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3 国の狂乱



 アポカリスフェ。そう呼ばれる世界に、巨万の富を得た大国が存在した。
 名をエステルドバロニア。黒衣の王カロンが統治する、多くの人外が集って暮らす国だった。
 人間を忌避する者が多い人外を住まわせる王が人間と言うのも不思議なもので、実際はゲームシステム上の都合なわけだが、なんにせよ人外が平和に暮らせる唯一の国としてとても栄えていた。

 人間の種族はきちんと存在する。しかし連中は人外を淘汰すべき存在として扱う輩があまりにも多く、人と獣人が仲良く暮らしていると大々的に広めておきながら実態は獣人をペットにしている人間が多いなんて国も存在する。
 そんな国たちを敵として相手取ったりして国土を広げるのがアポカリスフェのとったスタンスだった。

 元々人外達は部族や種族ごとに生活しており、国なんてもたない集団だった。
 エルフやドワーフのような亜人であれば一応それらしい街や村は存在するが、それでも人間の国からすればお粗末なもの。
 数で勝る人間に抗う術を持たない者たちが安心して暮らせるこの国は、"白き楽園"と呼ばれ讃えられている。
 他にも魔物の国と言うのは存在してはいたが、どれもこれもエステルドバロニアと比較してしまえば寂れた小国にしか見えないだろう。
 それもほんの数年で廃れてしまうのだから、ここまで魔物が住まう国を維持し拡大できたのは偏に王のおかげと言える。

 しかしながら今、その王はそんな偉業を成し遂げた人物とは思えないほど憔悴し、ソファの上で項垂れていた。三十路前の顔が三十代後半に見えるくらい老けこんでしまっている。
 突然奇怪な現象に巻き込まれていることを理解し、何度確認してもこれは現実だと五感が訴えてくる。逃げる場もなく、縋れるものもない。
 カロンは、ゲームと酷似した世界に放り込まれている、ような気がしていた。

 今の一番の悩みは脱出する方法があるかどうかではない。それは既に現在出来る範囲では存在しないのだと理解していた。
 オプションウィンドウがなく、GMコールも効かず、強制ログアウトのコマンドを唱えても変化が何一つ起きなかったため、これはひとまず後回しにしている。せざるを得ない。
 では何を悩んでいるのか。カロンの国には魔物しか居ない。そういうゲームシステムだったのだから当然だろう。
 今までゲームだからと疑問を抱かずにプレイしていたが、それが現実問題としてのし掛かってくると、達観した目で周囲を見つめる傍観者でいることは不可能となる。
 謀反を起こされたら殺されてしまう可能性があるのだから。

 カロンはPCだが戦闘能力がない。ただの統治者で、英雄だとか勇者だとか、ましてや戦士なんかでもなく、非力な王だ。
 魔物はNPCだが様々な力を持ち、街に暮らす住人ですらカロンを片手間に殺せる力がある。
 ゲームのクエストで住民や軍の反乱が起きたことはあったが、それはイベントでしかないので国力衰退程度の効果しかない、王の生死に関わることなど絶対にないものだった。
 しかしこれがPCとPC、つまり互いに意思があり、さらにゲームの世界ではないとなると、ただのイベントだった反乱で命が危険に繋がる。
 全てが意思を持つ存在であるなら、歴史を紐解けば王へ反乱を起こせばどんな結果になるのかなど容易に想像がつく。
 最悪の事態を想定するのであれば、行き着く先には絞首台と石を投げる魔物の姿が思い浮かんでくる。
 ぶるりと身体を震わせて、頭を振って思考を切り替えようと努力し、今度は自分ではなく魔物のことを考え始めた。

 魔物には皆性格が設定されている。以前なら戦闘でのNPC同士の連携やスキルに関わってくるもので、実際に魔物にその性格付けが反映されることはなかった。
 しかし、それが現実になることで必ず影響を与えているだろう。
 システムウィンドウを開いてモンスター一覧を開くと、全モンスターの詳細情報が開かれ、そこに性格も表示されている。
 それが魔物にどれだけ影響を与えているのかは分からないが、影響しているとなると危険な性格がいくつかある。
 "短気""狡猾""傲慢""獰猛"。字面の時点で宜しくないと分かるだろう。
 他にも警戒すべき性格はあるが、一番に上げられるのはこの4つだ。
 いくら忠誠度が全魔物MAXで課金アイテムで固定しているとは言え、それが適用されているのか分からない以上警戒しておく必要があった。

「ル、ルシュカ。ルシュカなら……」

 そこで頼れるのは、カロンを心配して涙を流してくれた、一番最初に出会った魔物。
 ルシュカは現状で最も信頼出来る。
 顔を合わせているし、副官だからと言うのは贔屓目かもしれないが、"忠義"の性格持ちなので大分安心できる。主君を深く敬愛する性格とされているので、機嫌を損ねない限り問題ないと思えた。
 が、すぐに考え直す。
 “忠義”と合わせて“冷酷”の性格が設定されており、もし見放された場合どうなるのか想像できない。
 現実的で不要と判断したら即座に切り捨てられて自分も自害するなんてヤンデレ行動をしないとは言い切れない。
 主君が無能だと判断したら忠義があろうと斬れるのではないだろうか。むしろ忠義のためにやる気がする。

 ゲームシステムとして認識していたが、現実に当て嵌めるとかなり恐ろしい。
 取り敢えずの最善策を考えてから凡そ10分。落ち着かなくて爪先で何度も床を鳴らしていたが、部屋の扉が三度叩かれた音に驚いて椅子から飛び落ちた。

「失礼します。皆の用意が整い……カロン様!?」

 すらりとした長身美女が両手を前で重ねて深々とお辞儀をする。
 だがすぐに目の前でひどく沈んでいる王の姿を見て、また症状が現れたのではと慌てて側へ駆け寄り、細く長い手を差し伸べた。

「っ!」

 パチン、と乾いた音が鳴った。
 硬直するルシュカ。カロンは自分の態度や行動を鑑みて、余計に恐怖の色を深めてしまう。
 裏切られたら死ぬ。恨まれたら死ぬ。嫌われたら死ぬ。
 悪い方向へ傾けば全てが死へと直結する思考。
 理解の及ばない状況と知り、なんの当てもないのだ。そうなるもの仕方のないことだろう。

「カロン様……? どうか、なさいましたか? 何か、気分を害されるようなことをしてしまったでしょうか……?」

 美しい顔が悲壮に歪む。
 異様なまでに怯える王の姿もそうだが、明確な拒絶を示されたことに酷くショックを受けている。
 今まで一度として手を振り払うことはされなかった。

 いつだって穏やかな顔をしていた。多くの危機が訪れても慌て騒ぐことなどせず、難しい顔を作って静かに指示を出しているような人が、今まで見たこともないほど怯えている。
 思い当たる節はある。
 まずカロンに起こった異常事態。頭を抱えて叫び、最後には泡を吹いて気を失っていた。
 次に今この国に訪れている未曾有の現象。カロンが気を失った直後に起きた異変がカロンに影響を与えたのではないだろうか。
 どちらも危険なことに変わりはないが、ルシュカはまずカロンの身を案じた。
 だがそれに対して拒絶されたとなると、異変に対して何かを察知し、自分の身よりもそちらを優先すると言う意思表示だと判断する。
 正しいとは言えないが、今のカロンの様子に何か出来るとすれば、ルシュカにはそれしか思いつかなかった。

「カロン様、どうかそのままで聞いていただけますか?」

 ルシュカはカロンに手を伸ばすことを止め、ソファに座るカロンよりも視線を下げるために床に片膝をついて頭を垂れる。
 臣下としてあるべき姿勢をとり、許可が下るのをじっと待つ。
 対してカロンは、ルシュカが不用意に動かない姿勢をとったことで少しばかり気持ちに余裕が生まれた。
 強引に何かをしてくることはなく、待っているのだと分かり、襲われる危険性を薄れさせてゆく。
 今唯一信用に値する彼女に失礼な態度をとってしまったことを今更のように後悔しつつも、まず話したいことが何なのかを問うことにした。

「……き、聞こう」
「は。本日21時頃、このエステルドバロニアにて空間の歪みが観測されました。
 ヴェイオス率いる龍種が上空から観察していたところ、突然城の周囲が湾曲し、景色が変化したとのこと。
 現在我が国の周辺は以前のような広大な森林ではなく、広い草原が広がっているそうです」
「……何?」

 突然の意味不明な報告に、カロンの中に信じられないと言う気持ちと同時に、ありえると言う気持ちも生まれた。

 エステルドバロニアは初期開始位置が獣人が多く生息する森林地帯の一角から始めている。
 初回の魔物クジで引き当てたレアモンスターがルシュカで、コボルトを従えて国を少しづつ拡張していった。
 最終的には14×14の森林地帯を超えて領土を広げ、アポカリスフェのフィールドの5分の1を占める72×64と言う普通のMMOシュミレーションでは実現出来ないマスを制圧している。どれだけ過疎だったか理解できる数字だ。

 しかし、話を聞くとその土地全てが失われてしまったらしい。この国の領土は消え去り、代わりに見知らぬ草原。
 大国と言える規模を誇ったエステルドバロニアに残されたのは、最高レベルまで拡張した城の範囲5×5のみ。

「土地が全て失くなったってことは、そこに住んでいた魔物も、派遣していた兵士も消えたと言うのか?」
「いえ、国民も兵も減少しておりません。これはミャルコに依頼して調査したのでまず間違いないかと」
「なら、彼らは何処に?」
「それが……城の外周に密集しているのです。まるで難民キャンプのように」

 72×64の領土の中には幾つもの魔物の町村が作ってあった。土地によって生殖率が増減したり、得意の土壌では戦闘時に能力が上がったり特殊スキルが発動したりする。
 なので国の人口よりも各地に点在する民の方が人数が多い。それに兵士も派遣して有事の際に防衛させたり、平時はサブクエストが発生した時にすぐ動けるように配置していた。
 それ以外にも城を中心として東西南北には十七柱の中から四名を抜擢して警備に当たらせていて、眷属も共に行動させていたりする。人口数約三百万の半数は城外にいた。
 その半数が、百五十万人が城の周囲に密集しているとのこと。
 カロンがプレイしている最中はただの数字で国力の目安でしかないが、現実に置き換えるととんでもないことだ。
 分かりやすく言えば、山口県に暮らす人間が全て難民生活をしていることになる。
 いくらカロンでも山口県の人口は知らないが、凄まじい事になっているのは想像できた。

 なにせ魔物である。
 人間のように密集する魔物もいるが、城の外で暮らす魔物は一匹一匹が広く土地を使って縄張りを作るタイプである。
 同族であっても不必要な干渉をしたがらないようなのが、城周囲に密集。それも相性関係なくぎっちりと。
 同族同士のいざこざを納めるのも面倒なのに、そこに犬猿の仲の種族も入り込んでいるとなると流血は免れない事態に発展している可能性があった。

 自分に起きている現象。それだけでは済まないんじゃないかとは考えていたが、想像を遥かに超えている。
 今まで定型文しか話すことの出来なかったNPCが全てルシュカのように自分の意志を持っているとすれば、このまま黙っているのはかなり危険だ。
 一気に物事が押し寄せてきたせいか、頭痛が響いている。
 夢なら覚めてくれ。不具合ならログアウトさせてくれ。
 現実かどうかまだ良く分かっていない状況で現実逃避をする。だが、この世界はカロンに優しくなどなかった。

 ――occurred to quest.

 どこからともなく聞こえてきた機械音声。クエストが発生したことを知らせる音声が、思考を遮って何度も繰り返される。
 耳障りな音声が壊れたように何度も鳴る。
 知らぬ存ぜぬを貫こうにも、音声はカロンの脳に直接信号を送っているため、ウィンドウを開いて確認しない限り止むことはない。
 震える動作で空中に手を伸ばし、念じて現れた画面のクエストの文字をタッチした。

「そんなっ……冗談だろ……」

 不意に零れた呟きにルシュカが上目でカロンを見る。
 コンソールウィンドウもクエストを知らせる音声もルシュカには見えないし聞こえないので、宙に手を伸ばして何をしているのかも、目を見開いて歯をガチガチと鳴らしている意味も、彼女には理解が出来ない。
 たった一人、誰よりも早く誰も気付いていない問題をクエストで知ることの出来るカロンの目に映し出されている内容は、長い間プレイしてきても経験したことがなかった。

 緊急 住居を建設せよ
 緊急 種族抗争勃発
 緊急 食料不足
 緊急 水場を探せ
 緊急 火山地帯を探せ
 緊急 同族の小競り合い発生
 緊急 緊急 緊急 緊急 緊急 緊急 緊急 緊急 緊急 緊急 緊急……

 表示されるクエストはあまりにも多く、その全ての頭に緊急の二文字が書かれている。
 クエストは基本的に討伐、収集、製作、探索、緊急の5つに分類される。
 討伐や収集、製作に探索の4つは成功すると経験値や報酬が手に入り、失敗しても嘆くようなデメリットが存在しないが、緊急だけは絶対に成功させなくてはならない。
 緊急のクエストは様々な内容があるが、そのどれもが国に影響を及ぼすものばかりだ。もし失敗すれば国力に影響を及ぼしたり、それを引き金に更に悪い緊急クエが発生したりとかなり厳しい。
 運が悪いと国民や兵が謀反を起こして国から出て行ったり、国に対して戦争を仕掛けてきたりすることもある。
 このゲームの一番の鬼門は最強の敵ではなく、国そのものだ。

 今表示されている緊急クエ。もし放置すれば確実に民の不満が募って反乱を起こされる。そうなればカロンの命は確実になくなる。
 VRの世界で死ぬことは本来ありえないが、痛覚を持っている現状では間違いなく死ぬ。
 現実に戻る手段を探すことも出来ず、何も知らぬまま無様に死んでしまう。

 嫌だ。嫌だ。死にたくなんかない。

 恐ろしいのは死ぬことで、それを運んでくるのが自分以外の全て。心を許せる味方なんて、ルシュカくらいしかいない。
 孤独が胸に打ち寄せる。しかし嘆いている暇は幾許いくばくもない。
 ぐっと打ち鳴らす歯を噛み締めてきつく拳を握りしめ、押し寄せる恐怖を今だけはなけなしの根性で押さえ込む。

「ルシュカ。建設技能持ちのコボルト部隊とギガス部隊を即座に集めて住居の建造に当たらせ、交代で作業させて働かせ続けろ。資材は全て放出していい。
 ミャルコとヴェイオスに周辺の探索をさせて魔物の環境を探しだせ。制圧はアルバート、守善、五郎兵衛の三柱とそれ以外の手の空いている軍にさせる。ただしそこで見つけた生物は殺すなと厳命しておけ。
 穀物庫を開放して城外に配布して、同時に仲の悪い種族を引き離せ。話し合いで止まらないならエレミヤとグラドラに強硬手段に出てもらう。
 それから子供を抱える者は優先的に城内に入れていい。恐らく空き家も宿も足りなくなるだろうから住民に泊めさせてもらうように伝えろ。
 金は全て払う。必要なら城を削ってもいい。今起きている問題を全て以前の状態へと戻せ。俺も動く。いいな?」

 矢継ぎ早にルシュカに伝えるカロンに余裕はない。よくよく見れば表示されている緊急クエは何度も経験したことがあるもので、ただ規模が馬鹿みたいに大きいだけだ。
 対処法は身を持って覚えているし、そのために必要な人員も、資材も、財産も、惰性で今まで掻き集めてきた。
 時間だけが勝負を決める。
 指を激しく動かして緊急クエストを一つづつ受諾しながら、横目で動かずにいるルシュカを見ると、カロンを見上げた状態で硬直していた。
 自分の意思を持っていることを考慮せず、命令だけを羅列して伝えたことが気に触ってしまったのかと疑心暗鬼に陥って、カロンが少しづつルシュカとの距離を開けていくと、突然勢い良く立ち上がった。

「ひぃっ」
「お任せください! 即座に全軍に通達し、市民にも呼びかけましょう!」

 殴られる、と咄嗟に判断して顔を手で覆ったが、ルシュカの握り拳はカロンに振るわれることはなく、胸の前で握りしめられるだけだった。
 満面の笑みを浮かべて目を輝かせ、今までの落ち着いたテンションを放り捨てたような変わりっぷりにビクビクしつつ、猛ダッシュで部屋から出ていく後ろ姿を目で追った。

「な、なんだ……?」

 事務的に機械音声しか喋らなかった魔物が、百面相のように感情をあらわにする光景は正直意味悪いが、そう言った悩みは全て後に回そうと、今は目の前の問題を処理するためにメッセージトークンを使用して手当たり次第に命令を飛ばすことにした。










 意気揚々と城を走るルシュカの顔は、歓喜を浮かべている。
 流石だ。流石我々の王だ!
 頭の中で繰り返される光景は、恐怖に震えていた表情を引き締めて命令を下す敬愛する主の姿。予知したかのような先見の明で現在起こっている問題と起こりうる問題を提示してその解決策も全て指示していた姿に体の震えが止まらない。
 ルシュカから見た王カロンの姿は、いつも穏やかで張り詰めた様子のない、のんべんだらりとした仕事姿だけ。
 八岐大蛇が現れた時も、地獄から這い出た闇の大軍が迫ってきた時も、焦らず騒がず、冷静に処理していた。
 エステルドバロニア唯一の人間であり国王である人は、これほど大きな器を持っているのかと何度も感嘆した。
 しかし今回はどうだ。あの冷静沈着な王が、まるで異世界に国が放り込まれたような事態に恐怖を抱いていた。
 死に瀕するような目に遭い、普段の姿は見る影もなく怯えきっていた。
 だというのに、民の事を考えた途端に凛々しい顔付きとなり、いつにも増して鬼気迫る空気を放っていたではないか。

 ルシュカは思う。きっとあのお方も恐ろしいと感じているはずだと。魔物ですら恐慌状態に陥っていて、民は皆暴走してしまっている。
 辛うじて軍だけは普段の厳しい規律もあって表面上は平常心を取り繕っているが、それでも穏やかではない。
 だと言うのに、自身の恐怖を押し殺して私の前で誇り高き王としての職務を全うしようとしている。
 軍が右往左往していて、王に判断を仰ごうとしていたことが愚かしい。率先して何かしらの対応策を打たねばならなかったのに、なんという体たらく。
 それに比べてあのお方はどうだ。毅然としていたではないか。ああ、本当に素晴らしき王だ。
 人間だからと侮蔑する魔物が消え去り、彼を賛美する民が増えたのも頷ける。最古の龍族や強大な魔物たちを使役するのも納得がいく。
 小さな屋敷からここまで国を反映させたのも当然といえる。あれほど素晴らしき者は古今東西過去未来を探っても現れはしないだろう。

 忠誠度MAXのルシュカの、軽く錯乱状態なところてん脳味噌が延々とカロンを褒め称えて悦に浸っている間に、彼女は目的地の玉座の間へと到着していた。
 普段であれば静かに入室するのだが、ハイテンションが行き過ぎて蹴り破るように巨大な白銀の扉を開け放つ。
 その中で整列していた者たちが驚いて振り返り、扉の両脇に控えていたリザードベルセルクも唖然としているが、そんな視線を意にも介さず、ルシュカは大股でずかずかと整列している集団に向かっていった。
 並ぶ面子は非常に奇っ怪だ。巨大な狼や猫耳狐尾、下半身ワンコに角付き武士、巨大な蝙蝠の羽を生やす幼女と、魔物の国だと言う事実が一目で分かる顔触れとなっている。

「おいルシュカ、まだ待たせんのかよ。王の調子が悪いとかなら早く言えよ」
「そうだねー。集まったけど王様が具合悪かったら無理させたくないもん」
「そうは言うが、我らではどうにも思いつかぬからこうして主の御手を煩わせることになっておるのだろうが」
「そうなんだよねー。ほんとどうしたらいいのさー。森全部なくなっちゃうし、みんなお城囲んで大騒ぎしてるし、お城の中も大騒ぎだよー、くすん」
「本当に、何から手を付ければいいのか。ただ闇雲に時が過ぎるのを待つのは悪手だと分かっているのですが、問題が多すぎて……」

 わいわいと話し始めると、皆が皆何をするべきなのか決めあぐねている。適材適所を考えても基本的に戦争屋なせいで、こういった民事を収める手段を力技以外思いつけないでいた。
 そんな脳筋共の見下すようにルシュカが鼻で笑うと、歪に笑って声を張り上げる。

「よく聞け貴様ら! 我らが王カロン様より、私が、直々に! 下知を頂いた。心して聞け!」

 遠回しに、自分が一番王に近いのだと自慢してくるルシュカに対し、面々は僅かにこめかみを引くつかせたがいつものことだと口を挟むことはせず膝をついて臣下の礼を取る。

「カロン様はこの事態に非常に心を痛めておられる。自身も計り知れぬ恐怖に襲われているにも関わらず、民の為を思い強く鋭き獅子の如き精神で恐怖に打ち勝ち、世界を見通す千里眼にてこの不測の事態に対処する案を授けて下さった!
 軍の一端を担うと言うのにただ何も出来ず見ているだけだった我々とは違い、何をどうするべきか、誰が相応しいかを即座に判断して妙案を幾つも生み出しておられた!
 三千世界にこれほど優れた王など他に無く、これほど高潔な王もいないだろう!
 たった一人だけ人間と言う状況に常に置かれておられるのに、決して魔物を見放さず、慈愛を持って接して下さる! 
数多の種族が集う類を見ない国を築き上げ、その全てを纏め上げる手腕は素晴らしいとしか言えない! それに――」

「始まったよ。賢い馬鹿の独り語りが。時間ねーんだから早く要件言えよ馬鹿が」
「気持ちは分かるんだけどさー。言ってることにも凄い同意できるんだけどさー。長すぎるんだよねー始まると」

 何しに来たのだと言いたげな視線を向けられても尚、ルシュカの自慢話が止まらない。完全にトリップしていて何を言っても聞いていないだろう。

「む。王から直々に指令が届いたぞ」
「我の方にもだ。それほど切迫しているのであろう」
「あ、私にもです」
「じゃ、早く片付けて安心させてやるか」
「ねー。みんなこのまんまじゃ落ち着かないもん」
「つか、王もこいつがこうなるの見越してんのかね」
「それはないんじゃないでしょうか。ルシュカさん、猫かぶるの得意そうですから」
「おー言うねー。猫は私とミャルコの専売特許だから、ルシュカがそれするのはナンセンスだよねー」
「混じり物のくせに偉そうなやつだな」
「むっか。終わったら覚えとけよワンコロめ」

 ご高説を垂れ流す光悦とした女を横目に、皆立ち上がって急いで退出していく。
 王が直接指示を出すのは派兵していたりと土地を離れている時だけしかなく、同じ城内に居るときはルシュカに伝言させている。
 そうしないとなると、それだけ急いで事態を収束させてほしいと願っているのだと理解できる。
 手元に浮かび上がる文字を読みながら玉座の間に集まったバロニアの十七柱の一角は各々与えられた任務をこなすために自身の軍へと急いだ。




「――の時の視線はまるで鷹のようで、眼が合えばきっと心を見透かされ……あれ? 何処へ行った? 待て、話は終わってないんだぞ! と言うか、まだ王の言葉を伝えてないんだぞー! こらー! 戻ってこーい!」

 
2012.10.10 改訂
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