| | - 発売日:83年2月28日
- 録音:82年5月17日~8月20日
- スタジオ:ウィンドミル・レーン・スタジオ
- レーベル:アイランド
- プロデューサー:スティーブ・リリーホワイト、ビル・ウィーラン(「Red Light」)
- チャート:IRE16位 UK1位 US12位
- 認定:UK2×プラチナ US4×プラチナ カナダ3×プラチナ ドイツゴールド フランス2×プラチナ オランダゴールド ベルギープラチナ スイスゴールド ブラジルゴールド
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収録曲
作詞作曲U2 解説
「同じアーチストでアルバムは1枚しか作らない」という当時のポリシーを曲げて「October」のプロデューサーを務めてくれたリリーホワイトだが、今度こそは断ったので、メンバーは新しいプロデューサー探しに奔走。後にリバーダンスで有名になるビル・ウィーランと「Red Light」を作ったが、しっくりこなかったので、結局、リリーホワイトに再登板を願った。 ボノ曰く「戦争は82年のテーマに思えた。見渡せばフォークランドから中東、南アフリカまで戦争ばかりだ」ということで、「SBS」では72年の血の日曜日事件、「New Year's Day」ではポーランドの独立自主労働組合「連帯」、「Seconds」では反核運動、「The Refugee」ではアイルランド人の移民体験と黒人のそれの比較などの政治的問題を扱い、「政治的なアルバム」と評されることになった。この点についてボノは「『政治的』ではなく『情熱的』なアルバムだ」と述べているが、結局、同じことだろう。 前作に引き続き音楽的実験も全開。「SBS」「Drowning Man」では後にIn Tua NuaとThe Waterboysに参加するスティーブ・ウイッカムのヴァイオリンを、「Red Light」ではケニー・フラドリーのトランペットを、 「Like A Song…」「Red Light」「Surrender」ではThe Coconutsのバックコーラスをフィーチャーしている。またボノが「エッジのようにギターを弾くな。ミック・ジョーンズのように弾け」と盛んにけしかけたこともあって、エッジのギターのディレイもエコーも控えめである。が、細工を凝らしたせいでライブでの再現が難しくなったせいか、初期の代表作といわれるわりには、ライブで1回も演奏したことがない曲が3曲(「Drowning Man」「The Refugee」「Red Light」)、1回しか演奏したことがない曲が1曲(「Like a Song...」)含まれることになった。 ポップミュージックがでかい車を乗り回していた頃、MTVなどのニュー・メディアが素晴らしいアイデアだと思われていた時代、このような硬派なロックアルバムを発表することは、「恐ろしくダサいこと」(ボノ談)と思われていたが、果たしてアルバムはヒット。UKアルバムチャートでは初の1位に輝き、USでは初のゴールドディスクを獲得、、「New Year's Day」という念願のシングルヒットも生まれた。というのも、そのようなポップミュージックとニューメディアの時代だからこそ、それに飽き足らない欧米白人リベラル層が我先にとU2(とR.E.M.とブルース・スプリングスティーン)に飛びついたからである。 これでU2はほんの少しステージを上がることができた。
Warに関する記事
Warツアー
| | - 82年12月~83年11月(参照)
- 108公演
- 5レグ
- 訪問国:アイルランド、UK、US、カナダ、フランス、ドイツ、ベルギー、ノルウェー、日本
このツアーからいよいよボノのパフォーマンスが興に乗ってきて、白旗パフォーマンスや舞台装置をよじ登るパフォーマンスが登場した。またこのツアーからウィリー・ウィリアムスが舞台装置を手掛けるようになり、以後、現在に至るまでその関係は続いている(ウィリー・ウィリアムス インタビュー)。83年5月30日は USフェスティバルに参加。10万人以上の観客の前で熱いパフォーマンスを繰り広げ、またこのライブは日本でも放映され、日本での知名度アップにも一役買った。 |
前座 ・Pre-War Tour、Leg I/ III(Europe) The Alarm、The Set、Zerra I、Angry Voices、Blue In Heaven、Big Thorp、Nightcaps – 22 Shows、The Alarm – 4 Shows、Big Country – 3 Shows、Perfect Crime – 1 Show
・Leg II(North America) Robert Ellis Orral – 1 Show、Dream Syndicate – 11 Shows、Romeo Void – 1 Show、The Alarm – 26 Shows、Divinyls – 1 Show
・Under Australian Skies Tour Matt Finish – 5 Shows
| セットリスト 1.Out of Control 2.Surrender 3.I Threw a Brick Through a Window 4.Seconds 5.A Day Without Me 6.Twilight 7.Sunday Bloody Sunday 8.Gloria 9.Two Hearts Beat as One 10.The Cry 11.The Electric Co. 12.New Year's Day 13.I Fall Down 14.October Encore: 15.Trash, Trampoline and the Party Girl 16.11 O'Clock Tick Tock 17.I Will Follow 18.40 | | 関連作品 |
| U2 Live at Red Rocks: Under a Blood Red Sky | - 発売日:84年
- 録音:83年6月5日
- 場所:コロラド州モリソン市レッドロックス・アンフィシアター
- レーベル:アイランド
- 監督:ギャヴィン・テイラー
ツアーは大成功ということで、この模様を是非映像に残して記録に留めようということになり、急遽、UKのテレビ局のクルーを雇って撮影された作品。当日は大雨で、それにも関わらずアクセスの悪い会場に駆け付けた5000人の観客の前で、U2は熱いパフォーマンスを繰り広げている。08年DVD化された際、5曲追加されたが、「I Fall Down」が欠けており、ライブを完全収録したものではない。 07年、トリビュートバンドUnder a Blood Red Skyがこのライブを 再現した。
| Under a Blood Red Sky | - 発売日:83年11月7日
- レーベル:アイランド
- プロデューサー:ジミー・アイオヴィン
- チャート:IRE48位 UK2位 US28位 オーストラリア2位 ドイツ20位 ベルギー39位 スウェーデン22位
- 認定:UK3×プラチナ US3×プラチナ カナダ2×プラチナ フランスプラチナ ドイツプラチナ
8 曲入りのライブ盤もリリースされ、各国でヒットした。が、レッドロックスのライブから収録されたのは「Gloria」と「Party Girl」のみで、「11 O'Clock Tick Tock」は83年5月6日のボストン公演、残りの曲は83年8月20日のドイツ・ザンクト・ゴアールスハウゼン公演のものである。 |
| | 11月22日:大阪・フェスティバルホール 11月23日:愛知・瀬戸市文化センター 11月26日:東京・渋谷公会堂 11月27日:東京・渋谷公会堂 11月28日:東京・中野サンプラザ 11月29日:東京・中野サンプラザ 11月30日:東京・中野サンプラザ |
- 私の記念すべき人生初ライブはこの U2 の WAR TOUR の渋谷公会堂のライブだったのですが、黄色い小さな紙にメンバーのアー写が印刷された小さなチケットだったのを覚えています。2 階の後ろから数列目、みたいな席だったのも覚えています。客電が落ちた瞬間に背筋がぞくぞくすることは、いつのころからか無くなってしまったけど、この時は文字通りゾクゾクっとしたものでした。(出典)
- Two Hearts Beat As One"ではハッピークリスマスの願いを込めてジングルベルを口ずさむ。1982年のアメリカツアーで"Southern Man"を一緒に歌うために観客をステージにあげたことがあったが、初めての東京公演でも同様にBONOは「I Fall Downのギターを弾いてくれる人はいない?」とたずねたのだ。すると、観客が驚きで見守る中、1人の男がステージに上がり、BONOにその曲の弾き方を教わった。ライブの間、礼儀正しい日本人にとっては非常に異例の出来事であるが、2度とこのような幸運には恵まれないと思った彼は"I Fall Down"を弾く代わりに、Deep Purpleの"Smoke On The Water"とハードロックの曲、数曲を弾いたのだ。するとBONOが代わりに「Smoke on the water, fire in the sky」と歌いながら歌詞とメロディーを直し"I Fall Down"に戻った。 髪を振り乱し大声で叫ぶ観客達。 観客の1人をステージにあげる事で、バンドと観衆の垣根が破られ、一体となり、ライブは大成功となったのである。(出典)
- U2初来日時の渋公ライブ。 曲間の余興にボノがエッジのギターかっぱらって、「誰か演奏しろ。」と客に振る。 ステージに上がったのは恥知らずの中学生?演奏したのは、誰もが顔を赤らめる「スモーク・オン・ザ・ウォーター」。仕方無くボノがサビを歌う・・・。盛り上がったライブの唯一の汚点でした。(出典)
瀬戸市文化センターは、収容人員1500人という小さな会場で、地元では「ここであのU2がライヴしたことがあるんだぜ」と半ば伝説化している。
- ライブのことはもううろおぼえなのですが、ボノが盛んにエッジを指差し「this is the edge!」と叫んでいたのが印象的でした。白旗も振ってたっけ。「WAR」のジャケットを使ったパンフレットを買ったものの、後にフリーマーケットで売ってしまったのはちょっと後悔しています。(出典)
- この「瀬戸市文化センター」ってのは、今じゃ考えられない事だけど、当時まだ会場も少なくてキャパシティの問題でモメた末にここに決定したとか。なにゆえ「瀬戸」なの・・と思ったりもしましたが、名鉄瀬戸線に乗って行くっていうも「新鮮な」経験ではありました。期待どおりの、力強くストレートな熱血ライヴでしたね。白旗も振りまくってたし。(出典)
- 最近では派手なステージ・セットとまばゆいばかりのライティングが話題になったりもしますが、この時はいたってシンプルなステージ構成。それでもグイグイと迫る来るものがありました。アンコールでは日の丸の旗を振りながらステージ袖の方まで右から左へと動き回りながらの熱唱でサービス精神も旺盛で楽しませてくれました。(出典)
- 今では考えられないことですが、私が住んでいた東海エリアでのU2の初来日の会場は瀬戸市文化センターというところでした。あのU2が名古屋市内ではなく隣町の瀬戸市で公演を行ったんです。愛地球博で話題となった緑多いベッドタウンにある文化センターです。当然小さな箱ですからメンバーとの一体感も相当高く、未だに自分の行ったライブの中で最高のパフォーマンスです。(出典)
- '83年に、"War Tour"で来日したとき、当時私が住んでいた愛知県で使われたのは、名古屋市内のホールではなく、瀬戸市文化会館というド田舎(私の実家のそばです(^_^;))で、世間のU2の認知度の低さに嘆いたものでしたが、狭いホールだったので、バンドとの一体感が感じられて非常にエキサイティングでした。"Sunday, Bloody Sunday"で、ボノが白旗を掲げて、セットの柱?を登り始めたとき、落っこちないかすごく心配しちゃったんだけど、Yちゃんが、「大丈夫だ」って言ったのをいまだに覚えています。あと、生で聴いたジ・エッジの歌声がすごくきれいだったのにもびっくりしちゃいました。(出典)
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評価
イヤーオブ- 83年ホットプレス年間ベストアルバム第3位(出典)
- 83年ホットプレス読者が選ぶ年間ベストアイリッシュアルバム第1位(出典)
- 83年ヴィレッジ・ボイスPazz & Jopアルバムリスト第6位(出典)
- 83年サウンズ年間ベストアルバム第14位(出典)
- 83年クリーム(US)年間ベストアルバム第5位(出典)
- 83年Rockerilla(イタリア)年間ベストアルバム第14位(出典)
- 83年Rockerilla(イタリア)読者が選ぶ年間ベストアルバム第1位(出典)
オールタイム
- ヴィレッジ・ボイスが選ぶ80年代ベストアルバム100第80位(出典)
- 88年Rockerilla(イタリア)読者が選んだアルバム30第24位(出典)
- 89年ロックスター(イタリア)が選ぶベストアルバム100第22位(出典)
- 89年Buscadero(イタリア)が選ぶ80年代ベストアルバム(出典)
- 90年Mucchio Selvaggio (イタリア)が選ぶ80年代ベストアルバム(出典)
- 90年ローリングストーンが選ぶ80年代ベストアルバム10第40位(出典)
- 94年「The Book of Rock Lists」が選ぶポストパンクアルバム150第54位(出典)
- 94年ギネスが選ぶオールタイムトップアルバム1000第63位(出典)
- 98年ヴァージンが選ぶオールタイムベストアルバム1000第273位(出典)
- 98年スタジオ・ブリュッセル(ベルギー)の視聴者が選んだオールタイムベストアルバム第60位(出典)
- 00年ヴァージンが選ぶオールタイムベストアルバム1000第122位(出典)
- 00年レコードコレクターが選ぶ21世紀に残したい21ジャンルのアルバム:80年代のアルバム(出典)
- 02年ローリングストーン読者が選ぶトップ100アルバム第49位(出典)
- 03年ローリングストーンが選ぶアルバム500第221位(出典)
- 05年死ぬ前に聴いておくべきアルバム1001(出典)
- 06年BBCレディオ2が選ぶオールタイムベストアルバム第68位(出典)
- 12年ローリングストーンが選ぶアルバム500第223位(出典)
街の声
- 荒削りでいて繊細、ステージ・ネームのとおりエッジの利いたカッティング・ギターやディレイを駆使した空間的なイメージ、どこか寒さを感じさせる音かと思えば時折牧歌的であったりと様々な要素を持ち合わせていながらも、全体的に「男のロック・サウンド」を感じさせる。(出典)
- 当時のヒットチャートの中では異質な香りを放ち、煌びやかさとは無縁のサウンドが実にナマナマしく流れ、その存在感をアピールしていたが、それは「寒い」音楽だった。「血の日曜日」を最初に聴いた時、なんて寒々しい曲なのだろう、と思った……この曲の持つボノの魂の叫びとシンプルなエッジのギターのトーンが異質だった。ディストーションバリバリのサウンドが主流だった時にこの音だ。何年も経ってからこの音がこれほど熱い音だということに気づき、歪んだギターの音はそれだけでは熱い音ではなく、言葉と魂が込められたものがホンモノのロックなんだ、ってね……素直に書こう(笑)。かっこいいんだよ、このバンド。そしてホンモノなんだよ、彼等。(出典)
- このアルバムを形容する言葉はいくつあっても足りない。美しい。激しい。強い。鋭い。深い。荒々しい。眩しい。厳しい。情熱的。ひたむき。リアル。切実。緊迫感。躍動感。ピュア…このアルバムは絶対的にレコードで聴くのがいい。デラックス・エディションが出たときに入手して初めてCDで聴いたんだけど、上に挙げた形容詞が相応しくないと思えるくらいスケール・ダウンしてるように感じてしまった。(出典)
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