ウェブブラウザのJavaScript(ジャバスクリプト)の設定が無効になっています。Javascriptが無効になっていると、サイト内の一部機能がご利用いただけません。 俺はある日、石化アプリを手に入れた(2)2013年12月3日 16:47 屋上から戻り、授業中。 風音の机の置いてあった空白に誰も違和感を感じることなく、教師は順番に生徒を当てていく。空白のスペースを何事もなかったかのようにスルーして。 たしかアプリでの設定は、”モニュメントとして認識”だった。 それはどうやら単に石像を人として認識出来なくする以上の効果があるらしい。石化した女の子の存在そのものをこの世界から消してしまうという効果が。石化した本人はもちろんのこと、風音の机、風音の鞄、風音の体操服袋。 授業の開始前、誰に聞いても風音のことを覚えている奴はいなかった。 授業が終わり、俺はすぐに屋上に戻った。 未だ、石化したままの風音。この世界からはただの石像としてしか認識されない風音。 それが女の子だったのだと知るものは俺しかいない。俺だけの風音。 石化フェチにあるまじき感情だとは自分でも思うが、それでもそのことはなんだか悲しかった。「……あれ? 私、寝ちゃってた?」 石化からきっかり一時間。何の感動的な演出やBGMもなく、当たり前のように風音は人間に戻った。俺も当たり前のように適当に話を合わせることにする。「あぁ、急に眠くなったっていってな、授業一つサボるとは大胆な奴め」「うーん、そんなこといったっけなぁ……ま、いいけど。後でノート写させてよね」 深く考えないのはこいつの長所だが、もうちょっと疑ったほうがいいと思うぞ。 ま、都合がいいのであえて言わないが。 二人して教室に戻ると、空白だった場所に風音の机が復活していた。 鞄や教科書、筆入れや女の子グッズ、体操服袋。 ついさっきまで消えていたことの方が夢だったかのように、当たり前に置かれている。 もしかしてこの”ペトロアイ”はただ女の子を石にするだけのアプリではないのではないか。 俺はそう思い始めていた。 風音は何事もなかったかのように友達の輪の中に溶け込んでいるし、空間や人間にこれほど広範な影響をもたらすことなんて、ただのプログラムにやれっこない。 まぁそれを言ったら、そもそもとしてたかがスマホのアプリに石化なんていう魔法じみた現象を引き起こせるわけないんだけどな。 さっきまで石像だった女の子の声を聞きながら、俺は席についてスマホを取り出す。 石化アプリにアップデートがあったので、アップデートしてからアプリを起動すると機能がいくつか増えていた。 まず履歴が見れるようになっていた。◯12月01日 22時13分 公立第三中学校に通う高遠アズサを大理石化(詳細はタップ)◯12月02日 06時34分 猛虎製薬に勤務する中岡夏希を御影石化(詳細はタップ)◯12月02日 07時03分 専業主婦の守島郁恵を御影石化(詳細はタップ)◯12月02日 07時07分 私立クライリス学園に通う笹川アリスを御影石化(詳細はタップ)◯12月02日 08時49分 公立中央高校に通う鈴木彩子を御影石化(詳細はタップ)◯12月02日 09時51分 公立中央高校に通う二見風音を御影石化(詳細はタップ) なるほど、これは便利な機能だ。街で石に変えたOLさんや主婦、女子高生の名前もどういう原理か知らないがバッチリと表示されている。 ところで詳細はタップというのはなんなんだろう。アズサの履歴のところを押してみる。”日曜日の夜、終わらない宿題に頭を悩ませていたアズサは「そうだ、お兄ちゃんに聞こっと」と思いつく。塗装前のフィギュアばかり集めている変態なお兄ちゃんだけど、大好きなお兄ちゃん。 アズサはドキドキしながら高遠裕二の部屋を尋ねる。 しかしそんな大好きなお兄ちゃんによって、アズサは石へと変えられてしまうのだった。”「うぅ……良心が痛む……」 ポップで表示されたウインドウには、そんな文章が表示されていた。 俺が書いたわけでもなし、一体誰がこんな文章を……。 ま、いいか。 深く考えるのはやめて、中岡夏希さんの名前もタップしてみることにする。”彼氏の家から朝帰りの夏希は、一度自宅に帰ろうと思い、早朝の道を急いでいた。 まずはシャワーを浴びて、それから化粧をしてスーツを着て……朝ご飯は会社近くのモーニングで済ませることにしよう。 思案をする夏希だったが、その思考は石化によってプツリと中断した。 高遠裕二の気まぐれによって駅前モニュメントにされてしまった夏希。 彼女はその後一時間、道のど真ん中に立つ邪魔な石像として邪険にされ続け、元に戻った後は家に帰る時間もなく会社へと直行した。”「やっぱあれくらい綺麗なお姉さんだと彼氏くらいいるよなぁ……」 微妙にがっかりしながら俺は続いて守島さんと笹川さんの詳細も見ることにした。 二人の夫と二重生活を送る主婦に、清楚っぽく見えて腐女子な女子高生。 そんな二人を俺は石像へと変えたのか……。 それにしても、やばいなこれ。 赤の他人の事情というのはどうしてこうも面白いのだろう。 石にすることでその女性がどんな人なのかわかるのだ。 まったく知らない赤の他人のことを、石化を通じて知ることが出来るのだ。 街の女性をどんどん石にしたくなる衝動が沸き起こってくる。 今すぐ教室を飛び出して片っ端から……。「いや、でもまてよ……」俺は思い直す。 まずは教室の女の子から固めてしまった方がいい。 幸いにして、うちのクラスの女子のクオリティはかなり高い。 クラスごと石に変えてしまえば、そこは楽園に違いなかった。 それに俺は風音以外の女子とはあまり話さないし、彼女たちの事を知るいいきっかけになるかもしれない。「よぉユージ、何スマホばっかいじってんだ?」 しかし俺は、男子の存在を思い出した途端、激萎えだった。 そう、人数は少ないとはいえこのクラスには男もいるのだ。 可愛らしい女の子の像に混じってニキビだらけの男ども。 もう想像しただけで気持ちが悪い。 というわけで、クラスごと固めるなんて中止だ中止。 話しかけてきた数少ない男子である貴俊には感謝するとともに、適当に返事しておくことにする。「あー、ちょっとアズサとラインしてた」「なんだまたアズサちゃんかよ。相変わらずのシスコンっぷりだな」「可愛い妹を愛して何が悪い」「はいはい、せいぜい捕まらないようにな」「うっせ」 しっしと貴俊を追い払い、俺はスマホの画面へと戻ることにする。 ◯12月02日 09時51分 公立中央高校に通う二見風音を御影石化(詳細はタップ) まだ見ていないのは風音の詳細だ。 ここにはどんな事が書かれているのだろう。もしかして、俺に対する感情なんかも……。 ……だめだだめだ。 そういうのは直接確かめるべきことなのだ。 俺は履歴を閉じ、今度は本のアイコンをタップした。 画像のサムネが並んでいて、どうやらアルバムのようだった。 テーブルで宿題に向かっているアズサの石像、OLの夏希さんの石像、二股してる守島さんの石像、意外に腐女子な笹川さんの石像、実はかなり緊張していた生徒会の鈴木さんの石像、そして屋上でピースサインの風音の石像。 最後の画像をタップすると、あの時の石化した風音が大写しになった。 右に指をフリップすると顔のドアップになり、もう一度動かすと顔を見上げる構図、最後の一枚は灰色のパンツだけ写した画像。 俺が撮影した風音の写真だった。アルバムにしてくれるなんて、なんて気の利いたアプリなのだろう。 右上には3Dと書かれたアイコンがある。 押してみると、真っ黒な背景の中に石像の風音が浮かび上がった。屋上から、石像の風音だけを切り取ったような感じだ。 出てきた説明によると、指を使ってスクロールして石像を360度どこからでも見れるらしい。つまりエフエム10のライブラみたいなものか。召喚術士の女の子を石にして散々眺め倒したのはいい思い出だ。 さっそく、くるくる回してみる。 ピースサインの石像が新体操の選手みたいに回ってとても面白い。 整った顔を親指と人差し指を使って拡大表示させてみる。 生の石像の臨場感には劣るが、石化したまつ毛の一本一本までわかるほど解像度がよく、綺麗なアーモンド型の石瞳を見つめているだけで胸が高鳴ってしまう。 やっぱ、風音って美人だよなぁ……。「なーにぼんやりしてんの?」 適度に日焼けした素肌に、桃のように瑞々しい唇。そして星を散りばめたみたいに光る瞳。 顔を上げるとご本人様がすぐ目の前に居た。俺はドキドキとスマホを隠しつつ、「風音の眉目秀麗さに見惚れてたとこ」「何馬鹿なこといってんのよ。お世辞いったって何もでやせんよ?」 この微妙に男泣かせな性格さえなきゃ完璧なんだけどなぁ。 本気で告白したのに冗談扱いされた男子を何人も俺は知っている。俺も知っている。「で、今、何隠したのよ。ちょっと見せなさいよ」「い、いや、これだけはダメだ!」 風音の石化顔のドアップを見てときめいていたなんてバレた日には、俺は死んでしまう。 スマホを奪いにかかる風音の手をかいくぐり、かいくぐり。その必死さが通じたのか、風音は諦めたようにため息をついた。「なんでそんなムキになってるのよ。……あ、もしかして彼女さんの写真見てたとか?」「彼女じゃなくてお前のだけどな。彼女なんかいないし」「だよね、裕二に彼女なんかいるわけないもんね」「うっせ」「でも私の写真かあ。私が寝ちゃう前に撮った奴だよね? どんな風に写ってるか気になるし見せて見せて」 そしてまたスマホを略奪しにくる風音。どうせならアズサの写真を見てたとかウソをつけば良かったのに、なにやってんだか、俺。 俺は手を後ろに伸ばすが、風音はそれを追いかけてくる。 体を寄せてきて、柔らかい胸が当たって。 体重を俺にかけてきて。 幸せな感触を味わう間もなく、ガタリと椅子は傾いていく。 体はふわりとした浮遊感に包まれ、しかしそれも一瞬。 頭からゴツン、俺は床に不時着した。「ったく、なにすんだよ……」 頭を抑えながら、顔を上げる。「っ……!」 風音の顔がドアップだった。もちろん石化していない、生身の風音が、女の子が。 ぶつけた場所がズキズキと痛む。ドクドクと痛む。後頭部が、全身が心臓になったみたいに脈打っている。「あぅぅ……ごめん」「そ、そう思うなら早くどいてくれよ」「うん……ほんとごめん」 もし二人っきりだったら、俺は自分を抑えきれた自信がない。 お腹の上に乗っていた風音のお尻やふとももの感触。 あれは男子の理性をズタズタに破壊するには十分すぎるほどの殺戮兵器だ。 クラスの女の子や貴俊が「こいつら何やってんだ」という目で注目していなかったら、俺は果たして……。 風音は黙って立ち上がり、自分の席へと戻っていった。 直後、チャイムとともに教師が教室に入り、倒れている俺を一瞥、「なにやってるんだ高遠。早く席につかんか」「はい……すんません」 椅子を起こして席につく。 起立と礼ののち、次の授業が始まった。 教師は日本語でないようでいて日本語な何かをつぶやき始めるが、俺はやっぱり上の空だった。 考える事は山ほどある。 石化アプリの事、俺によって石にされた彼女たちのこと、三枝先輩のいう『協力のこと』。 けれど、最後にはやっぱりあの子に行き着いてしまう。 いくら思いを募らせたって無駄なことくらいわかっているけれど。 こればかりは仕方がない。「はぁ……どうして俺はこうも諦めが悪いのかねぇ……」 放課後までの時間は、無為な思考で浪費されていく。