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じゃりんこたぬのおはなし
じゃりんこたぬは、とても小さな刀剣男士です。本丸の中でも、一番小さいんです。どれぐらいかというと、ほらあそこ、小夜が育てている朝顔があるでしょう、あの植木鉢をたどってまっすぐ、支柱のてっぺんに咲くむらさきの花、それに届かないくらい、小さいんです。
けれど、じゃりんこたぬは、りっぱな刀です。大切な本体を、もみじみたいな両手でしっかりと握って、いつだって離そうとしません。同田貫正国、分厚くて立派な打刀。それに負けないぐらい、質実剛健な、じゃりんこなんです。
ほら、ごらんなさい。名にし負う天下五剣とも、対等に渡り合っていますよ。
「おお、小さいのが来たな」
三日月宗近は、遠慮なく黒髪をわしわしと撫でてきます。そうされると、じゃりんこたぬはいつも、お顔の傷をくしゃりと曲げて、目を伏せています。どんな気持ちなのか、じゃりんこたぬもわからないのです。嬉しいとか悲しいとか、気持ちを顔や声に出せないのは、じゃりんこたぬが、まだ人の身体に慣れていないからでしょうかね。三日月は、そこが可愛いと、苦手なおしゃれをじゃりんこたぬにしてあげます。可愛い着物をみつくろい、金魚さんみたいな兵児帯を締めてあげます。綺麗なおべべを着せてもらっても、じゃりんこたぬは、またどんな顔をしたらいいか、わからなくなるのですが。
「……仏道の本ですが、共に読みましょうか」
じゃりんこたぬは、数珠丸恒次にも怯みません。とすん、細い両足の間に座り込んで、立正安国論なんて難しいご本を読む数珠丸の声を、ふんふんと知ったように聞いています。たくさんの事を知れば、いくさにも強くなれると信じているのです。
「お題目も唱えましょう」
数珠丸の唱えるお経は、柔らかい布みたいで、まるで子守唄のよう。にょーぜーがーもん、いしじぶつじゅう。
でも、途中で寝てしまうから、じゃりんこたぬがお念仏を覚えるのは、まだまだ先になりそうです。
そんなじゃりんこたぬですが、最近本丸に来た大典太光世とは、まだ勝手がわからないようです。庭で会っても、何もおしゃべりせずに、けど目は逸らさずに、お互いを見つめています。どちらも目がきりりと上がっていますから、見た目は猫同士の対決のよう。もっとも、大典太は、この小さい刀が自分な霊力にやられないか不安なようですが、じゃりんこたぬは鳥じゃありません。それに、霊力なんか刀で叩き切ってやると意気込むじゃりんこたぬです。それに、前田も間に入ってくれます。大典太とじゃりんこたぬが仲よくなるのも、きっと時間の問題でしょうね。
さて、そんなじゃりんこたぬ、今日はおままごとをしています。
せっかく人の身を貰ったのに、いくさばかりではもったいないですよと、いつも誘ってくれるのは、前田藤四郎と平野藤四郎。木陰の下、草にゴザを引いただけで、おうちの出来上がりです。
イヌタデの桃色の粒を赤飯に、エノコログサの穂を川魚に見立てて、ごはんの時間。いただきます、めしあがれ。
何もしゃべらないけど、じゃりんたぬも手を合わせて一礼して、お箸代わりの枝を握ります。まだお箸は使えないのですが、みんなと一緒がいいんです。さっきまで日本号に鼻を弄られて、ぶすっとしていたじゃりんこたぬですが、どうして、とっても楽しそうです。
じゃりんこたぬはお父さん役ですから、胸を張って、ゆっくり食べる真似は、とても上手になりました。
「さあ、デザートですよ」
お母さん役は平野、素焼きの皿に、乗っているのは、トケイソウの花。歌仙が昨日活けた花を、取り替える際に頂いてきたのです。本当の時計のような面白い形に、じゃりんこたぬは目を輝かせています。本当の食事の時でも、眠いとつい寝てしまうじゃりんこたぬですが、デザートの時にはぱちっと目を開けて、みんなに笑われています。おままごとでも一緒。出されたトケイソウの花を、キラキラしたお目目で見つめています。
「そうだ、本当のおやつの時間にしませんか?」
そんなじゃりんこたぬを見て、ぽん、と平野が手を叩きました。
「そうですね、今日は光忠さんがパンケーキを焼いてくれるそうですよ」
前田もさっと立ち上がり、ふわりとマントを翻しました。白くて金の縁取りがついたマントを、じゃりんこたぬはついつい見とれてしまいます。敵に見つかりそうだと、すぐ思い返すのですが。
行きましょう!そそくさとお片づけをして、平野と前田は、間にじゃりんこたぬを挟んで、台所に向かいました。
前田の言った通りです。厨には、とっても甘い香りが立ち込めています。朝は味噌汁、昼は焼き魚、夜はお肉、厨から流れてくる香りは、いつもいつも違っているのに、どれも本当にお腹がすくのです。そしておやつの時間!元々めいめいが好きな時間に食べていたおやつです。しかし、お腹を空かせたと言えないじゃりんこたぬが、近所の野良猫と戦って魚を取って来たことがきっかけで、こうして一つ、厨に香りが加わることになりました。時計の針は、もうすぐ三時です。
こんな甘い香りを嗅いでしまったら、じゃりんこたぬはもう、お目目をまん丸くして、小さな足でぱたぱた、火の前に立つ燭台切の元へ、一生懸命走っていきます。
「ああ、そろそろ来ると思ったよ」
片目でにっこり微笑みかけます。せいいっぱい背伸びしますが、まだパンケーキは焼けていないようです。でも、ボウルから漂う香りの、何て美味しそうなこと!
「前田くん、平野くん、悪いけど、ホイップを泡立てるのを手伝ってくれないかい?」
ホイップ!伊達者の燭台切は、必ずオシャレな何かを添えてくれます。ふわふわの白いクリームを考えると、またじゃりんこたぬの足はぱたぱた、平野と前田の方へ走るのです。冷蔵庫から平野が取り出した、小さな牛乳パック。棚から前田が取り出した小さなボウルと泡立て器。じゃりんこたぬには、刀の次に、素敵なものに見えます。
「やってみますか?」
台の横に、踏み台が寄せられました。一番小さなじゃりんこたぬのために、山伏が拵えた階段です。とんとんとん、三段登ってやっと、じゃりんこたぬの腕は、台の上に乗るぐらいです。
「ほら、頑張って混ぜましょう」
前田が見本を見せてくれます。しゃかしゃかしゃか、生クリームの白い海に、銀色の波が立つようです。
じゃりんこたぬもやってみます。もみじみたいな手で、泡立て器を握ります。そして。
がしゃがしゃがしゃ!
派手な音と共に、生クリームは台に飛びちってしまいました!
ああ、慌てたのは平野と前田、そして燭台切です。
「エプロンを付けなきゃ、格好つかないよ!」
「昨日汚して、洗ってるんです!」
「もう一枚、乱兄さんに作ってもらわないと」
じゃりんこたぬはすぐ服を汚してしまうので、脱ぎ着がしやすいワンピースを着ているのです。乱が作るから、どうしてもふわふわ、女の子のようになってしまうのですが。
さて、当のじゃりんこたぬはというと、気にせずがしゃがしゃがしゃ、また泡立て器を回しました。ばしゃっ、またクリームが飛びました。周りの悲鳴も気にせず、がしゃがしゃがしゃ、一心不乱に手を動かします。仕事はちゃんとやる、小さくたって、一人前の刀剣男士なのです。
「いいものがありますよ!」
見かねた前田が、棚の奥から何かを取り出しました。前田が持っても大きな四角のそれは、泡立て器のようなものが二つも付いています。
平野がさっとコンセントを挿しました。そして「よく頑張りましたね」とじゃりんこたぬの頭を撫でると、これは危ないですから、とボウルを優しくもらいました。
「行きますよ!」
スイッチ・オン。ぐうぃーーん、と大きな音を立て、二つの泡立て器は回転し始めました。そのはやいこと、はやいこと!
平野は電動の泡立て器を、ボウルに入れました。随分量の減ってしまった生クリームですが、それでもたくさんのシワを寄せて、かき混ぜられ始めました。
じゃりんこたぬは、まるで魔法を見ているようです。何重にも繰り返される円形の波。とろとろした生クリームが、だんだん固さを持つようになり、そして、ふわふわしたホイップクリームに変わって、つんと角を立てました。あっというまに、出来上がりです。
じゃりんこたぬの目は、開いたままです。そんなに見つめられたら、平野も照れてしまいます。そんな二人を見て、前田もおかしくておかしくて、ついつい笑い出してしまうのでした。
「さぁ、できたよ。昨日君たちが作った、木苺ジャムも掛けよう」
小さめで、でもふわふわと盛り上がったパンケーキ。二枚重ねたさらに上に、ホイップクリームをちょこんと載せて、じゃりんこたぬが一生懸命摘んだ木苺ジャムを添えて、さあ、おやつの時間ですよ。
大広間に持っていくと、お茶を啜っていた御手杵がおりました。
「おお、美味そうだなあ」
じゃりんこたぬは、迷いました。迷って迷って、そしてぷいと、上の一枚をフォークで刺して、御手杵に渡しました。いつも肩車をしてくれる、お礼のつもりでした。
「はは、今団子食ったばかりだから、いいよ」
フォークから落ちそうなパンケーキを支え、御手杵はじゃりんこたぬを座らせました。前田と平野は、団子食べてくれてて良かったですね、と笑いあっています。じゃりんこたぬは、改めてパンケーキを前にすると、ぱちんと手を合わせました。 廊下の時計が、ぼーんぼーんぼーん、ちょうど三つ、鳴りました。
「……いただきます」
小さいけど、とても嬉しそうな声でした。平野と前田も、それに続けて、いただきますとご挨拶。おー、いっぱい食え、何故か御手杵がそう言います。じゃりんこたぬ、おやつの時間は、とてもとても、ゆっくりと流れていきました。
さておやつの後は、すっかり満足した顔で、じゃりんこたぬは眠ってしまいました。御手杵は蜻蛉切に呼ばれ、もういません。広間ですうすう寝るじゃりんこたぬ、困った平野と前田の横に、そっと大倶利伽羅がやってきました。
「………。世話の焼ける」
そうはいいつつも、大倶利伽羅の竜の腕は、じゃりんこたぬを優しく抱きかかえました。とんとん、背中まで叩いています。平野と前田は、またくすりと笑いました。じゃりんこたぬは、そんなことも知らず、とても柔らかい寝息を立てていたのでした。どんな夢を見ているのか、心なしか、口元も緩んでいますよ。
起きたらまた、遊びましょう。二人の声は、じゃりんこたぬの夢に、届いたでしょうか。
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