外国人の講演会に行くと大概は通訳の方が付いていて、不自由せずに済むのでありがたい。
わたし自身は中学英語のレベルだけれども、それでも通訳の仕方は気になってしまうほうです。

うまい通訳者がいると講演会のレベルは引き上げられるし、聞いてるほうも気持ちがいいのだけれども、そうじゃない訳者だとちょっと騒つく感じがしますね。

中学レベルで語れることではないのですが、良い通訳者は日本語の理解が深く語彙も多いということは言えるでしょうか。昨日はまさにそんな訳者の方が付いた講演会でした。
日本語を知っていることが良い通訳者の条件だとすれば、その逆もしかりで、自分の発言を訳してくれる人を探す場合は、その国の言葉をしっかり知っている人にお願いしたいものです。そうじゃないと真意が伝わらない。

ビジネスでそういう苦労をしている人は沢山いるのだろうなと思います。
また小説や実用書も、いったいどこまで真に迫っているのだろうと。

わたしは外国映画のDVDを借りた時は、わりと面倒な見方をします。
字幕で見てから吹き替えで見直す、或いは字幕で見ていて途中で気になったら巻き戻して吹き替えで見直してを繰り返す。
感情移入して見たい場合は前者でないとダメなので、どうしても2回見る形になってしまいますね。

字幕と吹き替えでは、だいぶニュアンスが違ってくる場合が多々あるので、どうしようもないです。

人にはそれぞれ、気になるポイントがありますね。
それがクセとも言うのでしょうが。
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あっという間に7月になっていました。びっくり!
今日は久しぶりに心を揺さぶられたのでブログに書く事にしました。

世間でも連日ニュースで話題になった加藤一二三棋士は、その愛すべきキャラクターとは裏腹に、生粋の勝負師としての生き方を貫いていて、心底素敵だなと思わせるのです。

将棋の事は詳しくはありません。
駒の動かし方を知っている程度で、素人打ちが出来るくらいです。
ましてや将棋界の現状など何一つ知らないのですが、ただ、彼ほど潔い勝負師も居なかろうと思うのです。

名人と言われた人物が負け続けて底まで落ちて、引退せざるを得ないところまで指し続ける姿は、もしかしたら無様に見えるかもしれません。
しかし、わたしにはカッコ良すぎるくらいです。

日本人の奥底には、少なからず潔さに対する尊敬と羨望と哀愁とが入り混じった美学が流れていて、それは武士道からくるものなのか、そもそも執着を好まない民族なのか、ともかく引き摺らないきっぱりとした思想、儚いものへの愛情は、独特に持っていると思うのです。
特に、わたしはそう(笑)
しかし一方で、地べたを這いずり回って泥水飲んで、人から蔑まれてそれでもしがみついて、という生き方も「カッコいいな」と思う。
むしろ、こっちの方がカッコいいと思ってるかもしれない。

無様な格好を見せられる強さ、というものに、この上ない憧れと尊敬を持ってひれ伏します。

将棋を知らないわたしが、知ってる事だけで書いたものですが、単純に、きれいごとじゃない人生を見せてくれる人が好きだ、というはなしでした。

人生とは、死ぬその時までが、人生ですもの。
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週末の出張に合わせて、昨日は久しぶりに美術館巡りをしました。
馬鹿みたいですが、ぶらぶらする時間が贅沢なようで、大好きだった事をずっと控えていました。
いやホント馬鹿みたいです(笑)

新国立美術館では、開園と同時に着いたつもりでしたが、チケットを買うだけで20分待ち、その後ミュシャ展を見るのに20分待ち、草間彌生展を見るのに50分待ちという、平日なのに大盛況。
いつも思うのですが、日本人って芸術が好きですよね。
だって、わたしが鑑賞して出て来たら、もっと長蛇の列でしたから!これはなかなかの忍耐力が必要です。






この後は森アーツギャラリーまで移動しエルミタージュ展を鑑賞して、一日中絵画三昧でした。



ところでホームページのメールに不具合が起き、現在は閉鎖させて頂いております。
今はホームページの改正も含めて修復中ですので、ご迷惑をおかけしますが予約はお電話にてお願い致します。
よろしくお願いします。

何事も充電は必要ですね。
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今日はこんなご質問をいただきました。
最近は若い人よりも、年配の人のマナーが悪いと感じるのはなぜでしょうか?という疑問です。

これは、終戦日まで逆算すればいいと思います。
今年は戦後72年でしょうか。そう考えると、70代の人でも赤ちゃんか小学校低学年の年齢、80代で小学校高学年から中学生の時期を貧しい中駆け抜けてきたということになります。
つまり世間で言う老人と言われる世代の人が暮らした幼少期の日本は、焼け野原で食糧難の時代です。それは少なく見積もっても今の60代まではあったでしょう。それでも戦後10年しか経っていません。

とすると、礼儀や作法や教養よりも、今日食べることに必死な人たちで溢れていて、なりふり構わず生きることに必死な人たちが居た。そこに物質至上主義のアメリカ文化がどっと流れ込み、人間の本質は物質が豊かであることという刷り込みが行われて行った。
つまり日本人の元来の本質は失われてしまい、そんな人たちが育てた子供も人として大切なことを教えられないまま育って行き、間違った物質至上主義の連鎖は今日まで続いているのです。

今の社会現象は世代を超えて連鎖している負の遺産とも言えます。
わたしも含め、わたしたちの見ている社会は自分が必ず加担しているということです。政治家や社会のせい、人のせいにするのは容易いことですが、いちばんは自分に責任を持つということ。
実はたったこれだけしか答えは無いような気がするのですが、いかがでしょうか。
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最近はご紹介で来ていただく方が増えております。
本当にありがとうございます。

身体は十人十色ですから、皆さんに違ったアドバイスができるよう努めています。
毎日が勉強で、セミナーや講習会にも行き続けていますが、本もたくさんあって読むのが大変です。
いろんな人が、いろんなことを考えて、様々な方法で身体にアプローチしていますから、どれがいいのか勉強し続けないといけませんね。

その人に一番合ったやり方で、最高の施術とアドバイスができるよう頑張ります。
新年度ですから、ダラけないよう自分に活を入れてみました(笑)


人間は、ややもするとラクな方、ラクな方に行きますから、自分で自分を律することの大変さは、誰より深く知っているつもりです(つまりダラけやすい性格です)。

季節の変化は、気持ちを新たにするきっかけになりますね。

緑が芽吹き花が咲き、花粉症ではないわたしは、春が来ると嬉しいばかりです。
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全日本トライアル選手権ランキング4位の小川毅士選手をサポートして2年目に入りました。
今日は今年最初の開幕戦が、地元茨城県の真壁市で行われました。

昨年の小川毅士選手は思うような結果が出せずにいました。気の短いわたしはちょっとイライラしており、今年は応援に行かずに仕事を入れていました。
しかしクライアントが帰ってしまうと、ソワソワしてじっとして居られません。最後は現地に行っている人からLIVE動画を見せて貰ってスマホで観戦。
久しぶりにドキドキしましたー!




写真右手が小川毅士

結果は1点差で3位でしたが、開幕戦に表彰台に上がったのでヨシとします。
わたしが知ってる小川毅士は万年4位でしたから、今年はいいとこ見せてくれそうで期待できます。
去年1年で身体のケアは充分です。
あとは本当にメンタルの部分だけですね。
他人を見て、メンタルって本当に大事なんだなぁと改めて思い知らされました。

とにかく、よかった~。
なんだかホッとしました。

ちゃんとサインもしてるみたい。
トライアルって何?と思った方は是非ググってください。
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あっというまに2月が過ぎてしまい今日から3月です。


それにしても歳をとってきて感じることは、自分の心地いいことしかしなくなったということ。


若い頃はくよくよ考えるタチで、それを忘れるようにしてみたら、あら、すっかりくよくよが直ったばかりか、他のことまで忘れるようになってしまいました。
これはちょっと困るくらい健忘が酷くて、旧くから知っている人は何も思わないでしょうが、最近知り合われたばかりの方には申し訳なく、初めに「名前や顔を覚えられないのです」とおことわりしてみるのですが、みなさんわたしもそうですよと真剣に取り合ってくださらない。


そうです。わたしの健忘はホンモノなのです。ですから失礼があった場合は、どうぞご容赦ください。


さて言い訳が済んだところで(笑)本題に入りますが、そうやって成りたい人間になることはできるのですね。

あるシーンで繰り返してしまう自分の癖はほとんど直せます。
ただし本当に直したいのか自分に問いかけてくださいね。
性格に善悪はありません。
良いと思われている面があれば、悪いと思われている面もあるのです。一見マイナスに見える部分も、そのおかげで生じるプラスの側面があるはずです。


何事も見ようですから、どうぞご自分がラクな方へシフトするもよし、せずもよし。
ご自愛くださいませ。
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書店でぶらぶらしていたら「解決したがる男、共感したがる女」という背表紙が眼に入った。
先ずそこで思ったのは、わたしは共感して欲しい気持ちよりも解決したい気持ちのほうが強いな、と感じたこと。

その本を手にとることもせずに中身を論ずることはしたくは無いが、その言葉だけで話しを膨らませるならば、全ての事はグラデーションなのだと思う。

誰しも自分の認識している性別だけではない多様性でできている。
男っぽい自分を感じることもあるし、女っぽい自分を発見することもある。性別上は女なのだから、女性的な部分の発見というのはオカシイのかもしれないが、芸妓さんやクラブのホステスさんとか、女性であることがその仕事の性格上絶対不可欠である場合以外は、自分の性別を意識してはいないような気がする。
しかし、心は男性なのに身体的な区別として女性だどか、その逆とか、同性愛や両性愛、時代がくっきり男女を隔てなくなった今、そのどれでもない性別は無いんだという人や、人間は好きではないという人もいて、どんどん多様性が認められつつあることは本当に良いことです。

なぜなら括られることで苦しんでいたはずなのです。

性別に限らずいろいろなことが多様にできていて、当てはめ無くてもいいのでは?と思っています。


差別って、そういうところから始まるものでしょ?
区別と差別は全く違うものですよね。
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くだものでも野菜でも、とにかく糖度を求めるのはいかがなものか。
昔に比べたら、トウモロコシだってイモだって、ずいぶん甘くなっている。
中でもお米なんかは、この20年くらいずっと甘味を推した品種が喜ばれているけれど、わたしなんかは不味くて食えないと思ってしまう。
穀物にどうしてそんなに甘味を求めるの?

あんこが甘いのも、チョコレートが甘いのもいいけれど、ごはんまで甘い必要は無い。
もはや穀物の味ではない。
みかんだって、酸っぱいみかんが食べたいのに手に入らない。


よほどで無ければ甘さはすぐに手に入る。ジュースやらスイーツやら、24時間欲しい時に手に入る。

この時代に甘さを遮断することは相当難しいのではないか。

甘党の人の話しを聞いているだけで、すっかり胸やけしてしまいました(笑)


もっと素朴な味わいを大事にしたいものです。
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何から何までそれのせいにはしたくは無いが、脳や遺伝子の事を知ると、力んでいたものがスッと解放されたような気持ちになる。

どうやら日本人は世界で最も心配性な遺伝子が発動している民族で、しかも80.2%の人が心配性だという。つまり10人に8人は心配性な性質なわけだ。
そもそも脳から出る安心や安定といった気分を司るセロトニンが少なく、その為に不安な気持ちが生まれるのだとすれば、これは自分ではどうすることもできない。

また反射性が劣っているらしいのだが、それは正確性を重要視するので素早い意思決定にブレーキをかけているという。これはXシステム(反射性)よりもCシステム(計算)を優先させる為に、判断が遅れる(遅い)という結果になる。
ここまで聞くと、日本人はスポーツには向いていない気がしてきた。


また、聞いていて嫌な気持ちになってしまったのだけど(笑)日本人は世界で最も失敗を嫌う民族だそうです。
快楽や喜びを司るドーパミンが出にくい民族(南米が多い)は、たくさんの刺激が無いと満足しないつくりになっているので、チャレンジすることやリスクを侵すことで刺激を得ることがある。
一方日本人は失敗しないことが満足につながる=チャレンジしない遺伝子が世界でも類を見ない民族だそう。
チャレンジを褒めないメンタリティが我々の中にあるのだとすればどうしたらいいのか?


裏返せば勤勉で正確で協調性があるということだから、なにも悲観することばかりではない。
物事は裏と表でできているのだ。

世界でも稀な性質だとすれば、その性質を受け入れ、誰かや何かを批判するのではなく、これは遺伝子のせいで失敗したのだからしょうがない、でもこういう風には改善できるよね?というおおらかな気持ちで(心配性だから、なかなか難しいかも笑)取り組むしかない。

知ると納得することってありますよ。
だから生きるって面白い。
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