ウェブブラウザのJavaScript(ジャバスクリプト)の設定が無効になっています。Javascriptが無効になっていると、サイト内の一部機能がご利用いただけません。 六つ子、スケートへ行く。2017年3月13日 11:58皆でスケートへ行く話です。完全に妄想。六つ子といいつつ、殆ど次男と四男です。両片思いのカラ松の脳内がやたら煩いだけの話です。一松目線も書けたらいいな。 きっかけは、母松代の一言だった。 「ちょっとニート達ー? 毎日毎日真っ昼間から六人揃って怠惰な豚みたいにゴロゴロして、本当に孫の顔を見せてくれる気があるのかしら?」 腰に手を当てて、部屋に寝転ぶ六つ子をじろりと睨め回す。母の鋭い視線を誰もが受け止められずにいると、松野家の次男が勿体ぶった調子で口を開いた。「フッ……勿論だ、マミー。だがしかし、数多のカラ松ガールズからたった一人を選ぶというのは些か」「妄想と二次元と金銭を介入させた方法以外で一週間以内に若い女子と話した松~!」 母親の手慣れた手腕でバッサリと次男の口上を遮り松代が息子達に挙手を促すと、トド松と十四松の末子組の手が挙がった。すると俄かに辺りが騒然となり、生みの親にまで邪険にされたカラ松は薄っすらと目に涙を浮かべる。「ちょっ、トド松はともかくとして十四松、お前いつ誰と喋ったんだよ!?」「どうせお遣いで店員さんとかでしょ?」「それは金銭が介入してるでしょ」「おそ松兄さんが金銭介入って言うとすげー如何わしい」「黙ってないで十四松兄さん何か言ってよ!」「ふっ……隅におけないな、ブラザァー? 流石このギルトガイ自慢の弟……」「はいクソ松来世来世ー」 口々に喋って収拾のつかなくなった場を、松野家の母の貫禄で高らかに手を叩いて収める。「はいよく解ったからもういいわ。そんな底辺ニート達に母さんが良い物をあげましょう。商店街で貰ったの、新しくできたスケート場の割引券よ。出会いがあるかもしれないわ」 [newpage] 果たして出会いがあるかは解らないが、こうして半ば追い出された形で六つ子は三駅先の真新しいアイスアリーナに出掛けることになった。「間違ってもお揃いのパーカーなんかで行くんじゃないわよ!」 普段ダースで同じ服を買ってくる癖に松代にそう釘を刺されたので、各々ニート童貞集団に見えないよう、精一杯努力した装いでリンクに立つ。「てゆーか母親が可愛い息子に向かって底辺って言うの酷くない?」 先程の松代の台詞に、道中から憤慨していたトド松が唇を尖らせる。帽子とお揃いの白い手袋を付けた拳を、口元に添えるところが今日も今日とてあざとい。「まーいーじゃーん、小遣いも貰えたしスケートとか久しぶりじゃね? 超滑っちゃうよ俺―!」「僕、滑れないんだよね……」 ご機嫌の長男に対して、着膨れしたダッフルコートの三男が憂鬱そうに嘆息する。「おそ松兄さんって何気に何でもできるよね」「おっ!! オニーチャン尊敬しちゃうチョロちゃん?! 手取り足取り教えてあげちゃうけど☆」「高くつきそうだから自分で努力する」「おそ松兄さんはボクに教えてよ~」「トッティーフィギュアごっこしよ!」「ぎゃああ十四松兄さんいきなり抱え上げないでえええ!」「おっいーなー! チョロ松俺らもしよーぜ!」「滑れないっつってんだろ馬鹿長男ゴラ振り回すなコラァァァ!」 和気藹々とした会話から離れてぽつんと一人で佇む兄弟がいるのに、松野家の次男、カラ松が気付いた。一松だ。普段通りの光景に見えたが、その顔色がやや青ざめているように感じて、近くまで滑り寄る。「ヘイブラザーァ、どうした?」 背後から声を掛けると、ひとつ隣の弟は悲鳴を上げて丸まった背筋を伸ばす。すると凍った床に足をとられて派手に後ろに転んでしまった。「何だ、一松は滑れないのか?」「うっせぇ。こんなもん滑れる方がおかしいんだよ」 嫌な奴にばれたとばかりに、尻餅をついた四男が兄を睨みつけて言う。「んー? こらいちまぁつ、八つ当たりはよくないぞ」 ガシガシと靴の刃で氷を削る弟を窘めると、黙れ殺すぞと殺気を込めた刃がこちらに向けられた。威嚇にもめげずに、カラ松は余裕の表情で手を差し出す。「ほら、オレの手を掴むといい。いつまでもそうしてると冷たいぞ」 そっぽを向いていた一松だったが、チラと横目で窺ったかと思うと心底嫌そうに、でも素直に手を預ける。 ああどうしてそう一々仕種が可愛いんだ、マイスイートキャットは! 心中で舞い上がりながら、次男は平静を装って弟の手を握る。「クソ松、引っ張れよ」「オーケー、お前は軽いからな」 わざと体重を掛ける一松に苦笑して、カラ松は幸せを噛み締めながら力強く腕を引き上げ、愛しい弟を胸に抱き留めた。[newpage]「――って、なる筈だったんだがなぁ……」 一松に近付いた辺りからの、都合のいい甘美な妄想だった。白昼夢から醒めたカラ松は、スケートリンクの入り口に佇んで独りごちる。自称パーフェクトガイにそぐわない体勢のまま、かれこれ三十分は経過していた。「カラ松ぅー、お前いつまでそこにいんのー? 早く来いよーお」「ちょおっ、おそ松兄さん手ぇっ話さないでよぉぉぉ」 リンクの真ん中で手を振って呼ぶ長男の左腕に、末っ子が必死の形相でしがみついている。「ふっ……、氷上のフェアリー達がオレのセクシーな滑りに熱を上げて、氷を溶けさせてはいけないからな……」 普段なら髪を掻きあげるところだが、一瞬でも手を離すわけにはいかないのでいまいち決まらない。「カラ松ホントそういうのいいから。ちょっとどいてくんないと僕通れないんだけど、つかスケートだっつってんのに何でそんな相変わらずの寒痛い格好? 感覚器官ないのかよ」 通りすがりの、長男の手から逃げ出したらしいチョロ松が追い越しざまに、次兄の尻に膝を入れてくる。覚束ない足取りで、リンクの外周を手すり伝いに回っているらしい。「チョロ松、いついかなる時でもカラ松ガールズに恥じない装いでいなければな。アンダスタン?」 タンクトップに革ジャン、スカルベルトにデニムと普段通りのパーフェクトファッションで、片目を瞑って決めたのに、女子の嬌声どころか辺りは一瞬一切の音が消えた。「ぶはははは! カラ松お前、そんな厳つい格好の上に足ガックガクで恥の固まりだっつーの! バンビちゃんかよ!」 完全に無視を決め込んだ三男の代わりに指さして笑う長男に、カラ松は射殺しそうな眼差しで怒鳴る。「おそまぁつ! お前絶対後で殴るからな!」「ここまで来れるのーぉ? 生まれたてみたいに足震わせちゃってさーぁ。って十四松! 冷べてぇー!」「無重力スパイラァル!!」「うわぁあ! 十四松兄さんドリル掘っちゃ駄目ー!」「いや重力はあるから! つうか何回転してんだよ!」 長すぎるマフラーを振り回して高速スピンする十四松に、十点の札を上げながら兄弟達が揉みくちゃになる様を、カラ松は寂しげに眺める。羨ましいが今は仲間に加わる余裕もない、というか一歩も進めない。 もう俺はわざわざ滑ろうなんて思わずに、ずっとここで佇んでればいいんじゃないか。さながらダビデ像のように、このまま凍えたら恐ろしく美しい氷像ができるに違いない、そしてカラ松ガールズの聖地になろう、うんそうしよう。 カラ松がそう諦観と共に決意した時だった。 す、と音もなく影が近寄る。肩を落としたカラ松が目線を上げると、両手をポケットに入れているのに全く危なげない滑りの四男が、丁度静かに隣に止まった。「クソ松滑れねーの」 途端にカラ松の鼓動が大きく跳ねる。普段の姿も良いのだが、今日の一松は心臓に悪い。これでも家から大分見慣れたつもりだったが、急に近寄られると脈拍が異常に速くなる。 襟刳りが緩く開いた柔らかそうな薄紫のニットに黒のサルエルパンツ。首に巻いた灰色のマフラーの間から覗く白い肌が眩しい。その上から同じく黒の丈の短いコートを羽織って、それだけでも十分魅力的だというのに極め付けに猫耳のついた毛糸の帽子を被っている。 色の印象も相まって、高貴な黒猫のようで控えめに言っても可愛すぎて直視できないし、サングラス越しなのに、発光しているのかと見紛う程に眩しい。この世にこれ程猫耳の似合う成年男子がいるだろうか、いやいない。 奇跡だ。うちの四男は奇跡だとカラ松が感激に身を震わせていると、一松が眉間に深い皺を刻んで両の手を引き抜き、手袋に握った雪玉を次兄の顔面にぶつけた。「人が聞いてんのに無視すんな」「お、おお。一松は滑れるんだな、知らなかった」 これでは立場が全く逆転している、こんなことなら特訓しとくんだったとカラ松は激しい後悔に襲われる。滑らかな足捌きの一松に尊敬して貰うには、ダブルルッツの一つでもできるようになっておかなくてはいけなかった。「スケートは……屋内だし、暑くねーし。割と、好き」 目線を逸らして一松が応える。マフラーに鼻先まで埋めて、くぐもった声と冷気で少し赤みを帯びた頬が酷く色気を帯びている。 やばいぞ、今のは最後の部分だけ死ぬほどリピート再生したい。網膜に焼けつけた映像ごと、夜な夜な寝顔を見ながら延々と流したい。「ボイスレコーダーを買おう」 現実と夢の狭間でカラ松は思わず心の声が出てしまった。「あ? また頭に[[rb:蛆 > うじ]]でも沸いてんのか? 滑れなすぎておかしくなったか?」 怪訝そうに腰を屈めると、一松は無造作に兄の胸を軽く押す。「ノォォォォ! ノン! それはいかんぞブラザー!」 一気に現実に引き戻されたカラ松は必死にバランスを取って抗議したが、一松がクソと呼ぶ次男の言葉など聞き入れる筈もなく、心底愉快気に何度も肩やら腹やらを小突く。「超面しれーな」 一頻り転ばせて満足したのか、一松は嗜虐的に笑って言う。「クソ松、グラサン取れよ。ちゃんと周りが見えねーと話にならねーわ」「いっいやだが裸眼だと目が潰れるかも……!」「何言ってんの?」 弱々しく抵抗するも、半ば無理やりサングラスを剥ぎ取られたカラ松は涙目で一松を見上げる。「――一松お前、最近どんどん格好良くなってないか? どこまで行くんだ? それ以上ハンサムになったらギルティボーイになるんじゃないか? ふっ……、まぁオレの罪深さには些か及ばないが」「どっ……!」 カラ松の言葉に、妙な呻き声を上げて一松は絶句する。鳩尾を押さえているので、また俺はトド松の言うように痛い思いをさせてしまったのだろうか。一瞬不安が過ぎったが、普段の暴力は飛んで来なかった。「クソみてーなナルシシスト発動してんじゃねぇよ……!」 悪態を吐く口元を拳で隠す一松の、照れた顔を拝めた僥倖にカラ松は頬を緩める。こういう表情に、以前は気付かなかった。何かにつけ自分への当たりがきついことには困惑していたが、やたら兄弟達に構われ、心配して貰える四男を羨ましいと思いこそすれ、弟の中で特に気になる存在ではなかった。 それが変わったのは、ある事件以来だ。自分の服をこっそり着る弟に、酷く心が打たれた。どうやら嫌われてないらしいという自信の下に見る以降の四男の言動は、同じ突っかかられるのでもとても微笑ましく、何をするにも可愛く思えた。 極度のブラコンだなと我ながら苦笑する程だが、その割には頻繁に起こる動悸の意味を、カラ松はよく解っていなかった。[newpage]「つかお前、あっちの小さい方でやった方がいーんじゃねーの」 一松はそう言って、顎で隣のサブリンクに続く通路を指す。 確かにその方が人も少ないし、狭いから子供が多くてスピードも出す人もいない。全く動いていないのに、カラ松は先程から人にぶつかってばかりだ。「そ、それもそうだな……」 四男の提案に頷いてカラ松が一歩踏み出した瞬間、豪快に足が滑る。「ノオオオオ!」「ちょっ……!」 咄嗟に目前の一松に縋るも、急にしがみつかれては流石に支えきれずカラ松は弟を巻き込んで倒れてしまった。「いってぇ……」 衝撃に顔を顰めたカラ松が耳元の呻き声に反射的に閉じた双眸を開けると、目と鼻の先に四男の長い睫が震えていた。組み敷いた形になった状況が把握できずに、彼はただ目を白黒させて動転する。腕の下で一松が何か言ってるようだが、全く耳に入らない。「聞いてんのかってクソ松」 微動だにできずにいると、声と同時に脇に鋭い刺激が走ってカラ松は悲鳴を上げて飛び退く。「ふひひ。クソタンクトップなんか着てっからだばーか」 押し付けた氷を見せながら歯を見せて笑うと、一松は立ち上がって尻餅をついている次兄に近寄った。「お前、本当に初めてなんだろ。氷舐めすぎ。幾ら何でもそんな寒々しい格好ねーだろ」 ぼけかすと罵倒しながら一松は首元のマフラーを解いて、兄の顔にぞんざいに巻き付ける。「せめて首くらいあっためたら」 ぐるぐると何重にも巻かれたマフラーは、弟の温もりを孕んでいた。そしてマフラーを外したせいで浮き上がった鎖骨が露わになって、カラ松は目のやり場に困る。(しかも、これって、さっきまで一松の口……口元に……) 瞬間、体温が一気に上昇するのが解った。体中の血が沸騰しそうだし、暑くて仕方ないほどだが死んでもこのマフラーは外したくない。 大の男が一体どうしたんだと、彼は己の反応に混乱していた。カラ松ガールズとのランデブーをイメージする時ですらいつだってクールでスマートなこのオレが、弟の唇が触れたマフラー一つでこうも動揺するはずがない。無心でそう言い聞かせていると、次いで目線が自身の服に留まった。 そう言えばこれは、あの時一松が着ていたんじゃなかったか? 何度も反芻したせいで今では一瞬で、あの時の部屋の様子から一松の表情まで寸分違わず甦る。おそ松は邪魔なので記憶から省いた。 同じ体型の筈なのに、随分と袖や腰幅が余っていた。ジャケットはあれからまだクリーニングに出していない。襟首に、一松の移り香が残っていた。夜、俺に背を向けて丸まって寝る一松の、白くて細い[[rb:項 > うなじ]]の匂い。「わあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 今頃、何故だか猛烈に恥ずかしくなってカラ松は叫ぶ。何故急にどうしたんだと自問しても、全く答えは浮かばなかった。あれからも何度も普通に同じ服を着ていたじゃないか。何を今更。 氷上なのを忘れてカラ松が反射的に立ち上がると、当然またも滑って盤面に両手をつく。踏ん張ろうとしても両足がどんどん別方向に離れて行って、彼は違う悲鳴を上げた。 兄の奇行に呆然としていた一松だったが、周囲の視線に気付いて急かすように言う。「クソ松、転びすぎて頭打ったか? 迷惑だから早くあっち行くぞ」「いや、すまないがちょっと立ち上がれない」 しかも色々な意味でやばい。早く鎮まれ氷は沢山あるじゃないか冷えろ冷えろ冷えろ冷えろ。 カラ松は念仏のように唱え続けて必死で突きあがる衝動を抑える。腰がひけていても不審がられない状況なのがせめてもの救いだった。 腕立て伏せのような体勢でどうにもできず、全身を震わせている兄の様子をしばらく困惑気味に眺めていた一松は、意を決したのかぐい、とカラ松の腕を掴んで引っ張り上げた。意外な力強さにまた不意打ちの動悸が襲う。「行くぞ」 素っ気無く言い捨てて先に立つ背中に小声で礼を言うと、心臓が持ちそうにないと、カラ松は火照った顔を冷え切った手で押さえた。[newpage] 小スケートリンクは、案の定[[rb:人気 > ひとけ]]が少なかった。殆どが小学生未満の親子連れで、椅子型のそりを押す微笑ましい光景が広がる中、成年男性二人連れは明らかに異質だった。しかしこの際仕方ないと、なるべく邪魔にならないように、二人は隅に陣取る。「じゃあ、とりあえずリンクに立って」 先に氷上に出た一松が、両足を交互に上げて見せながら言う。その様子を見たカラ松は小刻みに頷き、恐る恐る右足をリンクに下ろして深呼吸を繰り返す。問題はここからだ。もう片方を慎重に、ゆっくりと持ち上げたにも関わらず右足の方が何故か勝手に動き出して次男は泡を食う。「おおおおマイフット! 何故だ頼むから離れていかないでくれ! 股が割れる!」 カラ松が絶叫して両腕を必至に泳がせていると、その手を掴む感触があった。「落ち付けって」(うわあぁぁぁぁぁ!) カラ松の内心はパニック寸前だったが、辛うじて無表情を貫く。「うわ、めっちゃ指真っ赤じゃん。馬鹿だろ、この痛いグローブが手袋代わりになるかっつの」 手の甲と指先の出たリベットグローブを包む一松の手袋に、嬉しいのにその赤い色を見てちりと胸が焼ける。色にまで嫉妬するとは自分でも馬鹿げていると解っていたが、きっと青は身につけてくれないだろうと思うと、カラ松の心は微かに軋んだ。「凍傷なるぞ、感覚ないんじゃねーの?」 掴んだ指の先を握りしめて、四男は意地悪そうに歯列を覗かせる。力を篭めているらしいが、確かに感覚はない。だが凍えたせいとも違う。容量オーバー過ぎて、脳の処理が追いつかない。「おれの力じゃ痛くねーか」 一松は兄の反応がないのでつまらなそうに拳を緩めて、代わりにカラ松の掌を取った。「オラ、歩かなくていいからそのまま力抜いて滑ってみろ」 荒い口調で次男の両手を握ってゆっくりと手を引く。感覚は未だになかったが、手袋の温もりだと錯覚するほどに胸の内が暖かかった。 何だ今日は、どういう幸運日だ。知らない間に、一生分の運を今日だけで使い切る契約でもしたのか俺は。グッジョブだ俺。一片の悔いなしだ。「腰ひけすぎ」 普段からうざい兄の情けない姿が心底愉快なのか、一松もかなり機嫌が良い。だがそれでも、中々カラ松のスケートの足は上達しなかった。[[rb:外 > ほか]]の事に意識が行き過ぎているのが原因だったが、一松は意外にも責任を感じて顔を曇らせる。猫耳も垂れているので、酷くしおらしく見える。「何か流れでおれが来ちゃったけど、別に教えるのうまくないし……おそ松兄さん呼んでこようか」「いっ、いや!」 踵を返そうとする一松に、不自然な大声が出てしまったカラ松は慌てて取り繕う。「あ、あいつは、トド松に手一杯だろうし、大丈夫だ。でもすまなかったな、長いこと付き合わせて。オレは少し一人で練習してみるから、一松はあっちで滑ってきていいんだぞ?」 動こうとしない四男に、カラ松は遠慮しているのかと笑って促す。「一松ガールズが声を掛けたくてお待ちかねだ、きっと」「……そんなの、いる訳ないデショ」 ハッ、と息を吐いて自嘲気味に[[rb:嗤 > わら]]う弟に、いない訳がないとカラ松は喉まで出かかったが、声にはならなかった。行って欲しくない本音が勝ってしまった。「もうここまでしたんだから、最後まで付き合う」 オレは本当に何故ボイスレコーダーを持ってないんだ! カラ松はぐっと顔を[[rb:顰 > しか]]めて拳で己の足を殴って耐える。 「それに、滑れないお前をいじるの面白れーしな」 どんな理由でもいてくれるなら構わなかった。滑れないままのほうが得な気がするから、一向に上達しないのかもしれない。「まぁでも……ちょっとは滑れるようにならないとな」 言いながら一松は、リンクの壁際に溜まった氷を掻き集めて固め始めた。何もできずに次兄がただその作業を眺めていると、四男は両腕一杯に作ったみそれのような[[rb:礫 > つぶて]]をカラ松に向けて力一杯投げつける。「うおっ!」 ぶつかっても避けてもバランスを崩して倒れる兄に、次々と一松は作り溜めた玉をぶつける。「いちまぁ~つ! ぶっ、これはちょっとぶはっ、いい加減にしないとべっ、止めてくれないかっ」「いい気味だな」 気付けば周囲は二人きりになっていた。偶然か、もしくは野郎二人がスケートの練習をしているところに踏み込む勇気のある良い子がいないだけかもしれないが、それもあって一松の投球には全く手加減はない。矢継ぎ早に露出している部位を狙って痛めつけられているのに、カラ松はこんな時でも嘲笑する一松も可愛いと思ってしまう。「オラ、ムカついたんならここまで来いよ」 数歩離れたところで四男は腕を広げて、顎をくいと上げて言う。本人は煽っているつもりなんだろうが、誘っているようにしか見えず、松野家次男はかなり発奮させられた。何度転んでも構わずに一心不乱に足を踏み出すが、もう少しで指先が届きそうになるところで、一松は絶妙なタイミングで後ろに下がる。「くっ、いちまぁつ! ずるいぞ!」 カラ松の苛立ちを勘違いしたのか、一松はわざとらしく腕を抱いて身震いする。「ひゃー、怖い怖い。オニーチャン、捕まえられるもんなら殴るなり何なりしなよ」「その言葉、忘れるなよ!」 心なしか一松の表情も高揚している風に見えたのは、兄の願望だったのだろうか。[newpage] 結局、気が急いて前屈みになりすぎたのが敗因か、下心丸出しだったのがいけなかったのか一度も一松は捕まえられなかった。 膝に手を置いて息も絶え絶えの次男に、リンク整備の車両が入ってくるのに気付いた一松が指でベンチを示す。「奢ってやるから、待ってろ」 綺麗なフォームの後姿に[[rb:見蕩 > みと]]れながら、カラ松も不恰好ではあるがどうにか転ばずにベンチまで歩く。「3分」「センキュー、ブラザーァ」 差し出されたカップラーメンと割り箸を受け取ると、一松は自然に隣に腰を下ろす。普段より距離が近い、ただそれだけのことがこんなにも嬉しい。 カラ松が湯を注いだ容器を両手で包んで暖をとる弟の姿を盗み見て幸福感に浸っていると、車両についたブラシに磨かれる盤面に目をやっていた一松がぽつりと呟いた。「凍らせたらいいのか……」「ん?」 聞き返すと一松は我に弾かれたように兄に焦点を合わせて、焦った様子で訊き返す。「今おれ声に出てた?」「ああ、出てたぞ。何を凍らせたいんだ?」 尋ねると何でもないと言う風に四男は[[rb:頭 > かぶり]]を振ったが、黙って凝視する兄に観念したのかしばらくして鬱陶しそうに口を開いた。「例えば、なんだけど」 うんうんと相づちを打つ次男をちらりと横目で見て、一松はぼそぼそと続ける。「こういう入れ物に、液体がみちみちに入ってるとして。こんな風に、ぴっちり蓋もしてるんだけど、どうしても漏れるんだ。中身が」 両手の中のカップラーメンを俺に示して、一松はぺろりと唇を舐めて言う。それは彼の緊張している時の癖で酷くセクシーだが、今は真剣に話に耳を傾ける。 「漏れる度にちゃんと、きっちり塞ぐんだけど、またすぐどこかに穴が開いて……漏れて、塞いで。延々それを繰り返してる」 一松はそこで一旦言葉を切り、深い溜息を吐く。正直要領を得ない内容だったが、頼れる兄貴をアピールしたいという邪な心と、こんなに長く一松が話してくれることが嬉しくて、カラ松の思考は目まぐるしく回転していた。「だからそれを絶対漏れないようにするには、凍らせたらいいのかなって……」 話したことを後悔しているのか、消え入りそうな語尾の後は長い沈黙が流れた。「ごめん意味不明で。何でもない」「……凍らせるのはいいが、液体が固体になると体積が増えるから蓋が壊れるんじゃないか?」 背を縮こめて俯いていた一松は、カラ松の指摘に弾かれたように顔を上げて大きく瞬く。「それに、その液体は水か?」「いや……えと、どうかな」「水じゃないなら、簡単に凍らんかもしれんぞ。ご家庭のフリーザーじゃ無理だ」 一差し指を立てて言う次男に呆気に取られた様子の四男が、唇を震わせて絞り出すように呟く。「何、そんな真剣に考えてんの……」「ん? 当たり前だろう。しかし漏れるのはソーキュートなマイブラザーが困ると……」 妙案はないものかと目を細めて、カラ松は右手に持ったカップラーメンを見つめる。すると突如降った閃きに、嬉しくなって思わず弟に詰め寄った。「ならいっそ逆に熱したらどうだ?! でだな、こうして……」 言いながらカラ松が弟の持つ容器の封を外して蓋を開けると、食欲をそそる匂いと共に白い湯気が一斉に立ち上った。「ほら、蒸気になってしまえばもう漏れないし、何よりあったかいぞ!」 これで解決とばかりに破願する次男だったが、すぐに顔色を曇らせて唸る。「あ、ああでも水じゃないんだったか……となると加熱厳禁かもだな?」 腕を組んで頭を捻っていた次男だったが、[[rb:頭 > こうべ]]を垂れて黙りこくる弟の様子に一気に不安が襲う。「す、すまない一松。オレはまた間違ったことを言ってしまったか……?」 おずおずと尋ねると、一松は乱暴に袖で顔を拭って長く白い息を吐いた。「……クソ松。―-勝手に人のモン開けんじゃねーよ」 大きな舌打ちと共に返された毒舌に、次男は胸を撫で下ろす。細められた瞳が潤んでいる気がしたが、触れずにただ笑みを返した。「ああ、それは悪かったな。オレのと交換しよう」「……いい。それより伸びてるぞ、早く食え」 言うと、豪快に音を立てて一松は麺を啜り始めた。鼻を啜る音も何度か聞こえたが、訊いてもきっと熱いせいだと蹴りが来るだろうから、カラ松も腹を満たすことにした。[newpage]「あーっ! 兄さん達がいいモン食べてる!! ずりーっす!」 突如、十四松の鋭い声が響く。すると後に続いて騒々しく残りの四人も次々と押し掛けて来た。「あーもーお腹空いたー、一松にーさん僕にも一口ちょーだい☆」 末っ子が可愛らしくおねだりして口に麺を運んで貰うと、便乗して長男も小首を傾げてトド松の声色を真似る。「一松ぅ☆ オニーチャンにも一口頂戴☆」「おそ松兄さんは一口がでかいからヤだ」「ええーー! ちょっとチョロ松何か言ってやってよお宅の息子、躾どーなってんのぉー?」 三男にのし掛かってぐずる長兄を、チョロ松は心底鬱陶しそうにあしらう。「お宅の長男こそ一番どうなってんだだよ、カラ松に貰えばいいじゃん」「いや、これは一松がオレに奢ってくれたものだからな。可愛いリルブラザーがくれたものは悪いが汁一滴ともやれんぞ」「何それじゃあカラ松が俺に奢ってよ! 奢ってくんないとラーメンに氷突っ込むよ!」 両手いっぱいに氷を集めて理不尽な要求を突きつける長兄に、カラ松は慌てて手を翳す。「なっ、それは勘弁してくれブラザー、解った! 解ったから」「わーいカラ松にーさんのおごりーぃ!」「ありがとなりのトトロッティー!」「いやトッティとトトロを混ぜるなよ十四松、一体どうしてそこ混ぜた、腹黒いよ絶対混ぜたらヤバいやつだよ!? あーもう突っ込みすぎて喉渇いた。アイス食べたい」「あそーだ、十四松兄さんいい加減若い女子って誰か教えてよー」「うあのねー、トトコちゃんのセ」「「「セッ!?」」」「セルフィーの踏み台になってたー」「おいそれどんな状況だよ!」「俺も踏まれたいいい!」「おそ松兄さんってば尊厳って言葉知ってる?」 財布ごと強奪されて、カラ松は器用にスケート靴で飛び跳ねながら休憩所へ向かう兄弟を唖然と見送る。「え、全員分とは……」 伸ばした手は虚しく空を掴んで、抗議は届く筈もない。カラ松は潔く財布の中身は諦めた。すると食べ終わったらしい四男も立ち上がって、残った兄を覗き込む。「おれも、アイス食いたい。カラ松兄さん、奢ってよ」「あ、ああ! 勿論だ」 久しぶりにクソの付かない兄さんと呼ばれたことに三度目の録音機購入を固く誓って答えると、一松は何か思いついたように取り消す。「ああ、いやいいや。この分は、またスケート教えるってことでチャラにして」 耳を疑った言葉にカラ松が間抜け面を晒していると、猫のような弟は澄ました顔で皆の後を追って歩き出す。「ぜ、絶対だぞ!」 慌ててカラ松が上擦らせた声で背中に念を押すと、肩越しに振り返った口の端に微かな笑みを含ませて、四男はひらひらと右手を振った。 何なんだろう、この感情は。タンクトップの胸元を皺になる程強く握り締めながら、カラ松は考える。 解らない。でもああもう本当に、これ以上は長く押さえられそうにない。 今ここで伝えるのは兄の[[rb:沽券 > こけん]]に関わるから、巧く滑れるようになったら。 あいつを簡単に捕まえられるようになったら、きっと。