『庭師と亡霊嬢の甘い食生活』(東方Project SS)
ふとしたことから8月8日が「白玉の日」だと知り、慌てて即興気味に書き上げたゆゆみょんネタです。
(サイト移転に伴って投稿日付がずれてますが、元々は8月8日にアップしたものです。)
久々にお気に入りカプを書いたせいかベタ甘成分全開。白玉だけに。
東方Project SS
庭師と亡霊嬢の甘い食生活
気の知れた相手ほど、唐突に話題を振りやすく感じるのが人情である。もちろん限度というものはあるだろうが、人によってその「限度」の程度はまちまちだろう。そして、突拍子も無い話をする人間は往々にして、限度というものを知らないのが世の常だ。
「ちょっとね、味見をしてみたのよ。」
暇に飽かして茶飲みに訪ねて来た親友にそう切り出したのは、白玉楼の主である亡霊少女、西行寺幽々子だった。
「何の……?」
そんな突飛な切り出し方に、来客——境界を操る神出鬼没の妖怪、八雲紫は、頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出した。好奇心旺盛な幽々子は食に関しても例外ではなく、今までに「味見」をしてきたと語る食材は数知れない。蛍の佃煮だとか夜雀の手羽先だとか半人半獣のスペアリブだとか、挙句の果てには竜の肉の薬膳などと言っていたが、本人の談なのでどこまで信用して良いかは怪しいところだ。
とにかく、そんな幽々子がわざわざ「味見をした」と話題にするほどだから、普通は味など見ないような代物なのだろう、というのが紫の見立てだった。
しばらくの間をおいて、おもむろに幽々子の口から出された回答は——
「妖夢の。」
返事の代わりに茶を吹き出す紫。毎度ながら、幽々子の発言は紫の見立てを軽く超越する。論理的推察には自信のある紫だが、この親友の考えることだけはどうにも頭が追い付かない。
「……まさか幽々子に先を越されるなんて……霊夢のガードが固いのが悪いのよ……」
幽々子と妖夢の仲をとやかく言う権利は紫には無いが、こうもスピーディに進展しているのは何か悔しい。
「どうしたのブツブツ言って? ボケちゃった?」
「あなたがしっぽりやってるのを妬んでるだけよ……」
「しっぽりって……だって美味しそうに見えない?」
「美味しそう?」
「妖夢の半霊。」
今度は返事の代わりに卓袱台に頭を打ち付けることになった。
「……まぁお餅みたいなのは認めるわ。細かく千切ったら白玉団子と区別付かなそうだものね。」
幽々子の発言が突拍子もないのは今に始まったことではないので、その点には特に突っ込まないでおいた。
「前々から気になってはいたのよ。ただ、妖夢に何度お願いしても冗談だと思われたのか断られちゃって……」
それはむしろ本気で言っているとわかったから断ったのだろう。話の腰を折りたくはないので口は挟まなかったが。
「この前ね、博麗神社の宴会でベロベロに酔っ払ってるところでお願いしたら、やっと白状したの。あの半霊って……」
ところ変わって人間の里。余った農作物を有償で配っている農家で、二人の従者が顔を合わせていた。お遣いに来た折に、たまたま遭遇したというだけだったが。
「というわけで、バレちゃったんですよ……」
片方は色濃い緑のワンピースを纏った白髪の少女。大振りの刀を背負い、腰には脇差しも光る。冥界の管理者に仕える半人半霊の庭師、魂魄妖夢である。
「なるほどねぇ……ちょっとぐらいなら切り取ってもすぐに再生しちゃうと。」
うなだれる妖夢に苦笑してみせたのは、湖の洋館で我侭なお嬢様のために毎日奔走するパーフェクトなメイド長、十六夜咲夜。妖夢にとっては従者の先輩とも言える人物である。
「あの時は飲みすぎちゃってて、自分でも何を言ったか覚えてないんですよ。」
「『切られても別に痛くないんですよ~、ほら~』とか言いながら、半霊を一口サイズに切り分けているところなら見たけど。」
「うあああああ……」
妖夢は頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまった。とんだ醜態を晒したものである。
実際のところ、半霊は物理的干渉は受け付けないのだ。ただ、妖夢の意志でかなり自由に形を変えられるため、分裂もお手の物と言うだけの話である。ちなみに元通りにすることについても、再生というよりは膨張に近い。「霊体はこの世のものではないので、シツリョウホゾンのホウソクとは無関係だ」と、以前に紫が語っていた記憶がある。その何とかのホウソクが何を表すのかはよくわからないが、要は妖夢の精神力が持つ限り、分裂も再生もし放題ということなのだろう。
「……で、とにかく幽々子嬢はそのお味に納得しなかった、と。」
「そりゃそうですよ。半霊に味なんかあるわけないじゃないですか。」
半霊は、言ってしまえば「概念」である。妖夢の「幽霊の部分」が実体化しているに過ぎないわけで、複雑な構成を持つ生物の体とは訳が違う。これも以前に紫が語っていたことだが、果物に甘味や酸味があることにも、香辛料に辛味があることにも、野菜に苦味があることにも、肉や魚に臭みがあることにも、全て納得の行く原因があるのだという。詳しい説明は割愛していたが、要は目に見えないような細かいレベルで、いろいろなものが組み合わさっているのが生者の体なのだと言うこと。
それに対して幽々子の体や妖夢の半霊、そして冥界を飛び回っている幽霊などは、見た目には生者と変わらないが、その構成は至って単純。「死者であることという概念」が殆どを占めているのだ。
「でもそうなると、妖夢がその気になれば美味しくなるんじゃないの?」
「幽々子さまにも同じことを言われましたけどね……さすがに難しいですよ、自分の体が美味しいって思考を持つのは。」
無茶な要求ばかりしてくる幽々子だが、それでも妖夢にとっては奉仕すべき主であり、その願いは極力叶えたいのだ。しかし何度試してみても、半霊に味付けをすることは出来なかった。
「それで、その荷物ってわけね。ここに来る前に買い込んできたと……。」
「最近はずっとです。何か紫様が外の世界から持ち込んだ漫画に書いてあったとかで……」
お菓子ばかり食べて不摂生をしていると、汗の味が甘くなる——とか言っていた。だから甘いもの中心の食生活を送れば、半霊も甘くなるはずだと言う見積もりらしい。またいつもの勘違いな気がしないでもなかったが、試さずに異論を唱えたところで、もっと突飛な案を言い出しかねないので、期間限定という条件付きで実験を行うことを承諾した。
「さすがにお菓子だけでは健康に悪いので、なるべく甘い味の献立に偏らせてはいるんですけど……飽きが来るんですよね、やっぱり。」
「死人が健康を気にするってのもおかしな話ね。」
「“こっち側”は人間とあまり変わらないんですよ……もっともあくまで半分の人間なんで、食事が原因で体型が崩れることもありませんが。」
「あら羨ましい。」
見るからに体の均整が取れている咲夜が何を羨ましがるのかとも思うが、完璧な従者でもダイエットに苦しむことはあるのだろうか。少し聞いてみたい衝動にかられた妖夢だったが、咲夜の目が笑ってないような気がしたので、話題を元に戻すことにした。
「とりあえず、今夜あたりそろそろ試してみようかということになりまして。」
「なるほどね。そっかぁ、味見ねぇ……ウチのお嬢様も……」
ふと咲夜が虚空に視線を彷徨わせる。まるでここにいない誰かを見つめるように。
「……咲夜さん?」
「あ、ごめん。ちょっとくだらないジョークを考えてただけ。」
そんなことを言って浮かべてみせた苦笑いが、何故か寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。でもそのことに触れるのはダイエットの話題以上に憚られる気がして、妖夢は半ば不自然に別れの挨拶をして、その場を立ち去ることにした。
少し一人にして——と、咲夜が言っているように思えたから。
かくして実験の時は訪れた。
来客も去り、甘口の夕飯も済ませた宵の口。
台所で半霊を皿に「盛り付け」ながら、妖夢は深い溜息を吐いた。酔っ払っての暴走だったとは言え、我ながら馬鹿なことをしてしまったものである。何が悲しくて自分の半身を本物の白玉団子と並べて出さなければならないのか。
「まぁ、これもきっと今日で終わりよね……」
どうせ甘くなったりはしないのだ。何しろ妖夢自身が未だに「甘い自分の体」などという突飛な代物をイメージできないのだから。
言いたいことは胸の中にしまいつつ、妖夢は二つの皿を手に幽々子の元へ向かう。
「幽々子さま、お持ちしましたよ。」
「まってました~。」
幽々子は子供のように両手を挙げて喜びを表す。さて、嬉しいのは半霊の実験なのか、いつも買っている白玉団子なのか。恐らくはその両方だろうが。
「それじゃとりあえずこっちから……」
妖夢が脇に腰を下ろすのを待って、箸で器用に半霊のかけらを摘み上げる幽々子。そのまま口に運び、まるで本物の団子のように咀嚼している。以前は酔っ払っていて感覚が麻痺していたが、自分の体の一部を口に入れられているというのは、何か落ち着かない奇妙な感じだった。
「……どうですか?」
どうせ何も変わっていない。そう信じていた妖夢だったが——
「うん、甘くなってる。」
「えええええええええええええええ!!!??」
——想定していない回答が返ってきた。しかしこの人はこういう場面で嘘をついたりはしない。
「まぁそんなに物凄く変わったわけじゃないけどね。ほんのり甘い香り。」
「信じられません……」
しかし心当たりがないわけでもなかった。妖夢はこの甘い食生活の中でいつも考えていた。
——「甘くなるわけ無いけど、いやまさか、でも万が一……」
「甘くなることなどない」と信じきれなかったことで、本当に半霊に味が付いてしまったかもしれない。もっとも、この程度の思い込みに過ぎないので、これ以上甘くなることもないはず。それを告げれば実験は終了だ。
「そうね……これなら問題なく行けそうね。」
そんなことを考える妖夢をよそに、幽々子は何かをまた画策しているようだった。
「ねぇ妖夢。」
「は、はいっ?」
今度は何を申し付けられるのか、不安が募らないと言ったら嘘になる。
「頑張ったご褒美、はい。」
幽々子は本物の白玉団子を箸でつまみ、妖夢の口元に差し出してきた。
「そ、そんな、さすがにそれは……!」
いくらご褒美という名目とは言え、食べさせてもらうなどという嬉しい——もとい、恐れ多い事態はなかなか受け入れにくい。
「固いこと言わないでよ。美味しいわよこのお団子、ね、ほら。」
「……は、はい……それじゃ失礼して……」
とは言え、固辞しすぎて千載一遇のチャンスを逃すのも勿体無い。お戯れが好きな方とは言え、気が変わるのも非常に早いので、好況は素早く受け入れるのが吉なのだ。
「ちゃんと味わって食べるのよ? 私が良いって言うまで飲み込んじゃダメだからね。」
「ひゃ、ひゃい……。」
口に物を入れてから返事を求めないで欲しい。危うく口から団子がこぼれてしまうところだった。
——あれ、この団子、こんなに甘かったっけ……?
よく搗かれているようで、ちょっとやそっとの咀嚼では形が崩れない。しばらく口の中に入れて噛み続けていた妖夢だったが、ふと視線を感じて幽々子の方に目を向ける。その笑顔は——
——あ、しまっ……!?
それが「危険」なものだと理解した瞬間には、既に幽々子のアクションは実行されていた。がしっと頭を両手で捕まえられ、顔を逸らすことが出来ないよう固定されてしまう。
「……ふふふ……それじゃ、確認させてもらうわよ?」
熱っぽい目を細めている幽々子は、二人きりの時にしか見せない妖しい笑みを浮かべながら、その唇をひと舐めしてみせた。
「……ふぇ……?」
その不可解な言葉に、口を半開きにした一瞬の隙——それを突いた幽々子の動きは、普段の緩慢なそれからは想像も付かないものだった。
湿り気を帯びた柔らかい感触が、妖夢の口を塞ぐ。
その隙間を割って、別の柔らかいものが入り込み、口腔を転がっていた団子を器用に掬い取った。
すぐに体を離した幽々子は何事もなかったようにいつも通りの笑みを浮かべ、妖夢から「奪い取った」白玉団子を味わっている。
「ゆ……幽々子……さま……?」
「うん、甘さ倍増。大成功ね。」
混乱する妖夢をよそに、幽々子は満足げだ。妖夢がほどほどに形を崩した団子を更に分解して、ごくりと嚥下してみせる。それが元々は自分の口に入っていたものだと意識した途端、妖夢の顔が急速に過熱されていく。
「どうだった?」
相変わらずニコニコしたまま、幽々子が妖夢の顔を覗きこんで来た。
「……何がですか……?」
その言葉を聞いて、その笑みの性質が再び変化する。
「ご褒美。」
細められた目は熱を帯びていて、声のトーンは下がっていた。先ほどの出来事がフラッシュバックして、妖夢の発熱は勢いを増していく。幽々子の絡みつくような声に誘われるまま、もたれかかるように体を預けてしまう。
「……上手く言えません、あっという間でしたし……。」
本当は言うことは出来なくもない。でも、言葉にしたらこの熱が冷めてしまいそうだった。だから蒙昧なふりをする。幽々子の存在がなければ何も出来ない、甘ったれの側女を気取る。
そんな目論見など、幽々子にはきっとお見通しなのだろうけど、だからこそやめられない。手のひらの上で転がされ続けていたい。
「ふぅん、だったら……」
「え……?」
幽々子の箸が白玉団子に伸び、妖夢の口元へ寄せられる。
「はい、もう一個……しっかり甘くしてくれないとダメよ……?」
これまでの甘い食生活なんか目じゃないくらい、甘い甘い食後になりそうだった。
了