の論文を見ると、運動不足でも栄養吸収過剰でも無いということに加え、消費エネルギーにも差が見られないということが書いてあります。しかし、これは質量保存の法則から考えてあり得ないのです。なので、これを特筆すべき点と言うのは解釈を誤ってるように思うのです(ちなみに元の論文にはこれを特筆すべきというような記述は無かったと思います)。 それから、「ダイエット 質量保存」という単語で検索をかけてみると一番上にこういうページが出てきます。 9時以降に食べると太るとか、運動20分で脂肪が燃焼するというのが本当かどうかは置いておくとして、ここでも体重の変化というようなマクロなレベルでは基本的に質量保存の法則が成り立つ、ということに対する理解が浸透していないという印象を受けます。 肥満・ダイエットに関して質量保存の法則が無視されがちな理由について考えてみたいと思います。 最初に紹介した日経サイエンスの記事については、何をどれくらい食べるかが、消費エネルギーにも影響を与えるということが考慮されていないのが問題だと思います。たとえ同じカロリーだとしても、炭水化物か、脂質か、タンパク質か、どれを食べるか、また、どれくらい食べるかが、実は消費エネルギー(体から出ていく物質量)にも影響を与えているのです。 二番目に紹介した論文については、食べる量を同じにしても太ったり太らなかったりして、しかも消費エネルギーに差が見られないという話ですが、これは測定精度の問題であろうと思います。食べる量を同じにしているなら、体から出ていく物質量には何かしら差があるはずなのです。しかし、それを厳密に測定するのが困難であるために一見質量保存の法則と矛盾するような結果が得られたというのが実際のところではないかと思います。 Yahoo知恵袋の話に関しては、まず9時以降に食べると太るというのが本当かどうかは置いておくとして、仮にそれが正しいとすれば、摂取エネルギーが同じだとしても、食べる時間によって消費エネルギーに与える影響に違いがあるということで理解できると思います。この辺はまた別の機会に説明したいところです。この質問者は「蓄積されにくかったカロリーは尿や汗に含まれて体外に出るのか」というような予想をしているわけですが、これは半分は当たりです。蓄積されなかった質量の行き先がどこかというのは、炭水化物や脂質の燃焼の化学反応式を書いてみればわかります。炭水化物であるブドウ糖の例だけ書きますが、 C6H12O6 + 6O2 → 6CO2 + 6H2O となります。ここで生じた水(H2O)は尿や汗となって体外に出ていきます。また同時に生じる二酸化炭素(CO2)は呼気中に出ていきます。この呼気中に出ていく二酸化炭素というのが見落とされがちなのも質量保存の法則が無視される要因になってるのではないでしょうか。私たちは酸素を吸収して二酸化炭素を排出していますから、呼吸のたびに少しずつ体重が軽くなっているのです。 世の中にはたくさんのダイエット法が出回っていますが、それが理に適っているかどうかは、まず質量保存の法則に照らし合わせて考えてみる必要があると思います。 ■[PR] |