今日は瞑想の話です。
私は瞑想について、これまでメソッドとしてはあまり取り上げてきませんでした。
ひょっとして瞑想についてお馴染みでない方もいるかもしれません。瞑想とはなんでしょうか。
めい‐そう【瞑想・冥想】
目を閉じて静かに考えること。現前の境界を忘れて想像をめぐらすこと。「―にふける」[広辞苑]
…う〜ん(笑)。辞書による説明だとこういう風になっちゃいますよね。
瞑想と言っても、そのやり方は色々とあります。
私も様々な瞑想法を試してきました。中には極度の集中を必要とされるものもあって(それって瞑想かぁ?(笑))終わった後にクタクタになってる、なんてこともありました。
それでも「これを習得すれば願望実現が待っている。そのためには頑張るぞ!」と一生懸命でした。今思えば懐かしいです。
それぞれの瞑想法にはそれなりの効果や利点があると思います。でも高度な瞑想法を独学で行っていったとき、途中で間違った方向に進んでしまう恐れもあります。こうなると面倒ですよね。そこで適切に修正してくれる指導者がいないわけですから。しかも取り組んでいるのは「自己の内面の深い部分」という、本来「触らぬ神に祟り無し」の領域です(笑)。仏教でも「阿頼耶識(あらやしき:平たく言うと潜在意識)」について、ここを利用することは現世利益を得ること(いわゆる願望実現)についても非常に効果的であることは知られていました。しかし意識の根底をうかつにいじくることの危険性も同時に知っていたわけです。
…さて、前置きが長くなりました。
今日ご紹介するのは「とってもシンプルな瞑想法」です。
上に書いたことは忘れて(笑)早速実践といきましょう。
108式瞑想法
「煩悩式瞑想法」って、なんか変ですよね(笑)。
では、やり方を説明します。
静かな環境を用意します。
グループでやっても良いですが、そこまで大層なものでもありません(笑)。簡単なので一人の方がやりやすいでしょう。
朝起きたときとか、夜眠る前の時間を利用すると良いです。一人で静かになりやすい時間だからです。
なるべくリラックスできる服装で行ってください。この面でもパジャマとかで行える起きがけや就寝前は最適です。でも、服装についてはそこまで神経質になる必要はありません。Gパンを履いていても、ベルトをちょっと緩めるとリラックスできます。
次に、あぐらをかいて座ります。あぐらが難しければ、椅子に座るのでも構いません。それも難しければ寝っ転がっても良いですよ。三分から五分間程度、楽にその姿勢を保てるのなら姿勢はどんなでも良いです。ふかふかのソファーに深く腰掛けるのでも、コンクリートの上であぐらをかくのでも(笑)、要はあなたが楽な姿勢を保てるならそれで良いのです。
背筋は自然にまっすぐ伸ばせた方が良いでしょう。でも、これも必須項目ではありません。無理のない姿勢でリラックスできればOKです。
環境が整ったら、いよいよ瞑想開始です。
目を閉じ、ゆっくりと呼吸します。
「い〜ち〜、に〜い〜、さ〜ん〜、し〜い〜…」
ゆっくりと心で数を数えながら息を吐きます。吐くのは鼻からでも口からでも構いません。
苦しくなるほど長くやる必要はありません。無理のない範囲でゆっくりと息を吐きます。心の中で数をカウントしながら。
息を吐いたら、次にちょっとだけ呼吸を止めます。これも無理のない範囲で数をカウントしながら行います。一つか二つ、数を数えるくらいの間で良いでしょう。
長く止めたから効果があるわけでもありません。苦しくなるほど止めないでください。どうしても苦しければ、ほんの一瞬止めるだけでも良いし、無理なら止める部分は省いても構いません。
次に、ゆっくりと息を吸います。これも鼻からでも口からでも構いません。息を吐いたときと同じだけカウントしながら、ゆっくりと吸い込みます。
吐くのと同じカウント数で吸い込んだら、またちょっとだけ息を止めます。さっき止めたのと同じだけ、苦しくない範囲で止めてください。
今度は息を吐きます。最初のサイクルに戻ったわけです。これを三分間から五分間行ってください。慣れてきたら十分間くらいすぐ経ってしまいます。でも、無理して長くやる必要はありません。気持ちよい範囲で行ったら、大きく伸びをして瞑想を終了します。眠るなり起きて活動するなりして通常の生活を続けてください。
なんのために行うのか
ここでちょっとしたコツを書いておきます。
瞑想中は数をカウントしながら呼吸に意識を集中します。
やってみると分かりますが、心の中で数を数えながら規則正しく呼吸をしていると、思考が働きにくくなり、勝手に呼吸だけに集中している状態になります。
あと、呼吸は腹式呼吸で行うと良いです。お腹の下の方を、吸うときは膨らませ、吐くときは凹ませる。慣れてくると楽に行えます。
二、三分、数をカウントしながら呼吸に集中したら、後はカウントを止めて普通に呼吸するのも良いです。リラックス感は持続しているでしょう。
ところで、この瞑想法の利点はなんでしょうか?
逆に聞きますが、あなたはこれを行うことによってどんな利点があると思いますか?
「願望がみるみる叶うようになった!」
「いくらダイエットしても痩せなかったのに、気がついたら理想体重になっていた!」
「長年患っていた持病が、いつの間にか全快していた!」
「憧れていたあの人と付き合えるようになった!」
「宝くじに当たった!!」
…あると思います(笑)。ないとは言いません。でも、そんなことが目的なのではありません。
この瞑想法は、あなたの願望実現と何ら関係はありません。この二つは頭の中で切り離しておいてください。
「なんだよそれ!それじゃ瞑想している意味なんてないじゃないか!」
本当にそうでしょうか?
瞑想しているとき、あなたはどんな感じがしましたか?
リラックスして、とても安らかな感じがしたのではないでしょうか。
どうしてでしょう?
思考が止んだからです。
この瞑想の利点であり目的は「思考を止めることが出来る」ということです。
あなたが生活している間、ありとあらゆる思考が途切れなく頭の中で渦巻いています。
瞑想というのは、この活動を強制的にストップできる極めて素晴らしいツールなのです。
瞑想しているとき、あなたは安らぎと平和を感じた。思考を止めただけでそれは訪れました。訪れたと言うより、最初からそれはここにあったわけです。思考のせいであなたはそれを感じられなかった。自らの思考で安らぎを感じることを妨害していたわけです。
これが「意識的に不足を支えている」ということの意味です。
あなたがそれを支えるのを止めた途端、元からある安らぎをいとも簡単に経験することが出来た。
これはとてつもなく重大な意味を秘めています。
貴重な経験
あなたが瞑想中に感じた平安。これは別の領域に触れている本当の経験です。
あらゆる条件付けを排除し、直に充足を経験しているという極めて貴重な経験なのです。
私はかつて、現象化をコントロールするために様々な瞑想法に手を出しました。
それを願望実現の手段と考えることで、そこで起きている本当の経験をないがしろにしてきたのです。
こういった本末転倒が我々の中でいくつも起きています。
何かを変えるためにそうするのではなく、そこにある貴重な経験をただするためだけに、瞑想をしてみてください。
コントロールするために瞑想を行うのではなく、直に充足を経験するためにそこに入っていってください。
それは手段ではなく目的です。
あなたは今、ひょっとしたら絶望の淵にいるのかもしれません。
あなたをそこに追い込んでいるものは何なのか。
一息つき、先の手順で瞑想をしてみてください。
ただ規則正しく呼吸をするだけの人になり、ぴたっと思考が止んだとき。
あなたは何を経験していますか?
このとき、絶望や不足を支えていたものの正体が露わになります。
あなたは思わず笑い出してしまうかもしれません。
あなたは絶望も不足も、最初からどこにもなかったという事実に気付くのです。
あなたには最初から充足しかありませんでした。その充足に直に触れ、その事に気付きます。
そして、それだけが唯一の真実なのです。
…ね、瞑想って素晴らしいでしょう?
誰にでも経験できます。是非試してみてください。
これまで瞑想について108さんからの言及がなくて、いつか質問させていただきたいなと思っていました。
瞑想を習慣にして1年ちょっと、正直スランプ気味でした。
ハイ、「何かを変えるために」行ってましたね。「そこにある貴重な経験をただするためだけに」行うのですね。
わーい、瞑想のおかげで答えをゲット、さすが「煩悩式瞑想法」
「Gパン」・・・意外と同年代かも108さんって
私も過去、何度か瞑想をしたことがありますが、かつての108さんの
ように”頑張るぞ”と力みながらの本末転倒式瞑想法でしたw
これは、逆に集中できない自分にイライラしてしまったりで、
安らかな感じどころか、疲労感だけが残ったように記憶しています。
煩悩式瞑想法?は制限が少なく、シンプルなのが108さんらしいですね。私のようななまけ者?には助かりますw
先日ちょうど瞑想法の本を読んだところでした 笑
思考が止まる・止めるってホント大事ですよね。
108さんが願望に執着しまくっていた、という話、
これがあるからこその108さんですね。
人に歴史ありという意味でも興味深いですが(笑)、
すべては完璧ですね。
かなり昔から瞑想を行ってきました。呼吸に意識を集中・MDを聞きながら・寝る前・TM瞑想・insght・etcと・・結局、願望実現に効果を見いだせずに今日に至っております。ただ、私の瞑想は一定の瞑想の深さになって願いを書き込む様な方法ですので阿頼耶識へのアクセスなのだと思います。
何れにせよ実現に至っていませんが、今までの中でTM瞑想はイメージング等を禁止していましたので今となれば、108さんの瞑想は同じ瞑想なのかもしれません。今となってはTM瞑想中にイメージングを行っていたので本来の瞑想法とは違う事をしていたようですね。
でも、瞑想中のイメージングは願望実現には関係が無いという事なのでしょうか?
この記事すごいな。
本当に思考ってエゴの言うことを聞きやすいから、
これを停めるとすぐに至福がきますよね。
現象化を焦っている自分がいるんだけど、
本当は至福だけに浸ってればいいんですよね。
108さん、判断しないってとても楽ですね。
起こってくる出来事に、常に完璧だと認定することで
判断しない自分になりました。
その中で楽しいことは思い切り楽しむのですが、不足感を
感じる事がどういうものか、分からなくなりました。
常に完璧だと認定していると判断しないので、
すべてが完璧に進んでいきます。
それから、思考って、記憶と同じですね。
思考を止めたら、気が付きました。
この世界が内面を見ているのなら、自分が不足を感じ続けてきた
出来事(別れ)など、起こってもいなかった。
私の心の中でしか起こっていなくて、
その記憶を引きづる事で、不足を支え続けてきただけだったのだと。
思考をとめると、自分が何者なのか分からなくなる時があります。
すべて私の心の中でしか起こっていなかった様です。
過去の記憶をアレコレ考えることはもうやめます。
ただ楽しんでいこうと思います。やっと手放せた様ですw
思いを切って、見ようと意図すると他人がガラっと変わったり
過去が変わっている様に感じます。
すべて思考・記憶・心の中での出来事だったのだと分かりました。
思考を止めると本当に楽です。
安心します。瞑想の時間をただただ大切な時間にします!
こんにちは。
はじめて、コメントさせていただきます。
きょうのブログも今の私にとっての答えだ!!と思いました。
素晴らしいシンクロです。ありがとうございます。
とっても嬉しいです。
早速、始めます。習慣になるといいなぁとも思います。
これってヨガですね!
と言いますかヨガの先生が108さんと全く同じようなことを言っています。
「呼吸に集中するとそれ以外何もかも忘れてリラックスする」
「ヨガってつまりはこれ、これをマスターできたら僕(←先生w)要らないよw」
オカルトではなく健康法として教えているインド人の先生なのですが、
言葉ではなく体感で教わることは大きいですよね。