ダイエットとは結局のところ我慢である(後編)
4カ月で10キロ減、その極意
2014年11月28日
大切なのは“我慢の方法”
空腹をいかに我慢するか。前編にも書いた通り、ダイエットとは結局これに尽きると思う。私自身、昨年10キロ以上ものダイエットに成功した最大の要因は、この我慢の方法をあれこれ模索したことだろう。巷には○○ダイエットなどと名付けられたさまざまな方法が出回っているが、大切なのはそういうダイエット方法ではない、我慢の方法なのだ。
実際、ダイエット中の私は就寝前に大好きなウィスキーの水割りをツマミなしで満喫するという、ご褒美タイムを設定したことで、炭水化物抜きの夕食に関しては苦もなく我慢できるようになった。このおかげか、最初は64キロ以上あった体重も62キロくらいまではすんなり落ちた。本稿を書いている数日前に某ネットニュースで「寝る前の酒は太るので厳禁」などという記事を目にしたが、あれはどうにも怪しい。私は寝酒で痩せたぞ。
苦しい「ザ・停滞期」がやってきた
しかし、それ以降も順調に体重が減り続けたかというと、やはりダイエットはそんなに甘くなかった。61キロ台で体重減少がピタッと止まり、どれだけジムワークと食事制限を続けても一向に変化が表れない。ダイエットの障壁のひとつと噂される、ザ・停滞期だ。
世のダイエット挫折者の中には、この停滞期に我慢の限界が訪れ、元の生活に戻ってしまった人も多いと聞く。その気持ちはよくわかる。ダイエットの苦しみを最も癒してくれるのは、それに見合うだけの成果、すなわち体重減少の喜びだ。したがって、体重の変化がなくなったら、あとは苦しみしか残らない。誰だって根負けするだろう。
一般的に、この停滞期を乗り越えるためには、それにめげることなく今まで通りのダイエット生活を地道に続けることが有効だと言われている。そうすれば、一定期間を経たあとに再び体重の減少が始まるらしい。つまり、ここでも我慢が必要なのだ。
正直、私はその一定期間を乗り越えられる自信がまったくなかった。成果の喜びがないダイエット生活はただの苦行でしかないため、それが何日も続くなんて想像しただけで吐き気がする。元来、私は堪え性のない男なのだ。一刻も早く停滞期を脱したい。
一日一食作戦を実行!
そこで私はこれまた単純だが、思いきった作戦を実行に移した。
夕食をまるまる抜いたのだ。つまり、一日一食である。
もちろん2〜3日限定の話だが、そうすればさすがに少しは減量できるだろう。長い停滞期を地味に我慢し続けるよりも、たった2〜3日なのだからと腹をくくって豪快に食欲を我慢することで61キロの壁を一気に破ったほうがいい。その壁さえ乗り越えられれば、再び元の減量ペースに戻るような気がする。その際はまた一日二食に戻せばいいのだ。
もちろん、体には良くないことだろう。一日の食事は昼食だけで、就寝前にツマミなしでウィスキー三昧。はっきり言って最悪な生活だ。アホとも言う。しかし、健康と減量の二兎は追わない、減量だけを追求すると決めていた私は「なんとかなるさー」の精神でアホの境地に足を踏み入れることにした。断っておくが、真似をしてはいけません。
果たして、その一日一食作戦をしばらく実行したところ、本当に体重が落ちた。
あれだけ苦しんでいた体重の停滞期、すなわち61キロの壁をいとも簡単に突破し、59キロまで減少。やはり食わなきゃ痩せるのである。体は正直というか、意外に単純なのだ。
今度は超グルメ作戦を実行!
もっとも、一日一食は当然ながら苦しかった。あまりに腹がへって挫折しそうにもなった。しかし、ある我慢の方法を実行したことで、その空腹にだんだん耐えられるようになってきた。つくづく重要なのはダイエットの方法ではない、我慢の方法なのだ。
その方法とは、やはり我慢に見合うだけのご褒美を設定することだ。とはいえウィスキーだけではもはや釣り合いが取れないため、それ以上の楽しみを追加する必要がある。そこで私は昼食に注目した。夕食抜きさえ我慢すれば、翌日の昼には「好きなものを腹いっぱい食べられる」という、ダイエット中らしからぬ超グルメ作戦を実行したのである。
この昼食グルメ作戦のポイントは、前夜のリサーチにある。夕食抜きの空腹地獄をまぎらわすように、ウィスキーの水割りをぐいぐい飲みながらネットなどで「美味しいランチの店」を徹底調査。「明日はこの店でステーキを食べよう」「明日はこの店のバイキングに行こう」などと計画を立て、一日一回しかない食事を思いっきり豪華にするわけだ。
かくして、当時の私はグルメ記者なみにさまざまな飲食店に出向き、贅の限りを尽くしたものである。どうせ一日一食なのだから、その一食くらいカロリーを気にせず食べても太らないだろう。そう自分に言い聞かせながら、ラーメンは替え玉するわ、そこにチャーハンもつけるわ、昼から寿司や焼肉を食べるわ、とにかく食欲を解放する日々を送った。
これぞダイエッターの美学
しかし、それでも私の体重は順調に減り続けた。いくら昼食を重くしたところで一日一食しか食べないのだから、一日の総摂取カロリーは高が知れている。巷では「一日一食をドカ食いしたらかえって太る」みたいな説を唱えている人もしばしば見かけるが、果たしてあれも本当なのだろうか。少なくとも、私はみるみる痩せたぞ。
また、この作戦はけっこう楽しくもあった。前夜に「これを食べたい」というモチベーションを高め、それを翌日の昼に発散するわけだから、だんだん夕食を我慢しているという感覚さえなくなってくる。それにもかかわらず、体重計の数値は日に日に減少。こんなに嬉しいことはない。そういう感覚になったおかげか、最初は三日間くらいの限定企画にしようと思っていた一日一食も、環境次第でいくらでも継続できるようになった。
この環境とは、すなわち私が夕食を食べないと、場の空気を壊してしまうような状況のことだ。たとえば仕事関係の会食や友人との外食などの場で、私がダイエットを理由に飲食を慎んだら、それは大人の男として失格だろう。したがって、私はダイエット中も飲みの誘いは断らず、そこでは迷わず飲み食いした。自分勝手なダイエットで他人に妙な気を遣わせてはいけない。食事制限とは人知れずやるものだ。ダイエッターの美学である。
二週間に一度のドカ食い祭り!
さらに付け加えると、私は普段の家庭生活の中でも二週間に一回のペースで「食欲のリミッターを解除する日」を設けていた。その日はドカ食い祭りと称して、豪華な昼食だけでなく、夕食時もダイエットを忘れて派手に飲み食いするわけだ。好物の肉や揚げ物はもちろん、白米やラーメンなどの炭水化物も腹いっぱい食べたものである。
これは世のダイエッターたちにぜひ言っておきたい。
「二週間に一回くらいなら、ドカ食いする日があっても体重にはそう影響しない」
そのドカ食いによって翌朝の体重が少し増えたとしても、心配することはない。そんなものは翌日の食事を再び一食にするだけで簡単に元に戻る。むしろ、そういうドカ食い祭りがたまにあることで、それまでの我慢によるストレスを解消することができるため、普段は一日一食という原則をますます継続しやすくなることだろう。
実際、私もそうだった。昼食を豪華にすることと二週に一度のドカ食い祭り、さらに就寝前のウィスキーという、三種の神器をご褒美にすることで、普段の我慢が可能になったどころか、だんだん楽しくもなってきた。この我慢は来るべきご褒美タイム、すなわち食欲を華々しく解放させるための助走だと考えると、まるでサウナに入っているときのように「あと少し、あと少し……」と自分を追い込めるようになり、不思議なことにテンションが上がってきたのである。いやはや、この感覚はどう表現すれば適当だろう。我慢の向こう側、あるいは空腹の向こう側。とにかく、そういう妙な精神的境地に達したのだ。
実際に痩せてみてわかったこと
考えてみれば、私が食欲を我慢するために実行した方法は、すべて食欲を満たすための行為である。つまり、食欲を我慢するためのご褒美は食欲しかない、食欲の解放のために食欲を我慢する、という少々ややこしい論理だ。一見矛盾しているかもしれないが、実は非常に理に適っていると私は思う。食欲をもって食欲を制す。ああ、ややこしい。
結果、私は一日一食の原則を自在にコントロールできるようになった。そうなれば体重減少は必然である。気づけば53キロ台にまで突入し、家内に「さすがに怖いから、それ以上痩せるのはやめて」と言われるようになって、ダイエット生活に終止符を打った。
最後に、実際に痩せてみてわかったことをひとつ。
ダイエット前の私は痩せたら若返るだろうと勝手に信じていたのだが、それはどうやら30代前半くらいまでの話のようだ。年齢がアラフォーともなってくると、あまりに痩せすぎると頬がこけ、顔に生気と艶がなくなり、かえって老けてしまう。盲点だった。
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山田隆道
作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。主な著書は『虎がにじんだ夕暮れ』『神童チェリー』『雑草女に敵なし!』など。その他、プロ野球ファンが高じて『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『野球バカは実は...
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