ウェブブラウザのJavaScript(ジャバスクリプト)の設定が無効になっています。Javascriptが無効になっていると、サイト内の一部機能がご利用いただけません。 愛のダイエット♥ヴィレッジ2016年11月13日 18:05「じじいになっても、お前とバスケしてぇ」伸ばされた大きな手を離したのは、自分からであった。黒子テツヤは、過去の栄光を思い出しつつ、ぽつり、ぽつりと重い足取りで歩いた。行きつけの洋服店までの距離は、そう遠くは無いが、ぱつぱつのTシャツは汗でぐっしょりと濡れている。「はっ、はぁ…つかれ、ました」息の荒い黒子を、通行人が、擦れ違いざまに憐れんだような目で見つめていた。「これだけ太れば、存在感もでますよね…」黒子は、ぽっこりと膨れ上がった己のお腹を見て、深いため息をついたのだった。・・・元来、太りやすい体質だったのだ。それを思い出した時には、すでに三ケタの大台にのっていた。影の薄い、小柄な青年。そんなアイデンティティーを、黒子は数年前に手放していた。きっかけは、高校時代の相棒、火神大我との決別である。もっとも火神の方は、卒業後も、黒子と同じ道を歩めるのだと信じていた様子だが、卒業の時点で、バスケに区切りをつけていた黒子は、誰にも告げることなく、姿をくらましたのであった。火神と『楽しく』バスケを続けることは可能であったが、彼は勝負の世界に身を置くべきだと黒子は考えていた。同輩である、キセキの世代とも渡り合える才能を持つ火神の重荷にはなりたくなかった。そう思った時、黒子は自分にとって、火神大我という男が、いかに大切な存在であったのかを自覚したのだった。そうなれば、もう二度と、彼に会うべきではないと言う結論に達したのである。ひっそりと身を引いた黒子は、火神を忘れるべく、バスケからも離れた生活となった。元々、バスケ以外ではすこぶるインドアである黒子は、毎日、図書館や本屋をめぐる日々を送った。火神とは別の大学に進学していたが、専攻は日本文学で、そこで出来た友人らも、そろって大人しい人種であった。運動とは無縁の生活に加え、黒子はこの頃より、火神とバスケ、最も大切なものから離れたストレスで、過食気味となっていた。甘いもの好きは子供のころからで、マジバのバニラシェイクを手放すことができなくなっていた。一日中、ストローを咥えていたと言っても過言ではない。嘗ての仲間を避けるように、大学付近で一人暮らしを始めていたため、食生活は乱れに乱れ、気付いた時には、見る影もないおデブとなっていたのだ。「これじゃぁ、火神君にあっても、きっと気付かれないですね…。試合、見に行ってみましょうか…」新しい友人もできたのに、口をついてでるのは火神のことばかり。未練がましい自分に嫌気がさして、黒子は、白くぷよぷよのお腹を強めに揉んだのだった。・・・ぐっしょりとしみ込んだ汗も、一瞬で渇くほどにクーラーが効いた店は、いわゆる大型サイズ専門店だ。近年は、ふくよかな体系でもファッションを楽しみたいというニーズに答え、こうしたタイプのアパレルショップもいくつか開店している。最も、痩せ形の多い日本では、普通の服屋に寄ったところで、着れるものがないのだ。「ありがたいです…。バスケをやっていたころは、こんな店とは縁がありませんでしたが…」勝手知ったる店内を歩き、好みの洋服を物色する。夏は何をしていなくとも汗をかくので、匂いなどを気にして、黒子はすぐにTシャツを変える癖があった。「あ、あれ、よさそうです…」腹周りが太い黒子でも、ゆったりと着こなせそうな一枚に手を伸ばすと、他の誰かとかち合った。「す、すみません…」目線を合わせることもなく手を離した。太ってしまってからは、以前にもまして大人しく、引っ込み思案となってしまった黒子が、その場を去ろうとすると、思いがけず声が掛かった。「まって!もしかして、テツくん!?」忘れもしない呼び方と愛らしい声。自分とは正反対の人生を歩んでいるだろう過去の友人を、振りはらって逃げようと思ったのだが、その姿を瞳に入れてしまった途端、黒子は驚きの余り動きを停止した。「…え…、も、桃井…さん…ですか?」華やかな桃色の髪は少し荒れていたが、何よりその体格に、黒子は何度も目を擦った。大きかった胸はさらに成長していたが、それ以外もことごとく成長していた。ぽよんと、かわいらしいともとれる容姿は、元が良いからであろうが、それにしても太っていたのだ。「桃井さん!一体なにがあったんですか!」自分の事を棚にあげ叫んだ黒子に、それはこっちの台詞だと、桃井も青ざめるのであった。・・・洋服店よりほど近いマジバで、二人は向きあっていた。一組のカップルが頼んだとは思えない量のポテトとバニラシェイクのならぶテーブルに、何人かの客がぎょっと目を丸くした。久々の再開に、ぎこちない空気が流れるが、それでも手だけは止まらず、桃井は次々にポテトを口へと運んでいるし、黒子はちゅうちゅうとバニラシェイクをすすった。沈黙を破ったのは黒子であった。桃井の姿を見て、何も聞かずに逃げ帰るという選択肢はもう無かった。「…僕が離れている間に、一体何があったんですか…。その、なんというか、桃井さん、スタイルもよかったのに、その…」言いよどむ黒子に、桃井は気を使う必要はないと笑った。「やっぱりテツ君はやさしいな。いいよ。はっきりデブって言ってくれて。自覚あるもん。…決定的な何かがあった訳では無くて、色々重なって結果としてこうなったっていうか…。もともと私、太りやすい体質だったんだよね」桃井の言葉に、自分も同じだと黒子は食いついた。「バスケをやめて、その、思う所もありまして、火神君達とも会っていなかったんです。ストレスを抱えて、過食気味で、運動もやめたから途端に太ってしまって…」本当は誰かに聞いてほしかったのかもしれない。なつかしい桃井を前に、黒子はぺらぺらと現状を語った。「僕、昔から甘いもの好きでしたし、誠凛にいたころは、監督が栄養管理をしてくれていましたが、今はめちゃくちゃです」二杯目のバニラシェイクに手を伸ばしつつ、肩を落とせば、桃井も同じような感じだと語った。「私、今までずっと大ちゃんと一緒だったでしょ?食事も一緒に取ること多くて、結構食べてたみたいなんだよね。でもその分大ちゃんに振り回されて、ときどきバスケも付き合ったりして、運動もかなりしてたの。けど大ちゃんがプロになって、しっかり仕事するようになったら、私とバスケする時間はもちろん減ったし、私が苦労することも減って、とにかく私の運動量が格段にへったの!でも食欲って減らないものよ。むしろアメリカにわたって、ますます食べるようになっちゃって、みるみる内にふとっちゃってさ…」今現在、青峰はアメリカのプロリーグで活躍している。これは火神も同じであった。火神は黒子を失ってから、一心不乱にバスケにのめり込み、まるで日本から逃げるように渡米したのだが、青峰は桃井も誘ってアメリカへと渡っていた。ヤンチャがなりを潜め、随分落ち着いたらしい青峰に寄り添い、欧米の高カロリーな食事を食べ続けること数年、桃井は、嘗ての面影もないほどに太っていた。「しかも大ちゃん、成長して毒気がぬけちゃったっていうか、さつきの胸はおっきくてきもちーとか、二の腕きもちーとかいって褒めるから、ダイエットのタイミングうしなっちゃって…」あははと笑いつつも、さすがに不味いと思っているのか、桃井の頬は引きつっていた。「桃井さんがまさかこんなふうになっているとは思いませんでしたが、そもそもなんで日本にいたんですか?」てっきりアメリカでの生活を満喫してるのかと思っていたので、地元の店舗ではち合わせたことは、まさに驚きであった。黒子が問えば、待っていましたとばかりに手を握られた。色白の二人の手は、ぷにぷにとやわらかく合わさった。「実はね…、コレ!コレに応募しようと思って、日本にきたんだよ!」突きだされたアイフォンの画面には、死ぬ気でがんばれ!ダイエット合宿メンバー募集!の文字がビカビカと点滅していた。「こ、これって、TVとかで特集されるダイエット番組ですよね?桃井さん、コレにでるつもりなんですか!?」まさかと思って聞き返すと、その通りだと桃井は頷いた。「もうこれくらいしないと、私ダイエットなんて無理だと思うの。仲間の為にデータ集めたりとかは得意だけど、自分の事となると気が緩んじゃうっていうか、意思が弱いっていうか…。でも、今の体重じゃ動きずらいし、私だってバスケ好きで、また大ちゃんとバスケで遊びたいって思ってて。だから日本に戻って、こっそりダイエットして、スリムになってアメリカに帰ろうって思ったの!」きらきらと輝く瞳は、嘗ての桃井を思い起こさせた。そして、その瞳が何を言わんとしているのか、黒子には理解できた。「ま、まさか…。桃井さん…まさか…」腰が引けた黒子の手を、桃井はぎゅっと握り直した。「テツくん!もちろん一緒に応募してくれるよね!」弾む桃井の声に、黒子はぶんぶんと首を横に振って見せた。「無理です!僕、そんな企画でたくありません!別に太っていてもいいんです!もうバスケなんかしないし、それに火神くんにばれたくありません!」嫌がる黒子を、桃井はじっと睨みつけた。「テツくん。本当におデブのままで、バスケ出来なくても良いって思ってるの?誰よりもバスケが好きだったのはテツくんだよ!私、知ってるんだから。それに火神君はアメリカよ?ばれたりしないわ」そもそも、火神君と仲違しているのも問題ねと、桃井は黒子のおでこをつついた。「とにかく、テツ君は変わるべきなの!自分を見直した方がいいわ!」かってに姿をくらましたことを攻められると強くも出れず、黒子は、桃井に引きずられるようにして、番組へと応募するはめになるのであった。数日後、まさかの当選通知を二人そろって受け取り、桃井は大喜びし、黒子はがっくしと肩を落とすのであった。・・・緑の匂いが立ち込める広大な土地に、相応しい広々とした施設があった。プールも付いている様子で、運動にはもってこいの場であるらしい。「今日からここに住みこんでダイエットか。なんだか合宿を思い出すね!テツくん!」やるき満々な桃井と対照的に、黒子の気分は重かった。万が一にも、この企画が嘗ての友人の目にふれ、火神の元に連絡でも入ったらと思うと、気が気ではなかったし、もう随分と身体を動かしていなかったので、単純に運動するのが怖かった。中高と、キセキの世代の影として過ごしてきたが、今にして思えば、嘗ての自分の運動能力は凄いものだったと褒めてやりたいくらいである。施設までの道のりをあるくだけで、既に黒子は汗だくだ。それは桃井とて同じで、玄関を過ぎ、くつろげる居間をみつけると、早速ソファに腰をおろした。「桃井さん…ぼく、不安です。もう昔みたいに動ける自信ないですよ…」しょんぼりとして語ると、そんな連中ばかりが集まるのだから大丈夫だと桃井は笑った。その言葉どおり、ぞくぞくと集まって来たメンバーは誰もかれもがでかかった。なかでも一際立派な体格の男がおり、身長でいえば、火神に次ぐほどだが、いかんせん横幅も広かった。正に巨漢といった風貌で、こちらも汗だくなのだが、不思議と醜く感じないのは、桃井と同じく元が良いからに違いなかった。並はずれて太っているが、ぽっちゃりという単語がにあいそうな可愛らしさをもつ男をまじまじとみれば、その顔に見覚えがあった。「うそ…。テツ君!あの人、元バレー選手の及川徹だよ!うそでしょ!しんじらんない!現役時代、すっごくかっこ良かったんだよ!」桃井に耳打ちされ、黒子は確信をもった。見覚えがあると思った顔は、数年前まで、男子バレー日本代表として活躍していた及川という男であった。学生時代より体を酷使していたらしく、現役であった期間は短かった。バスケもバレーも、選手の賞味期限は長くはないものだと、感慨深く思ったことを思い出した。プレーもさることながら、美しい容姿で話題に事欠かない彼の引退時には、バレーファンは元より、多くの女性が涙を流したのは記憶に新しい。その後、しばらくの間、TVでタレントの様なことをしていたが、やはりバレーに関わる仕事に専念したいと言い、表舞台で顔をみることもなくなっていた。てっきり、監督等バレーの指導員として活躍しているのだろうと思っていたが、この丸まりようは一体…。「人間って悲しい生き物ですよね…。こうも簡単にふとるんですか…」嘗てスリムであった友人や、イケメンの代名詞のような人物が太ると、なんとも言えない切ない気分になるものだと、黒子は桃井と及川を交互に見比べた。他人の容姿で勝手に落ち込んでいると、視線に気がついたのか、及川が黒子達を振りむいた。「あの~、もしかして、俺の事知ってたりする?」自意識過剰かな?と苦笑いとともに話しかけてきた及川に、桃井は勢いよく食いついた。「しってますよ!及川徹!ポジションセッター!現役時代は、73キロとかだったじゃないですか?引き締まってたのに、どうしちゃったんですか」「え、ええ?何、君、くわしいね…」「桃井さんのは職業病みたいなものです。ていうか、バスケ以外もチェックしてたんですね」黒子のフォローに、TV画面に選手のデータがうつると覚えてしまうのだと桃井は笑った。現在の及川と言えば、桃井のデータの倍は体重がありそうだった。「うぅ…、俺、気付いたらこうなってたんだよ。現役退いたらそりゃ太るよ…」言い訳しつつ、カバンから取り出した菓子パンを食べ始めた及川は、そこまで体重を気に病んでいるようには見えなかった。はぐはぐとパンを頬張る及川の姿に、なんとなくで太ってしまったのだろう彼の性格が垣間見えた気がした。「人の振り見てわがふり直せよ…ね。ああ~及川徹がこんなことになっているなんて…。というか、食べ物は持ち込み禁止なはずよね?さっそくルールやぶってるし!痩せる気あるのかな?」頭を抱える桃井は、世話好きのきらいがある。手の掛かる相手といたほうが痩せるのだろうと黒子は思った。会って数分で、桃井の悩みの種となった及川は、他のメンバーが企画に戦々恐々とするなか、ひとりのんびりおやつタイムを楽しみ、本当に痩せる気があるのか疑問がのこる。気付けばすぐ側にもう一人、色白の青年が腰をおろしており、そちらは真剣な表情で、あれこれと話しをふる及川をかるくあしらっていた。「一緒に応募したのでしょうか…?」その答えは、番組スタッフによって制作されたビデオで判明することとなる。・・・「皆さん、今日から一カ月間、共同生活をして頂き、全員で合計100キロ痩せてもらいます。これは連帯責任ダイエットです!」良く響く声で、この番組の進行人が宣誓すると、まわされるカメラに、黒子はごくりと唾を飲み込んだ。一通りのやり取りをした後、すぐにトレーニング開始かと思えば、そうではないらしい。「事前に一人一人のVTRを取ったと思いますが、自己紹介も兼ねて、それぞれのVTRを見てから、トレーニングを開始します」番組の裏側をみたような不思議な気分であったが、この映像により、さまざまな事実が判明するのであった。・・・参加者Fail.1 一歩も動かぬ肥満王! ~及川徹~印象的なテロップに、こんな酷い事言われるの?と、トップバッターを切った及川が目を丸くした。その後映し出されたのは、適度に編集を入れた及川の日常で、太ってしまった経緯が語られていた。始めに、バレー選手として活躍していた頃の及川の映像が流れ、その後、現在の姿に切り替わると衝撃がより一層ひどかった。室内に置かれたビーズクッションにズッポリと埋まったまま受け答えをする及川は、太った王様と言われても仕方がない。ふわふわの髪にはねぐせが残り、太っただけでなく、自堕落な生活を送っているようにも感じられた。『現役時代の運動量はすごかったですよ。毎日、もう死ぬって思うくらい体を動かしてましたね。その分食べないとやって行けないし、結構大食いですね。はい』及川曰く、バレーの一戦から身を引いて、それでも食べ続けたことにより太ってしまったという話であった。けれど、のんびりと話す及川に危機感は感じられない。その理由は、自分が並はずれて太っているという自覚が薄いためだった。『俺、そこまで太ってる自覚ないんですよね。今回の企画は、友人の菅君が一緒に応募しようって誘ってきたので、なんとなく参加しました。バレーはやりきったって思いがあるし、もう代表を目指すレベルでのバレーはしないので、筋肉が落ちて代謝がおちるのはしょうがないし、俺この長身ですよ?少し太ったって、普通の人より体重が重くなるのは当然じゃないですか』気が付いたらこうなっていたと話す及川は、この丸まりようは自然な流れで、自分は悪くないのだと言い張っていた。彼のやるきのなさは、ここに起因するらしかった。しかし、客観的に自分を見る必要のあったスポーツ選手が、ここまで無自覚に太ってしまうのは何故なのかと、皆が首をかしげた時、自分は大丈夫なのだと思える根拠を及川が口にした。『何より俺、今困っていることないんですよ。疲れたとか、太ってしんどいとかないし…』その言葉に、ナレーションとテロップで、鋭いつっこみが入った。『日常生活に問題はないと語る及川!しかしそれは!その生活自体が堕落しているからにほかならないのだ!』その後映し出された及川のとある一日は、ひどいものであった。『現役を引退した後、指導者としての道を歩んでいた及川であったが、長年酷使し続けた膝の痛みが再発。しばらく安静にとの診断が下った!それがすべての始まりだった!』絶対安静となった及川は、後輩の育成をしばし休業することになり、その療養先は、かつての相棒である、岩泉一という男の家であった。『高校時代からの旧友である岩泉は、現在、スポーツトレーナーとして活躍しており、自宅件ジムには、筋力トレーニングやリハビリのための機材も置かれていた。及川の療養にはもってこいの環境だと、ルームシェアが始まったのだが、これがまずかった!』朝日に照らされて明るい寝室が映し出されると、大きなベッドに及川が寝転がっていた。すやすやと一向に起きる気配がない及川の元へ、一人の男がやってくると、その頬を、日焼けた手で数度擦った。『徹、朝だぞ?』健康的な肌の色に、引き締まった体は、常に運動をしている証だ。スポーツトレーナーこと岩泉一であろうと、参加メンバーはすぐに理解できた。意思の強そうな瞳に、ストイックな性格だろうと想像できる。この男と暮らしていて何故太るのかと皆が疑問に思ったが、その謎はすぐに溶け、蒸発して消えるほどであった。何度か及川を撫でていると、ゆっくりと開かれたチョコレート色の瞳に、岩泉は破顔した。『…いわちゃん、おはよ…』寝転がったままの挨拶だが、岩泉に及川を起す気はないらしい。『腹へってねーか?お前の好きな牛乳パン、かってあるぜ?』『たべる…』及川の答えに岩泉は、すこし待っていろと言い残すと、寝室を後にした。日常の撮影にきたスタッフが、キッチンへ行かないのかと及川にたずねるが、ここで食べるのだと返答される。しばらくすると、岩泉が、二斤はありそうな大きさの牛乳パンと、ホットミルクと砂糖の入ったタッパーを持って帰って来た。及川がねこけるベッドの縁に腰を下ろすと、横脇に置かれたテーブルにホットミルクが入ったボールを置き、ダバダバと砂糖を入れ始める。『それ、朝ごはんですか?』少し引き気味にスタッフが尋ねると、岩泉は機嫌悪そうに、そうに決まっていると答えた。砂糖過剰のホットミルクに、牛乳パンを浸して食べるのが、及川の定番らしい。糖分の取り過ぎではないのかと問えば、徹は朝が弱いので、血糖値を上げてやる必要があるし、なにより甘くないと食べたがらないのだと岩泉は反論した。『徹は甘いもんが好きなんだよ。砂糖入れてやらないと、可哀想だろうが』そう言うと岩泉は、及川の身体を起してやり、その口に、浸したパンを、まるで親鳥のように運んだ。『ベッドでたべるんですか?膝はもう治っているんですよね?』先ほどから、一歩も動いていない及川について問えば、これが日常だと岩泉は答えた。『確かに徹の膝は治ったが、動かない間に多少太って筋肉も落ちたからな。余計な負担をかけたくねーし、療養してた時のなごりっつーか、毎朝一緒にベッドで飯くってたんだよ。これが落ち着くんだわ』あっという間にパンを食べきった及川の口もとを、岩泉は甲斐甲斐しくふいている。その後、及川を着替えさせるからと、スタッフは寝室から追い出された。しばし待つと、寝室からきがえ終えた及川が出て来たのだが、何故か岩泉に手を引かれていた。『こいつ昔っからよく転ぶからよ。体重増えて、余計バランス取りずらくなったみてーで、転んだら可哀想だろ』鋼の体幹を持つ岩泉は、ふくれた及川をなんなく支えており、及川の方は、まるで甘えるように岩泉によりかかっていた。その後、リビングのビーズクッションに移動した及川は、TVの専用チャンネルで永遠とバレーの試合を見て、のんびりと過ごしていた。喉が乾けば、岩ちゃん、何かこぼしても岩ちゃん、お腹がすいても岩ちゃんと岩泉を呼び、日が沈むまで、一歩もその場を動かず、再び岩泉に付き添われ、寝室へと帰っていくのであった。まるで、ラブラブな恋人同士の一日を見せられたような衝撃が一同に走ったが、その後の医師からのコメントは辛辣なものであった。『あれだけの糖分を毎日取っていると、過剰に血糖値があがってしまいます。現に、及川君は、糖尿病一歩手前でした。このままいけば、手足のしびれ、糖尿病性網膜症など、合併症を引き起こす可能性もあります。さらに、かなりの量の食事をとっているにもかかわらず、一日を通して、全くと言っていいほど体を動かしていません。少しの移動も、岩泉君に付き添われ、自分で体バランスを保つこともしておらず、消費するカロリーが極端に低いです。彼の場合は、今すぐにでも運動が必要です』医師からの忠告は、映像で初めて知ったのか、余裕を見せていた及川の顔色は徐々に悪くなって行った。極めつけは、及川の堕落の原因たる岩泉からのコメントであった。『徹、いつの間にか俺は、お前の事を甘やかしすぎてたみてぇだ。お前が一人でやっていけるのか心配だが、良い機会だったのかもしんねぇ。お前が病気にでもなったら、きっと後悔するからな。ずっと待っててやるから、がんばってこい!でも無理するなよ!辛かったら…』岩泉のコメントは途中できられ、及川徹、頑張るしかない!とのナレーションが入っていた。もはや、友人の付き添いなどとは言っていられない状況だった。岩泉は、最後の最後まで及川に対して甘々であったのだが、当人は、岩泉につき離されたとでも思ったのか、太ってもなお大きな瞳が潤んでいた。「うぅ…岩ちゃん…、ひどいよ…ひどい…。俺、ちょっとやったらすぐ帰ろうと思ってたのに…今更運動なんてむりかもだし…そもそもバレーしか俺できないし…他は苦手だし…」太ると、気分まで落ち込む者も中にはいるらしいが、及川もかつてより自信を失っているように思えた。もともと繊細な面もあるので、影の部分が強く出ている様子だ。それでも、人が変わったとまでは言えない及川は、まだましな方である。太ったことで、性格まで豹変してしまった者がいた。「ヤダー!絶対やだぁ!!」叫び声と共に、緑髪の男に引きずられてやってきたのは、黒髪につり目のおでぶであった。引っ張っている男の方が余りに印象的なので、遅れてやってきたおでぶが誰なのか、黒子と桃井はすぐに理解できた。「しゅ、しゅうとくのお二人さん…」思わず、最も交流の多かった時代の名で呼べば、黒子と桃井を見つけたらしい黒髪は、びゃっと顔を青ざめさせて、鈍い動きで緑の後ろへと隠れた。といっても、横幅が溢れているのだが。高校時代、誰よりもコミュニケーション能力にたけていたスレンダーな青年の姿はそこには無かった。びくびくと逃げ腰の青年の頭を一度なでると、緑の男は意を決したように眼鏡を一度上げてみせた。「高尾和成、このダイエット合宿に参加するのだよ!」「やだー!!」参加者Fail.2 究極の偏食男!~高尾和成~ へ つづく