ポリリン酸には驚きの生命機能がある。

大腸菌ではアミノ酸飢餓に陥ることによってポリリン酸が作られることが分かっている。この生理作用を詳しく調べた結果、プロテアーゼと結びついて、リボソームタンパク質を分解することが分かった。アミノ酸飢餓で不要になったリボソームの一部を再利用することによって、危機から回復することに一役買っている。ポリリン酸によるプロテアーゼの活性化はヒトでも保存されていた。

ポリリン酸が介するプロテアーゼ活性化

ポリリン酸はアミノ酸飢餓で蓄積する

 大腸菌のポリリン酸合成酵素は、ATPの末端のリン酸基をポリリン酸に転移して約700個のリン酸がつながったポリリン酸を合成する。大腸菌の増殖期には、通常僅かしかポリリン酸が検出されない。しかし、栄養飢餓などのストレスを与えると、数10分で100倍近く増加する。このポリリン酸の蓄積にはストリンジェント応答(緊縮応答)が関係する。ストリンジェント応答とは、栄養飢餓などに応答してrRNAやtRNAの合成が抑制される現象として最初発見されたが、細胞分裂停止やDNA複製の阻害など、様々な生理活動の変化を伴う現象であることがわかっている。この中心になる分子が、グアノシン5リン酸(pppGpp)とグアノシン4リン酸(ppGpp)である。この低分子の合成にはRelAという酵素が関与する。アミノ酸飢餓によってアミノアシル化していないtRNAが増加して、リボソームに結合すると、RelAタンパク質が活性化し、ATPとGTPからpppGppを作る。

 このpppGppとppGppがポリリン酸分解酵素を拮抗的に阻害することを発見した。ストリンジェント応答を起こしている時のpppGppの濃度では、ポリリン酸分解酵素の活性は10%以下に落ち込む。すなわち、ポリリン酸は常に合成と分解を繰り返しているが、アミノ酸飢餓状態に晒されると、(p)ppGppがポリリン酸の分解を阻止するので、ポリリン酸が蓄積するのではないかと考えている。

ポリリン酸はLonプロテアーゼを活性化してリボソームタンパク質の分解を促進する

 

 ストリンジェント応答でポリリン酸が蓄積する意味は何か?ポリリン酸合成酵素を欠損させた変異株では、アミノ酸飢餓に陥った後の増殖能力が非常に低下することが分かった。すなわち、ストリンジェント応答で蓄積したポリリン酸は、その後の生育に重要な役割があると考えられた。大腸菌は、アミノ酸飢餓に陥いると、自分でアミノ酸を合成できるように酵素を誘導する。しかし、アミノ酸生合成系の酵素を誘導するためにも、またアミノ酸が必要である。極度のアミノ酸飢餓に突然陥った際、翻訳に必要なアミノ酸はどう捻出するか?自己の古いタンパク質を積極的に分解することによって、アミノ酸を供給する経路があると昔から知られていた。ポリリン酸合成酵素を欠損させた変異株に極僅かのアミノ酸を供給すると、アミノ酸飢餓に適応できることから、この変異株は、自己タンパク質の分解が悪くなっていた。

 細胞内のタンパク質を14Cのロイシンでラベルした後、アミノ酸飢餓にして自己タンパク質の分解を測定した。すると野生株では、アミノ酸飢餓に陥ると自己タンパク質の分解が進むが、ポリリン酸を欠損する株では自己タンパク質の分解が促進されないことが分かった。

 大腸菌内のタンパク質の分解は、80%以上がエネルギー依存的に起こると言われている。ポリリン酸欠損株でもATPの濃度はそれ程変わらなかったので、ポリリン酸自体がプロテアーゼに影響を及ぼすのではないかと考えた。最初に発見されたLonプロテアーゼは、ATP依存性プロテアーゼの中で活性が最も高い。我々は大腸菌のATP依存性プロテアーゼであるLon, ClpAP, ClpPX, HslVU欠損株を頂戴し、アミノ酸飢餓における適応を観察した。その結果、Lon, Clpプロテアーゼが欠損すると、ポリリン酸合成酵素欠損株と同じようにアミノ酸飢餓への適応が悪いことが分かった。Lon, Clpプロテアーゼは、アミノ酸飢餓時の細胞内タンパク質のターンオーバーの上昇に関わっていた。さらに、lon, clp, ppkの三重変異株の自己タンパク質の分解は、lon, clpの二重変異株のそれと変わらないことから、ポリリン酸が関係するタンパク質の分解はLon、Clpと同じ経路である可能性が強いと思われた。

 32Pでラベルしたポリリン酸を、精製したLonプロテアーゼと混合してアガロースゲル電気泳動すると、明らかに分子量の大きくなったバンドが確認できた。化学量論的な測定をするためにニトロセルロースフィルターを使った。無機ポリリン酸はニトロセルロースフィルターを素通りするが、タンパク質とポリリン酸の複合体はフィルター上に結合することを利用した。スキャッチャードプロットの傾きから、算出できた結合定数は、0.5nMであった。またLonプロテアーゼ1分子に、1分子の長鎖ポリリン酸が結合していると推定できた。面白いことにポリリン酸が結合すると、分子量が200万以上の巨大な複合体になることがわかった。これは、1分子のLonプロテアーゼにたくさんのポリリン酸が結合してそうなったのではなく、自己会合が進んだためである。まだその構造ははっきり確認できていないが、おそらく規則正しい構造になっているのではないかと考えている。この結合は非常に特異的で強い結合であるので、最初にニトロセルロース膜にタンパク質を結合させた後に、ラベルしたポリリン酸を加えて結合させると、洗浄しても剥がれない。このウエスタンブロットを模したような方法を用いて、分割したLonプロテアーゼのどの領域に結合しているかを調べた結果、ATP結合領域のすぐ側にポリリン酸結合部位があることがわかってきている。

 次に我々が考えたのは、ポリリン酸が結合して巨大なプロテアーゼになることによって、新しい活性が見られるようになるのではないかということである。具体的には、今までLonプロテアーゼ単独では分解しなかった、あるいは分解が遅かった基質タンパク質に対して、その分解活性が上昇するのではないかということについて検討した。大腸菌全タンパク質をホスホセルロースやDEAEセルロースで分画した後に、全てのフラクションにLonプロテアーゼとポリリン酸を入れて、ポリリン酸がある時に分解するような基質タンパク質を探索した。数百のタンパク質を検討した結果、ポリリン酸が存在するときにLonプロテアーゼによって分解されるものを3種類見つけた。それらは、S2、L9、L13というリボソームタンパク質であった。分解を促進するポリリン酸の濃度は1μMで十分であった。あとで分かったことであるが、その他のリボソームタンパク質もポリリン酸に依存してLonプロテアーゼによって分解された。しかし、鎖長が長くないとその効果がなく、例えばリン酸の数が15個以下だとまったく効果がなかった。

 ポリリン酸はタンパク質を分解するときにATPの代わりにエネルギー供与体になるのではないかという質問を受ける。しかし、Lonプロアーゼはポリリン酸を分解する能力もなく、ATPに一旦変換しているわけでもない。むしろ、ポリリン酸とADPからATPを作り出す酵素(ポリリン酸合成酵素)を添加すると、その効果が弱まったので、ポリリン酸がエネルギーとして使われているのではない。

 ではどの様にして、ポリリン酸があるとリボソームタンパク質を分解するのであろうか?Lonプロテアーゼとマルトース結合タンパク質の融合タンパク質(MBP-Lon)を作り、S2タンパク質と混合して、アミロースカラムに添加した。当然MBP-Lonはアミロースカラムに結合するが、S2は全て溶出した。しかし、ポリリン酸をMBP-LonとS2の混合液(ATPは除く)に予め混ぜておくことによって、S2の一部がカラムから溶出してこなくなった。次にマルトースを添加するとMBP-LonとS2が同時に溶出した。このことから、ポリリン酸存在下では、LonプロテアーゼはS2を認識できるようになっていた。最初S2もポリリン酸と結合するので、ポリリン酸はLonプロテアーゼによる基質認識のためのタグ、あるいはアダプター分子のような役割があるのではないかとも考えた。確かにS2はポリリン酸と結合する。しかし、Lonプロテアーゼは、全てのポリリン酸と結合するタンパク質を分解するとはかぎらなかった。今のところ、ポリリン酸に対する結合力と基質の結合、分解には厳密な相関関係は得られていない。最近ポリリン酸存在下では、普段分解するタンパク質が逆に分解されにくくなることを見つけた。長鎖ポリリン酸は、Lonプロテアーゼによる基質の分解のエネルギーとして働いているわけではなく、その基質特異性を変化させていたのである。

 Lonプロテアーゼとポリリン酸によって、リボソームタンパク質を効率よく分解することが分かった。そこで、完全なリボソームを基質とした場合、分解するかどうかを調べてみた。Lonプロテアーゼとポリリン酸の複合体は、完全なリボソームを分解しないが、すこしRNaseによってリボソームRNA(rRNA)を分解すると、複合体はリボソームタンパク質を分解することがわかった。どれくらいリボソームの構造がくずれると複合体が働き出すかはまだ分かっていない。少なくとも、リボソームから遊離したフリーのリボソームタンパク質に対しては効率よく作用する。そこで、S2-V5融合タンパク質を作って細胞内で発現させ、アミノ酸飢餓に晒し、その分解を見た結果、ポリリン酸ができる野生株に於いて、顕著な分解が見られた。In vivoでも、ポリリン酸がタンパク質分解を促進する効果が見られたことになる。

 通常増殖期にはある程度リボソームタンパク質はフリーの状態で存在する(S2分子は20%近くがフリーとして存在する)。普段ほとんど存在しないポリリン酸が蓄積することによって、Lonプロテアーゼが巨大な複合体を形成し、基質特異性が変化してリボソームタンパク質を分解するようになる。この意味はおそらく二つあって、一つはリボソームタンパク質を分解することによって、アミノ酸飢餓時に翻訳活性を低下させること、もう一つは翻訳に必要なアミノ酸を供給し、アミノ酸飢餓に適応するために必要な酵素の翻訳に使われることが考えられた。

血小板由来ポリリン酸がFactorXIIを活性化して血液を凝固させる

 

 ポリリン酸によるプロテアーゼ活性化機能はバクテリアの一部に残されたものと考えていたが、最近人の中でもプロテアーゼの活性化に関与していることが分かってきている。ポリリン酸は人の血小板に含まれるが、何らかの理由で壊れると、ポリリン酸が放出される。このポリリン酸は、血液中のFactor XIIというプロテアーゼを活性化して、最終的に凝固反応へと導く。血液の凝固は、怪我をしたときに重要な役割を担うが、そのようなところにも関与しているとは驚きである。

Müller, F. et al.,: Cell, 139, 1143 (2009).

ポリリン酸推論のページ

超長鎖ポリリン酸の化学合成に成功

従来難しかった長鎖ポリリン酸(平均鎖長700-1000)を化学合成することができました。本技術はバイオエネック社に移植し、販売が始まっています。
バイオエネックス社

A. Kuroda, H. Murphy, M. Cashel, A. Kornberg, Guanosine tetra- and pentaphosphate promote accumulation of inorganic polyphosphate in Escherichia coli, J. Biol. Chem., 272, 21240-21243 (1997).

A. Kuroda, S. Tanaka, T. Ikeda, J. Kato, N. Takiguchi, H. Ohtake, Inorganic polyphosphate kinase is required to stimulate protein degradation and for adaptation to amino acid starvation in Escherichia coli, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 14264-14269 (1999).

A. Kuroda, K. Nomura, R. Ohtomo, J. Kato, T. Ikeda, N. Takiguchi, H. Ohtake, A. Kornberg, Role of inorganic polyphosphate promoting ribosomal protein degradation by the Lon protease in E. coli, Science, 293, 705-708 (2001).

K. Nomura, J. Kato, N. Takiguchi, H. Ohtake, A. Kuroda, Effects of inorganic polyphosphate on the proteolytic and DNA-binding activities of Lon in Escherichia coli, J. Biol. Chem., 279, 34406-34410 (2004).

黒田 章夫、野村 和孝、大竹 久夫
蘇るか分子化石? 長鎖ポリリン酸によるタンパク質分解酵素の活性調節
蛋白質核酸酵素 47, 801-807 (2002)

野村 和孝、大竹 久夫、黒田 章夫
Lonによるリボソーム蛋白質のリサイクリングシステム
蛋白質核酸酵素 49, 1069-1070 (2004)