「加齢臭」の文化
「加齢臭」という言葉で今多くの中高年がパニックに陥っているようです。
要するに体臭なのですが、「加齢臭」を発することがなにかとんでもない犯罪であるようで落ち着きません。
私たちは割りと匂いに敏感ですが、匂いを表現する言葉を持ちません。「良いにおい」だとか、「いやな匂い」、「きついにおい」、「やさしい匂い」といった表現がありますが、それぞれの匂いに名前は付いていません。
色ならば「赤」「青」「黄」「緑」といった基本色から「利休鼡」といった複雑な色にまで名前をつけようとします。においと同じように目に見えない味でさえ、甘い、しょっぱい、酸い、苦い、というように、基本的な名前がつけられています。
これまでのところ、こういった抽象化されたにおいの表現としては、柑橘系のにおいといった言い方がありますが、これも表現の仕方であって、名前ではありません。
「加齢臭」というのはおそらく、特定のにおいに名前をつけたという意味では、日本語初、歴史的な出来事ではないかと思います。
名付け親は「資生堂」で
2000年12月11日に、資生堂の研究所により、中高年特有の体臭の原因が不飽和アルデヒドの2-ノネナール(C9H16O)であることが発見された。この体臭は、資生堂により「加齢臭」と言う名称が付けられた。(Wikipedia)
となっています。
においというのは、揮発性物質の「嗅覚」に対する刺激ですから、においの元となる物質が必ずあります。加齢臭の場合はそれが「2-ノネナール」という物質です。
この物質が、人体では「皮膚表面に見られるパルミトレイン酸やバクセン酸のようなω-7不飽和脂肪酸の酸化的分解反応によって生じること」、「ω-7脂肪酸の濃度は加齢によって増加する」ということが資生堂ライフサイエンス研究センター生理科学研究所のメンバーによって明らかされたと書かれています。
以前から中年男性のにおいが家族にも耐えられなくて、洗濯も別々にするといったエピソードは耳に入っています。たぶんこれも「加齢臭」が原因だと推察できますが、学問的に明らかにされた「加齢臭」と、私たちが思いこんでいる「加齢臭」が、同じものであるという証拠はありません。
私たちが感じた「おじさん臭さ」の原因物質が「ノネナール」であると実証されて始めて「加齢臭」だと確定できるのです。
私たちは「加齢臭」という言葉を知っているだけで、本当の「ノネナール」のにおいと結びつけて確認したことがないので、いやな匂いを押しなべて「加齢臭」と呼ぶ傾向にはまっています。実際にノネナールの匂いをかいで見ると、なつかしい「お父さんのにおい」だったということもありえます。
ヒトは、名前がつけられると、急にそれを発見するようになります。名づけられることによって、いままで漠然としていたことが、はっきりとした輪郭を持つようになるからです。
「2-ノネナール」の説明を見ると「熟成したビールとソバの重要な芳香成分でもある」となっていて(Wikipedia「2-ノネナール」)、悪臭と反対の効果もあることがわかっています。
名前は付けられたけれど、この物質と体臭の変化との関係はまだわかっていないことのほうが多いといえます。
問題は「なぜ40歳代以上」に多く発生するのか、が確定していないことです。
20代の女性にも発見されるということですから、実は「加齢」や「性差」とは直接関係はなく、主として加齢に伴って生ずるさまざまな現象のいくつかがその原因になっているかもしれないのです。加齢に伴う身体的衰えかもしれないし、社会的役割から来るストレスが原因かもしれない、あるいはなにかの病気の前兆かもしれないなど、あれこれ考えることはできますが、まだその原因はつかめていません。
ただ、「ノネナールの抑制には、ノネナールの基質となる脂肪酸である9-ヘキサデセン酸の分解を抑える抗酸化剤と抗菌剤が有効である。加齢臭自体は機能性香料またはミョウバン溶液で抑えることができる。」(同上「加齢臭」)ということで、「におい」を悪者に仕立てて、躍起になって消しているというのが現状ではないでしょうか。
もし加齢臭の本当の原因が「なにかの病気の前兆」や「役職に付随するストレス」であったとしたら、匂いがしなくなったからと喜んでばかりいられません。
お父さん「臭い」と責める前に、「お父さんどこか悪いんじゃないかしら」と心配する「匂い文化」がほしいな、と思います。
* * * *
音の呼び名が「太鼓の音」、「雨だれの音」、「ガラスを金属でこする音」という風に、音源そのものと深く結びついているのと同じように、匂いも「花のかおり」、「トイレの匂い」、「魚のはらわたの腐った匂い」と言ったように、匂いの発生源を特定した表現が一般的です。
普通私たちは、「快い匂い」か「いやな匂い」かという区別しかしません。快い匂いは、「かおり」という別の言い方があり、これは広義の「匂いの名前」といえないことはありません。
しかし、「かおり」のやっかいなところは、同じ「かおり」発生源であっても「快い」と感じたり「不快」と感じたりすることがあることです。よくある例ですが、オーデコロンの場合、匂いがきつすぎたり、男がプンプンさせていると決して「快いかおり」とは評価されません。女性の、そばによった時ほのかに感じるかおりだと「快い」と喜ばれます。
「におい」の良し悪しを評価するのに大きい影響を与えるのは文化的伝統です。
これもよく聞く例ですが、日本人ビジネスマンがまだ家族で海外赴任をすることが珍しかった頃、アメリカのある都市で、奥さんが朝味噌汁を作ったところ、アパート中で変なにおいがすると大騒ぎになったといいます。
逆に日本人は欧米人が好むチーズの匂いが耐えられなかった。
日本の中でも、クサヤの干物が大好物な人が、琵琶湖の鮒鮨(ふなずし)の匂いには我慢できなかったり、味噌はなんともないのに納豆はどうしても食べられないということがあります。
何れもたんぱく質と脂肪でできたものを細菌が分解することによって出てくる匂いで、魚の干物の匂いも、道端に捨てられてからからに乾いた魚の匂いも、漁師町や魚市場に入ったときに感じる匂いも、二日ほど風呂に入らなかったときの体臭もトイレの匂いも、発生原因はほぼ同じなのですが、それそれが存在する環境全体に対する価値観の違いが、匂いの良し悪しを決めています。
男性が香水をつけることが快く思われなかった時代でも、「香り袋」をポケットに忍ばせることは別に非難されませんでした。その行為が伝統を踏まえていたからで、香水をつけるなんて「西洋かぶれ」のいやなやつという常識のなかでは、男性が香水を使うことは勇気のいることでした。
化学物質としてのノネナールは本当にいやな匂いなのか。
ごく普通の匂いであって、特にいやな匂いとはいえません。ですからこのサイトはこんな指摘をしています。
若者はおじさんの加齢臭を「鼻」だけでかぎ分けているのではありません。中高年男性の目に余る言動を視覚的・聴覚的にとらえた上で「オヤジクサイ」と表現しているのです。道端でタンを吐く、爪楊枝でシーハする、人前でも平然とゲップやオナラをする、オヤジギャグで場を白けさせる・・・などの行動をとっていませんか? これらの行動は視覚的・聴覚的にも「クサイ」といわざるを得ません。若い人たちが敬遠するのも無理はないでしょう。
「加齢臭」という言葉が、若者が「おじさん文化」を排斥するための言葉であることを、図らずも表明しています。サイトの主は若者の立場に立って、「おじさん文化」を否定しています。
現代の文化が、若さを善とし、必要以上に若者におもねった文化となってしまったことが自ずと表われています。
「加齢臭」というネーミングもそれに加担しているように思われます。
「臭」という文字はどちらかといえば「いやな匂い」の意味を表します。原因物質であるノネナールは、いやな「臭」、よい「香」、どちらの原因物質にもなりえることが明らかです。そのどちらをも表現できるのは「匂」ですが、これは音読みをもたない国字(日本で作った文字)ですから、ネーミング用としては使いにくかったのかもしれません。どうせなら「加齢香」とでもつけていれば、今とは違った反応があったかもしれません。
加齢臭の発生は基本的に生理現象です。ですから消しても消しても必ず出てきます。それをいちいち排斥対象にしていたのでは永遠に解決しません。
それと同じように「道端でタンを吐く、爪楊枝でシーハする、人前でも平然とゲップやオナラをする」も加齢による生理現象から来ることを、若者は理解するべきです。自分もやがてそうするときが来るのです。
年取って歯に隙間が出てくると、どうしても物が挟まる、気持ち悪いから楊枝でせせる、つばをためて口の中をグチュグチュする、それでも取れないときは口に指を突っ込む。人前ではするな? それが我慢できるか、おじさんになってみればわかるでしょう。ゲップやオナラもそうです。平気でやっているわけではない。平気な顔をしているのは恥ずかしいからです。若い人だって我慢できない時は知らん振りして出してしまうでしょう。
高齢者を尊敬し、思いやることのない、若者の傲慢な文化の象徴の位置に「加齢臭」はあります。
コメントを書く
(ウェブ上には掲載しません)
コメント