ここに住みたいと思う自分が理解できない

2014年03月05日05:39  イスラエル

久しぶりに蚊と格闘中のイクエです。
小さいころからほかの人より刺されるんですよ。
「体臭の強い人が刺される」っていう実験を前テレビで見たことあるんだけど、ケンゾーより臭くないと思うんですけどね。
O型RHマイナスってのも関係しているのかもしれません。

前から気になっていた国、イスラエル。
わたしのなかで、イスラエルと言ってまっさきに思い浮かぶのはパレスチナとの紛争。
紛争って言うよりも侵略って言うのがしっくりくるのかもしれない。

大学のころのゼミの教授の専門がパレスチナ問題だった。
しかもわたしが学生だった2000年~2003年ごろは、イスラエルによるパレスチナ人の虐殺が相次いでいて、パレスチナ人による自爆テロも多発していた。
学生のころのわたしは本気で戦場ジャーナリストになりたいとも思っていて、パレスチナを取材しているジャーナリストたちの講演もしょっちゅう聞きに行っていた。
サークル仲間でジャーナリストを招いて講演会を企画したり、戦場ジャーナリストの事務所や自宅に話をうかがいにいったりもしていた。
イスラエルの非道ぶりが許せなくて、恨めしいとも思っていた。

旅をしているとイスラエル人の旅人に出会うことがよくある。
徴兵が終わったあと、兵役中に貯めたお金で旅行に出かけ、ためたストレスを発散させるイスラエル人が多いのだ。

「Where are you from?」と聞いて「Israel」と返されたら、心の中で「・・・ああ。イスラエルか・・・。」とパレスチナのことと結びつけていたし、そのたびにわだかまりを感じていた。

たまに自分から「いろいろと問題の多いイスラエル出身だよ」なんて言う人もいた。
そんなときはうまく切り返せなくて「ああ・・そうだよね」なんてお茶を濁していた。

わたしのなかのイスラエルに対する印象は最悪だった。
でも、だからこそ、絶対にイスラエルに行かなければと思っていた。

世界一周をしている人にとって、「ここだけは外せない」って場所があると思う。
きっとそれは絶景の「ウユニ塩湖」だったり、カオスが広がる「インドのバラナシ」だったり。
わたしの場合は、「イスラエル・パレスチナ」だった。

だからイスラエルに向かうとき「いよいよイスラエルかあ」と待ちに待ったような気分になるいっぽう、「もうイスラエルにむかっちゃうんだー」となんだかそのときを迎えるにはまだ早いような気もした。

この目で見るイスラエルってどんな国なんだろう。

自爆テロも多いから街の中の警備もすごいだろうし、いつも緊迫していて、きな臭くて、居心地が悪くて。



イスラエルの大都市テルアビブで、そのイメージはくつがえされた。

海風に吹かれながら、みんながのんきにランニングしている。
海岸沿いはランニングコースに最適で、オープンカフェが並ぶ。

といっても、ありがちな海辺のリゾートとは違う。
お土産屋さんやホテルが建ち並んでいるわけではないし、ただそこで暮らしている人たちがマイペースに生活を謳歌している感じなのだ。

こんなにも平和に見える街を、かつて見たことがあるだろうか。



高層ビルが立ち並び整備されていて、清潔感のある街。
そのいっぽう、バザールは地元の人でごった返し、どこか楽しい雰囲気もある街。







旅に出て1年5か月。
29か国目。
この旅始まって以来、もっとも強くこう思った。

「この街でなら、生きていける。
ここで暮らしていくのも、いいかも。」




まさかイスラエルでこんな感情を抱くなんて思ってもいなかった。

まさかパレスチナ人を迫害している国で。
まさかテロの危険と隣り合わせの国で。

暮らしていた福岡の街に似てるところがあるからかもしれない。
すぐそばには海があって、街の雰囲気はどこか開放的。
それなりに都会だけど、東京や大阪よりもごちゃごちゃしていないし、洗練された街のなかにも庶民の生活が垣間見える。

街には楽しいアートも。





アーティストに愛される街で、コンテンポラリーダンスの有名なグループもいくつかある。
同性愛者にも寛容で、ここに引っ越してくるゲイのカップルも多いのだそう。

風通しのいい街。

ちょっと顔が怖くて陽気なマネキン。
こんなポップなマネキンがよく似合う街。



普通の洋服屋さんの前で、こんなマネキンを発見。
イスラエルの国旗と星条旗を身につけている。
イスラエルとアメリカの親密さをあらわしているのか、深い意味はないのか。



イスラエルは1949年にできた新しい国。
それまでユダヤ教徒たちは自分たちの国をもたず、世界に離散していた。
それぞれの国で少数派だったユダヤ教徒たちはときには迫害を受け、第二次大戦中はナチスドイツから虐殺された。

そしてようやくできたユダヤ教徒の国。
イスラエルの初代首相はダヴィッド・ベン・グリオン。
彼の住んでいた家が公開されている。

家の2階はまるで図書室。
次の部屋も、次の部屋も、本、本、本。
本でできたアーチみたい。



新しい国のリーダーはとても知的な人だったんだろう。

各国の大統領の手紙や有名人との写真なんかが飾られているんだけど、書斎の目立つところに日本人形が。
日本にとってイスラエルは遠い国だけど、初代首相は日本が好きで親しみを感じていたのかもしれない。



実はテルアビブ、世界遺産になっている。
「白い街」とも呼ばれ、おもしろいかたちの白い現代建築群が遺産として認定されている。
といっても、「白い街」と言うほど白い建物がずば抜けて多いわけではない。
テルアビブにかぎらず、だいたいどの街も白い建物って多いよね。
世界遺産になっている現代建築群も今となっては真新しいものではなく「え?これが世界遺産?」と拍子抜けする。
きっと、できた当時は斬新な建物だったのだろう。

20世紀から人工的に造られた街テルアビブ。
新しい建築様式を駆使した建物が並び、現代建築の最先端の街としてこの都市が形成されていった。





34階建ての高層ビル、シャロームタワーに登ってみた。
建てられた1960年代には中東でもっとも高いビルだったらしい。



イスラエルは、それまでそこに住んでいたパレスチナ人(アラブ人)たちを押しやるかたちでどんどん国を拡張させていっている。
今でも高層ビルが建設されつづけている。

第二次大戦後にイスラエルが建国されたとはいえ、それ以前から少数のユダヤ教徒たちがここに住み着き、開拓していた。
ここテルアビブにユダヤ教徒が住みはじめたのは1909年。
ヨーロッパから移住した60家族がアラブ人の土地を買い、住宅地をつくっていった。



眺めが良さそうだからと入ってみたこのビルは、そんなテルアビブの歴史の資料館となっていた。

もともとは荒涼とした砂丘だったところを苦労して開拓し、こんな住宅地をつくったらしい。



何もない場所に、ヨーロッパから移民してきて街をつくりはじめたフロンティア精神あふれる人たち。
この人たちのおかげで、いまのテルアビブがあるらしい。



砂漠のような場所がみるみるうちに栄えていき、大きくなっていった。
現在では40万人の人たちが住んでいる。



展示では、人が住み着かないような荒れ果てた砂漠地帯を苦労して開拓し、住みやすい街にしていった様子が説明されている。

でも、ほんとうにここは未開の地だったのだろうか。
確かに夏は暑い場所とはいえ、海があって魚が捕れて今の時期は涼しくて過ごしやすい。

実際にこの地にはずいぶん古くから人が住んでいた。

ここから歩いていけるところにヤッフォという港町がある。



紀元前18世紀から栄えていた街で聖書にも登場する。
時代とともに支配がアラブや十字軍の手に移り、街は発展していった。
オスマン朝の時代にモスクが建てられ、アラブ色が強い街並みになった。
今では、イスラエルが管理する観光地となっている。

港の「旧市街」と聞いて、活気があってノスタルジックな感じの街並みを期待して行ったら、きれいに整備された場所で、アートギャラリーやカフェ、お土産屋さんが並ぶおしゃれな街並みだったのでケンゾーとともにがっかりした。

半径300メートルくらいのこじんまりしたヤッフォの旧市街にはユダヤ教にちなんだ建物もあれば、カトリックの教会もあるし、イスラム教のモスクもある。

宗教が入り乱れるこの国の縮図みたい。



だけどイスラエルは、キリスト教やイスラム教の存在なんて重視しないかのように、まるでここはユダヤ教徒が開拓したユダヤ教徒のための場所であるかのようにふるまっている。

それでもわたしは、ここに居心地の良さを感じている。
この穏やかでさわやかな街にいると、領土や宗教で殺し合いの対立が起きていることが実感できない。

息苦しく、住みにくい国かと思っていた場所で「ここに住んでいいかも」なんて感じている。

このテルアビブは「なんてすがすがしい街なんだろう」って思う。

出会うイスラエル人はみんな愛想がいいし、おおらかなで気持ちがいい。
少しも陰気くさい感じはしない。

嫌いになるはずだと思っていたイスラエルが、好きになりつつある。

空港からエルサレムに直接行くつもりだったけど、すぐにメインをもってきてしまったらイスラエルとパレスチナの旅がすぐに終わりそうな気がして嫌だった。
ちょっとあと延ばしにしたいなと思って、エルサレムに行く前にテルアビブに立ち寄ることに決めた。
おまけのつもりで来たこの場所で、イスラエルの魅力を感じることになるなんて。



イスラエルはこんなにも平和で住みやすい国なのだろうか。
ますますイスラエルという国がわからなくなった。

立ち寄らないつもりが、1泊することにし、結局「ここ、いいね」と2泊してしまった。

ケンゾーがつぶやいた。
「きょうはいよいよエルサレムかあ。
 何時に出発しようかね。」


わたしのなかでまだエルサレムに行くのは早い気がした。
それに、イスラエルのほかの街の様子も知りたくもあった。

「ねえ、きょうエルサレムに行くのやめない?
 テルアビブの北の街のハイファってとこ、気になる。」


さっそく、インターネットをつないでハイファのホテルを探しはじめた。

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