ウェブブラウザのJavaScript(ジャバスクリプト)の設定が無効になっています。Javascriptが無効になっていると、サイト内の一部機能がご利用いただけません。 フランとブラン(後)【城プロRE】2016年12月24日 04:04 二日後。フランケンとブランが再び会う予定になっている日の、午後。 フランケンは"居城"の一角、海の外から招かれた城娘たちが住まう区画を歩く。 木床の廊下に石の壁。そして片側にはドアが立ち並ぶ洋風の造り。これは[[rb:異国の地 > ひのもと]]で暮らす城娘たちが少しでも馴染みやすいように、という殿の意向だった。 やや詰まり気味のスケジュールに押されて、フランケンは歩みを早める。彼女の脇に現れては背後へと消えていくドア。あれはサンタンジェロ城の部屋、あれはノイシュヴァンシュタイン城、あれはガイヤール城……そして、ブラン城。「う~ん、それはわっかんない!」 フランケンはぴたりと足を止める。そのすぐ横にはブランの部屋へと続くドア。底抜けに明るい、だがブランではない声の出所は、間違いなくここだった。 ついドアを見つめてしまいながら、フランケンはこめかみをかく。なんとなく嫌な予感がしたのは事実だ……が、それは盗み聞きの免罪符にはならない。 気を取り直して、もう一歩を踏み込む。「私はちがうけど。でも、なってあげる!」 なってあげる? 足が止まる。「ヴァラヴォルフ? っていうの? それが居ればいいんだよね!」 [[rb:人狼 > ヴァラヴォルフ]]? 人狼になる……人狼のフリをする?「居ればありがたいのは事実だが……その、しかし」 もごもごとしたこれはブランの声。とめてやるんだ、とフランケンはドアを睨む。人狼ゲーム、もとい人狼ごっこなどされても研究は進まない。「やっぱり居たほうがいいんだよね? まっかせてよ!」「いや、うーん、だが――」 これは埒が開かないな。そう口の中で呟き、フランケンはドアをノックした。「わひゃあ!?」「わあ! いらっしゃいませー!」 主人と客人とが逆転した挨拶に出迎えられながら、フランケンは入室する。 あわあわと目を白黒させるブラン城と、その横に。見えない尻尾をぶんぶんと振る小さな城娘……犬山城が部屋に居た。「お邪魔するよ」「えー……うむ。これはだな――」「ヴァラヴォルフ? だよ! わん! じゃなくて、わおーんっ!」 その矮躯を思いっきり天へ伸ばすようにして、精一杯に高く吠えてみせた。「……」 勢いに押し負ける主や哀れ。先程からどうにも毅然さが足りないようで、強引に申し開くことさえできない。「ほう」 フランケンは顎に手を当てて、大仰に頷く。ブランの体がわずかにはねた。 犬山城はと言うと、ふにふにと丸っこい両手をあげて、懸命に狼の爪をかたどっていた。食べちゃうぞ、と言わんばかりに右手左手がふやふや動く。「なんと、君はヴァラヴォルフなのか?」「うん! わんわん、がおーっ!」「へっ?」 合わせるフランケンに、ぽかんとするブラン。「いやはや……こうして目の当たりにすると大した迫力だ!」 言ってのけぞって見せるや否や、彼女の脇にいた怪物がひゅっと跳ね。器用にドアを開けて飛び出した。「え?」「しまった、怪物が!」「あれ、逃げちゃったよ? 恐がらせすぎちゃった? ごめんなさい……」「うーん、どうやらそうみたいだ。しかし、あの早さでは追いつけないな」「どうしよう?」 心底申し訳なさそうな瞳。その心に連動し、どういうわけか帽子の耳までたれている。「なんとか連れ戻したいところだが、怪物の身体能力は強化改造を受けている。それこそ、獣のような速さでないと……」「あー……そういう」「なら、私が追いかける! ヴァラヴォルフだもん!」 ぴょん、と飛び跳ね手を挙げ立候補。帽子の耳も立っている。「それはありがたい! では任せよう、無理のない範囲で追ってみてくれ!」「うん、まっかせて! わおーんっ!」 犬山城も部屋を出る。吠えてはいるものの狼らしさはどこへやら。至って普通の二足歩行で駆けるのだった。 しっかりドアも閉めてくれたあたり、獣性どころかむしろ優しい。 一秒、五秒、十秒。足音も遠くへ去って。部屋に残されたのは、二人と静けさ。「……観劇料はとらないよ」 三文役者は肩をすくめる。「謝礼は?」「言葉だけなら甘んじて」「すまぬ、ありがとう……助かった」「どういたしまして。あとで怪物と犬山城にも言ってやるといい」「返す言葉もない。そうさせてもらおう」 安堵したように言うものの、どこかどうにもバツの悪さが見え隠れ。 なんだか相手の反応をうかがうような、ちらりちらりと観察するような、そんな態度だった。「君がヴァラヴォルフについて彼女に訊いた……大方、発端はそんなところだろう?」 フランケンはトランクケースをテーブルに置く。「……うん」「話を聞いた彼女は、君のためにヴァラヴォルフのフリを始めた」「うん」「そこまでは理解できるんだが、しかしなぜ君はとめなかった?」「わ、分からないか?」「分からないから訊いているのさ」「……」 もじもじとだんまり。俯いて指をいじくる様は、駆けていったヴァラヴォルフの彼女よりも子供っぽい。 指は指だけで飽き足らず、緋色の髪先までぐるぐるぐるぐると巻きだした。「あー、その。怒っているとかではなくてだな。純粋に好奇心。疑問に思っただけなんだ」「本当に、分からないんだな?」「ああ、まったく」 再度沈黙。生ぬるく奇妙な空気。だがまだるっこしさは覚えない。 ここまで辛抱強い人格者だったかと、フランケンは自分で自分を不思議がる。「……話が、続くかと、思って。ヴァラヴォルフの、ことで」 想像だにしなかった答えに、すっとんきょうな声をあげそうになる。 だが、硬く握りしめられた両手が、きゅっと結ばれた唇が、潤みを伴った大きな両目が、あんまりにも真剣だったので。フランケンもまた、真摯に意味を汲み取ろうと試みる。「話というのは、私との問答のことか?」「それもあるし、そこからの脱線もだ。言うなれば、お前と交わした言葉の全てだ」 次第に、語気が強まっていく。そして。「妾は、もっとお前と話していたかったのだ」 それこそが全て。彼女の胸の奥の内に秘めたるもの。どこまでもひどくやわらかで、なまじ触れれば破れる想い。「なんとか言ってはくれまいか。嫌なら嫌と、迷惑なら迷惑と」 困惑した様子で言葉もないフランケンに、つい詰問するように詰め寄ってしまう。「……」 はっとして、一歩退く。「あ、いや。責められる立場ではないな。……すまぬ」「別に嫌でも迷惑でもないが」「へっ?」 妙に甲高く声が響いた。両目がぱっと開かれる。「なに、驚いてしまっただけだ」 やっと合点がいった。「まさか私に、情だとかそんなウェットな話が向けられるとは思ってもいなかったからな」 彼女に感じた好奇心。彼女と話す自分に覚えた違和感。その正体。 掴めなかったのは、不慣れで経験の浅い分野の問題だったから……そんな感情を向けられた[[rb:例 > ためし]]がなかったからだ。「考えもしなかった?」「これっぽっちも」「はぁ……」 肩の荷が下りたような呆れ返ったような。肩を落とし背を丸めながら、息を長く深く果てなく吐き出す。「妾は、完全に空回っておったのか……」「見事なまでに」 どんまい、と肩を叩くそぶり。あっけらかんと彼女は笑う。「と、まぁそういう次第だから……私もやぶさかではないよ」 今なら彼女に感じた興味の意味が分かる。これはもっと多感な、ほの暖かいもの。 合理とか非合理とか、そういう測り方をしないもの。「別に吸血鬼の研究が絡まずとも、これからは――」「待った」「おや」「責任だ。妾に言わせてくれ」「ふふ、どうぞ」 すぅ、と一息。「これからは……友達だ」「ああ。友達だな、ブラン」「うむ、友達だ! ありがとう、よろしく頼むぞ、フランケン!」 フランケンの両手をブランの両手が掴んでぶんぶんと振るう。 されるがままに振られておくが、両手で握ってやるのは柄じゃない。 だから、ひとまず言葉を返しておくことにした。「フランでいい。短くて呼びやすいからな」「それ、こんがらがらないか?」「私たち本人は間違いようがないだろう?」「それもそうか。では、フラン」 手を握ったまま、噛みしめるように微笑む。「……フラン。フランか。あだ名って友達っぽくて良いなぁ」「ぽいも何も、友達なのだろ? 私達は」「うむ、それもそうだな!」 からからとまた笑う。箸が転がっても笑いそうな、陽気すぎる調子。「さて、そうと決まれば……!」 ぱっとフランの両手を解放し、そのままぱたぱたと木棚へ。まったくもって落ち着きがない。 あまりの喜びに弾き飛ばされ、威厳はどこかへ飛んだらしい。「……友達、か」 友達。その言葉は乾きがちなフランの舌にはどうにも甘ったるく。やや新鮮に過ぎる風味が胸を満たす。「まぁ、舌で転がすうちに馴染むか」 小さくつぶやく。 どうせ、危なっかしい様子でもてなしの準備をしながら、気分よくハミングする彼女の耳には届かないだろう。 そんな隙まみれの隙をついて、客席へと勝手に腰掛けた。「もしかして、これまではずっと?」「ああ、妾には友と呼べる者が居なかった。殿はよくしてくれているが……やはり一軍の大将だからな。妾一人にそう時間を割くこともできんようだ」「それで客へのもてなしが甘かったわけか」 空っぽのテーブルを、いたずらっぽくとんとん叩く。「む、むうー……フラン、あまり意地の悪いことを言うでない」「反応パターンが観察しやすい相手は、ついな」「からかい甲斐があるなどと言われても嬉しくはないぞ」「それは残念」 木棚を開いて、閉じて。引き出しを引いて、押して。間違えて別のところを漁って、少し経ってからそれに気づいて。 中々ブランの探し物は終わらない。「もてなしの質はこれからに期待させてもらうとして、今回はこれだ」 トランクケースを開くと、中から試験管が一本。桃色をしたペースト状の何かがみっちりと詰まっている。「なんとも風情のある様だな」「研究者なんてのはこんなものさ。で、伝承によると薔薇のペーストを湯で溶き、スープとして飲むらしい」「すると湯が要るな。後はカップか」 言うや否や、トランクからビーカーが取り出された。しっかりと二人分。 ブランは思わず唇をとがらせる。「妾だってカップぐらい用意できる」「それは行幸」 ビーカーがしまわれ、三分ほど経過。 やっとのことで、ブランは陶器のカップをテーブルに三つ並べた。「多くないか」「戻ってきたら、礼を言わねば」「なるほど、心遣い」「さて、残るは水だが……井戸から汲んでくるほかないか」「ふっふっふー」 わざとらしく不敵に笑い、取り出しましたるポリエステルの容器。中ではたっぷりの水がたぽたぽと揺れていた。「……本来の用途は?」「ハンマーの推進バーニア用冷却水」「それ、飲めるのか」「不純物が多いとパーツやダクトに付着して故障の原因になる。まぁ概ね清潔だ」 口の開いた容器をどん、とテーブルに。「腑に落ちんところもあるが。信じるぞ、フラン」 棚の奥から、使われなくなって久しい金属の[[rb:ケトル > やかん]]を取り出す。「ああ、湯を沸かすマシンもあるぞ」「甘い」 ちっちっとブランは指を振る。「?」 振られた指はぴたりと止まり。白い手袋に包まれた人差し指が十二時の方向を指す。 そしてその爪の先から……炎が噴き出した。「"火あぶり"か!」 無邪気に感嘆するフランの様子に、満足気にふんぞり返るブラン。「しかし、マシン用の冷却水を火刑の炎で沸かして飲むか。お互いに責められないな」「それは、言わないでほしかったぞ」 ごく自然に、二つの笑声が重なった。*** 二人は黒く染め上げられた椅子に座り、テーブルを挟んで相対している。 手元のカップには、桃色の花びら……のペーストが溶かされたスープ。ほのかに白い半透明の湯気が、もうもうと宙に消えていく。 湯気から香るのは、ダマスクローズとか言うらしい品種の、濃く厚く濃厚に過ぎる芳香。部屋を隙間なく逃げ場なく満たし尽くしていた。「香りだけで満腹になりそうだ」「ごもっとも」 冗談を飛ばして数秒。それぞれカップに口づける。 口に含み、味わい、飲み下す。示し合わせたように同時。 そしてさらに数秒。「[[rb:不味 > まず]]い」 苦虫を噛み潰したような顔で、先に口を開いたのはフラン。「途方もなく不味い」 強調するように付け足す。吐き出さないだけ立派だ、とでも言いたげな声だった。「苦味を香りでごまかしてはいるが、それでも苦味以外に味がしないぞ……。舌が引き締まるというかなんというか。ともかく、彼女には勧められないな」 空のまま準備だけ整えてある、三つ目のカップを見やる。「[[rb:美味 > うま]]いな」「何だとッ!? やはり味覚がおか、じゃなかった、吸血鬼には良いのか!?」「あー、悪いが期待には沿えぬぞ。そういう意味ではないのだ」 ひらひらと手で否定する。「血の代わりにはまったくならんし、正直言ってほめられた味でもない」 もう一口、ブランは飲む。「だが美味いのだ、フラン。こうやって飲むものは何でも、な」 フランもまた、もう一口。「ふむ、やはり不味い。だが……美味いな、ブラン」「実にな……」 ブランは[[rb:不味 > うま]]いローズスープの入ったカップを大事そうに両手で持ち、この上なく穏やかに微笑んでいる。「……」 彼女のこんな表情を見たのは初めてかもしれないと、そんなことをフランは思っていた。「ふふ」 そして彼女もまた。真似るように、ふと朗らかに笑った。 なかば空気に流されて。なかば相手につられて。いつの間にか浮かんだ笑み。 しかしそんな笑みに、心の奥底をほぐされるような心地よさがあった。「……だが、それはそれとして」 まるで寂れた喫茶店の昼下がりじみた穏やかな世界に、つとめて冷静な声がすっと響く。「次はもっと改良しよう。これじゃ"ごちそうさま"が遠すぎる」 カップにはまだ、半分以上がたっぷりと残っている。「もっともだ」 苦く笑いながらブランが続き。「だが今は眼前の一杯。彼女が戻る前に飲み干さんとな?」「まったく厳しい話だな」「まったくだ」 再び、二つの笑声が重なった。