ウェブブラウザのJavaScript(ジャバスクリプト)の設定が無効になっています。Javascriptが無効になっていると、サイト内の一部機能がご利用いただけません。 【FE覚醒】話ひとつにつき2017年7月7日 00:05「これ、なによ」 じろりと問われ、いまイーリスの都で人気のケーキよ、とティアモは答えた。 見た目は素朴だが、フォークを入れると、さながら真綿のような弾力をし、羽のように軽い。 特製の型を使って焼き上げ、表面はこんがりと香ばしい色合い、中は心を安らげるような優しい黄色の、スポンジケーキだ。 そのまま食してもよいが、添えられたクリームを載せると、また味わいが深まる。クリームも丹念に泡立てたきめ細かなもので、細部に至るまで手を抜かない店の心意気も伝わった。 そのケーキが一人分に切り分けられ、紅茶とともにテーブルの中央に鎮座する。 そしてケーキを中心にティアモとセレナが向き合っている。 ここはティアモの自室である。 セレナを招いて、ティアモは自信満々だった。 正直、これ以上のものはないと胸を張っていたし、きっとセレナも目を輝かせてくれようと疑いもしなかった。 セレナが甘いものが好きということも、ちゃんと彼女の幼なじみであるシンシアから情報を得ている。ケーキだからといって甘さに重点を置いたものよりも、心に染みいるようなささやかな甘さを好むことも調査済みである。 そして、見た目に気を遣うセレナだが、過度な装飾は嫌う傾向があり、素材の質を生かしかつ、ささやかな美しさを醸すものが好みでもあるという。そんなセレナならば、このケーキの素朴な美しさもきっと気に入るだろう。 ……うん、大丈夫。 とはいえ、素直でない彼女のことだから、きっと不機嫌な振りをするだろう。 しかし、喜んでくれると確信していたし、素直じゃない喜びようをティアモは見極められる自信もあった。 だのに、である。 ……どうしてかしら。セレナは、なんだか機嫌が悪いみたい……? 照れ隠しに視線を尖らせているというよりも、どう見ても不機嫌そのものなのだ。 ……もしかして、見た目が淡泊すぎる……いいえ、そんなことはないはずよ。 あれ、これと思い悩んでいたところ、セレナがじろりとティアモをにらみつけて、ひと言。「これ、なによ」 だった。 その声音も、地の底からとどろくかのように低い。 明らかに機嫌が悪い有様であった。 ティアモは困惑しながらも用意したケーキを懇切丁寧に説明した。 が、これを聞き終えるや、セレナはますます深いため息をこぼしたのだ。「セレナ……? もしかして、甘いものは嫌いだった?」 問いかけたティアモへも、セレナの目は冷たい。あきれ果てた様子でもう一つため息を落とし、「……あんた、あたしの話が聞きたいって、そう言ったわよね?」「ええ」「あんたに話して楽しい話なんかないって、あたしは断ったのに、あんたったらそれでも聞きたいって」 セレナは、未来からやってきた少女だ。 この世界は、近い将来に大変な時代を迎えるが、彼女はその大変な時代の到来を阻止すべく、過去へ飛んできた、らしい。 それだけでも驚く話の上に、彼女の母はティアモなのだそうな。 つまり、ティアモが将来得るはずの子供が、彼女なのだとか。 まったく突拍子もない話だが、現実味のない話だからこそ、かえって、「あり得る……」 という考え方もある。 ティアモもそんな気持ちであった。 セレナが偽りを言っているように感じられないのも、要因の一つである。 ともかく、ティアモはセレナに興味があった。 将来の自分の娘というのなら、当然であろう。 彼女がどんな風に過ごしてきたのか。 また、彼女の母としての自分は、彼女にどんな姿を遺していったのか。 気にならないわけはない。 しかし、セレナは話したくい、と突っぱねた。 彼女たちが育った世界は、日の光も差さぬような過酷な状況だった。 貧しい食料を巡って人同士の間にも不審が芽生えた。荒みきった人々の中で彼女たちがゆがまずまっすぐに育てたのは、よい大人に恵まれていたためだ。 だからといって、好んで思い出したい時代ではなかった。 そうと聞けば、話をねだるのも酷な話ではある。 が、 ……そんな時代に、一人娘を置いていった未来の私は、どんな気持ちだったのかしら。 きっと心配しているのではないか。 セレナにしても、親と幼いころに死に別れて、つらい思いもしてきたのではないか。 ……私は、セレナの母には、まだなっていないけれど、少しでもセレナに母親との思い出を作ってあげられたら……。 せめて、この時代にいる間ぐらいは、自分になんでも話してほしいと、その思いからやや心苦しさを感じつつも強く話を求めたティアモだった。 こうした彼女の気持ちが届いたのか、どうか。 セレナはついに折れて、「わかったわ。じゃあ、あんたもあたしに、その……なんかちょうだいよ」「どういうこと?」「あのねえ。あたしは昔のことなんて思い出したくないの。嫌な思い出ばっかりなの。それをわざわざ思い出して話そうっていうのよ? 対価を支払うのは当然でしょ」 なるほど一理ある。 そこでティアモは厳選に厳選を重ねて、こうして評判のケーキを用意したところ、不機嫌なセレナにねめつけられているというわけだ。 理不尽とは、まさにこのことだろう。 だのに、いかにも被害者と言わんばかりの顔を、セレナはするのである。 何度目ともわからぬため息をつき、「はあ……あのさあ」「ええ、なにかしら」「……こういうの、一番よくないことよ?」「どういう意味?」「子供を物で釣るっていうのは、一番単純で、一番子供をバカにしたやり方だって言っているのよ」「セレナ……」「対価って、言ったはずよね。ふうん、つまり、あたしの話はケーキ一個と同じ値段ってことなんだ。ふうん」「値段って……」 そんなつもりはない。 なるほど、装飾品に比べるべくもなく安価だが、ティアモはティアモなりに、セレナが喜ぶだろうケーキを選んできたつもりだ。 困惑して、その困惑がため息に変わってはき出されると、セレナがちょっと顔をしかめた。 少し、気まずげな顔だ。 セレナがよくする顔で、これは、「言い過ぎた」 あるいは、「そんなことを言いたいわけじゃない」 の顔だった。 激情家で、思ったままをついそのまま口に出してしまう短絡的なところが、セレナの最たる短所だろう。 あるいは、それが若さというべきなのか。「ごめんね、セレナ。私、なにか勘違いしたのね」「ちょ……、なにあやまるのよっ」「でも、セレナが怒っている意味が、私にはわからないの。だから教えて。私、なにを聞き間違えのかしら」 これは、とケーキをセレナの前へずいと押し、「その授業料。それならどうかしら」「……それなら、も、なにも……その……」 セレナが顔を背け、なにやら小声でぶつぶつこぼす。 ティアモは立ち上がり、部屋の窓を開けた。 初夏の心地よい風が、ふわりと入ってきた。「いい風ね」 窓際でしばし風に髪を遊ばせ、涼んでいると、「……あんた、本当にティアモなの。実はひと文字違いの別人とかじゃないの」「私はティアモよ。それに、あなたが私を見間違えるわけはないと思うわ」「わ、わかっているわよ。そんなの……あたしが、だれよりも」 だけど、とセレナはとまどいを隠せない様子でなおもぶつぶつと文句を言う。「……あたしの母さんはもっと、完璧だったから。世界で一番強くてかっこよくて、なんでもできる人で」「すごいなあ。でも、それはきっとセレナが買いかぶりすぎなのよ」「そんなことないっ」「セレナ、高く見てくれるのはとてもうれしいわ。でも、私は人間なのよ」 なんでもできるわけはない。 もしかしたら人より多少、器用かもしれないが、できないこともたくさんある。 嫌いな食べ物もあるし、嫌いなものもある。 悔しい思いをして、相手を恨んだことだってある。 いまとて、セレナの気持ちがさっぱりわかっていない。「でも、きっとあなたのお母さんはそうしたところを一つも見せないようにがんばっていたのね。すごいわ」「……そ、うよ。母さんはすごいんだから」 鼻息も荒く言い切ったあとで顔を真っ赤にし、セレナがうつむいた。「あ……あ、あのさ」「ええ」「あ、たしは、対価って言ったわ。でも、それは……その、こういうのじゃ、なくて」 服の裾をきゅっとつまみ、もじもじといじる。「……は、話の対価は、話……に、決まっている、じゃない……」「話……」「だ、だから、あんたの話、聞かせてよ。あ、あたしにどんな風に育ったのか、聞くなら、あ、あんた自身がどんな風に育ったのかを、は、話すべきでしょう? そ、そ、それでこそ、対価じゃないっ」「私の話……」 ティアモは唖然と繰り返した。 風にあおられる髪を抑えて首をかしげる。「……そんなことで、いいの? あんまり面白い話はないと思うんだけど」「そ、それなら、なおのことちょうどいいじゃないっ。言ったはずよ、面白い話なんてないって……あ」 思わずセレナが絶句し、顔を背けた。 まったく同じことを、言われ、言い返したことに気付いたのだろう。 ティアモも、このときばかりは鋭く気付き、体を折って笑い出した。「笑うことないじゃないっ」「だって……やだ、まるで親子みたいじゃない。あなたったら、私そっくり」「似てないわよっ。言ったでしょ、母さんはずっと、ずっと、ずっとっ、すごいんだからっ」「あは、あはは」 ティアモはたまらずに笑い声を上げ、セレナがますます赤くなる。 笑いながら彼女はセレナの背後へ回り込んでその肩を抱いた。「ごめんなさい、セレナ。私ったらセレナの気持ちをまったくわかっていなくて」「そ、そうねっ。信じられないぐらい無神経だわっ」「じゃあ、お話しましょう。あなたの話ひとつにつき、私の話ひとつ」「し、仕方ないわね……ところで、このケーキも紅茶も、まさか一つきりじゃないでしょうね」「あら、一個じゃ足りなかった」「足りないわよ、あんたの分がないじゃない。話を聞いて、話をするのよ。まったくしまらない親ね。仕方ないから今日は半分こよ。そ、それから今日はあんたがお茶菓子を用意してくれたわけ、だから、次はあたしが用意するわよ。だから用意したらだめなんだからねっ」「セレナがごちそうしてくれるの。なんだか悪い気がするけれど……じゃあ、そうしましょう。ちょっと待ってて、小皿やフォークをもうひと組用意するわ。それから紅茶のカップも」 心浮きだたせ、いそいそと部屋を飛び出していったティアモを見送り、セレナははあ、とため息をついた。 疲れたため息には、憎まれ口な自分への嫌悪と、母との会話を心待ちとする気持ちを押し隠したへそ曲がりの喜びとが、ない交ぜとなっている。