ウェブブラウザのJavaScript(ジャバスクリプト)の設定が無効になっています。Javascriptが無効になっていると、サイト内の一部機能がご利用いただけません。 【クロ月】ダイエットに励む月島の話2015年5月30日 23:42それはいつもと変わらぬ夜、のはずだった。「んっ…黒尾さ…」「うん、蛍…顏見せて…」「うー…」「かーわいい…」二人ベッドの上、裸になり、行われる愛撫。黒尾の手が月島の白い肌を撫でる。ふと、手が腹部で止まる。そして、指先が肉を軽く摘んだ。「蛍さ、最近肉付いてきたよな」「え…」「ほら、この辺とか。ぷにぷにしてて可愛い」「っ…!!」「わっ!?」ドン、と、月島は黒尾を突き飛ばす。月島はそのまま布団を頭まで被り、黒尾を拒絶した。「蛍?けーいー」「………」「何拗ねてんの」「うるさいデス」「えー多少肉ある方が可愛いだろー?」「それは女の話デショ」「女に限らないって」「………」「…ごめん」「……別に…」謝られると、余計に腹が立った。ショックだった。確かに上京してからバレーはやめて、運動とは程遠い生活を送っている。筋肉が落ちたかもしれない、程度には思っていた。だけど太ったとは思っていなかった。ましてそれを黒尾に指摘されるなどと。かつて黒尾は言った。『蛍の体、ちゃんと筋肉付いてるのに線が細くて綺麗だ』その言葉がとても嬉しくて、そして幸せそうに抱き締めてくる黒尾の瞳も忘れられない。ああ、このままこの生活を続けていてはいけない。そう思った。だって、このままの体型じゃ嫌われる。そんなの嫌だ…絶対に、嫌だ…。その日から月島の生活は変わった。黒尾に見られないところで筋トレとランニングに励んだ。バイトの帰りはわざと遠回りしてウォーキングをした。痩せなきゃ、痩せなきゃ…。その思いは食欲にまで影響し始めた。「……すみません、もう、いいです」「また?最近あんま食ってないな、大丈夫か?」「大丈夫です。ちょっと早い夏バテかな…あんまり食欲無いんです」「そう、か…水分はちゃんと取れよ」「ハイ」その後も、月島の食欲が戻ることはなかった。体重は順調に減っていった。筋肉が落ちたのに以前と変わらない体重だった、ということは、肉がついた、ということだった。だから、体重を落とさなければいけない。そればかりに意識を奪われていった。「…蛍、また食わないのか?」「すみません…」「もっと食えよ、体壊すぞ」「でも…」「少しでもさ、食えるだけ食えよ」食べたら太る。それが怖い。体重が増えるのが怖い。ほんの数百グラムでも、怖かった。体重が増えたら嫌われる。でも、今目の前に居る黒尾は少しばかり怒っている様にも感じる。食べないと、嫌われる…?月島は、泣きそうになりながら箸を動かした。少しのおかずを食べ、米を噛み、飲み込んだ。途端、込み上げてくる不安と恐怖。これだけで一体どれだけ太るのだろう。走る量を増やすべきか。筋トレは足りているか。太ったらどうしよう、どうしよう、どうしよう…。「う、っ…」「蛍?」「すみ、ませっ…」月島は、右手で口元を抑えて席を立った。向かった先は、トイレだった。「うえ゛っ…げほっ、おえぇっ…」「蛍っ!!」「っえ…げ、ごぼっ…」びたびたと便器に落ちていくのはたった今飲み込んだ夕飯の残骸。黒尾は慌てて月島の後ろに座り、背を摩った。「大丈夫か?」「す、…ませ……ぅええっ…」「いいから…俺も、無理やり食わせて悪かった…」胃液すら出なくなる程吐いた月島は、ぐったりとトイレの壁にもたれかかる。黒尾はタオルと水を差し出した。「ありがと…ございます…」「蛍さ、ほんと最近どうした?」「……なんでもないです…バテ気味なのと、バイト、忙しくて…疲れちゃって」「そう、か…俺に出来ることがあったら言えよ。疲れてるならマッサージとか、あとこれなら食えるってものあったら言って」「ハイ…すみません…」黒尾にダイエットしていることはバレたくなかった。だから、食事を戻し、それを目撃されたのは最悪だった。もし気付かれたら…呆れられて…捨てられるのでは。そんな思いでいっぱいだった。月島はまだ黒尾が寝ている、太陽が登りかけた頃の早朝ランニングも始めた。そのまま帰ってきてシャワーを浴び、朝食は抜いていた。そして、あの日以来月島は黒尾に気付かれない様に度々嘔吐していた。食事というものを受け付けなくなっていた。大学でも昼食は殆ど摂らない。どうしても付き合いで食べなきゃいけないときは全て戻した。黒尾と共に食べる夕飯はなんとか量を少なくしてごまかしていたが、黒尾がバイトで遅くなる日はごめんなさい、と心で呟いて用意してある食事をバレないように捨てていた。そして今日も、ダイエットに励む。しかし順調なダイエットはそう続かなかった。体重が落ちない。筋肉が付いたのだから体重は多少増えるのは当然だ。だが、今の月島にそんな理屈は通用しなかった。体重が落ちない。増えた。それは許されないことで、月島は目眩を覚えた。(黒尾さんが帰ってくるまで約一時間半…)今日のメニューは全てこなしたし、夕飯も処分した。だが、追加で少し走ろう。黒尾が帰ってくるまでに走って、帰ってきて、シャワーを浴びよう。月島は焦燥感に駆られながら家を出た。「ただいまー…ってあれ、蛍?いねえの?」帰宅した黒尾。居る筈の月島が、居ない。「何処行ったんだ…?」スマホを見るも、特に連絡は入っていない。台所を見れば空になった皿が水に浸してあった。黒尾はいつも違和感を覚えていた。バイトで遅くなるときに用意していく食事は、いつも月島が限界まで食べている量より多い。それが全てなくなっている。もしかして、吐いている…?なんて思っていた時だった。玄関の開く音がした。「蛍?」「ハァっ…はっ…っ、んっ…」「蛍!どうした!?」「すみませ……めま、い…」「目眩?とりあえず横になれ」黒尾は月島を抱きかかえる。驚いた。月島はこんなに軽かったろうか。いや、そんな筈は無い。この身長で、この歳の男性が、こんなに軽くていい筈がない…。「ここでいいか?」「すみ…ま…っ」リビングのソファに寝かせると、月島は苦しそうにはぁはぁと息をする。酷い脂汗で、顔面は蒼白としていた。「ほんとどうした…?とりあえず上着脱がせるぞ」月島の着ていたパーカーを脱がせると、露になる体にまた驚いた。細い。いくらなんでも、細すぎる。黒尾が全力で掴んだら折れてしまいそうな腕。以前は丁度よかっただろうにいまやゆるゆるのTシャツ。なんで、こんなことに…。「蛍、痩せすぎ…病院行こ、なんか病気だったらヤバいってこれ…今もキツそうだし、」「だい、じょうぶ、です…」「大丈夫じゃないだろ?こんな…」こんなに細くて、弱ってて、それで大丈夫だなんて。「ちょっと気分転換に…走ってたら…途中で目眩して、帰れなくなっちゃって…すみません…」「走っ…こんな痩せてて、体調もよくないのに走ったら目眩もするに決まってるだろ!?」「すみません…」「違う、謝って欲しいんじゃなくて…」どうしてこんなことになっているのか。それが知りたいだけなのに、目の前に居る月島はただ痛々しくて。「…水、飲めるか」「ハイ………っ、」「蛍?」コップ一杯の水を差し出すと受け取って少しばかり口にする月島だが、次の瞬間には口元を手で覆った。「…っく…」「ん?」「は、く…」「ちょっ…!待て、待てよ……ほら!」黒尾は慌ててゴミ箱を差し出す。すれば月島は顔を埋めて、吐いた。「ぅぐっ…え゛っ…げほっ…」何度か吐いた月島は苦しそうに息をして、またぐったりとソファに埋まる。だが、黒尾は気付いてしまった。吐瀉物の中に、固形物が無いことに。「…蛍」「……は、ぁ…」「ねえ蛍、ご飯食べてないの?」「え……」「もしかしてずっとそうだった?俺が用意したご飯、今までずっと食べてなかったの?」黒尾はつとめて優しく、子供をあやすように月島の体を撫でながら問う。しかし月島の呼吸は荒くなるばかりで。「蛍、落ち着いて。怒ってないよ、だから教えて。なんで、食べなかったの?」「だって…」バレた。おしまいだ。嫌われる。嫌われる…。「きら、われる…」「ん?」「だって、僕太ったって…黒尾さっ…細い僕が好きって、言ったからっ…嫌いになる……」黒尾に衝撃が走った。ある日軽い気持ちで言った言葉が、こんなになる程月島を追い詰めていたなんて…。「馬鹿…そんなことで嫌いになんかなるわけないだろ…」「でもっ…」「それより、蛍が無茶して体壊す方が、辛い…」「黒尾さん…?」ぽろり、気付けば黒尾は涙を流していた。「ごめん…ごめんな…傷付けてごめん、気付けなくてごめん…」「ちがっ…悪いのは僕で…」「ううん、俺だよ…」黒尾は慌てて体を起こす月島を静止し、抱き締める。細い。ああ、そういえば暫く抱き締めることさえしていなかった…。「本当にごめん……」「黒尾さん…」月島も、黒尾を抱き締めた。その腕は細く弱々しく、更に涙が出た。「蛍、もう無理なダイエットはやめよう。ランニングとか筋トレは俺と一緒にやろう。飯も一緒に考えて、少しずつまた食べれる様になろ」「…ハイ」嫌われる、なんてことはなかった。杞憂だった。それで黒尾を泣かせてしまったことに、心が痛んだ。優しい黒尾の言葉に頷いた月島は、久しぶりに笑っていた。「ごちそうさまでした」「ん、偉いな。ごちそうさま」月島の食事量は一度には戻らなかったが、徐々に食べれるようになってきた。黒尾は月島の食欲に合わせ、作る量を調節。二人で低カロリー且つ栄養のある献立を考えた。無理の無い程度の筋トレにランニング。そうして、月島は高校現役時代と同じくらいの体型を取り戻したのだった。「やった…!黒尾さん!体重!」「おー!やったな蛍、よく頑張った!」「黒尾さんのお陰です」「蛍の努力の賜物だよ」二人は微笑み合い、そして、どちらからともなくキスをした。「蛍、頑張ったご褒美にショートケーキ食べよう」「でも…」「その分、今日は筋トレ少し足そう」「はい!」目の前で嬉しそうにショートケーキを食べる月島。少し前だったら想像も出来なかった姿。回復してくれて本当によかった。心からそう思う。「ありのままの蛍を愛してるよ」今はまだその言葉を真っ直ぐ受け止めてはくれないだろうけど、それだけは本当だ。どんな月島でも愛している。だからどうか、もう一人で傷付かないで。追い詰めないで。「俺がずっと一緒に居るから」「ハイ」その幸せそうな笑顔を、ずっと守りたいから。ありのままの僕を愛してくれる貴方へ。ありがとう。