雪組公演が終わると毎回雪組ロスで切ないロン毛と言えば霧里です。
こんばんは。
皆さんも雪組ロスしてますか?
切ないですね。
今日のブログもエステの話は一切しません。
長くて霧里がひたすらきもいです。
さて、冬です。
季節ごとに、ふと聴いてしまう音楽ってありませんか?
ネバアランドでモデルをしていた雪さんがかつて、夏はロックとパンクしか聴かない、とツイートしていらしたのを真似して、霧里も夏はロックやパンクを聴くことが多いです。
特に暑くなってくるともう、THE BULLET CABARETの「lightning」なんかは聴かないとソワソワしちゃってダメです。
THE MODSもいいですね。夏ですね。
ジャパハリネットもつい夏に聴いてしまいますね。
そんな霧里はオールウェイズアーリーサマー!と称して、暖かくなってくるとすぐにRoboshop Maniaを聴いてしまいます。
そうやって、季節ごとにふと聴いてしまう音楽が、何かしら皆さんあったりするのではないでしょうか。
で、そう。
冬です。
今日は霧里が冬に聴く音楽の話。
ジョン・レノン スーパー・ライブがあった頃は11月の終わりからたいていいつも東京ビートルズか、セレクトしてもらったジョン・レノンBESTを聴く生活でしたが、ここ数年はそれもなく…。
年末はたいていPatti Pageを聴いています。
(2016年は11月終わりから12月が東京で雪組公演中だった為、お芝居の年代的にマッチするConnie FrancisとThe Puppini Sistersばかり聴いていましたが…)
年が明けて、1月2月に霧里が聴く音楽と言えば。
中村一義氏と毛皮のマリーズ。
霧里は東京湾にほど近い高校へ通っていました。
高校の前を流れる運河に架かる橋からはレインボーブリッジが見え、校舎からは東京タワーが見えました。
高校から隅田川をはさんで建っている聖路加タワーに登れば、お台場と葛西の観覧車を一度に見ることが出来ました。
築地や銀座からも近く、高校は埋立地の上にあったので整備されて不自然なくらい静かな道なのに、少し行けば路地裏で小学生が遊び「おう、坊主!気をつけろよー!」なんて言葉がリアルに聞こえてくる下町というとても不思議な場所へ三年間欠かすことなく通っていました。
(霧里が高校を休んだのはデビュー前の関西じゃにーずじゅにあの松竹座コンサートの日だけで、あとは早退を一度だけでした。)
中村一義氏のアルバム「ERA」が発売されたのは2000年9月のことだそうです。
不思議と、このアルバムは霧里の中で冬のイメージです。
朝のホームルームは8時半からだというのに、霧里は毎日7時過ぎには学校に着いていました。
毎朝、レインボーブリッジを見つめながら、高校へと向かう橋を歩いていました。
ちょうど、その橋に差し掛かるころに「ERA」の最後の曲、「素晴らしき世界」が流れてくるとそれはそれは、何かに仕組まれているかのような、余りにもピッタリ過ぎる情景で、はぁと思わず口からこぼれるため息が白かったことを今でも覚えています。
アルバムでいうと、「ERA」は中村一義氏にとって三枚目。
一枚目の「金字塔」、二枚目の「太陽」はマーキュリー・ミュージックエンタテインメントからの発売ですが、この「ERA」発売前に東芝EMIと契約を結んでおり前二作とはレコード会社が異なっています。
だからなのか、は分かりませんが聴き比べると前二作とは何かが明らかに違う。
当時の音楽雑誌だかなにかで、なんかもうとにかく渾身の!!!作品!!!!!みたいなことを中村一義氏が語っていたなぁ、と記憶しています。
この「ERA」発売当時、中村一義氏は25歳。
なんだかな、もう!って思いますよね。
はー、天才か。
話はちょっと逸れますが、中村一義氏は東京都江戸川区出身。
「金字塔」「太陽」と、なんとなく、こう、霧里は勝手に東東京の空気を感じています。
わりと本気で高校に入るまで、東京の片田舎で生まれ育ったと思っていた霧里は、都立高でありながら全学区から受験可能で、様々な地域出身の生徒が集まる高校に入学して、いろんなことがカルチャーショックでした。
(当時、都立高はまだ学区制がありました)
いやぁ、だって、八丈島出身で親元を離れて一人で23区内に下宿してうちの高校に通ってる先輩とかいましたからね。
まじか…!ってなりました。
霧里が生まれ育った場所が幾らギリギリ江戸じゃないとはいえ、片田舎とか言ってたらもしかしてあかんやつ…?と初めて気付きます。
あと、東京湾は意外と近い。
23区の西側で生まれ育った霧里にとって、未だに23区の東側って、なんか、こう、遠いところのイメージがあるし、いまひとつどういう情景があるのか掴めていない感じ。
そんな霧里が中学生の頃に初めて触れた東東京の文化が中村一義氏だった、みたいなアレです。
いや、別に本当に霧里が勝手にそう思ってるだけなんですけど。
デビューすぐから中村一義氏の曲は聴いてたんですけど、だから、なんか、東東京から東京ど真ん中に来たね!みたいな感じでした。
うまく言えないけど…うん。
あと、東京湾周辺とかってすごく不思議で。
先にも書きましたけど、埋立地の手前ギリギリはなんか超下町なんですよ。
でもちょっと行くと銀座とかあるの。超都会。
そんで、いわゆるキャナルエリアみたいならへんはどんどんタワーマンションとか建っててなんかすごい開発が進んでるし。
でも、埋立地の方歩いて行くと良くわかんない工場っぽいすごいおっきい建物とか倉庫とかあって。
だけど、また少し行けば何にもない草地が広がってて、そこをショベルカーとかが走ってて、もうなんか開拓感しかない。
運河とか水門とかに囲まれてそういうのがいっぱいあって。
霧里はそういうのが物凄く東京っぽくない東京っぽさ、みたいに思っててすっごい好き。
だから、高校へ向かう道すがら良く聴いていた「ERA」はもう、完全に東京が詰まったアルバムです。
さて。
冬に聴く音楽といえば。
毛皮のマリーズ「ティン・パン・アレイ」
ていうか、そもそも、霧里が毛皮のマリーズに出逢ったのが2008年12月21日なので。
なんかもう、わりと全体的に冬といえば、みたいな。
「ティン・パン・アレイ」出た頃に某2のちゃんねるで、「欲望」の冒頭がStrawberry Switchbladeのパクリとか知ったようなこと書いている人がいたんですけど。
霧里、実はStrawberry Switchblade好きなもんで。
「ふたりのイエスタディ (Since Yeserday)」のイントロはシベリウスの「交響曲 第5番」のファンファーレを使ってるの知ってるもんで、某2のちゃんねる見ながら「うーわー!はずかぴいね!!」とか思ってたタイプです。ええ。
そして更に気持ちの悪い古参ファンっぽい発言をすると、「欲望」といえば、2009年に志磨遼平氏が描いた漫画のタイトルだからね!!!
霧里、これめっちゃ好きで、なんかの雑誌?冊子??に掲載されててサイン入ってるやつ持ってるからね!!!
はい、きもい!!!
だから、嗚呼…あの大好きな漫画の…欲望が…ついに音源化…!みたいなこと思ってました。
はい、きもい!!!!!!
(そろそろお気づきだと思いますが、霧里はわりときもいタイプの人です)
「ティン・パン・アレイ」の発売が2011年1月なので、まさにドンピシャで冬ですね。
ていうか、2010年の1月に確かメジャー行くって発表されたんだ。そうだ。思い出した。
だから、なんか、嗚呼、冬がまた来たな…って思ったの覚えてる。
2011年1月の東高円寺U.F.O CLUB行ったわ…行った…
インディーズのときずっと最前でしかマリーズ観てなかったけど、そのU.F.O CLUBを最期に最前行かないって決めたんだった。
(それから一年経たないうちに解散したので、解散ツアーの浜松で最前行った。ごめん。)
なんかもう、ここまでで既に長文だし、もうすんごい霧里はきもいし、もう最後まで読む人きっといないから、ここまで来たし最後まできもいまんま行くね。
なんか、ほら、もうさ、「ティン・パン・アレイ」って東京じゃん。
あと冬じゃん。
そんで、それまでの作品と明らかに違うじゃん。
このへん詳しく知りたい人は当時の音楽雑誌漁ったりしてください。
色々出てくるから。
霧里自体は、2006年くらいから徐々に音楽雑誌読まなくなってきたのが、マリーズのデビューくらいでなんか色んな人がしたり顔であれこれ語ってるな、ってのがとても違和感あって、そんなんだったら1秒でも好きな音楽聴くわってなって益々音楽雑誌読まなくなって、この「ティン・パン・アレイ」発売くらいからまじでまじで音楽雑誌を読めなくなりました。
体調崩すレベルです。
志磨遼平氏にとっての「ティン・パン・アレイ」は中村一義氏にとっての「ERA」なんだな、ってずっと思ってて。
でも、これ、誰にも話したことないです。
今初めて自分以外の人に知られる可能性があるところに、このこと置いたよ。
うわー霧里きもい。
そんで、ほら、霧里きもいから、調べちゃう訳よ。
「ティン・パン・アレイ」発売当時、志磨遼平氏は28歳。
え、まじか。
わりときもい発言すると、えびの五関様がデビューしたとき26歳ですよ。
なんの比較だって話ですね。はい。
28歳て、霧里のじたんで言うと舞台「腕に覚えあり」とか出てて、霧里がじたんの足首にもう…もう…ってなってた頃ですよ。
わーまじかー。
志磨遼平氏は東京出身ではないので。
霧里が一生経験出来ない「上京」ってやつの心境が分かるんですよね。
だから、なんか、「ティン・パン・アレイ」初めて聴いた時に、霧里はすんごい絶望してました。
あー、私にはきっと全く理解出来ない情景なんだ、って。
東京に生まれ育って、ずっと東京に暮らしているんですけど、なんか、本当に自分が見てない情景だらけだなぁ、と思い知らされるのが、「ERA」と「ティン・パン・アレイ」なんですよね。
そして、偶々このブログ書こう、って思って久しぶりに中村一義氏のサイト行ったら、今年でデビュー20年ですって。
わーい!
おめでとうございます。
「ERA」のジャケ写載せようとおもったけど、なんかあのジャケ全く伝わらなそうだから「金字塔」のジャケ置いておきますね。
ついでなんで更に話を続けるよ。
このブログ記事のタイトルは雪組のショー「Greatest HITS!」の歌詞から一部拝借しているんですが。
このショー本当に、めちゃめちゃ最高なんですよ…
耳馴染みのある、あの歌やこの歌が登場して本当に楽しいし、歌が世界を繋ぐ的なメッセージが本当すごくグイグイ来ます。
何より、繰り返し繰り返し聴いてしまう曲とか、ふと耳にすると思い出が蘇る曲とか、そういうのってきっと人それぞれ色々あると思うんですけど。
霧里はそういう音楽がくれる時間が本当に、本当に大好きです。
だから、なんかリンクするなぁ、と思ってタイトルにしました。
あと、冒頭でさらっと流したけど、本当は東京ビートルズについても語りたいので、それはさすがにまたにします。
では、また。
霧里
。