宮沢りえの痩せすぎの拒食症とりえママというタイトルで、記事を書きたいと思います。

女優の宮沢りえが、拒食症であった姿は、いまでも記憶に残っている人が、多いのではないでしょうか?美しいボディーを写真集にして、注目を集めた後、宮沢りえの激やせが始まり、見るたびにやせ細っていきました。そして痩せすぎてしまい、驚いた方も多かったのではないでしょうか?

実は、痩せすぎのその裏には、さまざまな心の葛藤などが、宮沢りえの内側に、隠されていたとも言われています。そして、その拒食症の痩せすぎの症状の奥には、りえママの存在があるのでは?とも、当時から根強く言われていました。今回は、宮沢りえの痩せすぎの拒食症とりえママいうタイトルで、宮沢りえの拒食症に潜む、りえママとの、心の問題を見ていきたいと思います。

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その前に、2014年9月23日肝腫瘍でお亡くなりになりました。まだ若く、享年65歳でした。宮沢りえのコメントがとても美しいので、ここで抜粋させていただきたいと思います。「最期に、生きるということの美しさと、凄まじさと、その価値を教えてもらいました。そういった全ての宝物を胸に、私は、役者として、母として、女として、惜しみなく生きようと思います」一卵性母子とも言われた二人です、他人が何かを言えるほど、二人の間の関係は、一筋縄ではいかないものも多くあったと思います。りえママのご冥福を、心からお祈りしたいと思います。

まずは、宮沢りえのプロフィールから見てみましょう

生年月日は1974年4月6日(40歳)、血液型O型、出身地は東京都練馬区
職業は女優・モデル・歌手、ジャンル映画・テレビドラマ、所属事務所 エムシー企画

宮沢りえは、日本人の、りえママである母親と、オランダ人の父親の間に生まれたハーフです。本当に白く美しい肌と顔立ちをしていて、女性のわたしから見ても、美しさは憧れの対象です。

11歳の時に、宮沢りえは、可愛らしい顔立ちが、周囲の気を引いていたようで、りえママが、周りの勧めもあって、宮沢りえをモデルとしてデビューさせたそうです。その後「週刊セブンティーン」の、表紙モデルとなります。

1987年に、宮沢りえは「三井のリハウス」のCMで、初代リハウスガール「白鳥麗子」役を努め、注目を集めていきます。その後、宮沢りえは、瞬く間にトップアイドルとなっていきました。

同期で活躍をしていたのは、後藤久美子で、同学年であり、宮沢りえと後藤久美子は仲がよく、良いライバルでもあったようです。キットカットのCMで共演をしています。

1989年、映画「僕らの七日間戦争」で、初主演した宮沢りえは、「日本アカデミー賞新人賞」を受賞しました。同年、小室哲哉からの楽曲提供「ドリームラッシュ」で、歌手デビューします。宮沢りえのカレンダーでは、大胆なふんどしルックが話題を呼びました。

1991年、宮沢りえは、篠山紀信撮影で「Sant Fe」というヌード写真集を出版します。この時の宮沢りえは、人気絶頂期であり、当時の常識では、人気絶頂のアイドルである宮沢りえが、ヌード写真集を発売したことは、色んな意味で衝撃を与えます。150万部の大ヒットとなったこの写真集は、東南アジアなどで海賊版が出回るほど人気があったようです。

さらに、当時は、娘である宮沢りえを脱がせるなどに対して、周囲の批判もあったようで、りえママの存在は、宮沢りえの人生に、色濃く影響を与えていったようです。

1992年11月27日に、宮沢りえは、当時、相撲界の関脇であった、貴花田との婚約を発表しました。当時、貴花田は相撲界で、宮沢りえは芸能界で、大人気であったため、この婚約はかなり注目を集めました。
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しかし、翌年の1993年1月27日、宮沢りえは、わずか2ヶ月で、婚約を解消しています。この時「人生最高のパートナーになれなかった」とコメントを発表しています。ここでも、りえママと、貴花田の家族との折り合いが悪く、りえママは、結婚にさまざまな理由で、反対をしていたとも言われています。いい意味でも、悪い意味でも、りえママの存在感は大きかったのでしょう。

その後、一時期、宮沢りえは、仕事を休業します。ことのとき、りえママと離れて暮らし、りえママは、パリに住むようになったと言われています。一度、宮沢りえと、りえママは、距離を置いたようですね。

その後、宮沢りえは復帰し、2001年、香港映画「華の愛~遊園驚夢~」に主演した宮沢りえは、第23回モスクワ国際映画祭・主演女優賞を受賞しています。

2003年には、映画「たそがれ清兵衛」で、アカデミー賞で最優秀主演女優賞を受賞し、宮沢りえは、2005年には、映画「父と暮らせば」で第47回ブルーリボン賞・主演女優賞を受賞しています。

このように、騒動後からは、りえママの話は表立って出てこなくなりましたね。

2009年2月、相変わらず客観的に見て、痩せすぎの体は変わらないのですが、なんと宮沢りえは妊娠6ヶ月であることを発表し、同年5月に、宮沢りえにとっては第一子となる、りえママにとっては、初孫となる、女児を出産し、同年8月に仕事復帰をしています。

この時の宮沢りえの結婚も、りえママは反対しているそうです。娘の選択に、賛成をしない、りえママの態度も、意外とここまで貫き通せば、立派に思えるのは、わたしだけでしょうか?そして、残念ながら、女児の父親と宮沢りえは、その後離婚しています。りえママの千里眼も、大したものかもしれませんね。

2013年5月6日には、軽度の心筋梗塞と診断された、天海祐希が出演していた舞台「俺のナポレオン」で、天海祐希の役を務めることとなり、宮沢りえは、わずか2日の稽古期間を置いて、見事に役を演じきり、代役を感じさせない見事な演技で、観客を魅了したそうです。多くのことを乗り越えながら、痩せすぎてはいますが、宮沢りえは素晴らしい女優に成長されていったのですね。

宮沢りえは、幼少期、伯母の元で、従兄弟たちと共に成長していきます。宮沢りえは、りえママが、その後オランダ人である、宮沢りえの父親と離婚したため、その後は父親と、まったく交流がなくなったそうです。
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さて、宮沢りえが、痩せすぎていき、拒食症であったと報道されたのは、ちょうど貴花田との婚約を、解消した頃となります。宮沢りえは、婚約会見の時、本当に幸せの絶頂にいたのでしょう。うれしくてたまらないという表情を、いまでもよく覚えています。

しかし、その後、宮沢りえは、痩せすぎた拒食症の症状を抱え、過食嘔吐、いわゆる摂食障害を繰り返すようになったそうです。



その影には、母親であるりえママとの、葛藤などの話も聞かれていましたが、実はこの拒食症は、心の病気と言われていて、かなり奥の深い病気でもあります。わたし自身も、痩せすぎた拒食症を乗り越えてきました。

まずは、この心の病である、拒食症についてみていきたいと思います。

摂食障害の一つである拒食症に、大きく関わっている心理状態は、ストレスと、コーピングスキルと言われています。英語のCopeとは「困難なものになんとか対処する」という意味があります。

ストレスを適切に処理する能力を、コーピングスキルといいます。人は、ストレスがあっても、困難を乗り越えるために、十分なコーピングスキルがあれば、健康でいられますし、そのストレスをバネにして、成長もできます。

ですが、自分で処理できないほどの困難に直面したり、痩せすぎる拒食症の患者の、コーピングスキルが未熟な場合、些細なストレスでも、非常に辛い状態になってしまいます。

摂食障害のひとつである、拒食症などは、異常なやせ方や、食べ方などに注目が集まりやすいのですが、本来、発症する要因となるのは、コーピングスキル(困難なものになんとか対処する)です。

痩せすぎて拒食症になる前に、本人が、無理をしているものを、緩和したり、捉え方を変えて、ストレスを減らしていったり、苦手だと感じる人との、付き合い方を学んでみたり、拒食症の人が、苦にしていた、家族や、家庭内の問題を解決したりと、拒食症になるほど痩せすぎる方向に、逃げ込まなくても良い方向へ、導く姿勢が大切です。

宮沢りえは、11歳の頃から、りえママについて、モデルの仕事を始めました。思春期に入る前の、まだあどけなさの残る、子供の気持ちを持った状態で、子どもとして信頼している、りえママについて、新しい扉を開き、華やかな世界へとかけだして行きました。

まだまだ、宮沢りえが、自分一人で、何か困難を越えていく力を付ける前から、りえママなどの大人に混じり、仕事をしていく中で、宮沢りえの、コーピングスキルはどの程度まで、強いものであったのか、疑問に思えます。

特に、父親不在の親子となると、母娘関係は、濃密となるとも言われています。痩せすぎた拒食症のきっかけとなるのは、ダイエットでもありますが、その根本には、ストレスや、大人になるなどへの、強い反発心などが隠れている場合も少なくありません。特に母親との関係は、心の成長に大きく変化をもたらします。りえママと、宮沢りえの関係は、仕事を通して、二人の生活を支えるものであった背景もあり、複雑なものも、絡み合っていたとも思われます。

そんな関係の中で、宮沢りえの内側で、ストレス、成長期の反発心、仕事、大恋愛の終わり、母親(りえママ)との葛藤、そのようなものが何十にもからみ合っていき、宮沢りえの心の中に、病が潜むようになったとしても、なんの不思議もありませんね。りえママの、宮沢りえに対する心理的介入も、かなりあったとも言われています。

さらに、普通の親子関係であっても、母親と娘の関係は、とても複雑であり、濃密でもあると言われています。ある精神科医の話によると、りえママを含めた、母親の、自覚のない、娘に対する支配の気付きと、お互いの精神的な自立は、とても重要となると説かれてもいます。思春期の間中、常に宮沢りえは、りえママと共に行動をしていたようですから、多くのものが深く関係していると言えます。

もちろん、すべての母娘関係が、問題を抱えているというわけではありませんので、誤解のないように読み進めてください。

精神科医の話によると、肉親関係は、どうしても錯綜(物事が複雑に入り組んでいる)した感情が絡みあいがちであり、その傾向は、どうやら宮沢りえや、りえママのような、母娘関係が、最も強いものであると言われているようです。

例えば、宮沢りえと、りえママに見る、りえママの、過剰な娘の人生への介入について、このように見ることもできます。

「娘を過剰な期待で縛る母」「彼氏や進路の選択に介入する母」物事は、見方次第で変化しますので、あるひとつの見方であると、捉えてくださいね。

さて、痩せすぎる拒食症の患者には、思春期の頃に、これといって反抗期が見られなかったという、特徴があるようです。素直で、母親への依存心が強い傾向がある人が、多いと言われています。思春期の頃から、常に、りえママと一緒に仕事をし、過ごす時間の多かった宮沢りえも、りえママに対して、反抗していたという話は出てきません。
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極端に痩せすぎていく拒食症の人は、宮沢りえのように、激やせしていきながら、拒食症になることによって、りえママの関心を引きたいという心理状態が、関係しているとも言われていたり、家族関係の不和や、家庭内トラブルなども、食卓に影響を及ぼさないとも、言い切れないと言われています。

宮沢りえの父親は、不在です、りえママとの二人暮らしで、親が離婚しているという、不安定な環境ですね。痩せすぎる拒食症になるのは、ほとんどが女性だと言われています。

成長する中で、家庭不和な環境で育っていれば、当然、母親を、否定する気持ちを持つようになるそうです。痩せすぎる拒食症とは、経験者のわたしが、言葉を変えて表現するなら、食を拒否するのですから、その生き方を、拒否しているとも捉えられますね。

さらに、そういったものが背景となって、食事を作る母親の延長線上にある、食品そのものに、痩せすぎる拒食症の人は、母親の影を重ねてしまい、女性としての目覚めや、母親の体型(りえママの体型は、ふっくらとしていましたね)、あるいは大人社会そのものまで、否定してしまうかもしれません。

では、父親にはなんの関係もないのでしょうか?そうではありません。痩せすぎた拒食症などの場合、父親との関係は、宮沢りえもそうであったように、希薄であることが多いようです。拒食症患者自身が、父親を嫌っている場合もあるそうですが、これはこのまま、わたしにも覚えがあります。

そして、ひどく痩せすぎてしまう拒食症になる要因は、拒食症患者ばかりに、問題があるわけではありません。母親(例えば、りえママ)に、母性が欠けた人である場合、子供は思春期を過ぎても、幼い頃の不満を、抱えたままになっている場合もあるそうです。(子供によりケースバイケースだと思いますけれど)

表面的には、宮沢りえや、りえママのように、仲の良い親子を保っていたとしても、子供は、その欲求を満たすことができず、ストレスを蓄積していく場合もあります。

そのような状態で、痩せすぎた拒食症患者に「食べなさい」と言い、食べることを強要することは、逆効果となります。どこかで信頼関係が崩れている状態ですから、かえって拒食症の症状を、悪化させ、進行させてしまうことになりかねませんね。

実は、拒食症の痩せすぎの信号は、子供が自分の受けているストレスを、誰かに理解してほしいという、感情のしるしでもあるそうです。

子供である宮沢りえが、りえママに対して、このような信号送っていたとしても、実は拒食症の患者は、この症状を、隠したいという気持ちを持っています。ですから、治療を拒否する場合も多くあり、本人に自覚もない場合が多いようです。このような、痩せすぎた拒食症患者の心についても深く考えてあげ、拒食症は、家族全体で治療していかなければならないものだと、自覚する態度も大切な要素となるそうです。

拒食症は、10代の頃から発症し、痩せすぎるだけではなく、長い間、悩み苦しむ人も多いといいます。拒食症とは、先程も書きましたが、言葉の通り「食べることを拒む」という症状です。

他の人から見て、どちらかと言えば、痩せすぎているのではないかと思う体型であっても、拒食症患者は、そう思っておらず、逆に太っていると思って、食べ物を受け付けなくなり、食べなくなっていきます。ですから、当たり前のように、体重はどんどん減っていきます。

普通、食べないと体力が持たないと言われていて、拒食症になって食べないと、痩せすぎてしまい、やせ細った身体では動けなくなるのではと思われますが、この拒食症の特徴は、やせ細っていても、元気に活発に動き回れるというものでもあります。

拒食症の心理は、複雑でもあります。このように、活発に動けるのは、痩せたことによって、食べなければ理想の体重になれる、体重を自分で調整できることが嬉しくて、心配する周りの人たちの思いとは反対に、アクティブに行動しているのだそうです。

さて、ここからは、拒食症の人は、痩せすぎる体重減少以外に、どのような症状が見られるかを、いくつかみておきましょう。

● 思考力の低下・・・食事をしないので、脳に送る栄養が、足りなくなりますから、当然思考力が衰えてきます。さらに物事を考える時に、柔軟性がなくなるため、なにか一つのものへの「こだわり」が強くなります。

● 虫歯になりやすい・・・拒食症や、摂食障害などの人は、虫歯になりやすいと聞いたことはありませんか?嘔吐の繰り返しにより、胃液がたくさん出て、それによって歯のエナメル質が、溶けてしまうのだそうです。これは、うがいや水分補給で、少しは防ぐことができるようですが、ひどい場合は、歯医者に行ったほうが良いようです。

実は、宮沢りえも、痩せすぎた拒食症での過食嘔吐などが原因で、歯のエネメル質が溶けてしまい、総入れ歯になっているとも言われています。

● 低カリウム血症・・・嘔吐したり、大量の下剤を使ったことが原因で、ひきつりや、身体に力が入らない、筋肉がマヒするなどの症状が現れます。これは、低カリウム血症と呼ばれるもので、果物やドライフルーツ、野菜を食べて防ぐことができます。

● 生理不順・・・体重が減っているときは、栄養不足とストレスによって、生理不順となることがあります。体重が少ないために起こるものであれば、体重が戻れば生理もまた始まります。

● 吐きだこができる・・・拒食症や、摂食障害を持つ人の多くは、手の甲に「吐きだこ」と言われるものができています。吐くために、指を喉にいれたときに、奥歯に手の甲があたって、皮膚がただれたものです。

● 毛深くなる・・・毛深くなるのも症状の一つです。やせると、体温も下がってしまいます。そうすると、身体が自らを守ろうとして、うぶ毛が濃くなると言われています。

● むくみ・・・これも嘔吐の繰り返しにより、足や顔がむくむことがあります。これは、食事をしないため、タンパク質が、足りなくなって起こるものです。むくみを、太ったと勘違いをして、さらに痩せようと思う人もいるので、注意してください。

拒食症もまた、治らない病気ではありません。痩せすぎた拒食症は完治が可能です。しかし、それには時間が必要となりますから、拒食症患者も、家族も焦ってしまうので、拒食症本人がプレッシャーを感じやすくもなります。

長い人生ですから、何度でもやり直しがききますから、家族も「なんとかなる」という長い目で、見守ってください。特に、痩せすぎる拒食症などの、心の病と言われる症状は、回復に波があるそうです。調子の良いときもあれば、悪いときもあります。その繰り返しで、回復に向かっていきますから、あまり拒食症という症状や痩せすぎた姿に振り回されず、根気よく付き合うようにするといいですね。

拒食症などの、心の病の克服方法は、人それぞれです。ここからは、痩せすぎた拒食症の回復ポイントをみてみましょう。拒食症の家族が、このような態度をとりはじめたら、拒食症が回復してきたサインでもあるようです。

● 素直な気持ちを言うようになる・・・拒食症は、自分の殻に閉じこもる場合が多いため、なかなか思っていることを素直に言ったり、感情を表に表すことをしません。「わたし、痩せてるね」とか「これが食べたい」などと言えるようになったら、一歩前進だそうです。

● 親に、うるさいくらい話をするようになる・・・症状が回復してきている、サインのひとつに「よく喋るようになる」というものがあります。外出先から帰ってくると、そこで起こった出来事を話したくてウズウズする。こうして、会話が増えていくそうです。

● 好きな色や、似合う色が見つかるようになる・・・お化粧なんてしなくていいし、着る服なんてなんでもいい。そんな人が多いのも、拒食症の人の特徴です。家族でショッピングセンターに行って、親と一緒に服を選ぶなどは、良い兆しですね。好きな色の服が着たいというのは、本来の自分が出ている証拠ではないでしょうか。

そして、痩せすぎかな?拒食症かな?と感じたら、セルフチェックをしてみると、いいのではないでしょうか?

次のチェック項目の中で5つ以上当てはまったら、専門家に相談するなどの、行動を起こされることをオススメいたします。

1 よく立ちくらみがする

2 1日に何度も体重計に乗る

3 体重の増減にこだわる

4 周りからはやせていると言われているのに、自分では太っていると思い込んでいる

5 食事のペースが遅い、よく残す

6 食べ物のカロリーをよく知っている

7 ローカロリーのものばかり食べる

8 痩せてきたのに、別になんの病気も見当たらない

9 とても元気に動きまわり、よく運動する

痩せすぎてしまう拒食症など、心の病と言われるものは、宮沢りえや、りえママと同じように、ほんとうに一人ひとり、さまざまなことが絡んでの、発症となります。わたしも経験者として、同じ経験をしていた人、と関わってきた経験からも、同じ症状を出しているから、理由が同じであるとは言えませんが、置かれている環境や、背景は、とても似通っていました。理由などはそれぞれですし、理由探しをして、苦しんでしまう必要もないと、強く思います。

そして、家族の中に、痩せすぎて拒食症となった人がいるからといって、誰が悪いというものではありません。宮沢りえの場合もまた、りえママにだけ問題があったわけでもないでしょう。理由をたどれば、先祖の、またその先祖のやってきたこと・・・というふうに、単純に、受け継いできた生き方が、あっただけですから。ただ、生きている中で、人間の身体に、歪みができるように、家族関係の中でも、不具合は、いつの時代も起きるものです。その調整をするために、身体の歪みであれば、どこかが痛んだり、ずれたりするように、家族の誰かが、ここに歪みがあるよと、信号を発しているのだと、出来る限り、気楽に捉える気持ちも大切です。

そして、家族の中で、娘である宮沢りえが、一家の大黒柱となって働くことで、りえママとの立場が逆転しているところにも、経験者として、わたしは注目してもいいと思います。りえママは親であるから、子供(宮沢りえ)を守るのは当たり前である、子供(宮沢りえ)は守られる存在である、(りえママは)こうであらねばならないという、ある意味、一方通行な社会意識の中で、さまざまな葛藤を抱えて苦しんでいるのは、何も子供である、痩せすぎとなり拒食症を発症した宮沢りえだけではなく、母親である、りえママも同じだったのではないでしょうか?

  • 作者: 東京拒食症センター
  • 出版社/メーカー: データハウス
  • 発売日: 1996/02
  • メディア: 新書


わたし自身、さまざまな社会通念の中で苦しむ、両親を見ながら育ったことで、何かがおかしいと感じ取っていました。そして、痩せすぎてしまう拒食症を含めた、さまざまな症状を出していきました。家族の中で、どのようにバランスをとっていくのかは、それぞれの形です。りえママを経済的に支えることで、宮沢りえは、拒食症を発症しながらも、りえママの心と、宮沢りえ本人の、心のバランスをとっていたとも考えられます。痩せすぎる拒食症も奥が深いものですね。物事はいつも、一筋縄ではいきません。多くの可能性の中で、人は生かされている、そのことに気づかせてくれるものの一つが、宮沢りえや、りえママが経験してきた、さまざまな病や、人生のトラブルであるのかもしれませんね。

人生は変化の連続です、そのことをどうぞ心に留めて、深刻になるのではなく、しなやかに変化の波に乗って生きていければいいですね

最後に、経験者であるからこそ言えますが、周囲が深刻に捉えると、症状を出している本人は、周囲以上に辛くなるものです。痛みに塩を塗ることのないよう、笑顔を交えながら、痩せすぎなどを含めた症状克服に取り組んでいければいいなと、克服するプロセスで、大変塩を塗りこまれたわたしは、笑顔でこれを書き終えたいと思います。

もっと人生に笑いを取り込んで、家族が笑顔でいられる環境が、一番の薬でもありますよ。

宮沢りえも、痩せすぎた拒食症を乗り越えて母親となり、りえママとの関係も、大人となった現在では、変化しているのではないでしょうか。












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