ぼくは脱サラ&移住で「過去の交友関係」とほとんど「疎遠」になったのですが…。
「そういうこと」に対して悩んでる人もいるようですので、
今回思い切って「一筆」取ることにいたしました。
(※当記事は2015年と2016年に初掲載された2つの記事を1つに集約後、
さらにリライトして2017年に再掲載したものです。)
友達が少ない人は「サヨナラ」をしてきた人という記事を読んで
「ビビッときた」んですよ。
友達が少ない人は何もはじめから友達が少なかったのではありません。
人は歳を重ねていくほどたくさんの人と出会います。
そして、多くの人々と会えば会うほど価値観の変動が起こります。
価値観が変わっていくと、昔からの友人といえでも話が合わない人というのが出てきます。
お互いの意識レベルがズレてくるのです。
友達が少ない人とは、自分の話と合わなくなった人々にしっかりと「サヨナラ」をしてきた人たちです。
友達が少ない人は、話が合わないにも関わらず、わざわざ時間を作って会うことはお互いにとって何の利益ももたらさないことを知っています。
友達が少ない人は過去の人間関係に縛られずにしっかりとリセットしてきた人たちなのです。
いいですね〜「非常に同意」です。
今までに自分がしっかりと
「サヨナラ」をしてきたかどうかっていうポイント、
自分が前に進むために重要なことだと、
脱サラ&移住した今ならすごくわかるんですよね。
そもそも、
それぞれの人生って波のある線のようで、
重なったり交わったりするような
「タイミング」しだいで仲良くなったり仲悪くなったりが
「自然」なんです。
お互いのステージが変わり、
相容れない存在同士になってしまった時点で
「サヨナラ」をしておくと、
後腐れなくWin-Winな関係として
「昇華」できるというイメージですね。
ぼくもブログの更新情報をSNSに流したらリムーブされました
そんでもって、お話は「ブロガーあるある」に移行します。
というのも、ぼくは前々から
「ブログは毎日更新しようとすると嘘がつけずに等身大の自分をさらけ出すことになる」
と感じていたんですけどね。
つまり、上辺だけの付き合いの人からしたら
「面食らう内容になる可能性が高い」ワケです。
ぼくも脱サラ&移住をキッカケにブログの更新情報をSNSに流し始めたら、結構な数の友人たちからリムーブ喰らいました(笑)その時はそれなりに凹みましたが、よく考えたら「関われば関わるほどお互いストレスを感じてしまう相容れない存在同士」だったので結果的に良いデトックス効果を得ましたね。
— ぴーすけ(東直希) (@pskpsk1983)
2年前、脱サラ&移住を
「決意」してブログを本格的にUPし始めたのですが…。
SNSに更新情報を流し始めた直後、
結構な人数に「友達削除」されちゃいました。
その時はわりと凹みましたが、
1年以上たった今は色んな意味で「最高にスッキリ」しているので
「合わない人たちとサクッと縁が切れて良かった!」
という感想になったんですよ。
そういった意味で、
ブログの更新情報をSNSに流すと人間関係が勝手に
「デトックス(解毒)」されるので超オススメです(笑)
そもそも「用意されている機能」の利用は自由
過去の記事に書きましたけどフォローやリムーブなどの「用意されている機能」の利用は自由ですよ。|SNSで「勝手に」消耗している人たちへ。義理や世間体を気にしてブロックやミュート機能を使わないのは逆に『失礼』ですよ - pskのblog https://t.co/c8kr3pwOBo
— ぴーすけ(東直希) (@pskpsk1983)
というか、
なぜか誰もが忘れがちなことだと感じているのですが…。
そもそも
「SNSで友達削除やミュートにブロックなんて機能は誰がどう使おうが自由」
なんですよね。
なのでぼくの持論ですが、
仲良しごっこで「サヨナラ」をせずに、
裏で陰口を言いながら交友関係を続けている方が
「失礼」だと考えています。
だから自分が削除されても「呪わない」という選択をしたい
とはいえ、
自分が好意を寄せていた相手に
「拒絶」されたら凹むのもよくわかります。
でもそれと同時に本当に好きなら
「相手の選択を最大限に肯定」できるとも思います。
「呪うか祝うかは自分が選ぶしかない」ので、
ぼくは後者にしたというだけの話なのです。
人間関係は「自分で選んで」清々しく生きよう
会社員時代のラスト3年から不要な飲み会は全部断ってきましたが、惰性で付き合う飲み友達や愚痴仲間なんて存在していないほうが確実にストレスが少なく、自分の人生が楽しくなってきたことを実感してますね。そしてフリーになった今、人間関係を選ぶのは100%自分の責任なのでいつも清々しいです。
— ぴーすけ(東直希) (@pskpsk1983)
ここで1回まとめてみますと
「人間関係は常に更新が必要だ」ということになりますかね。
慣れ合いで付き合い続けるのではなく、
「自分の意思で選んでいるんだという自負があるかどうか」
で清々しさが段違いなワケでして。
だからこそ、ぼくはお互い合わなくなってきた時点で
「サヨナラ」をしあって風通し良く過ごすのが好きです。
縁があればまた出会うでしょうしね。
世の中には自分にとって「4種類の人」がいる
さて、ここまではSNSでの「友達解除(もしくは削除)」のお話でしたが、
ここから先はもう少し突っ込んだ内容を。
ブロックされた相手にも、こちらからブロックし返すことが可能ですので、とりあえずそうしとけばOKだと思います。というかそれが一番平和ですね。
— ぴーすけ(東直希) (@pskpsk1983) 2015, 10月 13こうやってブログなどでネット上に
「自分の思い」を書き続けているとですね。
あくまでぼくの「独断と偏見」なのですが、
大きく分けて以下の「4種類の人」に出会いやすくなると思うんです。
- ①パッと見ですぐに理解し合える人
- ②話してみたら理解し合えた人
- ③パッと見で絶対に理解し合えないとわかる人
- ④理解し合える人だと思って話してみたら超絶理解し合えなかった人
①の人とは「出会って4秒で意気投合」するレベル。
②の人とは「何度かお会いするうちに仲良くなる」イメージ。
③の人とは「もう出会った瞬間心身ともに拒絶してしまう」ような直感付き。
ここまでくるとお分かりかと思いますが、
「④の人が一番厄介」だと思うんですよ。
そういった人に対する対策も記事にしたりしてましたし。
そしてぼくは「情報を発信する側」なので、
多くの場合は相手からアクションを受けて対応するワケでして。
でもですね、何度かやり取りしているうちに
「手のひら返し」をされることが結構あるんですよ。
たとえば、先日も「相手から」アクションを受けたのに
何故か「ブロック」されてたり。
それがあまり何度も続くので、
「世の中こういうもんだ」と最近は諦めたんですよね。
あともう一つ。
ブロックは「機能として用意されている」んだから、
「自分の好きなように使えばいいよね」
って思うようになったということも大きいです。
ですので、今後は
「去る者追わず」に徹しようと思いました。
「見なければいい」で済む場合もあるからまずは試してみよう
「去るものを追わないために具体的にどうしたらいいのか?」
って考えてみたら、
「こちらからも拒絶しとけばいいじゃん」
という身も蓋もない結論に達しました。
でも対策を何もしないよりは精神衛生上
「100倍はマシ」かと思うので、
さっそく試してみようと思います。
ということで
「Twitterはブロックされた相手に対して自分からもブロックできる」
のでサクッと実行。
うーむ、思ったより「スッキリした感」がある!
いい感じですね。
いかがでしょうか?
みなさんにもオススメですよ~。
てか、書いてて思ったんですけど
「去るもの見ない」という表現のほうが正しいかもですね。
1度失ったものは2度と戻らないからさっさと前に進もう
最近ふと思ったんですけど、一度失った信頼って二度と取り戻すことができないんですよね。取り戻せたように見えたことがあっても、それは信用を得たということであって。信頼は未来、信用は過去。どちらも尊いものですけど、別々に考えておかないとなぜ失敗したのかがわからなくなってしまうと思います
— ぴーすけ(東直希) (@pskpsk1983) 2015, 10月 18あのですね、
「1度失った信頼は頑張れば取り戻せる!」みたいに思いがちですが、
ぶっちゃけ頑張らなくていいと思います。
だってそれ「無くしたものとは別物」ですからね。
たぶん前述の「手のひら返しをした人たち」からしたらぼくは
「その人たちから勝手にもらっていた信頼」をどこかで裏切ってしまったのでしょう。
でもこちらからそれを追いかけて取り戻す必要は「まったく無い」です。
そんなことに時間を使うより、
冒頭で紹介した「①パッと見で理解し合える人」に出会いに行くべきですので。
1度失ったものは2度と戻らないから、さっさと前に進んじゃいましょう。
そのほうがきっとイライラせずに
「ワクワクし続けることができる」と思いますよ。
まとめ:SNSの友達解除や削除、ブロックはむしろ「良いこと」
SNSの友達解除、ブロック、ミュート、フォローを外す…そうやって「縁を切る」というのは全部「優しさ」である側面があると思うんですけどね。だって「嫌われたくない」という自分のワガママで嫌々関係を続け、裏では陰口を叩くのはめっちゃ「厳しさ」の象徴だと思いませんか?ぼくはそう思います。
— ぴーすけ(東直希) (@pskpsk1983) 2017年2月1日
そんなこんなで、ぼくはガンガン「縁を切って」ます。
だから逆に「縁を切られても気にしない」ようにしてるワケでして。
そのほうが「健康的」だと思いませんか?
ぼくはそう思っていますよ。