<ハドソン村に続け!>
ケベック州モントリオール郊外にある人口5200人のハドソン村。1991年、女医 June Irwin さんのところに、何人もの患者が、発疹、発熱、疲労感、腸と呼吸器の不調を訴えてきました。原因を調べてみると、芝生に除草剤をまいた直後におかしくなったことが共通していました。
そこで彼女は、村議会に除草剤を含む農薬使用規制を提案し、村議会は「除草剤や殺虫剤を使う際は、被害状況を示して、散布許可を得ること。それを怠った場合は300ドルの罰金。」という条例を作りました。
これに対して、芝生管理会社が「国の許可した農薬の散布を、地方自治体が規制するのは越権行為であり無効である」と訴えましたが、2001年6月、最高裁で「地方自治体は、地域内での農薬の使用を規制できる」という判決が出され、この小さな村が注目を浴びるようになりました。
<除草剤の毒性>
除草剤は、日本語では草を除くと書くため農薬ではない印象を受けますが、英語では草を殺す殺草剤 herbicide と呼ばれ、れっきとした農薬扱いです。近代化学除草剤の仕組みには、
1.光合成を止める
2.呼吸作用を止める
3.成長ホルモンを撹乱する
4.過酸化物(毒物)を作り出す
5.蛋白質合成を止める
などがあります。これらの作用は、人間を含む他の動物の体内の化学反応とも共通するものが多く、したがって、人間や動物が除草剤に触れたり、吸い込んだり、飲んだりすると、具合が悪くなったり、量が多ければ時には死に至ることもあります。
<最も身近な環境汚染 芝生の除草剤>
芝生に生えるタンポポなどの雑草を殺すためにも除草剤は使われます。また、芝生の肥料にも除草剤が含まれていることがあるので注意が必要です。芝生の除草剤としては、一般的に植物のホルモンを撹乱して枯らす 2,4-D と 2,4,5-T が使われます。
この混合液は強力で、ベトナム戦争では、ジャングルを枯らすオレンジ剤 Agent Orange として用いられました。この枯れ葉作戦の後遺症で、ベトナムでは流産や奇形児出産の著しい増加があり、その後、オレンジ剤に含まれているダイオキシンが原因であるとわかりました。
2,4,5-T はダイオキシンを含むため、後に農薬として使用禁止になりましたが、2,4-D は、いまなお、芝生、宅地、道路、線路、墓地、ゴルフ場などで頻繁に使われています。
2,4-D (2,4-PA とも表示される)の基本構造であるフェノキシル基 phenoxy は、悪性リンパ種 lymphoma との関係が疑われています。除草剤が身近にあったら、成分表を注意深く見てください。
この除草剤は、太陽熱で揮発したり、土壌に残留して、付近の空気や水、土を汚染します。まいた本人や近くの住民が吸い込んだり、子供やペット、野生動物が触れたりなめたりする危険性があります。
除草剤をまいた芝生も汚染源となるので、野菜畑の堆肥には使えません。さらに、雨で流されて川や湖に入ると、魚類などに被害を与え、井戸や水道などの飲料水を汚染します。
したがって、ハドソン村の除草剤を含む農薬の使用制限は、環境汚染と健康被害を考慮にいれた、きわめて良識的、常識的なものであると思われます。
<未来へつなぐ希望の動き>
ハドソン村の最高裁判決に勇気づけられて、環境問題に敏感な住民が多い地方自治体が、同じような農薬使用制限などの条例を定めていくことが期待されます。このようにして、少しずつ、環境保護の輪が広がっていくことが、この絶望的な化学農薬万能時代におけるかすかな希望でしょうか。
最近、ビクトリア郊外の Saanich も、プラステックを含むごみの屋外焼却を禁止する条例を定めました。
ビクトリア周辺 Capital Regional District 内では、レストラン、パブを含む公共の場での喫煙を全面的に禁止していますが、現在タバコ会社がこの条例を施行したBC州を訴えています。同様に、農薬会社が、農薬の使用制限を認めるカナダ政府を訴え、損害賠償を要求しないとも限りません。
これに対応する最も有効な手段は、タバコ禁止、ごみ焼却禁止、農薬使用制限への住民や国民の圧倒的な支持しかありません。
日本や世界の多くの国々が、環境汚染を制限する地方自治体の権利について、まだまだきわめて否定的であることを考えると、カナダ最高裁の勇気と、それへの国民の支持力に、世界中の目が注がれていると思います。
<土を殺す除草剤>
化学除草剤が植物を枯らす仕組みは、生物の基本的な化学反応と共通する場合が多いと前述しました。除草剤は土の中の微生物やミミズのような小動物まで殺してしまいます。
何年も使い続けると、雑草や作物くずなど土に戻される有機物が減り、しかも除草剤の毒性によって土壌中の微小生物が少なくなり、土が死んでしまいます。死んだ土では、根は伸びにくく、作物も育ちにくくなります。また、大雨が降ると流出し、乾くとコンクリートのように固くなりがちです。
一方、除草剤を使わない有機農業では土は生きています。微小生物がたくさん住んでいる土は、雨が降っても流れ出しにくく、しかもフカフカと柔らかです。有機農業では、作物に肥料をあげるより、土壌微生物の餌となる有機物をあげることがより重要です。
<土壌微生物が左右する地力>
土の中に有機物があっても、それを分解する土壌微生物がいないと、植物はそれを栄養として利用できません。
また土壌微生物の中には、空気中の窒素から、植物の栄養素となる有機窒素化合物を作り出す細菌もいて、土に餌となる有機物を与えると、肥料分(窒素、燐酸、カリ)を計算した以上の効果が現われることがよくあります。
このように肥料計算以上に土が力を持っていることを「地力がある」と言います。すなわち地力は、土壌微生物の活性の度合いを表わし、地力のある土では、無肥料でも植物がよく育ちます。
空気中の窒素を有機態窒素にするのは、窒素固定細菌に含まれるニトロゲナーゼという酵素ですが、これが働くには極微量のモリブデン(金属元素・ミネラル)が必要不可欠です。
これは、有機質肥料(生物体)に含まれていることが多いので、収穫した分と同量の有機物を土に戻していれば問題はないのですが、化学肥料や農薬、除草剤を何年も使い続けて、有機物を土に戻さないと、土壌中の有機物や微小生物が少なくなり、しかも微量ミネラルが欠乏してきて、地力が落ちてきます。
<現代農業と除草剤の密接な関係>
1950年代に除草剤が一般的に使用されるようになってから、農業の大規模化、機械化が大幅に進みました。大規模な機械化農業では、雑草があると機械でうまく収穫処理できないため、機械を使う前に除草剤で雑草や茎葉を枯らすことがあります。
たとえばジャガ芋の収穫には、茎や葉が枯れていないと不便なので、収穫前にまず除草剤で枯らします。また種まきの準備のため畑を耕すにしても、雑草があると機械にからみついて上手に耕せないので、まず除草剤で一斉に枯らしてから耕すことがあります。
現代的な大規模機械化農業は、除草剤の集中的な使用が前提になっているのです。
最近では、除草剤に耐えられるように遺伝子操作された大豆や綿花などの種子が開発されています。除草剤をまいても作物は枯れず、雑草だけが枯れて、より大型機械での処理がしやすいようになっています。
農薬会社は、除草剤と除草剤耐性品種の種子をセット販売しようとしています。これは除草剤の使用料の増加に、はずみをつけることになると思われます。
<有機農業への回帰>
除草剤を使用してきた大規模農場の中でも、最近では、有機農業に切り替えるところが現われてきました。
これは単に、有機生産物が高く売れるからということではなく、除草剤と化学肥料、殺虫剤、殺菌剤を使用した化学農業を続けていくと、年々、土が悪くなり、作物がうまく育たなくなり、また病気や虫の害が増えてくるという現実に直面するためです。
微小生物の豊富な、生きている土では、作物もよく育ち、かつ持続的 sustainable であるという当然のことが、いま改めて科学的に認識され出しました。
また同時に、化学肥料と農薬(除草剤、殺虫剤、殺菌剤)による環境汚染や健康被害も年々深刻になってきました。これらのことが相まって農家が有機農業へ転換するのを促進しています。
<古い有機農業の技術に学ぶ>
除草剤出現以前の農業技術には、たくさん学ぶことがあります。例えば、アザミ thistle やギョウギシバ quack grass のような深い根を持つ永年(宿根)雑草は、回転耕運機 rotary tiller ではなかなか除草できないのですが、エジプトのピラミッドの時代から使われている鋤 plow を用いると効果的に減らすことができます。
また、小規模の場合は、シャベルを用いて、雑草を含む土を丁寧にひっくり返していくことでも可能です。宗教上の理由から動物を農耕に使わなかった日本では、鍬が発達していきました。「万能」という三本鍬は、雑草を含む土を少しずつひっくり返していくのにとても便利です。
有機農業では化学肥料や殺虫剤、除草剤を使わないため、輪作 crop rotation を効果的に行い、緑肥 green manure や雑草を緑の状態のまま土に入れる必要がありますが、これも鋤を使うと効果的にできます。
堆肥 compost や厩肥 manure を畑にまいて土に混ぜることも、鋤を使えばトラクターの燃料を節約でき、しかも機械を傷めず効果的に行えます。
雑草を減らすのには、時に応じて、土を引っ掻いて除草をすることが有効ですが、これにはスプリングのついた爪のようなもので土を引っ掻くバネ歯耕運機 spring tine cultivator というものがあります。
また、雑草を抑えるため作物の周りを除草して土を寄せるのには、円盤状の disk cultivator があります。そのほか、表面の雑草をかき混ぜて除草するには、円盤状やスパイク状の砕土機 harrow という道具もあります。
除草剤がたくさん使用されるようになってからは、これらの道具は、くず鉄にされたり、農場の片隅や農具屋のスクラップ置き場、博物館の展示場に放置され錆びだらけになっています。
おかげで有機農家は、これらの昔の道具を比較的安く手に入れることができます。錆だらけのことが多いので自分で整備・修理しなければなりませんが……。
今こそ、このような古い道具を手に入れ、昔ながらの確かな有機農業の技術や知恵を復活していかねばならないと強く感じております。
(海波農園 菅波 任)
オーガニック・ライフ・サークル会報
2001年8月号(No.40)&9月号(No.41)掲載