背景と目的 接着焦点(fbcal adhesion,FA)は細胞骨格と細胞外基質を連結し,細胞移動において必須の役割を担っている.移動中の細胞において,細胞の前方ではFAが形成され,後方では崩壊する.これはFAターンオーバーと呼ばれる.多くのFAターンオーバー制御因子の中で,Focal adhesion kinase(FAK)は最もよく調べられている分子のひとつである.FAKはFAに局在し,細胞の生存シグナルとFAターンオーバーの制御に本質的に関わっている.FAKファミリーにはもうひとつの分子,PYK2が存在する.PYK2は細胞内カルシウム濃度([Ca2+]i)上昇によって活性化される.その細胞内局在は主に細胞質であるが,FAや細胞間接触境界にも局在することが知られている.しかしながらPYK2の細胞内局在とその生物学的意義についてはほとんど理解されていない. また,FAは細胞一細胞外基質の接着に加えて,細胞間接着にも関与することが示されており,細胞間接着制御がFAの第二の機能として注目を集めている.しかしながらその分子機構は明らかではない.そこで,本研究ではFAや細胞間接触境界に局在するPYK2の細胞生物学的な機能解析を行い,PYK2のFA一細胞間接着両者のクロストークにおける役割を調べることを目的とした. 実験方法 まず,生理的環境下の細胞において,PYK2のFAにおける局在を経時的に追跡するためのイメージングシステムを構築した(図1).本システムは,FAを微弱な光で観察できる表面反射照明(SRIC)法と,細胞一基質面のみを励起できる全反射蛍光照明(TIRF)法の二つのイメージング法が利用でき,観察中の細胞を生理的環境下(370℃/5%CO2)で長時間観察することが可能である点が大きな特徴である.このようなシステムを構築した理由は,室温空気中で行われる通常のイメージング環境では細胞の運動性が著しく減弱されることと,細胞の移動・接着・反発が時間と共に変化する過程であるため経時的に細胞を観察する必要があること,の二点である. PYK2遺伝子をcDNAライブラリーより取得し,正常型及び欠失型PYK2を作成し,緑色蛍光タンパク質(GFP)配列と連結した.レトロウイルスベクターに組み込んだ後,レトロウイルスを介して各遺伝子をHeLa細胞へ導入した.イメージング実験用に,細胞をポリエチレンイミンとコラーゲンでコートしたガラスボトムディッシュ上で培養した. 実験結果 PYK2の細胞内局在の変化について解析した.タブシガルジン処理により[Ca2+]i上昇を引き起こすと,PYK2-GFPはFAへと移行し,そのFAに蓄積し続け,しばらくするとFAが崩壊し,葉状仮足は細胞中心部へと撤退した.この撤退を誘導するPYK2内のドメインを探索したところ,PYK2のC末端側領域が重要であることがわかった.しかしC末端側領域単独では葉状仮足の撤退を誘導できなかった.GFPをPYK2の反対側に連結した(GFP-PYK2)も同様にFAに移行し,その後FAを崩壊させ,葉状仮足の撤退を誘導した.PYK2のFAへの移行はCa2+依存的で,全長のPYK2がFAへ移行し,FAの崩壊に伴う葉状仮足の撤退を引き起こしていることがわかった. PYK2-GFPを発現する細胞を,今回開発したSRIC-TIRFイメージングシステムを用いて60分間連続的に観察した.PYK2は主に細胞質に存在すると考えられていたが,TIRFを用いたことにより,実際にPYK2は葉状仮足の先端部のFAに局在していることが分かった.これらの細胞は常に激しい運動性を示し,一定の位置に留まることが少なかった.また,PYK2発現細胞は運動性が高いだけでなく,隣接する細胞と安定した接着を形成しないことが分かった.その際PYK2は細胞間接触境界付近のFAに局在していた.これに対し,GFP球びC末端側領域を欠失したPYK2変異体を発現する細胞は運動性が低く,隣接細胞との間に安定した細胞間接触を維持していた.これらは,PYK2のFAへの移行が細胞移動だけでなく細胞間接着の制御にも関与していることを示唆する. PYK2による細胞間接着の制御について統計的な検討を行った.PYK2発現細胞は隣接細胞との間に距離を置く傾向が強く見られたが,GFPあるいはFAに移行できないPYK2変異体を発現する細胞は隣接細胞と明確な細胞間接着を形成した.GFP,PYK2及びPYK2のC末端側欠失変異体を発現する細胞のday4における細胞間距離は,それぞれ平均0.17,1.15,0.02μmであった.このPYK2依存的な細胞間反発は,先述のSRIC及びTRFイメージングの結果と一致する.従って以上よりPYK2は細胞間の反発を促進する因子であることが示唆された。 細胞の接触境界付近の[Ca2+]iをTIRFを用いて測定した.接触境界付近では自発的で局所的な一過性の[Ca2+]i上昇がランダムに発生することが観察された.これをCa2+ライトニングと名づけた.Ca2+ライトニングは接触境界付近でのみ発生しており,境界から離れた細胞の中心部では観察されなかった.Ca2+ライトニングの寿命は短く,その発生から消失までの時間は数秒であった.Ca2+ライトニングはCa2+チャネル阻害薬カドミウム(Cd2+)で完全に抑制された.また,Ca2+ライトニングに加え,細胞全体で上昇するCa2+シグナルも観察された.これは一度上昇し下降するまでに1〜2分間を要する長くゆっくりとした[Ca2+]i変化を示した.細胞は隣接する細胞との接触を感知し,Ca2+ライトニングを発生させることが示唆された. 細胞境界付近におけるCa2+ライトニングの発生と,PYK2を介したCa2+依存的なFAの崩壊が明らかとなった.そこで,Ca2+ライトニングをCd2+によって抑制した際の,PYK2発現細胞の形態を観察した.Cd2+存在下ではPYK2発現細胞は細胞外基質との接着面積を広げ,隣接する細胞との間に明確な細胞間接着を形成した.統計的な解析を行ったところ,ほとんどのPYK2発現細胞は細く尖った突起を介して隣接細胞と接触していたが,Cd2+存在下のPYK2発現細胞のほとんどは大きく広がった葉状仮足を介して隣接細胞と接触しており,両者間で細胞間接触の形態に劇的な差が確認された.さらに,これらの細胞間接触を細胞間接着因子として非常によく知られているカドヘリンの局在を見ることで検証した.PYK2発現細胞において,カドヘリンは細胞膜上で一様に分布していたが,Cd2+存在下のPYK2発現細胞ではカドヘリンは細胞間境界に局在した.これらは,PYK2のFAへの移行は細胞間反発を促進する機能をもち,それにはCa2+流入由来のCa2+ライトニングが関与していることを示唆している. 考察 従来,FAの崩壊は移動中の細胞の後部において機能していると考えられてきた.しかし,以上の結果は,FAの崩壊が細胞間反発にも関与することを示唆している.細胞間接触によりCa2+シグナル(Ca2+ライトニング)が発生する.そして,PYK2はFAへと移行し,FAの崩壊を促進する.これにより,細胞と細胞外基質との接着が外れ,細胞が後退し,結果として細胞間の反発が生じる. PYK2の発現量に依存して細胞間接触が接着あるいは反発へと導かれると考えられる。生体内においてPYK2は中枢神経系に最も多く発現している.神経組織の発生段階において,神経細胞間の接触を介した反発は重要な機能を担っている.また,細胞間接着は必要に応じて離れることがいつくかの組織で確認されている.従って,PYK2による細胞間反発が生体内でも機能していることが暗示される. 細胞間接着は従来考えられていたものよりも動的であり,FAによって調節される接着・反発の平衡状態にあるというモデルが考えられる. 本研究の成果は,PYK2の新規の生物学的機能を明らかにし,FAによる細胞間接着の制御機構の一端を解明した. 図1.SRIC・TIRF(37℃/5%CO2)imaging system |