ウェブブラウザのJavaScript(ジャバスクリプト)の設定が無効になっています。Javascriptが無効になっていると、サイト内の一部機能がご利用いただけません。 つぼみ 22017年4月18日 17:28ふと目を覚まして自分が小さくなっていることに気付いた瞬間、蜻蛉切は村正のことを思い出し、不安になる。先頃、村正が小さくなったとき甘えてやるから甘えろと見栄を切ってしまったが、まさかこんなにすぐその時が訪れるとは思わなかった。覚えていないことを祈りたいが、村正はそういうことほど忘れない。蜻蛉切は大きなため息をついて、布団から出ると行李から子供用の着物を引きずり出して着替える。まったく主の邪念にも困ったものだ。隠せるような微々たる変異ならいいものを。蜻蛉切はもう一度大きなため息をついて、覚悟を決める。もういっそ頭の中まで完全に子供になってしまえたらいいのにと思わずにはいられない。半端に大人の理性を残されるから複雑なのだ。「村正、起きているか?」「ん、入ってきていいデスよ……」ぼんやりとした返答だった。まだ眠っていたらしい。「入るぞ」中に入ると横たわったまま、ぼうっとした目で村正がこっちを見ている。「蜻蛉切、ワタシは寝ぼけているんでショウか? アナタがずいぶん小さく見えマス」「先日のお前よりは大きいぞ」その声を聞いて村正は飛び起きる。「小さくなってしまったのデスね?」その声に喜色が混ざったのを聞いて蜻蛉切はため息をつく。村正の寝間着は相変わらずすっかり乱れて着ていなくとも同じなのではないかと思いそうになる。「そうだ。せめて前を整えてくれないか? いくら身内でも目のやり場に困る」「仕方ないデスねぇ……」村正はしぶしぶ着物を整えて蜻蛉切のそばに来る。「おやおや、蜻蛉切がこんなにかわいくなってしまうとは思いまセンでしたよ」村正はわしわしと蜻蛉切の頭を撫でる。「ワタシと寝マスか?」「もう起きる時間だぞ」「小さくてもツレないデスねぇ……huhuhuhu」のんきに笑う村正を見て蜻蛉切は盛大なため息をつく。「さっさと仕度をして朝飯に行かないか? 今日はお前が世話を焼いてくれるんだろう?」「ハイ。huhuhuhu……」村正はうきうきと身仕度を整えて蜻蛉切に手を差し出す。「なんのつもりだ?」「手を繋がないのデスか?」蜻蛉切は心底嫌そうな表情を浮かべる。「やっぱり薄情ですねぇ……」村正は仕方なさそうに歩き出す。少し悪いことをしたような気がして慌てて後を追い、その手を握る。「huhuhuhu……最初から素直になればいいのデスよ」嬉しそうに言って、村正は蜻蛉切の手を引く。「肩車してあげまショウか?」「いい」「そうデスか」少ししょんぼりしたように答えた村正の腰に揺れるトンボ柄の袋が目にはいる。普段は気付かなかったが村正が思いの外自分を大事に思ってくれているのだろうかと思うと悪い気はしない。「おや? あんな子いましたか?」そう言って指差す先にはだぼだぼのジャージを羽織った碧の髪の小さい男士がぼんやりと立っている。「にっかり青江?」蜻蛉切の怪訝な声にその男士が振り返る。「そうだよ。目が覚めたら小さくなってしまっていてね。困っているんだ。この現象は槍と大太刀限定じゃなかったのかい?」青江はやれやれと首を振る。確かに以前は槍と大太刀にしか主の邪念は及ばなかったが、つい先頃、打刀の村正にも邪念が及んだ。大脇差の青江にも及ばないとは言い切れない。「ワタシも先日小さくなりマシてね。誰なら大丈夫と言うものでもないようデス。とりあえずワタシ達と一緒に来ますか?」「そうだねぇ……数珠丸も遠征だし、お願いするよ」青江はとてとてと歩み寄ってくると村正の空いている方の指を握った。蜻蛉切と比べ、青江はずいぶん小さいようだ。「huhuhuhu……にっかりサンは素直でかわいいデスねぇ」「素直じゃなくて悪かったな」「そんな蜻蛉切も好きデスよ」「フフ、君たちは本当に仲がいいね」青江にそう言われて村正は嬉しそうに笑う。「ファミリーデスから」「少し羨ましいな」「にっかりサンも村正のファミリーになりますか? huhuhuhu……」「今日だけお願いしようかな」そう答えて青江は小さく笑う。「huhuhuhu。今日だけ、にっかりサンも村正のファミリーデス」「ファミリーは俺だけじゃ不満だったか?」「焼きもちデスか? 一番かわいいのは蜻蛉切デスよ」蜻蛉切は村正の指をぎゅっと握る。「huhuhuhu……かわいいデスね」村正にまとめて抱き締められて蜻蛉切は逃げようと足掻くが、今の力ではとても逃げられそうもない。青江に倣って大人しくするしかないようだ。村正のもさもさとした薄紫の髪が少しくすぐったい。「さ、行きマスか」満足したのか立ち上がった村正が二人の手を引く。たまには悪くない気もする。[newpage] 昼も過ぎた頃、村正が不意と蜻蛉切の頬を揉み始めた。「何をする!」「蜻蛉切、ワタシに甘えてくれるって言うのは嘘だったんデスか?」ずいぶんと不満げに言われて蜻蛉切は返答に困る。「アナタは何でも自分でやってしまって頼ってくれないじゃないデスか。ちょっとくらい甘やかさせてくださいよ。にっかりサンはこんなに甘やかさせてくれるのに!」村正の言葉通り青江は村正の膝にすっぽりおさまって、村正が剥いたミカンを食べている。一方、蜻蛉切は大体のことを自分で済ませ、村正に茶を運んできたところだった。「そう言われても、俺は青江ほど小さくなってはいないし、この姿にされるのも馴れてしまった。できることは自分でしたい。困ったら頼るからそれで許してくれないか?」村正はむうと頬を膨らませる。「仕方ないデスね」「ふふ、蜻蛉切さんがその姿になるのはもう六回目くらいだものね。最初は大変そうだったけど、馴れもするよね。僕は初めてだから村正さんにもう少し頼らせてもらいたいな」その言葉に村正は嬉しそうに笑う。「huhuhuhu……にっかりサンは本当にかわいいデスね」「俺だって、少しくらい……」尻すぼみに消えていくその声を村正は聞き逃さない。蜻蛉切の手を掴んで無理矢理引き寄せる。「お膝に入りたいなら早くそう言えばいいじゃないデスか」村正は青江を片方の膝に寄せ、蜻蛉切も膝に入れる。「別にそういう訳じゃ……」「蜻蛉切はワタシの大事なファミリーデスよ」「うるさい……」そう応えた蜻蛉切の耳は真っ赤だった。[newpage]「にっかり、ここにいたのですか」軽い足音と共に現れた数珠丸が村正の膝でうとうとする青江を見て、安堵の声をあげる。「おや、数珠丸サン、にっかりサンならおねむデスよ」「にっかりがご迷惑を……主から小さくなったと聞かされて慌てて来たのですが」「にっかりサンはいい子でしたよ」村正は青江を抱き上げて数珠丸の腕の中に渡す。「ありがとうございます」「どういたしマシて。ワタシも楽しかったですよ」青江が眠い目を擦りながら小さく手を振る。「また遊びまショウね」村正が頬を撫でると青江はへにゃりと笑った。「では、失礼します」去っていく二人を見送る村正の後ろ姿が少し寂しげに見えて、蜻蛉切は村正の袴を掴む。「どうしマシた?」「俺はここにいるぞ」「huhuhuhu……そうデシたね」村正は蜻蛉切を抱き上げる。「散歩にでも行きまショウか?」「ああ」 「いい天気デスねぇ」「そうだな」本丸の庭は広大で散歩するにはちょうどいい。短刀達がそこここで遊んでいるのも散見される。「隠れ鬼デスかね? 楽しそうデス」村正が小さく笑うのを見て、蜻蛉切もつられて笑う。子供の遊びに興味があるとは思わなかった。「入れてもらいまショウか」「え?」「ダメデスかね?」「我らは圧倒的に不利だからなぁ……」「そうデシたねぇ。huhuhuhu……」村正は少し残念そうに肩をすくめて歩き出す。蜻蛉切は何の気なしに村正の手を握る。「たまにはゆっくり二人で散歩するのも悪くないな」「huhuhuhuそうデスね」村正は嬉しそうに笑って蜻蛉切の手を握り返す。その時、不意と水がかかった。村正は袴裾が濡れた程度だったが、蜻蛉切は頭から水をかぶってしまった。「これはいったい?」「ああ! すまない!」慌てて走り寄って来たのは石切丸だった。「打ち水をしていたのだけど、まさかかけてしまうとは……蜻蛉切さんすまない……村正さんは?」石切丸は慌てて蜻蛉切の頭を手拭いで拭き始めるがとても足りそうにない。「ワタシは大丈夫デスよ。蜻蛉切もお風呂に連れていくので大丈夫デス」「石切丸様、俺は大丈夫ですから。気付かなかった俺の鍛練不足です」「そうなるのかい? 本当にすまないねぇ」石切丸はひどく申し訳なさそうに言ったが、村正はどこか嬉しそうだった。「さあ、行きまショウ!」村正は蜻蛉切を肩車して走り出す。「やめろ、自分で歩ける!」「こっちの方が速いデスよ」結局、蜻蛉切は風呂に着くまで降ろしてもらえなかった。だが、それも悪くないと思えてしまったのは村正が屈託なく笑っていたせいかもしれない。「脱ぎまショウ」村正はさっさと着物を脱ぐと蜻蛉切が脱ぐのを手伝い始めた。「自分でできる」そう言ってみたものの濡れたせいか結び目が固くなってしまって中々ほどけない。「濡れると厄介デスね」「そうだな」二人でどうにか結び目を解いて、風呂に向かう。「蜻蛉切、ワタシに頭を洗わせてもらえまセンか?」そう問われて否やも言えず、蜻蛉切は頷く。「一度、洗ってあげたかったんデス」村正は嬉しそうに笑う。「アナタの髪は真っ赤に燃える夕焼けのお日様の色みたいできれいデスね」村正は思いの外、丁寧に蜻蛉切の髪を洗い始める。「アナタの色はこの地上を最後に照らす優しい太陽の色……一方ワタシは常闇の……」「村正……」「huhuhuhu……冗談デス」蜻蛉切の髪を優しく洗いながら村正は小さく笑う。蜻蛉切が『村正』の名の闇を何も背負わずにいることが嬉しかった。名槍たれという自負が重くとも、妖刀と呼ばれるよりはよいと思わずにはいられない。弟と呼ぶのは少し違うがファミリーであることには変わりない蜻蛉切がまっすぐであることがひどく嬉しい。「蜻蛉切、大好きデスよ」「なんだ急に」蜻蛉切は照れ臭そうに笑う。「俺も好きだぞ」珍しく返事が返ってきたのが嬉しくなる。「素直デスね」そう言われて蜻蛉切の耳が赤く染まる。「た、たまにはな!」「huhuhuhu嬉しいデスよ」村正は蜻蛉切の背中をつうとなぞる。蜻蛉切はびくりと背をそらす。「やめんか!」「huhuhuhu……流しマスよ」泣きたくなるほど優しい手付きだった。「今度は俺が洗ってやってもいいか?」「今の姿では大変でショウ」「洗ってやりたいんだ」「huhuhuhu……お願いしマス」村正の多くて長い髪に湯をかける。薄紫の髪が濡れてわずかに色を濃くする。ミステリアスなその色が村正の生き様を見るようで蜻蛉切はその色があまり好きではなかった。人々の思いに歪められたと思わずにはおれない。村正の苦悩を知らないわけではない。村正の道化が仮面なのを知らないわけではない。ただ、その隣に立って対等でいたい。それを村正がよしとしてくれるなら。先頃、村正が幼くなったとき村正が同じ気持ちであったのを知って嬉しかった。ならば、それに応えたい。「ねぇ、蜻蛉切、ワタシは村正でよかったと思っているのデスよ。もちろん嫌なこともありマス。でも、アナタが心配するほど倦んでもいないのデス。ここに来てからは楽しいことの方が多いのデスよ。huhuhuhu」小さく笑った村正はひどく楽しそうだった。「それにね、またアナタに会えマシた。それだけで充分なのデス」「そうか」蜻蛉切は小さく笑う。「ところで蜻蛉切、やっぱりアナタに洗うのは無理みたいデスね」村正のいう通り蜻蛉切が必死に手を動かしても泡立つばかりで全体を洗えてはいない。「すまん」「いいんデスよ。後で背中でも流してくだサイ」「おう」村正は慣れた手つきで多くて長い髪を洗い始めた。