ブルベへの道は険しい・・・

   PSD会員 古賀壮一

思えば、ダイエットに行き詰って困っていた。世の女性方と違って別におなかの出た体系を気にしていたわけではない。中性脂肪だとか肝臓の数値が高く、内科医からは気にするほどのことはないと言われたが、病気になって医者のカモになるつもりはない。
数年前から散歩を一時間ほど始めたが、全く結果に出ない。走るパワーもなく、だらだらと月日を重ねるごとに散歩には飽きてサボりがちに・・・・
昨年5月川島先生が長崎の技工士学校に講義にこられたおり、私も聴講にお邪魔した。その夜、福岡の大橋さんと3人での会食中先生と大橋さんは楽しそうに自転車談義に花が咲いていた。「!」私も始めよう!
うちの大蔵省にはどうせすぐに飽きると冷ややかな言葉を浴びせられつつも、福岡に出かけたついでに大橋さん紹介の自転車屋で注文してきた。
 あまり、マニアックではなく一生懸命そうではない自転車を選んだ、要はダイエットですから、ほどほど楽しく漕いでいれば少しはいいだろうと・・・・fujiのクロスバイク。

すいす~い、なんだか意外に気分がいい!ちょっとあの坂登ってみようか!もう少し遠くに行けるだろうか!? す~いすい。 お~!いつもと違った景色に見える!
 行けるぞ!行ける! もっと遠くに行ってみよう! え?川島先生、一日で100km以上走るの? そこですぐに真似してチャレンジ!小倉まで片道110km完走!
 気分はいいけど肝心なダイエットは全くできていない。なんでだろう?十分運動しているはずなのに・・・・。元来スポーツは得意ではないのでノウハウが全くなく運動の仕方が良くないのかもしれない。それに動いた分よく食べている。
Yahoo知恵袋やその他のホームページで調べてみると、LSDというのがいいらしい。
 覚醒剤ではない、「ロングスローディスタンス」とにかくゆっくり長くやれ!ということらしい。
 心拍数が75%以下で1時間以上の運動を毎日やるのがいいというので、ポラールのcs200cadという自転車用の心拍計と雨の日でも自転車を漕ぐために「3本ローラー台」を購入した。じわりじわりと結構お金もかかる。

 この心拍計はなかなかすぐれもので、自転車の走行スピードや一分間にペダルを何回のペースで回しているかなど常時表示される。おまけにその日の心臓の動きを自動的に計測しその日の最適な運動強度も表示される。自転車始めるならヘルメットを買うよりこちらを先に買え!といわれるほど必需品だ。
 3本ローラー台というのは簡単に言うと巨大な糸巻が一列に並んでいて、その上に自転車を乗せて器用にバランスをとりながら漕ぐ専用のトレーニング台。最初はうまく乗るのが難しい。
 毎日仕事前に60分、仕事前と言ってもトレーニングを終えてシャワーを浴びればたいてい9時30分から10時前くらいになり、始業時間はとっくに過ぎているがうちはスタッフの理解があるので体調管理を優先させてもらうことにしている。
 それともうひとつ「200km/日 完走」まで禁酒することにした。やはりビールを飲むときにはかなりの量を食べているのだ。
 トレーニングは退屈だったが辛くはなかった。毎朝シャワー後に体重を量りグラフに書き込むと僅かずつだが成果が表れ始めたからだ。
 もう寒くなって講演で福岡に来られた川島先生に話すと自転車を楽しむ後輩のために専用のウエアを送ってくださるという。ダイエット目的で自転車に乗っている私としては何しろLSDな訳ですから、かっこいいウエアを着てノロノロ走るのが言い訳できない感じで避けていたことではあったけれども、せっかくの師匠のご厚意は素直に受けることにした。
 そこから、ウエアの買いあさり?が始まり、ヤフオクや個人輸入などのおかげで少なくともウエアやグッズの面では充実した自転車ライフになっていき趣味の一つとなった。同時にのんびり走る言い訳が減った私は速く走るためにインターバルトレーニングを開始。実際に、どんな理由があろうと後ろから一気に追い越されるのは気分がいいものではない。もしくは登り坂で追い越しざまに「こんにちは!」などと元気に声をかけんじゃねぇ!こちとら必死なんだ、挨拶返したとたんに足を着く。
 ところで忙しい毎日、日曜でさえ予定満載の中でよく自転車で長距離走っていられるなと思われるかもしれない。実にそのとおり、自分でもそう思うがこれはスタッフや家族の応援がないと不可能なことで、明後日の金曜日時間があるから出かけるといえば全員体制を整え直してその日に備えてくれる。もともと仕事は私指名でない限り任せているがそれだけでは済まない。備えるというのは私に何か事故があれば200km先でも車で迎えに来る体制をとるということだ。いつも「いつでも電話してください!すぐに迎えに行きます!」と言って送り出してくれる。実際には急な呼び出しはしたことはないがありがたいことだ。
 自転車グッズに輪行袋というのがある。自転車はどれも前輪と後輪はいとも簡単に外すことができるので、前後のタイヤを外して持ち運びするための袋である。この輪行袋があれば好きな所に自転車を運んでサイクリングすることができる。
私の場合はリュックに輪行袋を入れておき好きなように走って疲れたら自転車を袋に詰めて電車で帰ってくる。これのおかげでどこか故障が起きてもまず人に迷惑をかけずにすむ。
 準備は着々と進み暮れの28日には目標の北九州往復の220kmを完走し、正月に向けて晴れてビール解禁だった。当然完走直後のビールが格別だったことは言うまでもない。
 100kmちょいなら気楽に出かけられるような気持にゆとりが出てきた。このとき体重は6kg減でダイエット目標も完全に達成していた。血液検査をしてみたら各数値がすべて好転し大分下がっていた。
 いろんな良い結果がでて、みんなにおだてられるとモチベーションはさらに上がる。周りから診ると「のぼせる」かもしれないけれど・・・・。
 長距離目標としては200kmを最終目標としていた。それは平均時速20kmで走れたとしても10時間、トイレに行ったり食事したりちょいと写真を撮ったりするとせいぜい時速15km平均になってしまう。200kmを超えると夜間走行することになるからだ。これは結構怖い。明るいライトを知らないせいもあったが。
 ところが「のぼせて」いろんな人に話しているとブルベという大会が古くからフランスで行われているらしい。それは有名なツールド・フランスよりも歴史があり権威ある大会らしい。レースではないので誰と競うわけでもないが、パリからブレストまでの約600kmの往復1200kmを3日半という制限時間内に走るという超過酷な自分との闘いである。スピードもないと寝ずに走り通さなければならないし、早くても仮眠する程度の時間しか取れない。食事もトイレも制限時間内なのだ。これを勧められた。
 不思議とやれそうな気がして真面目に考え始めた。まず4年に一度のフランスの本大会に参加するためには日本国内の下部組織が執り行う200km、300km、400km、600km、1000kmの各コースで完走し認定を受けていなければならない。
 200kmと簡単にいっても本大会をはじめすべて山岳コースでアップダウンの繰り返し、コース自体が苛酷なのだ。
当然苦手な登り坂克服に向けて冬の間坂道インターバルトレーニングし体重もさらに1kg減、そろそろ300kmにチャレンジしてみようか?川島先生も長距離計画があるらしい、そのうちご一緒することがあれば足手まといにならないよう鍛えておこう。
 まず、明るいライトが必要だ、暗闇でも時速40km以上で走ることも少なくはないのだからぼんやりした光では危険すぎる。
 それと道を間違えると車みたいに引き返すというわけにはいかない、体力と気力が大幅に削がれてしまう。カーナビならぬチャリナビ?サイクルナビ?はないのだろうか?最近はネットのおかげで大抵のものは見つけられる。
どちらもすぐれものが見つかったので準備万端?ちなみにナビは日本ではあまり知られていないがガーミンという会社で世界のトップシェアを誇るブランド、当然ソフト入れ替えでフランスでも使える。
 いつの間にかわが愛車はハイテクマシーンになってきた。でもエンジンは私の心臓、やっぱりひたすら私の足で漕ぐことになんの変わりもない。
ふと先日ケルンで行われたIDS参加を思い出した、各メーカーは最新の技術力を競い軒並み華やかにCADCAMを並べたてているが、一方で地味に人工歯を展示しているところも多いし、日本ではもうあまり見られなくなったものが元気に売られている。
 どんなにハイテクになっても人間の手や感性が必要だし、逆にそこがクローズアップされ重要になってくるであろう。
さて最初の300kmチャレンジは鹿児島に決めた。片道330kmうちからだと最初の峠を過ぎると八代まではほとんど平坦で走りやすいがその先はアップダウンが多く、難所を最後に迎える。
 制限時間20時間だがそのうえの400km、や600kmコースチャレンジを考えると、15時間くらいで完走できないと全く睡眠時間が取れなくなる。一応15時間目標とし、疲労が溜まって暗闇を走るより気力充実している間に暗闇を走る時間を考え夜中12時スタートにした。
 装備も万全、トレーニングの成果もあって快調にとばした。いけるかも!?と思っていたが、160km過ぎたあたりから右膝に違和感を覚え始め、八代をすぎアップダウンが増え始めると徐々に痛くなりだした。遂には走行不能になり約200km地点熊本県芦北町で断念。佐敷という駅からJRで帰宅した。
 前回まで膝に故障が出たことはなかったが、セッティングを変えたため問題が潜んでいたのかもしれない。
 正直いうと300kmくらいなら大丈夫と思っていた。ところが制限時間内に走るどころか完走できず途中で断念である。ブルベは1200km、遥かかなたにその存在があることを思い知らされた。偶然なのか私のところから川越までがほぼ1200km、この距離が先生のキャストプレートにかける思いを連想させる。ブルベへの道は険しい。技工の道はなお険しいのである。

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