坊主スタイルにしようかなと悩むのは、何も薄毛・ハゲで悩んでいる人達だけではありません。男性だけではなく、女性も子供も「その病気」にかかるので、すでに帽子や、ウイッグを付けている人もいるでしょう。
私は、薄毛・ハゲで悩む前に子供の頃から「その病気」円形脱毛症にも悩まされてきました。全ての髪の毛が抜ける程ではありませんが、いろいろな位置や、いろいろなサイズの円形脱毛症を経験し人生の大半を「いつも円形脱毛症がどこかにある」という生活をしてきました。
その後は壮年性の薄毛になり、現在は坊主スタイルになった今でさえ、どこかしらに円形脱毛症が見られます。
円形脱毛症はとても苦しい
円形脱毛症になったとわかったら、相当なショックをうける事になるでしょう。そこにあった髪の毛が一気に抜けてしまうなんて考えただけでもゾッとします。私も全身に鳥肌が経ちましたし、今でも発症に気が付くとゾッとします。慣れることなどありません。
過去とは違い、ネットで「円形脱毛症」と検索すれば多くの情報を得られるので、やみくもに悩んだり、治療への不安や病院探しに苦労することが少なくなりました。
円形脱毛症を含め、頭髪の悩みに関しては、その抱えた悩みが一機に吹き飛ぶような特効薬はありません。多くの人が長時間かけて治療を続けると同時に、完治までの間は理想の髪型を手に入れる事のできない悩みも長期間ついてまわります。
希望もあるが悩んでいるしかなかった
円形脱毛症を患っている間は、坊主スタイルにする事は全く考えていませんでした。なぜなら、いつか治ると信じているからです。実際にしばらくすると治ることもあり、少し我慢すれば症状が改善されることを知っているので、円形脱毛症のまま過ごす事ができたのです。
しかし、仕事の事や、お金の事などで強いストレスや、不安を感じると、またどこかに円形脱毛症が再発し、それの繰り返しは苦痛でしかありません。いつしか1個だった脱毛箇所が、2個、3個に増えることで脱毛部の面積が広くなるので、さらに強いストレスが心に降りかかるという負のスパイラルに落ちいります。
その頃には、他人も「あの人は髪に問題を抱えている」と気が付きはじめるので、外出時には帽子を被ったり、整髪料で髪が乱れない様に固めたりしますが、他人の目を気にするようになっていきます。
もうこうなったら選択肢は2つ
円形脱毛症にもなって、その後は壮年性の脱毛(いわゆる薄毛・ハゲ)にも悩んだ挙句、1っの坊主スタイルにしています。髪にまつわる悩みを多く経験した私だから思う選択肢は2つ。
治療を続けて完治を目指す
医学の進歩が進んだとはいえ、考えてみれば治療法や処方される薬は何十年も同じような気がします。皮膚科で20年前に処方してくれた塗り薬「フロジン」緑色のローションも、去年まで通っていた皮膚科でも「フロジン」が処方されました。これが今のベストなのかもしれませんが、私にとっては「またこれか」と思う部分もありました。
今までに私が受診した治療も、子供の頃はほっとけば自然と治りましたが、20年前の大学病院では「ドライアイス」で患部を焼く。10年前の皮膚科では「液体窒素」でやはり患部を焼く治療。さらに去年まで通っていた皮膚科では「ステロイド局所注射」「局所免疫療法」も行ってきましたがどれも完治まではいかなかったのも事実です。(副作用が伴うものもあります。)
しかし、全く効果が無かった訳でも無いのも事実です。症状は人によりけりなので完治しそうな希望があるなら、治療を続行するのも一つの方法です。
私も治療を続行する派に属していました。当時は治ると信じていたので、絶対に坊主スタイルになんかになるものか!と思ってましたから。
治ると信じているならウイッグやニット帽でカバー
円形脱毛症が広範囲に発症しても病院で適切な治療を受けて治るんだ!と信じているなら、ウイッグやニット帽でカバーするそれは正解です。他人に見られることは想像以上のストレスを感じるものなので、気分を良くしてウイックや帽子で外出できるなら、それはあなたにとってベターな選択です。
私の経験では円形脱毛症の戦いは長期戦です。ウイッグや帽子のカバーも一定の期間であれば耐えることもできるのですが、長期に渡って治療に対しての結果が付いてこないと「本当に完治するのか?」と疑心暗鬼に陥りさらに悩みが深くなる可能性があります。
隠し続ける事が苦痛になる日がくる
完治を目指し続ける間、帽子やウイッグを被り円形脱毛症を隠し続けるているうちに、その行為自体が悩みを増幅させる危険があります。いつまで隠し続ければいいのか?真夏にもニット帽や、どんなファッションにもニット帽では余計に不自然に見える場合もあり、隠し続けている事が苦痛になって心が苦しくなるのです。
毛髪の悩みは孤独です。
これは、円形脱毛症ではない、薄毛・ハゲの悩みも同じですね。会社に行くときは毎日、ハゲを隠す為に「風で乱れない髪型」を作製し、風が吹けば必死に対処して、常に鏡でハゲが見えていないかを確認する生活に急に嫌気がさす時が訪れるのと同じです。
他人に気付かれていると思ってしまう
一度気にし始めると、他人は「きっと毛がないことがわかっている」と思うようになり、自信を喪失するというか、人に認めてもらえないような、なぜ自分だけこんな目に合うんだ!と悲しみや、怒りの感情が湧いてきてそんな悩みが心を支配するようになると、他人に気が付かれない様に隠すことばかりを考え「今、うまく隠れているか?」が気になってしまいその確認を病的にしてしまう。
こんな悩みを長期に抱えてしまったら、それは苦痛以外の何物でもないしそれが慢性化することで生きる事の意味が他人の目から逃れる事を中心としたものになってしまうのは、一度しかない人生において大変勿体ないと言わざるを得ない。
坊主スタイルも選択肢に
円形脱毛症で悩んでいる人で、積極的に坊主スタイルを選んでいる方は少ないのかな?と思います。この推測は私の経験上で「いつか治るのでわざわざ坊主にしなくて良い!」と思っている為、完治するまでは我慢しようと余計に頑張れました。
坊主スタイルにする数か月前、円形脱毛症の治療の為、皮膚科へ行った際に先生に「壮年性の脱毛かもしれませんよ、つまりAGA」と言われました。私は、ムッとしました。声には出しませんでしたが、心の中で「円形脱毛症とAGAのハゲとを一緒にしないでくれ」と。なぜなら、そのころ知識がなかった私は、円形脱毛症なら治る事もあるし、実際に何度か治った時もあったから、まだ完治への望みを持っていたからです。
しかし、壮年性の脱毛となれば、老いていけば進行していずれ頭全体がツルツルになるものだと認識していたので、円形脱毛症と壮年性脱毛との区別は譲れなかったのを今でも覚えています。
AGAの投薬で好結果を得ている人が大勢いる事もその時は知りませんでしたので、AGA検査も受けることなく、病院で先の見えない円形脱毛症の治療もなんだか急に億劫になり、毎週通っていた皮膚科もしばらく足が遠のき、増えていくシャンプーの時の抜け毛や、決まらない髪型に溜息をつく毎日を送っていました。
隠し続けることに疲れ果てる
別に隠しているわけじゃないけれど、好奇の目で見られたくないのです。でも毛が無いことを隠す事にこれ以上長い期間耐えるのが困難になってきたら、坊主スタイルという選択肢もあるのかなと今も円形脱毛症を患う私は考えます。
「他人中心の人生から自分中心の人生にシフトする」考えとは
決して自己中心的に生きろという訳ではありません。病気という不可抗力により髪の毛を失いそれを悩むあなたを悪く思う人はいません。私達が円形脱毛症に悩み、髪が無い部分があることについて、他人は私達が思うほど、関心をもっていないかもしれませんし、私達が勝手に見られていると妄想しているのかもしれません。
ウイッグや、帽子を被るのは何故ですか?私もそうだったように、他人から、好奇の目に見られて傷つきたくないからですよね。
毛が無い事を隠し続けるのは「自分の心を平穏に保つ為の行為」と思っていましたが、全て他人の為の行動でした。自分が救われる事よりも、自分の毛の無い部分を見て他人が不快にならないように隠してあげる事のように思ったからです。
見ず知らずの人、付き合いの浅い人の為にわざわざ高いお金を出してハゲの部分を隠す為に、毎月何千円も出していた治療費、整髪料やシャンプー、いろいろな帽子を買って被っている事について疑問に思ったので円形脱毛症の治療も、個人輸入したAGAの薬もやめて、もう他人に合わせた人生を生きたくないので、自分の人生を生きる為に坊主スタイルを選ぶことにしました。
(これは私が円形脱毛症も経験した上で、坊主スタイルにしてもうすぐ一年が経とうとしている中で気が付いたことなので、今は理解するのが難しいかもしれませんが、一つの考え方だと捉えてください。)
坊主スタイルにしたら自分の人生を生きられたか
これからだんだん結論に向かう今回の記事は、女性で円形脱毛症に悩む方には役にたたないかもしれません。円形脱毛症で長期間悩む気持ちや同じ病気を患った気持ちに男女差はないと思いますし、みなさんと同じように私も円形脱毛症が完治するまでウイッグや帽子で隠して生活しようとも思いました。
実際に帽子は手放せませんでした。だからと言って男性の私と同じように女性にも坊主スタイルをススメられるかは難しい問題です。
他人の人生を生きてきた私が、坊主スタイルにしてすぐに感じたのは、毛が無い部分を隠す為に今まで大切にしてきた髪が今日初めてあう理容師の方のバリカンによって、きれいさっぱり刈られ、誰にも見せたくなかった毛が無い部分も含め全てが露わになったのに「もう隠さなくていいんだ」と安堵したのを憶えています。
誰も坊主の私など気になんかしていない
あれほど他人の目が気なってしょうがなかったのに、坊主スタイルにした直後に街を歩き、恐る恐るすれ違う人が自分を見るのかを、ちょっと顔を上げて確認してみましたが、私を見る人なんて誰もいませんでした。街中の多くの人は誰もが忙しくて、坊主頭のオジサンに興味なんぞ持つそんな暇はないと言ったところでしょう。
地下鉄のドアの窓に映る、自分より後ろにいる人の視線は私の後頭部ではなく、スマホだったり新聞だったりと見ず知らずのオジサンの坊主頭を見る物好きな人なんてほとんどいません。
つまり、他人の目を気にしなくていいことに気がつけた事だけでも坊主スタイルにして救われたのです。「これからは自分の人生を生きなさい」誰かに言われたようでした。
まとめ
坊主スタイルになってしまうかもしれない!何ミリにしょう?と、悩む前に多くの方たちは、毛髪に関しての多くの悩みを経ています。円形脱毛症に悩む人、薄毛・ハゲに悩む人、フサフサヘアだけどファッションとして坊主スタイルを検討している人等、坊主スタイルへの悩みは様々です。
その悩みの中で「他人の為に何やってんだ俺?」って思ったら考えてみてください。「他人中心の人生から自分中心の人生にシフトする」ということは、私の場合だと、大切に残していた髪を捨てることで、他人の為に悩むのをやめる決意ができたからだと思います。これからは、自分の為に時間を使ってくださいね。坊主スタイルにした後も考えることは山ほどありますよ。
例えば、こんなのはどうでしょう・・・・どれも自分の為の行動でしょ。
- 何ミリが一番似合うかな?
- 坊主スタイルに似合うファッションはどんなのかな?
- 坊主スタイルにしたからスポーツを初めてみようかな?