ブリスキー・ザ・ベアー

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以下、通称であるB・Bで表記する。

12球団のマスコット随一とも言われるファンサービスの熱心さで知られている。例えば試合中や試合前後には必ずファンに対して長時間のグリーティングを行い、他球団マスコットとも積極的にマスコット交流を行っている。またオフシーズンやシーズン中でもチームの遠征中などにはこまめに各地のイベントや幼稚園・保育園などを回っており、更に2006年からは「212物語」と題して、球団の北海道移転当時の212市町村を10年かけて全て訪問するという壮大なプロジェクトを開始した。B・Bの活動がいかに熱心かが窺える。

B・Bのマスコット活動の最も特徴的な点として、ファイターズの公式web及び携帯サイトで自ら手がけている「B・Bコラム」というコーナーがある。このコラムでB・Bは、あえて「職業としてのマスコット」を強く意識した視点からマスコット論を展開しており、その斬新な視点と強いプロ意識に感銘を受け、マスコットに興味を持つようになったというファンも多い。

頭のモヒカンは通常は黒だが、日曜日の出演時はオレンジになる。また「特別な日」には稀に白に、更にはリーゼントアフロヘアーのバージョンで登場する事もある。

2006年にはB・Bの弟「カビー・ザ・ベアー」(通称カビー)が二軍のマスコットとして登場、一軍マスコットと連動した二軍専用のマスコットは球界初となった。2010年にはB・Bの幼少期「baby☆B」(ベビービー)も登場した。熟睡中のB・Bの夢から出てきたマスコットで小学生時代のB・Bでもある。

12球団のマスコットキャラクターの中で1番の俊足でもある。

誕生~2004年

  • 2003年秋、日本ハムは新マスコットキャラクターのイラストをアメリカのデザイン会社に発注、名前を一般公募するためキャラクターイラストを一般公開した。しかし、いわゆるアメリカ的な「バタ臭い」顔のデザインや目つきの怪しさが酷評を受ける。
  • 2003年冬 初代着ぐるみ公開。イラストとは全く違った仕上がりで徐々に酷評は収まっていく。
  • 2003年12月11日 名前が「ブリスキー・ザ・ベアー」(通称「B・B」)に決定する。その他の候補名は「カムイ」「ホクト」「マックス」「アンビー」「ハマー」「マイティ」「リッキー」「ダイチ」「カイドー」など。本人曰く「フルネームよりも愛称(B・B)で呼んでもらいたい」とのこと。
  • 2004年3月 札幌ドームでオープン戦スタート。
  • 2004年4月 公式戦スタート。丁寧な試合前後のグリーティングや試合中のパフォーマンスなどで徐々に人気が上昇していく。
  • 2004年6月 フジテレビのバラエティー番組「トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜」のコーナー・「トリビアの種」において、「プロ野球12球団のマスコットで最も足が速いのは誰か」を調べる企画が行われた。高崎競馬場で他9球団のマスコット(西武ライオンズのレオ・大阪近鉄バファローズのバフィリードのふたりは欠場)との100m走に出走、ダートながら15秒9の好タイムで他のマスコットに大差をつけ優勝、一躍その知名度を高めた。ちなみに2着がハリーホーク、3着がトラッキー、4着ジャビット、5着ドアラ、6着マーくん、7着ネッピー、8着ホッシー、9着スラィリー、最下位つば九郎の順位。(その後、マスコット交流でビジター球場を訪れた際、西武のレオや東北楽天ゴールデンイーグルスのクラッチ、及びMr.カラスコにも100m競走を挑み快勝している為、プロ野球マスコット最速の称号に異論はない。)
  • 2004年8月 マスコットに対して心ないファンによる悪質な嫌がらせが多い事を嘆き、公式サイト内「B・Bコラム」にてマスコットにも人権があるのだという悲痛な訴えを書き込んだ事が、Yahoo!のトップニュースなどに取り上げられた。
  • 2005年3月28日 公式戦スタートと同時に、2代目の着ぐるみにリニューアルした。着ぐるみ更新については、後に公式サイト内のコラムで諸事情を公開した。理由は以下の通りである。
    • 1年3ヶ月間に渡る激しい演技のため着ぐるみ(特に鼻、眉毛、内部)がかなり損傷し、2シーズン目への持ち越しが不可能になった。
    • 初代着ぐるみでは目が小さく視界が狭いことから思い切った演技が難しく、安全性やパフォーマンスの幅を広げるために目を大きくする必要があった。
    • より多くのファンに受け入れやすいルックスにするため、リアル過ぎる顔立ちを修正する必要があった。
  • 2005年11月27日 ファン感謝デーで再度ヒルマン監督とのセッションを披露し、ビリー・ジョエルの「ピアノマン」と松山千春の「大空と大地の中で」を伴奏した。「大空と大地の中で」はヒルマン監督が日本語で歌い上げ喝采を浴びたが、この曲を歌うようヒルマン監督に勧め、また歌詞の指導をしたのはB・Bであった。
  • 2006年1月 それまで不評だったイラストが変更となった。新イラストはいわゆる「バタ臭さ」が一掃され、2代目着ぐるみに忠実で爽やかなタイプに一新した。但し縫いぐるみ系のグッズでは現在も初代着ぐるみに準じている。
  • 2006年2月12日 札幌国際スキーマラソン5kmの部に出場し一般スキーヤーに混じって滑り、29分26秒10の好タイムで、着ぐるみであるにも関わらず383人中2位でゴールし準優勝となった。B・Bいわく「前に誰もいなかったので、1位だと思った」と悔しがった。
  • 2006年4月5日 東京ドームでの試合後、バク宙の踏み切りの際左足ふくらはぎを肉離れした。全治3ヶ月の重傷と診断されるが、翌日には松葉杖をついて登場している。結局その後も一切の試合・イベントを欠かすことなく出場し続けた。尚、7月4日の試合からはバク転等のアクロバットを復活させている(B・B本人によると、現在もまだ完治したわけではないという)。
  • 2006年9月27日 ファイターズのパ・リーグ1位通過が決定、試合後にヒルマン監督が挨拶中、選手やスタッフと共に、B・Bへの感謝をコメントする異例の計らいを行った。
  • 2006年12月27日 マスコット史上初の複数年となる2年契約に合意、年俸はB・B本人によると「二軍選手以上、一軍半未満」とのこと。またボーナスとしてタラバガニ(2万円相当)を獲得した。
  • 2007年1月2日からは3代目着ぐるみへとリニューアルされ、よりイラストに忠実で、ちょっぴりイケメン度を増した(?)顔つきになった。変更点は次の通り。
    • 鼻の高さを若干高めに。
    • 眼球部分のデザインを修正。
  • 2月12日 札幌国際スキーマラソン10kmの部に出場し、49分50秒6のタイムでゴール。スタートダッシュに成功し、702人中14位の好成績だったものの、B・B本人が目標としていた10位以内には届かず、「登りがきつく、しんどかった。来年雪辱したい」とのコメントを残す。
  • 3月24日の千葉ロッテマリーンズとの開幕戦で、雨天中断時にビジターながらベースランニングとヘッドスライディングを敢行、諸積兼司引退後、諸積のあとを継ぐ選手の出現をマリーンズに促した。さらに直後、マー君を乗せた軽トラックを運転、車の運転も出来ることを証明して見せた。
  • 5月18日田中幸雄の2000本安打達成時には田中幸にもっと現役を続けてほしいという願いを込めて(?)「3000本安打まであと1000本」というパネルを用意していたが、この日は田中幸がさらに2安打を上乗せしたため手書きで「あと998本」と訂正してから試合後に掲げた。
  • 12月28日 球団事務所で契約更改交渉を行う(前年に複数年契約を結んでいるため、今回はサインのみ)。記者会見の席上で、年間観客動員200万人突破(2007年は183万3054人)と、1試合の観客が4万人を超える試合を12試合(2007年は9試合)の2つを、2008年の目標として発表した。達成されれば、2009年の札幌国際スキーマラソンで25kmの部に出場することを公約した。なお、大会最長距離の50kmの部への参加は口が開かず水分補給に難があるため、「死んじゃう。勘弁して」とのこと。
  • 2008年2月10日 札幌国際スキーマラソン10kmの部に出場し、45分5秒6のタイムで、585人中6位の自己ベストの成績でゴールした。事前にコースを3回試走して、ワックス等を準備していたとのこと。「メチャクチャきつくて周りからの応援に反応する余裕がなかった」とのコメントを残す。
  • 7月26日 ミズノアドバイザリープロスタッフに就任。札幌ドームで調印式を行った。B・Bがパフォーマンス時に使用するバットとグラブがミズノ製となった。契約金額はサケ一年分。
  • 12月26日 球団事務所にて契約更改、前年より微増となる年俸800マスコ(マスコット界の通貨とのこと)で2年契約、今後の目標に「(現在は藻岩山に勝手に住んでいるため)ドームに通える場所に永住の地が欲しい」「自分で作詞作曲してCDを出し、札幌ドームで歌いたい」を掲げた。
  • 2009年2月8日 札幌国際スキーマラソン10kmの部に出場し、45分56秒5のタイムで、597人中11位の成績でゴールした。前年を上回る「45分以内・5位以内」という目標を掲げて練習に励んだが、記録更新はできなかった。B・Bは「新雪に突っ込んで5、6回転んでしまった。あれがなければもっと良かったはず。去年は途中で休んだりしたけど、今年はノンストップで行けた。持久力が上がっている。来年は特注ゴーグルとか、対策をいろいろ考える」とのコメントを残した。
  • 5月5日 対ロッテ戦で雨天中断中にベンチ内で雨の慕情のパフォーマンス、コールド宣告後にはロッテのマスコット、COOL君とベースランニングを披露、翌日にはボルボを運転する。
  • 10月10日 シーズン最終戦で、試合前にピアノ(キーボード)で国歌を演奏。
  • 1月24日 帯広で行われたミルク&ナチュラルチーズフェア2010にゲスト出演。料理の腕前を披露した。(この日のメニューはオムレツだった。)
  • 2月14日 札幌国際スキーマラソン25kmの部に出場し、1時間52分41秒0のタイムで533人中115位の成績でゴールした。今年の目標は順位やタイムではなく、「生きて完走する。」だった。
  • 2月13日 札幌国際スキーマラソン3kmの部に出場し、15分15秒1のタイムで141人中2位の成績でゴールした。ゴール後には表彰プレゼンターも務めた。
  • 2月5日 札幌国際スキーマラソン10kmの部に出場し、40分57秒3の自己ベストタイムで442人中4位の成績でゴールした。ゴール後には表彰プレゼンターも務めた。
  • 2月3日 札幌国際スキーマラソン10kmの部に出場し、前年を上回る37分48秒4の自己ベストタイムで463人中8位の成績でゴールした。
  • 「レジェンドシリーズ2014」で、東京時代のマスコットだったギョロタン・ファイティーが限定で復帰、2人と共演した。
  • 8月の札幌市内ロケで「212物語」の撮影が終了、球団北海道移転当時の212市町村全てへの訪問が完了した。
  • 「レジェンドシリーズ2015」で、東京時代のマスコットだったギョロタン・ファイティーが限定で復帰、昨年に続き2人と共演した。
  • 8月27日 札幌ドームでの埼玉西武ライオンズ戦で出場試合1000試合達成。達成時点でホーム833試合、ビジター167試合に出場。

B・Bがもたらした影響

  • あまり盛んでなかった球場でのマスコット交流が、B・Bの登場を境に増える傾向にある。特に交流戦期間中を中心にマスコットがお互いの球場を行き来することが多くなった。これはB・B自身が他球団のマスコットに交流を働きかけたことが大きい。
  • おそらく、オールスターでのマスコット全員集合もB・Bがいなければ実現することはなかったであろう。
  • B☆Bの星マーク部分に「球団ロゴ」の星マークを当て込んだバージョンもある。
  • 2012年1月現在でのB・Bは歴代3代目の着ぐるみ。