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バラは古代サンスクリット語の文書にその記述がみられるように最古の香水の原料といえる。ホメロスは、ヘクトルの屍にアフロディーテがローズオイルを塗った話を著しているが、この時代のローズオイルは水蒸気蒸留によって作られたものではなく熱したオリーブオイルに混ぜて作っていたようである。

それではいつごろから現代の製法に近いものができたのかというと、ずっとのちの時代、
17世紀初頭にムガール帝国の王、ジャハンギールが宮殿の庭の小川にローズウオーターを撒いて庭全体に立ち込めるバラの香りに酔ったことが伝えられているが、この時、この王が作らせた製法が蒸留法であったとされている。

オスマントルコによってブルガリアに根付いたダマスクローズが、トルコ最大の生産地であるウスパルタにもたらされたのは、19世紀後半、ブルガリアからの移民によってである。
そしてバラを愛するがゆえにムガール帝国から学んだトルコ人、Efendiが製法の原型を開発したのが今日に至っている。

いずれにせよ、人類の歴史でバラほど詩や歌曲に謳われ、人々を魅了してきた花はない。
「たかがバラ、されどバラ」である。

ある日の夕刻、玄関のチャイムがなった。ドアを開けてみると同じアパートに住むDさんが立っている。「これ食べなさいよ。」と言って彼女のつくったトルコの家庭料理を差し入れしてくれた。お礼を言うと「いいですよ、何か必要なものがあったら買い物もしてきてあげるから。一緒に行ってもいいわよ。」と言ってくれる。

その数日後、5mほど離れた隣のアパートの窓から何やら声がする。見上げてみると、朝起きてカーテンを開けるときよく顔を合わす奥さん、名前も知らない。一生懸命に何か言っている。ところが残念ながら私にはチンプンカンプン。首をかしげていると奥に入って何やらお皿にのったものを持ってきた。それを差し出し、右手に持ったフォークで食べる真似、よくわかりました。「食べなさい。」と言っているのですね?ということで、遠慮もなく頂戴することに。ところが開けてみると量が多い、私ひとりでは、とても食べきれるものではない。そこで例のカプジに声をかけた。彼とのコミュニケーションはもっぱらジェスチャー、でも楽しい夕餉であった。

ここではアパートにカプジと呼ばれる管理人がいる。日常のメンテナンスや保安が言うまでもなく彼の仕事ではあるのだが・・・朝一番から清掃、夕方にはゴミの回収と庭の水撒き、雨の少ない土地柄、水を始終やらないと庭の木々や芝生はすぐに枯れてしまう。来客のゲートの開閉も彼の仕事、結構忙しい。それに加えてビックリしたのは、「買い物はありませんか?」と毎日、尋ねてくる。日常のパンや飲料、果物、野菜といった簡単なものなら何でも買ってきてくれる。
管理人室でTVを見ながら、或いは新聞を読みながら、宅配便の受け取りが精々の我が国の管理人さんとは大違いである。

以前、イスタンブールを代表する観光地、スルタンアフメットから流しのタクシーに乗った。「日本人ですか?中国人?」、「イスタンブールは好きですか?」、「トラフィックが問題です。東京もこんなですか?」とやたら話しかけてくる、愛想もいい。目的地のタクシムに着いて料金を払おうとしたが、メーターに陽の光が反射してよく見えない。「いくらですか?」と訊ねると「35リラです。」と言う。20リラ札2枚を出したのだが、お釣りをくれる様子がない。身振り手振りで「釣りをよこせ。」と催促すること数分間、ようやく5リラを返してくれた。その夜、トルコ人の友人と食事をした席で5リラの苦労話をすると、「やられたね?その距離だったら多くて25リラだよ。」と一笑にふされた。完全な負けである。

アンタリヤからウスパルタへ130kmの距離を日本からの来客と3人でタクシーで移動したときのこと。「我々は喉が渇いている。どこかで水を買いたい。」とたどたどしいトルコ語で運転手に。途中でコンビニを見つけて彼自らが買いに行ってくれた。「いくらですか?」と聞いても「いいです、いいです。」と受け取る様子もない。おかげで喉の渇きを癒し、無事目的地に到着した。
翌朝のホテルでの朝食時、友人が「どうも昨日のタクシーにUSBを落としたらしい。」という。ところがその日の用事を済ませ夕刻ホテルに帰りつくと、フロントの人が「これはあなたのでしょう?」と言って、件のUSBを友人に差し出した。彼が、てっきりホテルの中でなくしていたのかと思いきや、昨日の60歳前後と思われる運転手が届けてくれたのだという。「名前や電話番号は分かりますか?」と聞くがフロントの係員はただ受け取っただけだという。「もし今日もアンタリヤからの乗客があったとしても親切すぎる。お礼を何とか言わなくては・・」という彼。
その翌日、アンタリヤ空港のタクシー乗り場で、その運転手を探し回ったが残念なことに見つけることはできなかった。我々は、「ありがとう」の気持ちを残し、次の目的地シュトッツガルトへ飛び立った。

この時期の日没は午後9時半ごろ、10時ごろまで近所の公園から聞こえてくる子供たちの楽しそうな声が絶えることはない。今年の夏休みは6月9日から始まった。約3か月間の長い休暇である。

この国の面積は日本の約2倍、人口は日本の60%程度、平均年齢は27歳前後と聞く。若い人たちの主な就労先のひとつには農業と、これまた頼もしい。70%の食料を輸入に頼る我が国とは大違いである。

この国の将来は、間違いなくあかるい。

その日の夜は近所で「ケバブがうまい。」と評判の店に行った。テーブルの上に出されたメニューを見ても、解るのはケバブということばだけ。私は好き嫌いが多くチキンもラムもダメ、この国のレストランにはポークはない。とりあえず何か頼もうとメニューの写真を見ながら迷っていると、Can I help you? と天のお助けのような声、声の方向をみるとやはり中学生と思しき男の子が蝶ネクタイをして立っている。この子のおかげで無事に牛肉を選ぶことができた。

食事をしながら聞いてみると、その子は店のオーナーの息子とか。学校から帰ってくるなり、店の準備にとりかかる、夜10時ごろまではウエイターとして働く。受験勉強を一生懸命にして、いい学校に行って、いい会社に就職する、いい仕事に就く、というのは一つの人生の出発の形、小さいころ多くのいろんな人たちと接触し、体と感性で学びとるのもひとつの形。徒弟制度の名残りを垣間見た。

ある日の夕刻、夕食をとろうと近所の食堂に向かって歩いていると3,4人の女の子が駆け寄ってきた。「何事か?」と思いきや、言葉も解らない私に「ねぇ、おじさん、どこから来たの?名前は何ていうの?」と一生懸命に聞いてくる。聞き覚えの僅かなトルコ語、英語そしてジェスチャーを交えての会話、何とかコミュニケーションをはかることができた。

別れ際、「これ、私たちからのプレゼント。」と言って一輪のバラの花を差し出してくれた。そして「また会おうね。」と言ってくれる。屈託のない明るい笑顔、どこかの国の白けきった子供たちとは大違い、感動と同時に仄々とした気分を味あわせてくれた。今では夕刻に顔を合わすたびに「イイアクシャムラル」とどちらからとも声を掛け合う友達である。

バラを栽培する農家では、日の出前の朝4~5時という時間から摘み取りを始める。
今回、出会ったフセインさん一家では二人の娘さんと奥さんの四人で仕事に励んでいた。

こうして各農家で摘み取られたバラの花は、その日の午前中に工場に運ばれ蒸留釜に入れられる。長時間放置すると香油(精油)成分が抜けてしまうそうだ。エッセンシャルオイルの女王と呼ばれるローズオイルは、3,500~4,000KGの花びらからわずか1KGしかとれないという。

こうして生まれたローズオイルは、肌の抗菌、殺菌効果はもちろん保湿性にも優れ、アロマ効果も非常に高く、インドのアーユルヴェーダにもその効能はうたわれている。

因みに、6月の誕生花はバラ、ダマスクローズは6月4日の誕生日花である。

ダマスクという品種名は言うまでもなくシリアの首都ダマスカスに由来している。

オスマン帝国がシリアを領土に併合したのが15世紀ごろ、ブルガリア帝国を滅ぼし、併合したのが14世紀末。シリアが原産であったこの品種を、その頃持ち帰り、栽培に相応しい現在のブルガリアに根付かせたものと想像している。どこかの化粧品屋さんが十字軍が16世紀に持ち帰ったとのストーリーを創られているが、最後の第9回十字軍は13世紀のことなので、これはまったくの間違いであろう。

それじゃ、オスマントルコが持ち帰ったダマスクローズは現在のトルコではどこで栽培されているのかというと、トルコ最大のリゾート地、アンタリヤから内陸に向かって130KMにあるウスパルタという町である。最大の生産者の規模は、傘下に8,700のバラ農園、この農園を全部囲うとその延長線は100KMにも及ぶという巨大なものである。

ここでは、ソフィアから車で2時間半にある、バルカン山脈を背にした通称「バラの谷」と呼ばれる地域との共通点を見つけた。6月初旬というのに山頂部には残雪がチラホラ、なだらかな斜面には豊かな陽光が降り注ぐ。おそらく寒暖差も大きいのであろう。この陽光と雪解け水がこの地のバラを育む。

6月の初旬、朝7時40分発のトルコ航空機に乗ってソフィアに向けて飛び立った。
驚いたことに機内は日本のオバサン(いや、失礼)ばっかり、「いったい何事か?」と。
近くの席に座っていた関西弁のご婦人に尋ねる。「今朝、大阪からイスタンブールに到着して、そのまま乗り継いでブルガリアのローズフェスティバルを見に行きますねん。」と仰る。

そういえば以前イスタンブールの空港の本屋で買ったOTTOMAN PAINTINGという本にオスマン帝国のスルタンがバラの芳香を楽しんでいる絵が数点載っていたのを思い出した。なのに、日本ではよく「ブルガリアン・ローズ」という言葉を耳にはするが「ターキッシュ・ローズ」という言葉は聞いたことがない。なぜ?

ブルガリアン・ローズと通常呼ばれているのはダマスク・ローズという品種である。文献によれば、紀元前5,4世紀ごろからその存在が知られていたようであり、かのクレオパトラも、その花弁を敷き詰め彼女の褥にしていたようである。

ただし人類の歴史の中で、多くの人々に愛されてきたバラではあるが、なにも中近東原種のものばかりとは限らない。欧州原種、中国原種、北米原種そして日本原種のものなど、それこそ色とりどりである。ルネッサンス期のボッティチェリの名画「ヴィーナスの誕生」では、ヴィーナスが天使からバラの花びらで祝福を受けている姿が描かれている。