子供の頃から外見が良くてモテていた私だったが、18歳ころから肌が荒れだしブサメンにまっしぐら。
ブサメンになったことで私の周りにいたほとんどの人間が、私から離れていった。
私にとって長く苦しい時期がつづいた。
自殺も何度も考えた。
しかし今の私は感謝している。ブサメンになったことを。
その理由を書いていこうと思います。
女性を下に見ていたクズだった私
イケメンだった私はハッキリ言ってクズだった。
とても尊敬できるような人間ではなかった。
子供の頃から女の子にモテていたせいか、女の子に優しくされることは私にとって「当たり前」のことだった。
だから私は女の子を自分より「下」に見ていたように思う。
それは男女差別とはまた違う、なんていうか・・・感謝や思いやりが欠如している・・・そんな感じ。
女の子に何かを手伝ってもらったり、助けてもらっても、私は女の子に感謝をしなかった。
いや、一部の女の子には感謝した。
その一部とは・・・可愛い女の子や美人な女の子。
あるいは人気のある女の子。
こういう子たちには感謝した。
しかし・・・平均的な容姿の子や平均以下の・・・いわゆる「ブサイク」と呼ばれるような女の子には感謝をしなかった。
ただ外見が劣る。
私はそれだけの理由でその子たちより「上」の人間になったつもりでいたのだ。
「俺につり合う女の子は可愛い子に限る」
そんなことを本気で思っていたのだ。
学校の成績が優秀なわけでもない。
スポーツができるわけでもない。
何かの特技があるわけでもない。
何かを必死で頑張ってるわけでもない。
「ただ顔が良いだけ」
それだけの理由で私は自分自身をランクの高い人間だと勝手に思いこんでいたのだ。
実に愚かなことだ。
勘違い野郎だったかもしれない
女の子たちは気づいてた子は気づいてたと思う。私のクズな人間性を。
そういう人間はなんとなく雰囲気でわかる。
オーラがよどんでいるというか・・・闇を抱えてるというか・・・。
だから女の子たちは私に優しくしながらも、告白までしてくれた子は少なかった。
「それってお前がモテてたと勘違いしてただけじゃねーの?」
・・・そ、そこは・・・否定しきれない。
勘違い野郎だったかもしれない。
でもそこはモテていたということにしてください。じゃないとこの話終わっちゃうから(懇願)
・・・と、とにかく、告白してくれた子の中には可愛い子は一人もいなかった。
私はその告白をやんわりと断りながらも内心「ブスかよ・・・。可愛い子来いよ。」なんてことを思っていた。
告白とはとても勇気のいること・・・。勇敢なこと。
そんなことも知らず、考えず・・・このクズは・・・。
それじゃあ私から可愛い子に告白しなかったかというと・・・そこはくだらないプライドがあった。
私は可愛い子ですらも下に見ていたのかもしれない。
「可愛い子なら・・・付き合ってやってもいいかな?」
お前何様だよホント・・・マジで。
そんな思考だったから、モテても初めての彼女ができたのは高校を卒業してからだった。
速攻でセッ〇スしようとする
私は女の子を何だと思っていただろう?
性処理の道具だとでも思っていたのだろうか?
私は女性との心のふれあいよりも、体のふれあいばっかり望んでいた。
それは学生時代からずっとだ。
思春期の時期も相まって、ヤルことばっかり考えていた。
女性とは男性が思ってるより繊細な生き物だ。
男とはちがい、体ではなく、心のふれあいを強く望む。
しかし私は女の子という生き物についてまったくわかっていなかった。
わかろうとなんて欠片も思っていなかった。
ただサルのようにセッ〇スを迫っただけ。
しかもゴムもしようとしない。
「中に出さなきゃ子供なんて出来ねーよ。」
性教育もなってねぇ・・・。
いきなりゴムもせず、きったねーもんを突っ込もうとするこのバカに、当時の彼女はどれほどの恐怖を覚えただろう?
本当にあの子には申し訳ない事をしてしまった。
その子とは約1ヵ月で別れてしまったが、彼女にとっては別れて正解だ。
だって私は本当にセッ〇スのことしか頭になかったから・・・。
下卑た武勇伝に惹かれる
この時期あたりからだったな。私の肌が荒れだしてブサメンになっていったのは・・・。
私は荒れた肌をなんとかするため、なけなしの給料から美容商品を買いあさっていた。
なんとしてもイケメンに戻り、女の子にモテたかったからだ。
モテてどうするか?
・・・セッ〇スだ。
私は高校を卒業すると働きだしていた。
働くと得られるもの・・・。
金。車。
この2つが得られることで学生時代よりうんと行動範囲が広くなる。できることも増える。
学生時代の頃は女の子とのデートなんてつまらなそうだと思っていたが、この2つを得ることで多少は楽しめそうかな?とは思ったが・・・やっぱりやりたいことはセッ〇ス一択だった。
私は20代前半の頃は大きい会社で働いていたことがあったが、勤めてる人も多い分、いろんな噂も聞こえてくるものだ。
「あの2人ヤりまくってるらしいよ。」
「あいつとあいつ、ヤッちまったらしいよ。」
いろんな武勇伝みたいなものを自慢する者もいた。
「100人以上の女とヤッた。」
「ヤッて速攻捨ててやった。」
女性が聞いたら耳をふさぎそうな下卑た武勇伝ばかりだったが、若く、性のことしか頭にない私にとってはどれも尊敬できるうらやましい話ばかりだった。
女性への思いやりの欠片もない。慈しみも何もない。
私はその頃には肌が荒れてブサメンになっていたから、もうその頃には女の子に相手にされなくなっていた。
いや・・・相手にされてなかったのはブサメンってのもあるが、こんな下卑た思考をしてたからってのも大きいと思う。
そんな浅はかな考えをきっと女性たちは感じとっていたのだろう。
それでもイケメンのままだったら何人かの女の子はひっかけることができていただろう。
だからこそゾッとする。
もし私がイケメンのままだったら・・・と。
恐ろしい可能性
あの頃の私には女性に対する思いやりなど欠片も存在してなかった。
ただヤルことしか頭になかったから・・・もしあの頃の私が女性にモテていたら・・・きっと手あたり次第手を出していただろう。
そして・・・ヤルことやって捨てていただろう。
さらにそれを武勇伝のように自慢げに話していただろう。
セッ〇スのとき、ゴムもしないような低能だ。
ヤリまくっていたら当然「できちゃった」ってことにもなったかもしれない。
私はそれに対し、責任をとるなんてことをしただろうか?
あの頃の私はそれすらも怪しいのだ。
ってゆーか自分の子供だと認めない可能性が高い。
「え~? 俺中に出してねーじゃん。だったらできるわけないじゃん? それ別の男との子供だろ?」
「俺のときだって簡単にヤラせてくれたじゃん? だったら別の男ともヤッてる可能性が高い。」
・・・妊娠してしまったときの女性の不安とはどれほど大きいものなのだろう?
男は逃げることができる。
しかし女はそれができない。
自分の体の中にある問題だから。
そしてその中にあるものは「命」
「おろせ」
「おろしてくれ」
男は簡単に頭を下げる。
それはつまり・・・
「病院でその命、殺してきてくれ。」
そう言ってるのと同じ。
そして男はその殺害現場に居合わせなくてもいい。
病室の外でことが住むのを待ってればいいのだ。
しかし女性はそうはいかない。
自分の膣に医療器具突っ込まれて、命が潰される瞬間を一番身近で感じとらなければならないのだ。
そうなる原因をつくったのは男だ。
その男から「それ本当に俺の子供?」「おろしてこいよ」なんて言われたら・・・
その男は殺されちゃっても文句は言えんよ?
私はそんな下卑たことをする可能性が高かったのだ。
多くの女性を傷つけてしまう可能性を秘めたクズだったのだ。
無害な雄に
だからこそ今なら感謝できる。私がブサメンになったことを。
私は女性に相手にされなくなって自分という人間を見つめなおすことができた。
そしてそのクズな考えを改めることができた。
「女性が自分より下なんてとんでもない。女性とはすばらしい。」
そして20代半ばになった私は結婚というものを諦め、女性に近寄ることを一切しなくなった。
無害・・・。
その頃の私は完璧に女性に対し無害な雄となっていた。
そしてそんな自分を気に入ってもいた。
私は女性にとって、電柱のような存在。
いてもいなくても気づかれないような・・・そんな存在。
それでいい・・・。
それがいい・・・。
そうなると不思議と女性は私に優しく接してくれるようになった。
やっぱりモテなくなったのは肌以外にも原因はあったようだ。
しかしその頃の私は赤面恐怖症がひどくなっていたので、若い女の子とはまともに話ができなくなってしまっていたが・・・。
この試練に感謝
「人生に意味のないことなんて一つもない」
よく母がそんなことを言っていた。
昔の私は「なに宗教じみたこと言ってんだ? 意味わかんねぇ。」とバカにしていたが、今ならその言葉の意味がわかる。
ブサメンになったこの経験・・・それは私にとって、とても大きな意味のあることだったのだ。
私は変われたと思う。いい意味で。
これは天が与えてくれた私が変わる大切な試練だったと思う。
本当につらい試練だったが必要なことだったと今なら思える。
私もこの記事を投稿する今年で35歳を迎えることになるが・・・じつは今、けっこう肌も綺麗になってくれているのだ。
あれだけ美容商品に手を出しまくっても全然だったのに・・・。
私の試練はどうやら終わりを迎えてくれたようだ。
大変だったけど・・・感謝してます。
ありがとうございました。
渡 かいと