10月14~18日まで、La Festa Mille Miglia(ラフェスタ ミッレミリア)と言う自動車レースがありました。
ちょっとまえの出来事です。
このレース、今年は原宿をスタートし、裏磐梯を周って3泊4日で横浜元町にもどって来るラリーのクラシックカーレースなんですが、自動車には参加資格があります。
参加資格車:
Aクラス(Vintage) : 1919年1月1日~1930年12月31日までに製造されもの
Bクラス(Post Vintage) : 1931年1月1日~1945年12月31日までに製造されたもの
Cクラス(Post War-Ⅰ) : 1946年1月1日~1951年12月31日までに製造されたもの
Dクラス(Post War-Ⅱ) : 1952年1月1日~1957年12月31日までに製造されたもの
Eクラス(Closed List) : 1958年1月1日~1967年12月31日までに製造されたもの
そして全てがスポーツカーであることです。
元々、このレースはイタリアが本場で、毎年過酷なレースを繰り広げています。
ミッレミリア=1000マイル(約1600キロ)の行程を、様々な競争ステージに分けて戦い抜く過酷なラリーです。
車のカテゴリーに関係なく、競争が成立するように、到着時間は自己申告するピリオドや、主催者側のきめたタイムに一番近い車を勝ちとするピリオドなど、工夫が凝らされています。
日本での開催は、今年が満10周年記念。
今年は127台の車が参戦しました。
出発の14日は土曜日で、原宿に集結した車の写真を撮りにフラダンが出かけて行きました。
実は、我が家の車も参加資格はあります。
しかし1600キロの過酷なラリーを戦い抜くのは大変なこと。
お金も掛かりますし、メカニックのことも心配しなければなりません。
山奥で車が止まった場合、救助の車を呼ぶのに時間が掛かったり、電話が通じなかったりと、ある程度自分たちで修理できないといけなくなります。
それに、特に私達の車に限って言えば、オープンカーので、雨が降ったら大変。
とは言え屋根はあることはあるんですが…。
ボロボロのクラシックカーにとって、1600キロのレースは過酷を極めます。
今は、もう私がナビゲーションをする体力も無いことだし、参加はほぼ無いと思います。
頑丈で、メカニックに詳しい、頼りがいのあるナビゲーターが見つかれば別の話ですが。
という訳で、参加できないフラダンは、雰囲気だけでも味わおうと出かけたのです。
もっとも、参加者の中には2人ほど知り合いが居ました。
一人りは、コッパデコウミというやはりクラシックカーレースで知り合った人。
もう一人は、ウチの車の修理をお願いしているガレージのオーナーです。
彼はナビとして参加。それこそ私達が探している頑丈でメカに詳しいナビです。
そして撮った写真をROMに焼いて二人に送ってあげたら、名古屋から参加していたコッパのお友達は、名物の栗きんとんを送ってきてくれました。
それが口絵の写真になります。
そうそう彼のように地方から参加している人は、地元から東京までの行程も考えなきゃいけませんね。
えらいな~。
参加者の中には有名人もちらほら。
これはパンチェッタ・ジローラもさんの車。
さすがイタリアのお祭りに起源があるからですかね。
これは近藤マッチの車。
これは堺正彰さんの車。
彼は、私たちがイタリアのミッレミリアを観戦に行った時、初めてテレビの取材で参加していました。
その時が、彼がミッレミリアに参加した最初ではなかったかと思います。
それ以来本場のイタリアのレースに何度も参加し、すっかり魅せられちゃったのではないでしょうか?
彼は古参の一人です。
これは、東儀 秀樹さんの車。
彼には「追っかけ」がすごくいたそうです。
皆さんご年配の女性。
黄色い声で「と~ぎさ~ん(ハート)!!」叫んでいたとか。
実はこのレースのゴールは平日。
なのにも拘らず、フラダンは会社の帰りに少し早引けしてゴールを見に行ったのです。
東儀 秀樹さんの追っかけはゴールでも物凄かったそうで、もしかしたらずっと追っかけて居たのかもしれないと言っていました。
この手のレースは、閉会式はフォーマルに決めるのが通例で、100台を越える車のドライバーとナビが着替える場所が必要になってきます。
横浜の元町商店街は場所も提供しているそうで、街を挙げての応援になっているようです。
ご想像のとおり、東儀さんの着替えているブティックでは、店前には出待ちのファンが…。
東儀 秀樹おそるべし!!
しかし、フラダンがゴールで会った、知り合いのメカニックさん、着替えもせずに中華街の大きな肉まんをほおばっていたとか。
お腹、空いたんでしょうね。
そしてその後、「これなんだよ、これ。参ったな」とフラダンに、首の前で蝶ネクタイの形を作って見せ、困っていたとか。
そんな柄じゃないというところでしょうか?
海外のクラシックカーの祭典は、それは華やかで、その辺歩いている人もカッコいいんですよね。
着飾っている人も、クラシックカーの時代を反映したスタイルだったり、普通のパンツスーツでもちょっと垢抜けしたりして、とても自動車レースに来ているカッコとは思えない女性がいっぱい。
しかもそれだけの財力もあるとなれば、ある程度の年齢。
そんなんで、そういう場所に足しげく通った私は何となく恥ずかしい気分に何時もなっていました。
フランスでは歳をとった女性のパワーが凄い。
いわゆる日本「おばちゃんパワー」じゃなくて、綺麗と言うことです。
迫力もある。
アレを見ると、私も早く年を取りたいと思うのでありますが、日本ではオバサンはオバサン。
残念ながら、大人の女性が評価される場はありません。
どうせ、カーレースを輸入するんだったら、その辺の文化も輸入して欲しいんだけどな~。
参加資格車:
Aクラス(Vintage) : 1919年1月1日~1930年12月31日までに製造されもの
Bクラス(Post Vintage) : 1931年1月1日~1945年12月31日までに製造されたもの
Cクラス(Post War-Ⅰ) : 1946年1月1日~1951年12月31日までに製造されたもの
Dクラス(Post War-Ⅱ) : 1952年1月1日~1957年12月31日までに製造されたもの
Eクラス(Closed List) : 1958年1月1日~1967年12月31日までに製造されたもの
そして全てがスポーツカーであることです。
元々、このレースはイタリアが本場で、毎年過酷なレースを繰り広げています。
ミッレミリア=1000マイル(約1600キロ)の行程を、様々な競争ステージに分けて戦い抜く過酷なラリーです。
車のカテゴリーに関係なく、競争が成立するように、到着時間は自己申告するピリオドや、主催者側のきめたタイムに一番近い車を勝ちとするピリオドなど、工夫が凝らされています。
日本での開催は、今年が満10周年記念。
今年は127台の車が参戦しました。
出発の14日は土曜日で、原宿に集結した車の写真を撮りにフラダンが出かけて行きました。
実は、我が家の車も参加資格はあります。
しかし1600キロの過酷なラリーを戦い抜くのは大変なこと。
お金も掛かりますし、メカニックのことも心配しなければなりません。
山奥で車が止まった場合、救助の車を呼ぶのに時間が掛かったり、電話が通じなかったりと、ある程度自分たちで修理できないといけなくなります。
それに、特に私達の車に限って言えば、オープンカーので、雨が降ったら大変。
とは言え屋根はあることはあるんですが…。
ボロボロのクラシックカーにとって、1600キロのレースは過酷を極めます。
今は、もう私がナビゲーションをする体力も無いことだし、参加はほぼ無いと思います。
頑丈で、メカニックに詳しい、頼りがいのあるナビゲーターが見つかれば別の話ですが。
という訳で、参加できないフラダンは、雰囲気だけでも味わおうと出かけたのです。
もっとも、参加者の中には2人ほど知り合いが居ました。
一人りは、コッパデコウミというやはりクラシックカーレースで知り合った人。
もう一人は、ウチの車の修理をお願いしているガレージのオーナーです。
彼はナビとして参加。それこそ私達が探している頑丈でメカに詳しいナビです。
そして撮った写真をROMに焼いて二人に送ってあげたら、名古屋から参加していたコッパのお友達は、名物の栗きんとんを送ってきてくれました。
それが口絵の写真になります。
そうそう彼のように地方から参加している人は、地元から東京までの行程も考えなきゃいけませんね。
えらいな~。
参加者の中には有名人もちらほら。
これはパンチェッタ・ジローラもさんの車。
さすがイタリアのお祭りに起源があるからですかね。
これは近藤マッチの車。
これは堺正彰さんの車。
彼は、私たちがイタリアのミッレミリアを観戦に行った時、初めてテレビの取材で参加していました。
その時が、彼がミッレミリアに参加した最初ではなかったかと思います。
それ以来本場のイタリアのレースに何度も参加し、すっかり魅せられちゃったのではないでしょうか?
彼は古参の一人です。
これは、東儀 秀樹さんの車。
彼には「追っかけ」がすごくいたそうです。
皆さんご年配の女性。
黄色い声で「と~ぎさ~ん(ハート)!!」叫んでいたとか。
実はこのレースのゴールは平日。
なのにも拘らず、フラダンは会社の帰りに少し早引けしてゴールを見に行ったのです。
東儀 秀樹さんの追っかけはゴールでも物凄かったそうで、もしかしたらずっと追っかけて居たのかもしれないと言っていました。
この手のレースは、閉会式はフォーマルに決めるのが通例で、100台を越える車のドライバーとナビが着替える場所が必要になってきます。
横浜の元町商店街は場所も提供しているそうで、街を挙げての応援になっているようです。
ご想像のとおり、東儀さんの着替えているブティックでは、店前には出待ちのファンが…。
東儀 秀樹おそるべし!!
しかし、フラダンがゴールで会った、知り合いのメカニックさん、着替えもせずに中華街の大きな肉まんをほおばっていたとか。
お腹、空いたんでしょうね。
そしてその後、「これなんだよ、これ。参ったな」とフラダンに、首の前で蝶ネクタイの形を作って見せ、困っていたとか。
そんな柄じゃないというところでしょうか?
海外のクラシックカーの祭典は、それは華やかで、その辺歩いている人もカッコいいんですよね。
着飾っている人も、クラシックカーの時代を反映したスタイルだったり、普通のパンツスーツでもちょっと垢抜けしたりして、とても自動車レースに来ているカッコとは思えない女性がいっぱい。
しかもそれだけの財力もあるとなれば、ある程度の年齢。
そんなんで、そういう場所に足しげく通った私は何となく恥ずかしい気分に何時もなっていました。
フランスでは歳をとった女性のパワーが凄い。
いわゆる日本「おばちゃんパワー」じゃなくて、綺麗と言うことです。
迫力もある。
アレを見ると、私も早く年を取りたいと思うのでありますが、日本ではオバサンはオバサン。
残念ながら、大人の女性が評価される場はありません。
どうせ、カーレースを輸入するんだったら、その辺の文化も輸入して欲しいんだけどな~。
クラシックカーがなんでこんなにあるんだろう?って(苦笑)
堺さんの車、素敵♪
おいくらぐらいするのかと
下世話な方向に考えてしまうわ~(笑)
知人でパリダカに出た人がいますが~
(女性ですぅ 凄いの!)
本場のミッレミリアは1600キロを
イタリア国内だけで走るの???
記事のレースとは関係ないですが、
親しい友人が車で一人旅に出るというので
思わず、「私も行きたいっ」とメール
でお願いしました~(笑)
思いつくままに自由に
長旅がしたいガブリーヌですぅ