話はその1から続けるとテンパった時が一般人から見ても超様子が変で、覚醒剤をやっている本人でさえ「俺って今何やってんのかな~」って気づくまで行けば

俺のようなプロの「ポン中」になれた証明にもなるが、大体ポン中にプロかアマかという違いなんてね~~だろうwww

大抵の場合「本人」にとっては実は生死をも賭ける超やばい状態であると言ってもいい

「ホテルから出れない」
「車で首都高環状線をぐるぐる回る」

ぐらいならまだしも、それが触法精神障碍者でなくても、「殺傷事件」や「部屋立てこもり事件」等の世間を騒がすことになる。

というよな悲劇を生むのは否めないだろう。
俺の良くハマったのは盗聴である。



自慢じゃないが俺が使っていたコンクリートマイクは当時では最高級品であるマイクが2個もついている代々木の盗聴屋があってそこでアメリカ製のなんと24万のコンクリートマイクを使ってラブホテルでそれを使って隣の部屋の音声を拾う訳だ

この代々木の盗聴屋のオヤジはラジオライフにもかつては紹介された超有名人であったが俺とはマジで良い付き合いをした。ある代々木の有名な怪しいマンションで有名な「ニュー・ステイト・メナー」マンションにその店はあったのだ。

コンクリートマイクを使って、自分の連れの女はほっておいて、俺はテンパると隣の部屋の音声をこの超高級コンクリートマイクで拾う訳だからもう天下無敵の変態野郎だった。
ところがである、聞こえてくるのは「配管の水の音」ともっと笑えるのは「あ~~~ん」とこりゃやった~~と思ったら自分の部屋のエロビデオの音声だったという。

まあ、自慢じゃないが俺の盗聴盗撮は田代ごとき等ガキの遊びで、自分のマンションでさえ壁をドリルでこじ開けてコンクリートマイクを仕込んでいたというくらい「てんぱった」時はいつでもそう言った「一定行動に」はまるものだった。

また当時米軍用しかなかったこれらの夜間スコープなど100万以上したものだった


では本題に入るか
下の
セルシン錠剤は今でもいとも簡単に処方してくれるが、規制がベンゾジアゼピン

このアンプルは今では裏社会でもかなり法改正と規制により入手が困難になっているが


これらはTwitterで指摘されたのだが危険ドラッグの「ラッシュの原料」にもなるという事で、この規制は非常に適法であると言える

何故なら「このセルシンは2年も俺の様に常習すると血管が非常に重大な後遺症である血管を細くしてしまうという事を教えておくがこれが何を意味るか?」を

俺自身の体で解説していくね

下の写真が俺の肘内側に皆が覚醒剤を打つ「太い血管がない」事に注目してもらいたい



そこで以前Twitterで紹介したライト付きルーペで体中の血管をがどこにあるのか?動脈は表層部には現れず手の甲足の甲、太もも、足の付け根、胸のところ上腕のいたるところに静脈を探しては覚せい剤を打つはめになって言った



まあ、この辺はお笑いでもあるが、足の静脈は重力で下から上つまり心臓へと血液を送る第二の心臓と言われているのは皆さんもご存知の通りだが下の写真は以前もUPしたがここでもう一度UPしてみるのでとくと見てもらいたい


この足の甲の表層部分の黒ずみはまさに両足の静脈弁が破壊されて皮膚の再生が出来なくなり、いくらボディーシャンプーだろうが軽石だろうが洗っても洗ってもこの黒すみは落ちないし、右足の丁度くるぶしの付近の傷あとはなんと7年前の化膿から未だにその後が残っているのである


これらは血管外科外来のエコー検査によって、静脈の逆流が発見され、静脈弁の再生手術という道もあったが、まあ、この黒ズミ程度はそこまでやる必要はないと思っていた

ところが丁度2年半前だな俺は現在52だが、覚醒剤をきっちり今は止めてはいるが年数でいえば約16年だから365日×俺の0.2gから0.3gである事から言うと

なんと1.7キログラムの覚せい剤を打っていた計算になる。ってキロ単位かよとこの記事を書いて今計算してみたら自分でも驚いた。

足首下の血管から覚醒剤を打つこともしばしばあった訳だが、医者の友人にこの話は打ち明けているが、

覚醒剤によって血管炎を引き起こし下肢の静脈弁が殆ど破壊されてしまったのである。
また
更に右手は一度右腕を体の下の圧迫された状態で長時間寝てしまった事から静脈瘤つまり血栓、え~~とね血のめぐりが悪くなって、麻痺を起こして血の塊が出来てしまったという事態が15年くらい前にあってこの時ワーファリンという血液を溶かす薬だがカテーテルを使って血栓を除去した緊急手術をしたのであるが、

上の図の右手三指の先端は未だ麻痺がのこっている。これも考えようによっては自分の指ではないような感じなのでオナニーをするとヘルスで他人にしてもらったような

「右手自慰ヘルス恋人型症候群」

と俺は、自分で勝手にこの症状に「病名を付けた」のだって笑い話じゃね~かならな~~
でもどうだうらやましいだろう?

ってここは泣くところなんだよ

更に俺には悲劇が襲ったこれが俺が10年の歳月を「介護」という仕事から離れざるを得ない事故が起こった。2年半前当時俺が施設介護で特別養護老人ホームで働いていたのだが、忘れもしない8月9日だった。その施設で正社員として採用され働いていたが度重なるその施設の「虐待」を介護経験で初めて遭遇した。俺にとってそれはまさにありえない出来事であった。
「虐待の事実を知った時高齢者虐待防止法では市町村に介護職が見た時は通報義務」があるのだが、俺が介護記録に

「その虐待行為を第三者的に見て非常に問題があるのでありのままの事実を書いた」この日の夜勤のデブ女が犯人であったが、朝出勤すると既にパートのおばちゃん達が騒いでいて正社員の俺に「大変よ」とその事実の報告を受けて記録したものであったが

それを直属の上司から施設長が消すようにと指示があり「消すからね」と言われたが俺は首を振らないで無言でいた。
これは違法行為の強要である

そのような中俺は覚せい剤をやってはいなかったが精神科でかなり強い抗うつ剤であるSSRIとか不眠ではべゲタミンAとかを処方されていたが、その8月9日から俺は傷病として会社を休むことにした。

偶然ではあるがその後その施設では「男のヘルパーが女のヘルパーを刺殺した」という事件が発生し、その施設全体の企業コンプライアンスの欠如が虐待や違法行為の強要、そして殺人事件まで起こしたことは

俺の介護人生では本当にショックで精神科の頼みが必要であったが、俺が精神科に診断書を取りに行く時になんと「施設長」が同行したという事が、「労災隠し」という本当にあり得ないことばかりの経験であったが、

ベゲタミンA


という睡眠薬は睡眠薬というより「気絶薬」に近い物だと俺は思っているがリンクを貼っておく。
その殺人事件の訃報をTVで知った時にベゲタミンをODつまりオーバードーズしてしまったのだ。ODと言っても6錠ほどであったがそれは俺に今日まで残る障害を与えた

ベッドから落ちて左側を下にして長時間気絶していたのが原因だろう。座骨神経、腓骨神経がやられて更に可能性として

「深部静脈瘤血栓」の疑いも右腕の時と同じように考えられたことから、この場合血栓つまり血の塊が深部の太い2本の静脈を詰まらせた可能性を俺は疑って

救急車を呼び

携帯で病院に「CTスキャンの用意をしろ」と懇願して行ったが、その日は日曜日で宿直のバカ医者は整形外科であったがCTスキャンは明日でないとできないとかほざくので

「てめ~コンパートメント症候群だったらどうするんだよ」
上の図のような状態で小指から15センチの水泡や俺が見ただけでも股や下肢のいたるところが腫れてむくんで更に赤みを帯びているので

「使えねー病院だ」とさっさと更に2件の救急外来を行ったが「エコーですらやってくれなくてX線写真じゃ分からねーだろうが」とかけ回ったが田舎の病院はどこも日曜日という休日の救急体制はどこもダメだった。

コンパートメント症候群とはリンクを貼ったがエコノミー症候群という意味で血栓ができてそれが肺に血の塊が行くと死をもたらすことから

その血栓は6時間以内のカテーテル手術が必要だと右前腕部の時に東京女子医大の医師が言っていた言葉が俺の脳裏をよぎったが

3件目の病院で既に時間は8時間を過ぎてしまい血栓ができていたとしてもそれを除去する事は出来なくなったことを意味したのだが

それよりも坐骨神経と腓骨神経の圧迫による麻痺が小指の褥瘡よりも俺は心配だったが3か月後かな?

やっと麻痺が取れ褥瘡も治ったのかと思いきや左足首下が全く動かないつまり全廃を意味するのだが、これによって立位つまり立っていることが非常に困難になり、10年かけて勉強し実践した「介護」という俺の職業上、現場で転倒しそうな利用者がいてもオレ自身がそれを防ぐことが出来なければ逆に

「介護事故」

を招く恐れがあるために、
その症状が固定してしまった1年半後に「身体障碍者手帳」を貰う事になった

しかし、本当の試練はこれからだった

リリカ、トラマールとかなり強い末梢神経痛の治療薬を飲んでもその左足首下の

「激痛」

という状態になり、

これで覚せい剤を打つと超激痛が丸1日俺を襲う様になってしまった。末梢神経に覚醒剤が作用する収縮作用だけでなく、疼痛

覚醒剤使用者ならだれでも一度や2度の経験があると思うが細い血管に覚醒剤を打つとそれが抹消血管を刺激しものすごい痛みがあった事を思い出してほしい

その痛みが通常は2,3分で収まるものが俺の場合丸1日激痛が襲い静脈弁の欠損と共に左足の抹消血管にたまった覚せい剤の刺激による痛みが半端ない状態が続くのだ

これで、俺の「覚せい剤人生の終焉を迎える事が出来た」が

その後遺症として左足の疼痛がどうしても取れないという状態が続き俺自身があみだした

初めは「痛い箇所に麻酔を打つ」ことから徐々に実験を繰り返し、足のツボに



に麻酔を打つと痛みが取れる事をあみだした。

友人の医者に言わせると「ターゲット療法」というらしく友人の医者で週に1回そして下の図


でわかるように眼科用ではあるが針は30ゲージの無痛注射針を用意し、友人の医者にも100本渡したのだが自己注射を途中で1回つまり週2回やらないと痛みは取れないが、保険適用は週に1回というので仕方なく自己注射という事を現在も続けている状況である、そして1年前くらいから左ひざ関節の拘縮が見られて温熱療法とリハビリの毎日が

母の介護

と共に俺の人生を大きく狂わせたことが「身体的破壊」を意味するというリアルであるが、お蔭で

「覚醒剤離脱」と新しい女ができて、俺にとってはそれが幸せを意味するものであれば、

今度こそ、この彼女と母を俺が失う事が無いように「覚せい剤を絶対にしない」という事をこのブログのTOPで150万人の閲覧者に誓ったように、今日もまたその誓いをここにするものである
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