傷と治療の知識
ケロイドと肥厚性瘢痕
■傷跡について
ケロイドや肥厚性瘢痕(ひこうせいはんこん)の説明の前に、「傷跡」という言葉について考えてみましょう。
けがであっても手術でも、まず気になるのは傷が残るかどうかということです。そして傷が目立つ場合には、修正手術で消えるだろうかということです。あの先生は、傷を何センチで縫ったから盲腸の手術がうまいとか、けがをして何針縫ったから大手術だとか、患者さんにとっては、傷の大きさだけが手術を判断する材料になってしまうのは、やむをえないかもしれません。
ほんとうは盲腸炎の場合でも、大きく切って十分に中を見て、あまり無理しないでおなかの中を操作したほうがよい手術といえるのです。
また傷あとという言葉ですが、これが割りと私どもと患者さんとの間の、コミュニケーションのギャップのもとになっています。傷あとは医学的にいうと「瘢痕」(はんこん)という言葉になります。けがであれ、手術であれ、皮膚に傷をつければ、そのあとに線維組織ができてなおってゆきます。この線維組織が瘢痕であり、どんな傷でも、あとに必ず瘢痕は残ります。ちょうど、ブロックやレンガをつなぎ合わせるのに、セメントが必要なようなものです。
ところが、患者さんが傷あとという場合には、むしろ目立つ「瘢痕」を「傷あと」と呼ぶわけです。そこで、ややこしくなりますが、私どもは患者さんに説明するときには、厳密にいえば、いったん傷がつけば傷あとを完全になくすことはできない。ただ、目立つ傷あとを目立たなくするのが私どもの仕事だというようにいっております。
■傷跡が目立つ場合
目立たぬ傷を正常瘢痕と呼ぶことにした場合、正常でない、つまり目立つ傷をはどんな状態でしょうか。
- 赤く盛り上がる、いわゆるミミズ腫れ
- 白く平らだが、幅が広い傷跡
- 引きつれを生ずる
- 色素沈着、色素脱出のように色の違いが目立つ
- 表面がテラテラと光る
- 傷の合わせ目が段違いになる
など、色々ありますが、ここで特に取り上げたいのは、1.の肥厚性瘢痕またはケロイドと呼ばれる状態です。
■肥厚性瘢痕とケロイド
傷を縫ったあとどのように治ってゆくかは、別の項で詳しく述べましたが、まず簡単にさらっておきましょう。
縫合の直後は、まず皮膚の創面の間に血液の成分(フィブリン)がたまり、糊の働きをして一時的にくっつきます。そして、皮膚のいちばん表層の表皮と呼んでいる部分は、24時間以内に細胞がつながってしまいます。つまり、ぴったり合わさった傷ならば、1日たてば表面はふさがって、外からあまりバイ菌のはいる心配はなくなります。それより深いところでも、3~4日の間に毛細管がつながり、やがて線維組織が蓄積されて傷口が補強されます。普通、糸を抜くのは1週間ですがそのころにはもう線維組織が強くなり、無理に引っぱらなければはがれないくらいになります。傷あとも細い筋ではほとんど目立たず、針のあともすぐにふさがって、数日でわからなくなります。
瘢痕組織はボンドのようなものである。
ボンドが多すぎると外にはみ出て、肥厚性瘢痕、ケロイドとなる。
こうして、いったんなおったはずの傷が1~2ヵ月ぐらいたって傷あとが赤く盛り上がって、いわゆるみみずばれのようになることがあります。
これは先ほどの線維組織が過剰に生産されて、表面に目立ってきたのです。私どもはこれを肥厚性瘢痕と呼んでいますが、ほうっておいても半年から1年で自然に平らに白くなってゆきます。余分につくられた線維組織が、傷がおちつくとともに、だんだんと吸収されてゆくからです。
傷がくっついているためには、最小限のセメントが必要なので、瘢痕組織が全く消えてしまうということは残念ながらありえないわけです。
肥厚性瘢痕・ケロイドの区別は、目立ち具合の持続で区別する。
まれに、肥厚性瘢痕がいつまでたっても消えないで、かえってどんどん広がってゆく場合があります。これがほんとうのケロイドです。ほんとうのといったのは、肥厚性瘢痕のような、つまり普通になおってゆく傷でも、ちょっと目立つ傷はすぐケロイドと呼ばれることが多いので、わざわざ区別したわけです。
このようにいったん治ったように見える傷跡が、数週間して、赤く盛り上がっていわゆるミミズ腫れになることは、誰でも経験することです。この肥厚性瘢痕は、数ヶ月、場合によっては数年たつと前述したように、自然に白く平らになっていきます。
この、自然に軽快することが肥厚性瘢痕の特徴で、反対に何時までたってもよくならず、増えつづけていくのが、ケロイドと呼ばれるものです。
こうして我々は、赤く盛り上がった傷をケロイドと肥厚性瘢痕の二つに分け、ケロイドという診断はごく限られたときにしか用いないようにしています。
実際には、ケロイドという言葉は放射線障害や火傷(やけど)の後遺症として広く知られているため、「多少は目立つが、火傷や怪我では誰でもなる」といった程度の傷跡までケロイドと言うことが多く、目立つ傷の代名詞として定着してしまったようです。ケロイドというと、すぐ体質とか原爆のイメージが結びつくので、私どもはあまり乱用しないようにしています。
火傷の跡の肥厚性瘢痕
1年後に自然軽快
典型的な場合は別にして、ケロイドと肥厚性瘢痕の線引きは必ずしも容易ではなく、専門家の間でも意見が分かれることがあります。
ケロイドの特徴は「治癒傾向をみせない」、「怪我などの原因がなくても自然にできることがある」、そして決定的な違いとして「周りへのひろがり方」があります。
図1肥厚性瘢痕は周りの組織を押しのけるようにして増大します。押しのけはしますが、正常な皮膚にまで波及することはありません。
肥厚性瘢痕はあくまでも一過性のもので数カ月、長くても数年で逍退します。
それに対してケロイドは、たとえ小さくても、境目から周りの健常部へ赤く染みだしていきます。
つまりこの「健常部への染みだし」が最終的なケロイド診断の根拠となります。
このページの最初に書きましたが、人間の傷は瘢痕組織によって治ります。しかしその瘢痕組織が過剰にできた状態が肥厚性瘢痕であり、その生産のコントロールが失われ、無軌道に増殖を続ける状態がケロイドと言えるでしょう。
前胸部のケロイド
小さいけれども傷の染み出しがある。
■肥厚性瘢痕とケロイドの原因とその治療
繰り返し述べたように肥厚性瘢痕とケロイドをはっきりと区別することは困難です。又その原因や治療もほぼ共通です。とりあえずケロイドという言葉でくくり、両方に当てはまることを中心に説明しましょう。
ケロイドや肥厚性瘢痕になる本当の原因は、まだわかっていません。しかし、起こりやすい条件としては次のようなことがあげられます。
- 白人には非常に少なく、黒人には多い。
黄色人種はその中間ですが、人によってできやすい人と、できにくい人があります。やはり、どちらかというと沖縄とか九州とか、南方系の血のまざっている人にできやすいような感じがします。 - 化膿した傷はケロイドになりやすい。
ナイフでスッと切ってきれいに寄せた傷はケロイドになりにくのですが、やけどのあとや、化膿してからなおったような傷はケロイドになりやすいものです。 - 引っぱられるところや、皮膚の緊張の強いところはケロイドになりやすい。
そのため首のつけ根とか、肩は最もケロイドのできやすいところです。 - 年齢的には、成長期の皮膚はケロイドになりやすい。
成長に伴う皮膚の伸展とも関係があると思いますが、幼少期には細胞の活性が強いためかもしれません。 - しわに平行な傷はなおりやすいが、しわを横切った傷はケロイドになりやすい。
このような場合は赤く盛り上がるだけではなく、だんだんとつれてきて関節などは伸びなくなってきます。
人によっては、手術とか、けがとかいうことでなしに、突然に肩や胸のあたりに赤いふくらみを生ずることがあります。そして、これはどんどん広がる傾向を持っています。こういう場合は体質によるものとして、これが肥厚性瘢痕と違うケロイドの特徴です。
ケロイドで困る問題の1つはかゆみです。赤く盛り上がって広がってゆくときが、かゆみもいちばん強く、しもやけのように、夜寝て、からだが暖まってきたときに最もかゆくなります。特に子どもの場合には、なかなかがまんできないので困ります。また、あまりひっかくとくずれてうんだりします。ケロイドの特効薬はありませんが、かゆみを押えるためにはレスタミン軟膏などを用いています。
しかし、原因がわかっていないので、これを根治するのはかなりむずかしいことです。前に述べたケロイドになりやすい条件を考慮しながら、次のような治療を試みます。
- 手術療法・・・・・・ケロイドを切りとって、回りの皮膚を縫い寄せます。特別な方法で内側からこまかく縫って再発を予防します。広範囲のときには、皮膚の移植を行ないます。どういうわけか移植した皮膚自身はケロイドになりませんが、回りとの継ぎ目がしばしばケロイド状になります。
ヘルニア手術後のケロイド
手術が成功した状態 - 放射線療法・・・・・・いわゆる電子線を、数回から十数回に分けて照射します。ケロイドのでき始めのときには比較的効果がありますが、古くなったケロイドにはあまりききません。また、後遺症として皮膚障害や色素沈着などが起こる場合があります。
- ステロイド注射・・・・・・副腎皮質ホルモン、いわゆるステロイドをケロイドの中へ注射します。比較的効果のある方法ですが、傷に直接注入するのでそうとう痛いのと、また十数回から数十回繰り返さなければならないのが欠点です。また、まれに薬がききすぎて、皮膚が薄くへこんでしまう場合があります。
ステロイド注射
注射後、圧迫療法を併用 - ステロイド軟膏・・・注射の代りにステロイドの入った軟膏を塗る方法です。
又、ステロイドの入った伴創膏も作られています。 - 圧迫療法・・・・・・ケロイドを直接フォームラバーのようなスポンジで押え、上から絆創膏で圧迫します。非常に手軽ですが、意外に効果があります。ただ、数ヵ月から半年くらいつづける必要があります。また、皮膚の弱い人は絆創膏にかぶれることがあるので、注意しなければなりません。
腕の肥厚性瘢痕
圧迫療法
1年後の状態 - 内服薬・・・・・・現在、唯一の内服薬はリザベンという薬です。リザベンはもともとは喘息の薬ですが、喘息の発症のメカニズムと、ケロイドのできるメカニズムに共通点があるため、ケロイドや肥厚性瘢痕の患者に試したところ、効果が認められたのです。
もちろん、すぐに傷が消えるわけではありませんが、多少早く平らに白くなる場合があり、何よりもかゆみには効くとされています。何ヶ月、場合によっては数年の服用が必要ですが、幸いほとんど副作用はありません。
どの方法も、いわゆる肥厚性瘢痕には比較的効果的ですが、ほんとうのケロイドにはなかなかききにくいのが実情です。これらの方法をその症状に合わせて使い分けたり、また組み合わせたりしています。昔は、手術療法は再発すると初めよりひどくなることがあったので敬遠されていましたが、放射線や、圧迫や、ステロイドなどを併用すれば、かなりの傷跡でもよくすることができるようになりました。
■今後の見通し
繰り返しになりますが、人間の傷は繊維芽細胞の作り出す瘢痕組織によってなおります。この瘢痕組織が過剰にできた状態が肥厚性瘢痕であり、その制御が効かなくなって増殖を続けるとケロイドになります。
瘢痕組織のコントロールは繊維芽細胞のコントロールにあるとして、細胞生物学の手法が探求されていますが、まだ全体像の解明までは至っていません。したがって根本的な解決は、しばらく先になるものと思われます。