ウェブブラウザのJavaScript(ジャバスクリプト)の設定が無効になっています。Javascriptが無効になっていると、サイト内の一部機能がご利用いただけません。 ダマスクローズの花言葉(男装あんず+2年生+英智+渉)2016年2月26日 23:01 ネクタイは窮屈だと言ったら弟には首を傾げられた。確かに、もうネクタイをつけるようになって三ヶ月以上は経つけれど、やはりまだ鏡の中にいる自分には慣れない。 否、慣れることなどないのかもしれない。 これは、わたしにとって偽りの姿で、本当のわたしという存在はこの姿の後ろにずっと隠れているのだから。「転校生じゃねーか」 学院の廊下にある鏡をぼうっと眺めていると後ろから声がかけられ、同時にお尻のあたりに蹴りが入る。これは彼なりのじゃれつきであるのだが、そんな彼は隣のクラスの大神晃牙だ。イヌ科ヒト目と心の中で勝手にあだ名をつけているのだが、幸いなところまだ彼にはバレていないらしい——というよりも、言ったところでなんだか喜ばれそうな気もする。「おはよう、晃牙くん」「相変わらずきもちわりーくらいきちっとした着方だな」「そりゃまあ」 いろいろと隠さなければならないものがあると人間、きっちりとした人間になるものである。 移動教室は一番はじめ、着替えも瞬く間に済ませ、ついたあだ名は壊れたアラーム時計だった。最近、俺の家の時計、十分前にアラームが鳴るんだよねと明星スバルが言い放った所為である。 晃牙くんの言葉に苦笑いをしていると突然、彼に腕を掴まれてそのままぽいっと投げ捨てられた。「転校生殿!お覚悟——なにっ!?転校生殿が視界から消えたのであぬわあっ!」 わたしが顔面をしたたかに地面に打ち付けている時にわたしになぜだか襲いかかってきた神崎颯馬は、そのまま壁に刀ごと体当たりをしている。勢いあまっての事故だろうが、抜き身の刀を所持している時点で警察沙汰だとはもはや周囲の誰もが考えていない。 鼻の辺りをさすり、血が出ていないことを確認するとわたしは起きあがって、地面に投げ捨てた張本人をみやった。彼はバツが悪いのか、顔をそらしつつケッと唇をとがらせる。「咄嗟じゃ、加減きかねーんだよ」 責めているつもりはないのだが、ちょっと反省しているらしく、しょんぼりとした雰囲気を見ているとむしろ気の毒になってしまった。「別にいいよ、命の危機は免れたわけだから」 立ち上がり、刀が壁に刺さっているのをちらりと見ながら、これがバレたら蓮巳さんが大声で颯馬くんと何故かわたしを怒鳴るんだろうなあと思うとすでに気が重くなる。 プロデューサーのくせに、アイドルたちに襲いかかられてどうする!というやや、無茶を言うな的な文言を言う彼の姿が脳裏に浮かび、それから、自分の身体を見下ろした。 大丈夫、ネクタイは確かにややゆるんだけどすぐに直せるし、服はちっとも乱れてない。 そうだ。今のわたしには命と同じくらい、大切なことがある。「だいたい、僕はアイドルじゃないんだから、顔がぶつかったくらいどうってことないしね」 ——今のわたしは、僕なのだ。*** そもそものきっかけを話そう。きっかけというともったいぶっているような、とんでもない話が出てくるような気がするかもしれないが、これはとてつもなく短く済んでしまう話なのだ。 ——天祥院英智が、うっかり間違えて男子用の制服をあんずに手渡した。 きっかけはただそれだけだ。 もしかしたら、まだ女子用の制服が出来ていないのかもしれないと勝手に納得したあんずは言われるがままに男子用の制服を着て学校へ登校したのだ。 すると、門の前で演劇部の部長である日々樹渉によって部室に連れ込まれ、特殊メイク並みに手のこんだ男装をさせられた。 そうして、気がついた頃には英智によって名簿の名前も元の名前からもじった男子のような名前に変えられ、「転校生くん」が誕生したのである。「やっほーい、転校生!」「わっ!……って、スバルくん。えっと、今は部活中?」「そうそう!ちーちゃん先輩がグラウンドを夕陽に向かって五十周とか言うから黙々と走ってたんだよ」 後ろから抱きつくもといタックルをかましてきたのはバスケ部のユニフォームではなく、グラウンドを走るためのジャージに着替えた明星スバルだ。「スバルくんは走り終えたの?」「まだ三十ー転校生が見えたから走ってきたんだけど……あれ?それ、また生徒会?」「あ、うん。そうなんだ」 抱えた荷物はどうにかタックルにもたえたらしい。ぎゅっと抱きしめるようにしている荷物は生徒会、もとい、天祥院英智宛のものである。 革命は起きた、そして、成し遂げられた。Trickstarと、ここにいる転校生によって。だが、それだけで物語は終わらなかったのだ。 そして、女子だとバラす絶好のタイミングを逸したまま、あんずは転校生くんとしての日常を送っている。 今のところは男装をほどこした日々樹渉と、諸悪の根源である天祥院英智以外にはバレていないと思うが、ここ最近はいっそバレたほうがいいのではないかと思い始めていた。 皆、どうにも容赦がないのだ。刀を振り回して切りかかってくるクラスメイトに、出会い頭に蹴りを入れてくる狼属性の彼に、タックル同然に抱きついてくる犬属性の彼に、一時間は正座をさせて説教をする先輩に——どうしたって、体力がもたない。 だから、息抜きにとガーデンテラスに赴いては紅茶部の部活動に混ぜてもらったり、図書室まで赴いて勉強と称したステージ画や衣装のデザインを描いたりしているが、それでも、日に日に疲れはたまっていく一方で、だから、あの人が生徒会室においでと誘うようになった。「……転校生、変なことされてない、よね?」「変なことって……まさか、英智さんに?そんなわけないよ」 じっと天祥院様へと書かれた荷物をみるスバルの視線にそう返せばスバルはならいいけどと肩をすくめてみせる。「最近、変な噂ばっかり聞くからさー」「変な噂?それって——」「明星ぃいいいーーー!!!」 大声とともに颯爽と現れたのはバスケ部部長の守沢千秋だ。うげとスバルが顔をしかめたのと彼がスバルの手をがっしりと掴んだのはほぼ同時のことだ。「こら!サボリはよくないとあれほど言っただろう!」「自分だって日曜の朝は半分サボリみたいなことしてるのに……」「むっ!何だ?何か言ったか?」「あーあー、なんでもないってば。もう、俺走ってくるから。それじゃあ、転校生、また明日!」 スバルは千秋の手をふりほどくとさっさと走り去っていく。置いて行かれた千秋はこちらを見やり、ふっと笑った。「転校生は今日も仕事か、関心するぞ!……おまえもいつも、がんばってるな」 それだけ言うとぐしゃりと頭をなでて、そのまま、彼も同じように走り去っていく。「……本当に、ヒーローだなあ」 相も変わらず、正義のヒーローなのだなと思いながら腕の中の荷物を思い出し、あんずは走らないように気を付けながら階段をのぼっていった。生徒会室と書かれた扉の前で、自分の服を軽く払いノックをするとどうぞと返事がある。 そわそわとしながら扉を開けると、そこには上質のビロード生地がはられたチェアに優雅に腰掛ける天祥院英智がいた。男装の元凶とはいえ、未だに会うと萎縮してしまうところは否めない。 とはいえ、それを差し引いてもこの人の前でしっかりと立っていることほど体力を使うことはないように思える。それも、彼の懐刀であるところの日々樹渉まで伴われては自分の存在が場違いにもほどがあった。「それ、僕への荷物かい?」「はい」「そう、ありがとう。すまないね、君にそんな雑用の真似事をさせてしまったなんて」「ぜんぜん、大丈夫です。そんなに重い荷物でもありませんでしたし」「そうはいっても、僕だって紳士の端くれなのだからね、君にそんなことをさせて申し訳ないと思うんだ。……そこにかけてくれるかい?」 日々樹渉の隣を示されて、目を瞬かせれば腕から抱えていた荷物を英智に引き抜かれ、そのまま渉に手を引かれて隣に座らせられる。 視線を感じて見上げれば上機嫌そうな渉がいた。「ふふふ、我ながら流石としか言いようがありません。よもや、あなたを女性だとは誰も思わないことでしょう。そう、言うなれば今のあなたはちょっと可愛い隣のあの子、的な見た目をしているのですから」「それって、女も男も関係ないというか、どちらかというと女寄りでは」 思わずツッコミをいれるとなおのこと笑顔になった渉がええええと相槌を打ってくる。「そうなのです。私がどう隠そうとしてもあなたの女性らしさはにじみ出てしまうのです!Amazing!まさに生命の神秘ですね!!」「渉、声が大きいよ」「おや、これは失礼。……とはいえ、これだけ私の技術で隠してはいるものの、どことなく可愛らしさが出てしまうのはもはや、顔の造作の問題でしょうね」 顎を掴まれ、ふうむと見つめられては酷くドキドキして居心地が悪いが彼の視線にはたぶん、そういう意味はないだろう。いくら、奇人変人とはいえ美人は美人なのだ。 目を瞑っていると彼の手はいつの間にか襟足にまで回っている。「こう短いのはいつぶりですか?」「ん、と……小学生、ぶりとか……」「おっとそれは酷なことをさせてしまいましたね。皇帝陛下の楽しみのためとはいえ、申し訳ありません」「あ、大丈夫です。そんなに、こだわりもなかったので」 今は長年伸ばしていた髪よりも、ともに戦った仲間たちの方がずっと大切で、かけがえのないものだった。その為に男でいろと言われるのなら、それは甘んじて受け入れられる。 でも、女子ってバレてもいいよと言われれば願ったり叶ったりではあるのだが。「今のあなたが女性であることが他人に知られてしまうと、あなた自身に思わぬ危険が及ぶ可能性がありますからね」「そういうものですか?」「そういうものでしょう」 彼の言うところによると、最初から女性であることを知っている状態で関わっている場合と、実は女でしたとバレる場合では周囲からの視線がかなり変わるらしい。 もともと女性である、という前提がある場合はそもそもの距離感が遠い。どこかで異性への遠慮が働くため、無意識に恋愛感情をもたないようにしている場合がある。 だが、もともと親友や仲間だった立場の場合において、後から女だったと知れた際にどうなるのかというと、それまでの距離を一気に離すか、これ幸いと逆に距離を詰めるか、そのどちらかだと彼は言うのだ。「男女間にも友情はあると思います」「そうだね。でも、ほら。ちょっと可愛いなと思っている子が女の子だってわかって、それを自分だけが知っているってなったら、盛り上がってしまうと思わないかな?恋の炎というのは案外、簡単についてしまうものだよ」 笑う英智は言いながらあんずの前にティーカップを置き、ポットの紅茶を淹れる。琥珀色のそれから漂う薔薇の香りに目を細めると、彼ははにかんだ。「ローズティーだよ。君の口に合えば嬉しいのだけれど」 口に含んだ瞬間に広がる薔薇の香りは飲み干せばなおのこと身体のうちから香るようで、思わず、ほうとため息をついてしまう。その様子をみつめていた英智はふむと顎に手をあてた。「こうしてみると女の子なんだけれどね。それが、Trickstarと並ぶと勇ましさすら感じられるのだから、君は不思議な子だ。まさに、ドラクロワの描いた女神のようだよ」「もしくはドンレミ村の少女でしょうか」「火刑にはされないけれどね」「ええ、確かに」 わからない用語に首を傾げながら、やりとりをする二人を見ていると、二人がその視線に気付いたのかこちらを見つめる。「君を守ってあげたいけれど、誰かに気付かれた時には逃げることも覚えなさい。いいね?」「大丈夫です。今のところ、きっと誰も気付いてませんから」「……だと、いいのですが」 歯切れの悪い渉は何かを言い掛けて、なにもなかったと笑ってみせた。のんびりと紅茶を飲みながら、今度の頼まれたイベントのことを思い返す。 依頼をしてきたのはUNDEADと流星隊だ。衣装の草案は出来ているがまだ頭の中にあるだけで形にはなっていない。計画立ててこなさなければと思うのだが、まだ彼らへの接し方を考えていた。 何より、朔間零と深海奏汰の二人の底が知れなさすぎる。日々樹渉と同じぐらいにはわからない人だ。 すると、その思考をまるで読んでいたかのように渉は言う。「転校生さん、あの二人には……気を付けてくださいね」 ダマスクローズの花言葉 最近、甘い匂いが鼻につく。それも、あいつが隣を通り過ぎる時だけ、やけに甘いのだ。 何故なのだろうと疑問になって、ユニット活動の時にこぼしたことがあった。 すると、あの吸血鬼はくくっ、と笑って言ったのである。「それは華の香りじゃろうよ」 ——そう、それは甘い蜜を滴らせた、震える花弁の——