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No.26 外道少女は蹴り飛ばす

武装解除をしている間に、緑谷君がゴミ捨て場から紐を探し出して来て、それでステインを拘束。
羽飾りの男性ヒーロー――ネイティヴというそうだ――も復活し、後は応援を待つばかりである。

「ゴメン……プロなのに、私全然役に立ってなかった……」

「いや、それを言うなら俺だ。完全に足手纏いになってた……」

そして凹むプロ二人。確かにほとんど役に立ってなかった上、私がいなかったら死んでた可能性が高いから、気持ちは分からなくもない。
緑谷君がネイティヴを慰めている。

「いえ、一対一でヒーロー殺しの個性ならもう仕方ないと思います……強すぎる」

「四対一で、ステイン自身のミスがあってようやくか……よく勝てたよねホント」

「焦ってて緑谷の復活時間を忘れてたってのもあるだろうが、近くに飛ばしてたとは思わなかったんじゃねえかな。
 あの土壇場で、よくあそこまで考えられたな、赤羽」

緑谷君(O型)が、分かってる中では一番効果時間が短かったからね。
 色々と賭けの要素はあったんだけど、緑谷君はよくやってくれたよ」

傷だらけながら、致命傷はなさそうな緑谷君に話しかける。
彼は自分の足でしっかり立ちつつ、こちらを向いて応えた。

「考えたんだ。赤羽さんが意味もなく、『期待する』なんて言うはずがないから」

「時間なかったし、何より言ったらバレてたからね。
 これで私が悪辣なんかじゃない事は証明されたよね、轟君?」

「……………」

「……………」

「……………」

「ちょっと、何でそこで皆揃って沈黙するのさ」

轟君のみならず、クラスメイトの男どもは皆、私と目線を合わせようとしない。
解せぬ。

「まったくもう…………ああそうだネイティヴ、盾になって頂きありがとうございました、助かりました。傷の具合はどうですか?」

「こんくらいなら大丈夫」

「そういや赤羽、躊躇なくネイティヴさんを盾にしてたな……」

「いやつい反射的にね。私だけ転移で避けても彼に当たってただろうし、それなら逃がす前に役に立ってもらおうかなと」

今思えば、もう少し良い方法があったのかもしれない。
だが体が勝手に動いたのだ、反射なら仕方ない。

「赤羽さん……そういう事してるから外道呼ばわりされたんじゃ……」

「ほんと失礼しちゃうよねえ、私のどこが外道なんだか。ねえ轟君?」

「……ノーコメントだ」

「ネイティヴさん、友人が申し訳ない……クラスの委員長として謝罪します……」

「いや俺今回役立たずだったから、そのくらい良いんだけどね……」

飯田君がネイティヴに頭を下げている。そこまで言われるほどの事だろうか。
疑問に頭を捻っていると、知らない声が響き渡った。

「んなっ……何故お前がここに!!」

「グラントリノ!!」

声を上げたのは、相当に小柄な老人だ。緑谷君の知り合いらしい。
峰田君くらいの矮躯に、70~80歳くらいだと思われる男性。
コスチュームを着けているという事は、この年で現役プロという事だろうか。

「座ってろっつったろ!!」

「グラントリノ!!」

目にもとまらぬ速度でこちらに飛来し、緑谷君の顔に蹴りを一発。
元気なご老人である。

「この惨状……お前ら戦ったんか? まァとりあえず、無事なら良かった」

「グラントリノ……」

緑谷君はさっきから、グラントリノとしか言っていない。
おかげで名前は分かったが、それ以外がさっぱり分からない。誰だ。

「緑谷君、知り合い?」

「う、うん、僕の職場体験先のヒーローで……」

「は? それってネイティヴじゃなかったの?」

「え、違うよ?」

今さっきのやり取りからすると、つまり彼は戦闘許可なしで戦ったということだ。
飯田君も同様だ。許可があれば、ノーマルヒーローが近くにいたはずなのだから。
……これは少々まずいかもしれない。何か考える必要があるだろう。

「なんだこの大惨事!?」

「エンデヴァーさんから応援要請承った、んだが……」

「まさかコイツ、ヒーロー殺しか!?」

ヒーローと思われる、見覚えのある顔と知らない顔が駆け寄ってくる。
見覚えのある方は、エンデヴァーの相棒(サイドキック)だ。
その当人が言っているように、応援として来てくれたらしい。遅い。

「あいつ……エンデヴァーがいないのは、まだ向こうは交戦中という事ですか?」

「ああ、あのヴィランに有効じゃない個性が応援に来たんだ」

「カーマイン、どういう状況だったんだコレ!?」

喧々囂々と一気に騒がしさを増した状況から少し距離を置き、飯田君が深刻そうな表情で言った。

「緑谷君、轟君、赤羽君……」

「何?」

「どうした飯田」

「飯田君?」

「僕のせいで傷を負わせた。本当に済まなかった……」

深く頭を下げる飯田君。滴が二筋、ぱたりぽたりと地面に落ちる。
将来ハゲそうだなあ、という感想が頭に浮かぶがさすがに口には出さない。
私だって空気くらい読めるのである。

「何も……見えなく、なってしまっていた……!」

「…………僕もごめんね。君があそこまで思い詰めてたのに、全然見えてなかったんだ。
 友達なのに…………」

「しっかりしてくれよ。委員長だろ」

「うん…………!」

「そうだよ、人が折角忠告したのに」

まあ私は見捨てる気満々だったのだが。
それがこうなるとは、世の中分からないものである。

「すまない……無駄にしてしまった……」

「体育祭で『ヒーローには精神的な強さも必要』とか言ってたのに」

「返す言葉もない……」

「緑谷君が折角委員長を譲ったのに。投票で決まった委員長を譲ったのに」

「あ、赤羽さん、そのくらいで……委員長は飯田君がふさわしいと思っただけだから……」

「飯田がマジで凹んでんぞ」

「ここでトドメ刺すとか、緑谷君鬼畜だね」

「僕!?」

「いや赤羽だろどう考えても」

「やー、ごめんごめん、つい……でも弱みを見つけたら、抉って付け込みたくなるよね?
 ほらこう、本能的にと言うか、そうすることが自然、みたいな感じでさ」

「そりゃお前だけだ」

「ナチュラルボーンドS……!」

「えっ」

クラスメイトの音楽性の違いに愕然とする。
その時、グラントリノがいきなり声を張り上げた。

「伏せろ!!」

「え?」

風切り音の聞こえる先に目をやると、大きな翼を広げた人型が飛来して来ている。
一直線にこちらに向かってくるその頭部は――――。

「脳無!?」

「ヴィラン!!?」

「エンデヴァーさんは、何を……!」

姿形こそ全く違うが、脳ミソ剥き出しにそこに埋まった目玉は、USJでの脳無そっくりだ。
その目玉の片方は潰れており、そこから血をまき散らしながら飛んでくる。

「くそ、『止まれ』!」

カーマインが個性を発動させたようだが、動きに全く変化が見られない。
まるでかぎ爪のような足で、緑谷君を掴みそのまま飛び去った。

「効かない!?」

「やられて逃げてきたのか!」

「わああああ!!」

まさに一瞬の出来事だ。暫定脳無は速度こそあるが、まだまだ射程圏内。
転移して取り戻そうとした瞬間、脳無は失速してぐらりと墜落する。
まさかと思い横を見ると、縄がバラけて影が疾走していた。

「贋物が蔓延るこの社会も」

手に持っていた長い棒を上手く使い、落ちる脳無に飛び移り、どこに隠していたのかナイフを脳無の頭に突き立てた。
ヒーロー殺し、ステインだ。その辺りに飛び散っている血を舐め、脳無の動きを止めたのだろう。

「徒に力を振りまく犯罪者も」

緑谷君を空中で抱え、器用にもそのまま脳無をクッションにして着地する。
片足に加え、あの怪我でまさか動けようとは。
掘り出す時の事など考えず、地面に埋めて拘束しておけば良かったか。

「粛清対象だ…………ハァ……ハァ……」

だがやはりダメージは小さくないようで、息が荒い。
当然だ、動けている方がおかしいのだ。

「全ては、正しき、社会の為に」

脳無にとどめを刺すと同時に、緑谷君を地面に下ろす。
その手で地面に落ちている木の棒を再び拾い、杖にした。

「助けた……!?」

「バカ、人質取ったんだ」

「いいから戦闘態勢とれ!」

「何を一カタマリで突っ立っている!!?」

ざわめくプロ達を一喝した野太い声。
細道から出て来て、こちらに向かってくるのは、燃えるヒゲオヤジ。

「そっちに一人逃げたハズだが!?」

「エンデヴァーさん!」

「あちらはもう!?」

「多少、手荒になってしまったがな!!
 して、あの男が……」

No.2ヒーロー エンデヴァー。
その彼のギラつく瞳が、緑谷君を棒で押さえつけたままのステインに注がれた。

「エンデヴァー……」

「ヒーロー殺し――!!」

「待て轟!!」

グラントリノが、攻撃態勢に入っていたエンデヴァーを大声で制止する。
ステインは緑谷君から棒を離し、ふらつく足取りでこちらに向けて歩き始めた。

「贋物……」

顔の上半分を覆っていた白い布がずり落ち、削がれた鼻の痕が晒される。
かろうじて意識を繋いでいるのだろう、涎が口の端から垂れ流されている状態だ。
だがそれが些細な事であると断じられるほど、纏う雰囲気が異様だった。

「正さねば――……! 誰かが、血に染まらねば……!」

カツリコツリと杖代わりの木の棒をつきながら、一歩一歩ゆっくりと向かってくる。
動きはのろく、今にも倒れそうだが、素早く立ち上がった緑谷君も含め、誰も動けない。

「“英雄(ヒーロー)”を取り戻さねば!!」

可視化されんばかりの、途方もない覇気。鬼気迫る、修羅の体現者。
目の焦点も合っていない半死人なのに、背筋が泡立つ。腑の奥底から、恐怖がせり上がる。

「来い。来てみろ、贋物ども」

カーマインが気迫に圧されて尻もちをつき、エンデヴァーですらも一歩後退る。

だが私の怒りがこの程度の威圧に負けるのか、立つのがやっとのヴィランなぞに劣るのか。
否。私の全てをかけて、断じて否である。私を決めていいのは、いつだって私だけだ。
うねるマグマが呪縛を解く。憤怒が私を突き動かす。

「俺を殺していいのは、オール――!」

「うるさいよ」

私の後ろ回し蹴りが左のこめかみに命中。ステインの意識を刈り取った。
その場でくるりと一回転し、回り切る直前に転移。その勢いのままに蹴りを入れたのだ。
当然の帰結として、ステインは白目を剥き、ぐらりと倒れて動かなくなった。

「全く、シリアルキラーの分際が何を偉そうに」

プロがこれだけ雁首揃えて動けないとは、情けない。
一人くらいは動けても良さそうなものなのに。

「ハ、アッ……!」

腰を抜かしていた轟君が思わず息を吐く。
長い長い一日が、ようやく終わった時だった。



◇ ◇ ◇ ◇



一夜明け、保須総合病院。
私はどうせすぐ治るから大丈夫だと言ったのだが、聞く耳持たれずに叩き込まれたのだ。
横暴である。

「という事でお見舞いだよ! ほら感激に咽び泣け男どもー!」

男三人は大部屋で同室だ。
そこにわざわざメロンを持ってきたのだが、リアクションが薄い。

「あ、ああ、ありがとう……?」

「赤羽君こそ、お見舞いが必要なのではないか……?」

「買い物に行ったついでだから、気にしなくていいよ」

必要になるかもしれない物を、病院の窓から見えるコダマ電器店に買いに行っていたのだ。
このメロンはそのついでに、帰り道にあったスーパーで購入したのである。

「さっきから病院内がバタバタしてたが……」

「私が私のお金で買い物をする。誰かの許可が必要だろうか、いやない」

「無許可……!」

「反語……!」

「つうか赤羽、ケガはいいのか」

「細かいのはもう治ってるよ。ホラ」

言いながら両手を見せる。
ナックルダスターでナイフを弾いた時、生身の部分に当たる事もあったのだ。
当然細かい傷が付いたが、一晩も経てば綺麗に消えている。

「……マジか。ここにそういう個性持ちはいねぇはずだが」

「この回復力は自前だよ」

「腕の方はどうした、結構深く刺さってたはずだぞ」

「動かさなきゃ支障ない程度だね。
 今までの経験からして、この程度なら一週間もすれば完全に回復するよ」

怪我の再生が早いのは体質らしい。母もそうだから、暗視と同じく遺伝なのだろう。
雄英にはリカバリーガールがいるので、今はあんまり意味のない長所である。
プロになってからなら、とても役に立つのだろうが。

「赤羽さん……聞きたいことがあるんだ」

「ん? 何かな緑谷君?」

「最後……なんで動けたの?」

「何さいきなり」

唐突な疑問に首を捻るが、轟君が補足説明をしてくれた。
前から思ってたが、緑谷君とはどうも色々相性が悪そうである。

「さっきまでその話をしてたんだ。俺と緑谷はあからさまに生かされた。
 だが、飯田と赤羽はあんだけ殺意を向けられて尚、立ち向かった」

「赤羽さんは最後、誰も、それこそプロも動けてなかったのに、一人だけ動けた」

「あそこでどうして動けたのか、ってこと?」

こくりと頷く緑谷君。真剣な表情である。見れば轟君と飯田君も同じような顔をしている。
確かに凄まじい気迫だったが、高校生の三人はともかく、プロまで動けなかったのは解せない。

「まあ色々理由はあるけど……単にあれより怖いものを知ってたから、ってだけだね」

「怖いもの……?」

「赤羽君に、そんなものがあったのか」

「私を何だと思ってるのかは聞かないけど、そりゃあるよ」

「想像もつかねえな……。何なんだ?」

「私の戦闘の師匠」

端的な説明に目を見開き驚く男三人。
そんなに意外なのか。彼らにもいるだろうに。
轟君はエンデヴァー、飯田君はインゲニウム、緑谷君は……多分オールマイト。
結構豪華だ。そのくらいじゃないと雄英には受からない、という事だろうが。

「師匠……!」

「赤羽君の、師匠……?」

「どんなヤツなんだ?」

「人外」

何言ってんだという顔をされたが、一言で表すとそうとしか言えないのだ。
身体能力は個性抜きで異常に高く、格闘技術もあり、勘が良くて頭も良い。
テレポートで体内に物体を転移させようとしても、何故か察知されて躱される。
個性の『影』は汎用性が高く強力で、デメリットも無い。
本人も個性も強い、というタイプだ。おまけに知る限りでは弱点もない。

どこのバグキャラだと言いたくなるが、現実に存在して母で師匠なのである。
RPGで例えるなら、レベル1のゆうしゃの母親がステータスカンストの裏ボスで、それが何故かゆうしゃの師匠になっている、と言った感じだろうか。事実は小説より奇なり。

「人外って……」

「いやそうとしか言えないよあれは。私じゃ手も足も出ないもん」

「赤羽さんが!?」

「その師匠がヒーロー殺しより恐ろしい、という事か? にわかには信じがたいが……」

「信じなくてもいいけど、あの程度の威圧じゃ足りないね。少なくとも私にとっては」

「その師匠、ヒーローか?」

「多分違うんじゃないかな、性格的に考えて」

「性格?」

「『助けて』って言われたら、『自分で何とかしろ、出来なきゃ死ね』って返すタイプ。
 しかも相手が死にそうでも、眉一つ動かさずに躊躇いなくそう言える。
 ぶっちゃけ戦闘能力より、精神の方が人外」

「確かにそりゃあ、ヒーローじゃねえな……」

「仮にも師匠を、そんな風に言っていいのか……?」

「その人――――」

「おおォ、揃っとるな怪我人ども!!」

ガラリとノックも無しに引き戸が開かれ、グラントリノが病室に入って来る。
何かを言おうとしていた緑谷君のその言葉は、口から出る前に泡のように割れて消えた。

「マニュアルさん……!」

「君達にお客さんだよ」

グラントリノの後ろから入って来たマニュアルが言う。
再び扉に目をやると、そこには黒スーツに結構な長身の、二足歩行の犬が立っていた。

一瞬目を疑ったが、おかしくはなっていなかった。
犬である。完全無欠の犬の頭に、人間の身体がくっついているのである。
おかしいのは、現実の方だったようだ。



◇ ◇ ◇ ◇



保須警察署署長の、面構(つらがまえ)犬嗣(けんじ)
犬頭の彼は、そういった肩書の人間……?であるらしい。
なお犬種はセントバーナードである。チワワでなくて良かった、のだろうか。

その犬は、事後処理のための話をしていく。
ステインの左脚は、無茶をし過ぎたため、元に戻らなかった事。
資格未取得者が、保護管理者の指示なく個性で人に危害を加えたのは、重大な規則違反である事。
従って、緑谷君、飯田君、グラントリノ、マニュアルの四名は処分が下される必要がある事。
私と轟君は戦闘許可が出ていたため、それが妥当であったかどうか、エンデヴァーに対して審査がある事。

「以上が、警察としての意見。で、処分云々はあくまで“公表すれば”の話だワン」

公表すれば、賞賛は得られるが処分は免れない。
公表しなければ、エンデヴァーの功績として隠蔽できる。ヒーロー殺しには、轟君がつけた火傷跡があるからだ。目撃者も限られており、あの道には監視カメラも無かったことから、握りつぶす事は可能。

ヒーロー殺しの最後は一般人が撮影しており、動画としてすでにネットに出回っているらしい。
それには私が映ってしまっているが、隠蔽するなら彼らの方で何とかするとのこと。
少なくとも、この件で私に類が及ぶ事はないと確約してくれた。

「さて、話が反れたが――どっちがいい!? 一人の人間としては、前途ある若者の“偉大なる過ち”に、ケチを付けさせたくないんだワン!」

犬がサムズアップで決断を迫る。
彼が人間なのかという疑問は置いといて、大人ではあるのだろう。

「よろしく……お願いします」

私にとっては予定通りであるので、四人揃って頭を下げる。
それに対して、犬もまた応える。

「大人のズルで、君達の受けていたであろう称賛の声はなくなってしまうが……。
 せめて、共に平和を守る人間として――ありがとう!」

長身を屈め、頭を下げる犬。
その頭に向かって、緑谷君が疑問の声を上げた。

「あれ、そうすると、轟君と赤羽さんの戦闘許可の話はどうなるんですか?」

「戦闘許可を出したが、戦闘は行われなかった、という形になるワン。
 審査そのものを無くす事は出来ないが、問題なく通るはずだワン」

「あの道には、轟君の氷が散乱していたはずですが」

「封鎖が迅速だったため、目撃者はほとんどいない。
 それに昨日は雨が降った。一晩経った今、氷が存在していたことはもはや証明できないワン」

言及がないという事は、動画にも氷は映っていなかった、という事だろう。
ステインを蹴倒した場所と、戦闘のあった場所は少し離れていたので、不自然な話ではない。

「それにもし仮に記録画像があっても、流れ弾を防いだ、という事にすれば問題はないワン。戦闘許可は出ていたし、流れ弾を防ぐ程度なら正当防衛。戦闘に参加した訳ではない、と言い張れるワン」

「よかった……」

ほっと息をつく緑谷君。
他人の事でそこまで感情が動くとは、相変わらずお人好しである。

ここで終われば綺麗に纏まるのだろうが、そうも言っていられない。
ここは、あと少しばかり踏み込む必要があるだろう。

「ところで署長」

「何かな?」

「公表しないのは、先ほどの理由だけではありませんね?」

「ふむ、どういう意味かな?」

「警察もプロヒーローも、捕らえる事叶わなかったヒーロー殺し。
 捕らえたのがヒーロー科と言えども、ただの高校生と知れ渡る。
 さて、世間はどういう反応をするでしょうね?」

どこか和やかだった空気は消し飛び、ピリピリとした雰囲気が立ち込める。
その発生元は署長である。首から上は犬なので、表情はさっぱり読めないが。

「何が言いたいワン」

「その善意は嘘ではないのでしょうが、裏に隠し事があるのでは誠実とは言い難い。
 例え、守らねばならない物があるとしても。違いますか?」

話し終わると同時に、にっこりと微笑みかけてやる。
ハァ、と溜息をつき、犬はその空気を霧散させて言った、

「まったく……本当に、良い教育をしているワンね、雄英は」

「いや……コイツのは素じゃねえかな……」

「轟君?」

「ワリィ……つい……」

「えっと……どういう事ですか?」

緑谷君が疑問の声を上げる。
彼は結構頭の回転が速かったはずだが、こういう事には疎いようである。

「それは……」

「いや、いい、マニュアル君。これは私が言うべきことだワン」

ヒーロー殺しを捕らえたのが高校生である、と発表した場合。
間違いなく、警察とヒーローの責任を追及する声が上がる。
いい大人が揃いも揃って、高校生に劣る事が証明されたのだから。

となれば、警察やヒーローの面子に関わる。少なくとも、威信低下は免れない。
そうすると、武力組織の最大の存在意義が果たせなくなってしまうのだ。

「存在意義……?」

「そう。その存在によって、犯罪行為そのものを躊躇わせ、未然に防ぐ。
 すなわち、抑止力、だワン。君達なら、その意味が分かるのではないかね?」

「平和の、象徴……」

「いかにも。オールマイトはその存在が、ヴィランに対する抑止力になっている。
 他のヒーローや警察もまた然り、ということだワン」

「つまり、今回の一件を公表した場合、警察が犯罪者への抑止力足りえなくなってしまう、ということですか?」

深刻そうな顔で問いを投げたのは飯田君だ。
そもそも彼が動いていなかったら、今回の出来事は無かった。
思うところの一つや二つはあるのだろう。

「いや、そこまでは行かない。だが、威信の低下による治安の悪化は避けられないワン」

「要するに、選択肢なんてあって無いようなモンじゃねえか」

公表すれば、一時の称賛と引き換えに、処罰と治安悪化が待っている。
しかし黙せば、少なくとも現状維持だ。
ヒーロー志望なら、どちらを選ぶかは決まっているだろう。

「そう思うなら覚えておくといいワン。
 これが大人のやり方だ。汚いと思うならそれでも結構。
 そちらの彼女が言ったように、我々にも守るべきものがあるんだワン」

勉強になるとは思うが、別に汚いとは思わないのだが。
選択肢を狭め、退路を断ち、思い通りに誘導する。
しかも善意の皮を被ってだ。水際立った手際と言えよう。
『その場に立つ前に勝敗を決定する』という点では、戦闘と似ているかもしれない。

「だが覚えておいて欲しい。『守るべきもの』の中には、君達も入っている事を」

まあ嘘ではないだろう。善意と打算が絡まり合った結果がこれだと思われる。

「それで、どうするワン? この話を聞いた上でも、同じ選択をするかね?」

「……さっき言っただろ。選択肢なんて他にねえよ」

「うん、僕も公表しない方がいいと思う」

「俺に決定権はない。三人に従おう」

「警察の保身のために隠蔽する、とも取れなくもない発言でしたが?」

「そう受け取られても仕方ないワンね。しかし――」

「ええ、分かっております。もちろん公表は不要です。
 私としても、ヴィランが増えるのは本意ではありませんから」

私達の言葉に、大きく頷く警察署長。
相変わらず全く表情は読めないが、どこか満足そうである。
その犬は轟君の顔を見て、言葉を続けた。

「釈然としない、と言う顔だワンね」

「…………んな事はねえよ」

「その感情はきっと正しい。大切にするといいワン。
 今の気持ちを忘れないのなら、君達はきっと良いヒーローになれる」

「説得力がねえな」

「くっ……はっはっは!! 全くもってその通りだワン!!」

そのまま愉快そうに大笑いしながら、犬のおまわりさんはプロヒーロー二人と共に病室を出て行ったのだった。



◇ ◇ ◇ ◇



犬が大声を上げたせいで、私はナースに見つかり、強制的に自分の病室に放り込まれた。
男三人は四人部屋で同室だったが、私は個室である。機密保持の絡みなのかもしれない。

『――全くもってその通りだワン!!』

ベッドに腰かけ、録音しておいた先ほどのやり取りを、ヘッドホンで聞いて確認する。
朝から電器店に行ったのは、このレコーダーを買うためだったのだ。

だからこそ、あそこで踏み込んだ事を尋ねたのである。
結果は上々。警察が保身のために隠蔽した、という言質を取れた。しかも署長自らの口で。
万一の時は、これが役に立つだろう。そうならない事を願ってはいるが。

レコーダーが必要になるかもしれないと考えた理由、それは単純だ。昨日のうちにエンデヴァーに、飯田君と緑谷君の違反を揉み消すように依頼していたからである。
あちらにも思惑があったのだろうが、()()了承してくれた。

ここまで仕事が早いとは、さすがとしか言いようがない。
おかげで、レコーダーの入手がギリギリになってしまった。
スマホは昨日の戦闘で上着と共に火葬されたので、まさに紙一重のタイミングだったと言えよう。

揉み消せば、私と轟君の“功績”も公表できないだろう、とエンデヴァーには言われていた。
私は別に構わないのだが、轟君には無断で決めてしまう形になってしまった。
彼はそういうのに拘るとは思えないし、最悪自分が引き受ける、とエンデヴァーが言ってくれたので、ありがたく甘える事にしたのである。
結局、それを提案したのは署長だったが……同意してくれたし、良しとしておこう。

上手く収めてくれたエンデヴァーと署長には感謝しているが、それはそれでこれはこれ。
ヴィランが増えることは確かに本意ではないが、その前に保険は必要なのだ。
まあ順当に行けば使う事はないはずだ。最後の手段なので、なるべく使いたくもないし。

ともかくこれで、法的関係の事後処理は、私の手を離れたと見ていいだろう。
ここからはエンデヴァーに任せよう。手際を見る限り、そういう事には長けてそうだ。
後でお礼に行かなければ。肉壁もとい、ネイティヴのところにも。

「さて――――……」

考えねばならない事は山積みだ。
朝のニュースで見た、脳無と思しき複数のヴィラン。
どうやら昨日見た個体以外にも、多数いたようである。
となれば、ヴィラン連合が関わっている事は間違いない。

そもそも脳無とは何なのか、それも考えねばならない。
兄弟だとすると数が多すぎるし、頭部以外の外見も個性も違い過ぎた。

ステインとヴィラン連合の繋がり、狙い、これからの展開……。
その予想図が浮かんでは消え、形を為しては崩れていく。

私はベッドに寝転び、しばし思考の海に沈んだ。



※轟君はこの後の休日に、お母さんのお見舞いに行ったそうです。