茨城のメロンに
魔法をかけた男の話。
──日本最大の野外音楽イベント「ロック・イン・ジャパン・フェスティバル」で、1時間待ちの行列ができるほどの人気を誇る「メロンまるごとクリームソーダ」。生みの親が明かす、冷たくも熱~い誕生秘話。
茨城県は、日本一のメロン生産量を誇る県。そして、その県都である水戸市は、なんと全国の県庁所在地のなかで一世帯当たりのメロン購入量がもっとも多い都市*なのである。いまや全国各地に熱烈なファンを持つ「メロンまるごとクリームソーダ」。このスイーツがここ水戸で生まれたことには、そんな必然があったのだ。
メロンの種の部分を取り除き、果肉に切り込みを入れたものを凍らせ、その中にソーダを注ぎ、バニラアイスを添える。言ってみれば、かつて喫茶店の定番メニューだった緑色の〝メロンクリームソーダ〟の本物版、それが、「メロンまるごとクリームソーダ」だ。
なんとも贅沢で心躍るこの商品を開発したのは、水戸駅南口近くでダイニングバー「酒趣」を営む井坂紀元さん。この「メロンまるごとクリームソーダ」が、いまや、日本最大の野外音楽イベント「ロック・イン・ジャパン・フェスティバル」(毎年8月第1週の金曜から3日間、水戸市のお隣、ひたちなか市にある国営ひたち海浜公園で開催。以下ロック・イン・ジャパン)で名物的な存在となり、連日1時間待ちの行列ができるほどの人気を集めている。
まだ「メロンまるごとクリームソーダ」を味わったことのない人は、右の写真を見ながらフェスに行った自分を想像してみよう。太陽が照りつける真夏の野外で、凍ったメロン丸ごと1個を手にし、溶け始めた果肉を少しずつスプーンで削り出しながら、泡が弾けるソーダとバニラのアイスクリームとを一緒にすくって口に放り込む。キーンとして、シャリシャリ、シュワシュワで、うっとりするような香りがして、とろけるように甘くて…。しかも、値段は1個800円と手ごろ。炎天下で1時間待っても手に入れたいと思う人がいても、確かに不思議ではない。
「ロック・イン・ジャパン」以外の、たとえば夏に5、6回出店するというカシマサッカースタジアムでも、この「メロンまるごとクリームソーダ」は試合開始前に売り切れてしまうほどの人気ぶり。Jリーグのサポーターによる全国のスタジアムフードの人気投票「食べりんピック」においても、冷スイーツ部門で堂々の2年連続金賞に輝いている。
巨大な冷凍倉庫のなかで
出番を待つ3万個のメロン
「お待たせしました。今日はそんなに暑くなくて、積み出しにはいい天気ですね。フェス当日はもう少し晴れて気温があがってくれるとうれしいけど」
「ロック・イン・ジャパン2013」の開催を2日後に控えたこの日、井坂さんは、積載量4トンの冷凍車を自ら運転して約束の場所に現われた。場所は、フェスの会場から車で15分ほど北上したところにある、久慈漁港(日立市久慈町)の冷凍工場だ。ここの冷凍倉庫の中に、井坂さんが1年間に使用するメロン約3万個が、凍った状態で出番を待っている。この日は、「ロック・イン・ジャパン」3日間で使用する約6000個を搬出する予定だという。
「中に入ってみますか?」
井坂さんに誘われ、巨大な冷凍倉庫の中に足を踏み入れる。温度はマイナス20度。緊張のせいもあってか、入った瞬間、少し息苦しさを感じる。落ち着いて中を見渡すと、天井近くまで積み上げられたおびただしい数のメロンの箱、箱、箱。この巨大なメロンタワーを形成する箱の一つひとつに、種が取られ切り込みが入れられた加工済みのメロンが5個ずつ収まっているという。
井坂さんの指示でこの日運び出される箱が決まり、冷凍倉庫の外に出ると、ほどなくして、冷凍工場の工場長が操るフォークリフトで、メロン1パレット分が冷凍倉庫から出てきた。1パレットには、約130箱が載っている。さて、ここからどんな機械で荷台に積み込むのだろうと見ていると、井坂さんとスタッフの青年は、2箱、3箱と両手で抱え上げ、荷台の奥へと運び始めた。……まさか、手作業? しかも、ふたりだけで?!
どうやら、特別な機械の登場などないらしい。たったふたりでこれから1200箱、6000個のメロンを積み込もうとしている。完了までにいったいどのくらいの時間がかかるのか。がっしりした体格の井坂さんは平然として見えるが、手伝う細身の青年の顔は紅潮し、シャツやズボンの色が汗でみるみる変わっていく。
結局、2時間半以上をかけ、993箱分、メロン4965個が冷凍車の荷台いっぱいに収まった。「3日分にはちょっと足りないな。また明日ひとりで取りに来ます」と笑う井坂さん。ひとりで、ですか? と問い返すと、「メロン農家さんから運び出すときは、いつも僕ひとりなんです、さすがに積み終わると30分くらい倒れて動けなくなりますけどね。今日はまだふたりだったから大丈夫」と、屈託のない笑顔を見せた。
15万人以上が集まる場で、
茨城をアピールしたかった
「人気が出て本当にありがたいけど、儲けはほとんど出ないんですよ」と笑う井坂さん。なぜ、倒れて動けなくなる思いをしてまで「メロンまるごとクリームソーダ」を提供し続けるのか。
「『ロック・イン・ジャパン』には全国から15万人以上が集まる。そこで茨城をアピールできたらっていう想いがずっとあって。それで、2007年に出店をめざして、急遽、新商品づくりに取り組んだんです」
白羽の矢が立った素材が、メロンだった。
「メロンって、茨城が生産量日本一なのに、当時、県外の方にはまったくそういう印象がなくて。だからぜひアピールしたかった」
炎天下のフェスの会場で、観客は音楽に合わせて飛び跳ねて踊る。そのシチュエーションで、どうすればいちばんおいしい食べ方になるか──試行錯誤していくなかで、メロンをまるごと使うことを思いつく。
「時期的なことや販売する量を考えると絶対冷凍すべきだなと考えていて。誰でも、メロン1個をまるごと食べてみたい願望って、ありますよね? 試しに1個作ってみたら、ドリップ(溶けるときに出てくる水分)に果汁がしみ出て、本物のおいしいメロンソーダになった。ビジュアル的にも、メロンをまるごと持って歩いてもらえれば、あれ何? って、すごく宣伝効果が上がりますよね」
儲けがそれほどなくても、
茨城が認められればうれしい
試作品はうまくいった。しかし、フェスで売るには、素材を大量に確保する必要がある。自分の店で新鮮な素材を提供するため、つねに野菜は農家から直接仕入れている井坂さんだが、メロン農家とは付き合いがなかった。
「いろんなメロン農家さんを回りました。でも、皆さん〝凍らせるなんて聞いたことない〟って。けんもほろろでしたね」
話をしたすべてのメロン農家に断られ、さすがの井坂さんも途方に暮れていたときに、県西の八千代町にある千代川青果の女性専務(現在は社長)の高野さんが、「それ、おもしろいね!」と言ってくれた。
「高野さんが、〝それ、やってみる価値あるよ。新しいメロンの食べ方が広まれば宣伝にもなるしね、協力するよ〟って、その場で快諾してくださって。うれしかったですねぇ。初回に2000個を売ってくれたんです」
量を確保する保証を得た井坂さんは、フェスの主催者であるロッキング・オン社に申し込み、審査を通過する。
「その後、2か月間で、高野さんが売ってくれた2000個を店の厨房で仕込み、当日全部持っていきました」
この年は、店を休みにして、スタッフ皆でイベント気分で出かけたという。
「ところが、まったくそれどころじゃなかった(笑)。お陰さまで最初から人気が出て、しかも僕らも初めてで手際が悪く、そのときはアイスクリームなしだったのに、今より時間がかかって余計行列が長くなってしまった」
初出店ですでに主催者に〝数年後にはこのフェスの名物になるかも〟とまで言わせる人気ぶりだったが、営業的には大赤字だった。続く2年目も赤字、3年目の2009年からは、アイスクリームを乗せて700円で提供したが、それでも赤字、2010年、価格を800円に改訂してようやく少し黒字になったという。これ以上価格を上げないために、可能な限りひとりで運んで人件費を抑え、出動回数と比例してかさむレンタカー代を押さえるため、今年は中古の冷凍トラックも購入した。
「抑えられるところはもう全部抑えてます。あとはもうどこも削れない(笑)」
そうまでしてやる理由は何なのか。
「茨城のPRには確実になっていると思うんですよ。最初のころは、〝茨城のメロン??〟って感じでしたけど、今年はもう〝茨城に来たらメロンだよね〟って声がいっぱい聞こえて。お客さんの声が変わったという実感はあります。本当に作業は大変なんですが、でも、商品を手にしたときのお客さんの笑顔を見るとね、すべて癒されてしまうというか」
〝茨城〟が認められることが、うれしい。
「やっぱり自分が生まれ育ったところですから。それにやっていて思いますけど、メロン100個なら他の地でも集められるかもしれないけど、1万個レベルになると、もう茨城じゃないとできないです。日本一の産地だからこそできる。そもそも日本一メロンを食べる水戸市に住んでいるからこそ、発想できたのかもしれないですしね。今はとにかく行けるところまで行ってみようと。メロンひとつで、どこまでできるのか、楽しみですね」
最後にこの先の夢について尋ねてみた。
「そうですね、いつかは茨城の食材と酒にこだわった店を都内へ持っていきたい。海外にも出てみたいですね。今なら意外と海外が先、というのもあるかもしれないですよね」 井坂さんの頭の中では、メロンのほかにも茨城のいろいろな食材を活かした新しい商品のアイデアが、今や遅しと表舞台への出番を待っているのだという。
「ただ、今はメロンに1年のうち半分以上かかりっきりになるので、なかなかほかのものを進められないのが悩みで」
言葉とは裏腹に、大らかな笑顔を見せた。
この先も当分の間、井坂さんは全国各地からのラブコールに応え、何千個ものメロンをひとりで荷台に積み、冷凍トラックを何百キロと走らせ続けることだろう。水戸の、茨城の誇りを胸に抱いて。メロンの次に表舞台へと送りだす地元素材のアイデアを、ひそかに膨らませながら。
(文…笠井峰子 │ 写真…小泉慶嗣、服部哲郎)