プロフィール
高橋ちさ (たかはし ちさ)
クリスタルスペース代表
アーユルヴェーダライフコーディネーター
1978年静岡県生まれ。東京都八王子市在住。
2002年甲南女子大学 文学部 人間関係学科 卒業
客室乗務員として日本航空に約8年間勤務。
お客様一人ひとりに合ったサービスが評価され「スカイワード賞」を受賞。
その後、メンタルヘルスコンサルティング会社に転職。
海外駐在員のメンタルとライフスタイルのサポートを行う。
育児に悩んでいた時、実母が「この子は落ち着きがないんじゃなくて、風の質だからしょうがないの。」と言った一言がきっかけで、アーユルヴェーダの体質論に興味を持ち学び始める。
生まれ持った体質を知ることで、子どもの個性、関わり方、バランスを整えるポイントがわかり、
育児書に振り回されない〈その子だけの育児論〉を手に入れることができた。
客室乗務員時代に「あの人のようになりたい!」「ならなきゃ!」と、がむしゃらに頑張り続けた結果、心身共に疲れきり体調を崩す。
しかし、自分に合ったライフスタイルを過ごすことで、身心のバランスを取り戻し、人生の疑問や悩みが紐解けた経験をもとに、「自分らしく生きる」ことが「幸せの近道」である事を身をもって実感する。
現在は、アーユルヴェーダの体質論から、本来の自分自身の魅力、自分に合った日々の過ごし方、自分の活かし方、心身のバランスの整え方を伝え「がむしゃらに頑張るのではなく、自分自身を大切にしながら活躍する女性を増やすため」の個別セッションや各種セミナーを開催する。
3歳の女の子と10歳の男の子の母。
趣味は、身体に優しくて美味しいものを探すこと♡
ごあいさつ
はじめまして!
アーユルヴェーダライフコーディネーターの高橋ちさです!
5000年続く、インドの伝承医学であるアーユルヴェーダを取り入れた体質診断やベビーマッサージで、ママも子供も本来の資質が輝くための、関わり方、食事、過ごし方などをご提案しています!!
病弱だった幼少期
私は、小さい頃から本当に病弱。ご飯は食べない。かんしゃく持ち。いわゆる育てにくい子だったようです。いつも、病院に行っては薬をもらい、これといって大きな病気はしたことがないのですが、
風邪をよく引き、とにかく体調不良の塊でした。
いつも小児科の待合室で待っている記憶が残っています。
成長とともに、だんだん健康になっていきましたが、親の会社が倒産したのをきっかけに、大きなストレスが私に降りかかってきました。
その頃から、胃の不調が続き、高校生の時にはじめて胃カメラを飲み、食事をすると必ず気持ち悪くなったり、胃痛になったり。食べたいのに、胃が重く苦しくなるを繰り返し、”太田胃散胃腸薬”は私にとってのなくてはならない常備薬になりました。
毎年予防接種受けてたのに臨月でインフルエンザ!
インフルエンザにかかると嫌だからと必ず予防接種は受ける。風邪かな〜と思ったら、予防ですぐにクスリを飲む。という、クスリ大好きな私が、第一子を妊娠した時に臨月でインフルエンザにかかり、
半月以上寝たきりの状態になってしまいました。
とにかく、体力がない。体調が戻らない。立ってもいられない。もう出産間近で大変な目に遭ってしまったんです。
インフルエンザで高熱の時に、妊婦でも飲める頓服を使用したり、とにかくクスリでなんとかしようと必死でした。頓服を飲んだ後は熱が下がって少し楽になるんですが、またすぐに高熱。
その時に辛いことと言ったら。のちに、無理に熱を下げることの危険性を知ることになりました。
予防接種への疑問がぬぐいきれなかった
やっと熱がさがって、さぁ!体力を取り戻すぞ!とがんばって歩き始めたら、すぐに陣痛。
結局、体力が戻らないままの出産となり、力がないので、悲惨な出産になりました。
私がいきめないので、息子は吸引されて出てきました。母子ともに健康だったので、本当に良かったです。
息子を出産して、私が心配だったのは「予防接種」のことでした。
西洋医学を信じていましたが、小学生の頃に見たニュース番組が忘れられなかったんです。
それは、予防接種の被害者の方たちの記者会見でした。
私は、子供ながらに「注射は打たなきゃいけないのに、打ったらこんなことになってしまうのかもしれない」「私もまだ打たなきゃいけないのかな?」「こわい!」そうゆう気持ちが蘇ってきました。
必死で産んだこの子に、なんの知識もない予防接種を打たせていいものかをとても悩みました。
その時に、「義務だと思っていた予防接種」が「義務ではなく任意」だと知りました。
私は、自分が納得するまで「予防接種」に関して調べ、納得できなかったら打つのはやめようと決意しました。
脱・クスリ!自然派への転身
予防接種について、調べるうちに、クスリへの疑問も抱くようになりました。
私は、神戸に引越しをしてから、とにかく甘いものが大好きになり、産後はカンジタになってしまいました。カンジタは甘いものを栄養源にしているので、今までの私の食生活を考えたら、なって当たり前の病気でした。
治療で膣に抗生物質を入れるのですが、これがまた痛い!
治療を続けても、何にも変わらない。その時に出会ったのがホメオパシーでした。
ホメオパシーとの出会い
ホメオパシーは賛否両論ありますが、薬漬けの日々と治療をしても変わらない私にとっては、試す価値のある大きなものでした。
これまた、知らないのは嫌なので、あらゆる本でホメオパシーのことを調べ、治療することを決めました。治療を続けていくことで、クスリで治らなかった症状が落ち着き、全く気にならないようになりました!
これはすごい!!
そう思い、長年の悩みであった胃の治療もホメオパシーですることを決めました。
太田胃散が手放せた!!世界が変わった!!
ホメオパシーでの治療を1年近く続けた頃に、気づくと胃の不調が治っていました!!
私の太田胃散を手放す時がきました!!
もう太田胃散のストックがなくても、なんの心配もない(笑)
そして、あれだけクスリに頼っていた私がクスリを飲むことが一切なくなっていました。
脱・クスリで変わったこと
毎年受けていたインフルエンザの予防接種。病気になったらこわい!という固定観念。
それらが、体のこと、クスリのことを知ることで、どんどん無くなっていきました。
それが、私にとってはとても心地よかった。
あーなったらどうしよう。こーなったらどうしよう。
世間がインフルエンザや様々な病気で騒いでいても、どうしたらいいのかが分かる。病気になるのは決して悪いことではなく、病気も自分を見直すきっかけになるんです。そして、病気になり、熱を出すことは大きなデトックス。より良い体になるための、自然な現象なんですね。
アーユルヴェーダとの出会い
アーユルヴェーダは、私が中学生の時に母から伝わってきました。
私と同じように病弱だった母親はいつも、暗い部屋で寝ている。という印象でした。
そんな、母が「アーユルヴェーダはいいらしい!」そんな噂を聞きつけ、アーユルヴェーダを取り入れ始めたのが今から約25年前。
当時、アーユルヴェーダという言葉もほとんどなかったような時代です。
でも、母がアーユルヴェーダを取り入れてから、寝込む頻度がどんどん減っていきました!
そして、気づいたら「ちいちゃん、お母さんインド行ってくるから〜!」と、学生の私を置いて1ヶ月〜3ヶ月もインドに行ってしまうという自由人に変貌してました(笑)
これは、私にとっては迷惑でもあり、嬉しい出来事でした(^^)
アーユルヴェーダは知っていたけど取り入れない!!
アーユルヴェーダを知り、その凄さを感じながらも、私は全く取り入れませんでした(笑)
なぜなら、面倒臭いから。
朝、舌掃除しろだの、あれ食べちゃいけない。これ食べちゃいけない。
こうしろ、あぁしろが私にとっては窮屈でした。きっと私でなくても、皆さん窮屈だと思います(笑)
好きなものを食べて、好きなように過ごしていました。
クスリを飲まなくなっても、少し添加物に気をつけるくらいで、今思うと不摂生だったな〜と思います。
息子が気付かせたアーユルヴェーダの凄さ
私と同じように育てにくさを感じていた息子は、かんしゃく持ち、ご飯をたべるのにムラがある、落ち着きがない!寝ない!そんな息子との関わりを見ていた母が、「彼は風の質だからしょうがない」と教えてくれました。
母が教えてくれたのは、息子は風と火の質を持っている。だから、急に怒り出したり、お腹がすくと我慢できずに怒り出す。いつも風のように動く。でも、とても正義感も強く、好奇心旺盛なのよ。と。
それらの、質が思い当たることが本当に多く、知るだけで私の育児の仕方に変化が現れました。
アーユルヴェーダが人生を変えてくれた
私は、アーユルヴェーダに出会えたことで、本当に人生がかわりました。もし、アーユルヴェーダに出会えていなければ、人と比べてたり、自分のためでなく人の顔色を伺いながら過ごしていたんだと思います。
子供のことも、体質を知るからできる関わり。
自分のことも、感情や他人の意見に左右されなく自分を客観的に見れるようになりました。
迷いながら生きている方の支えになりたい
私がアーユルヴェーダで変われたように、いまの自分に自信が持てない方やどうしていいかわからない方のお役にたちたい!自分の資質がわかることで、解決できることがたくさんあるんです!!
みんないいものを持っているのに、それにただ気づいていないだけ。そのひとつ一つの可能性をアーユルヴェーダの体質論をベースにお伝えしていきたい!
そう思って活動しています♥