悪気のなさが身にしみる

同僚だったMちゃんは、お人形のようにかわいい顔をしている上に某国立大学をを卒業していて、会社でも一目置かれている可憐な乙女だったのだが、見かけと違って性格は乙女とは真逆で、がさつで問題児のような部分がある人だった。かつては派遣の女の子に心無い一言をあびせたために大喧嘩になったこともあったし、自分の上司に、「気持ち悪いからこっちを見ないでくれ」と言ってしまったこともある。どうやら、思ったことをストレートに表現する兆候があるみたいで、本人は「本当の事だから言ったんだ。事実なんだから何が悪い」というスタンスらしいが、本当の事を言う事がいつも正しいとは限らないということを、どうもわかっていないような部分がある。

実は、わたしもやられたことがある。

その年の2月に、わたしは同僚達と韓国旅行に行った。そこで安いカットソーを購入した。タートルネックで半袖、体にぴったりするタイプの黒いカットソーで、その表面にメッシュのようなガーゼの目の粗いもののようなものがついていて、それが黒いカットソーに部分的に縫い付けられていた。ぱっと見ると、細かいひまわりの柄のように見えなくもない、変わった模様のものだった。安かったのだが意外にかわいくて、会社でも「それを韓国で?日本円で1,000円?安くてかわいいねえ」とみんなから誉められた。わたし本人も気に入ってきていたのだが。

しかし。

洗濯を2度ほどした後、着ると変な匂いがするようになった。初めはしなかったのに。その匂いは、「プラスチック製品が熱で溶けたような匂い」であった。洗濯の後くんくんしてみてもわからないのだが、着ていて体温で洋服が温まってくると、時々ふわんとそのプラスチックが溶けたような、化学薬品のような匂いがするのだ。仲のいい同僚に聞いてもわからないというし、いつもいつも匂うわけではない。しかし、たまにプラスチックが溶けたような匂いがする。体温で洋服の温度が上がると洋服の一部が溶けてそんな匂いがするのだろうか?まさか、わたしの体温は36度程度だぞ。そしてそれは、ちょっと気持ちが悪くなる匂いであった。観光バスの排気ガスの匂いなどと同系列の匂いであった。そして、洗濯をしても消えないどころか、だんだんその匂いが強くなっていくような気がした。

それを着て会社に行った日(ちなみに、一度着たらその服は洗濯していた。洗っていない状態で再び着ることはなかった)、Mちゃんと、もう一人の同僚と3人でランチに出かけた。その日は暖かく、昼間はちょっと暑いくらいだった。会社近くの中華料理屋さんやレストランが並ぶ道を歩いていたら、急にMちゃんが「臭い!!」と言い出した。そして、「HABIBIが臭い。ヘンな匂いがする」と言ったのだ。

わたしは、「あらやだ、とうとうこの服の匂いが、人にわかるほどになった?」とびっくりしたのだけど、わたしを臭いと言い切るMちゃんの大胆さにもびっくりした。わたしには心当たりがあるので、微妙な顔をしつつもヘラヘラとした感じで「あら?そう?」と言っただけなのだが、もう一人の同僚が注意してくれた。

「他人の事を臭いとか言うのって失礼じゃない?それに、HABIBIさんは臭くないわよ!」、と。しかしMちゃんは平然ときっぱりと、「だって本当に臭いんだもん」、とまたも断言。

よしんばわたしが臭かったとしても、そんなことをそういう風に言ったら、やっぱりやばいでしょうよ。もし我々が中学生なら、イジメとか不登校とかの原因になるよ?と思ったのだけど、いつものMちゃんらしいわなあとヘンなところに感心してしまって、わたしは何も言えなかった。

同僚はわたしのそばに来てわたしをくんくんと嗅いで、「ほら!何も臭くないじゃない!!」と言ってくれたのだが、Mちゃんは「いいや、臭かった」とあくまでも言い張る上に、わたしに謝罪とか、わたしに対する配慮はまったくない。もしもわたしがワキガで臭かったとしても、そういうことを言っちゃいけないし、言うのならもっと違う言い方をしないといけないと思うが、そんなルールはMちゃんにはない。わたしはワキガではないし、割と体臭がない方だけど、やっぱり臭いとはっきり言われると気分は良くない。

それに、その時歩いていた道もちょっと微妙なのであった。雑居ビルが建ち並び、古くから存在する飲食店が多い道路で、そこの道を歩くと、日ごろから、料理店の匂いやら下水管の匂いやらゴミ箱の匂いやら、いろんな匂いがする道なのであった。もしかしたら、下水の匂いとか、近くを歩いていた人の口臭とかが風に乗って流れてきたかもしれない。たまたまわたしが風上にいて、あたかもわたしから匂ってきたかのように感じたかもしれない。いやいや、わたしが本当に臭かったかもしれない。しかし、それでももうちょっと言い方があるだろうし、ちょっとふわっと匂いがしたぐらいでいちいち臭い臭いと言われるのも困る。人間だから口臭も体臭も、いつもよりする日があるだろうし、そういうMちゃんだっておならもするし、口が臭いときもあるだろうよ。

結局Mちゃんはそのような爆弾発言をしたことに対する弁明も謝罪もなく、実際臭かったんだから何が悪いというスタンスを貫き通し、そんな失礼なことをいうMちゃんに対して同僚はプンスカするし、わたしはどういう態度をとるべきかわからなくてもじもじするし、とっても居心地の悪いランチタイムになってしまった。Mちゃんもどういう匂いだったのか言ってくれればわたしもそれに対して返事ができたのだが(プラスチックが溶けたような化学薬品ぽい匂いと言われれば洋服の匂いだ!と言えるし、下水みたいな匂いだと言われればこの道路の匂いだろうと言えるし、ワキガみたいな匂いだと言われればわたしじゃないと思うよ、さっきすれ違った人じゃないの?と言えるのだけど)、ただただ「臭い」としか言ってくれないので、わたしもなんとも言えず。色々言うといいわけっぽいし。

その服は結局その夜捨てた。4~5回ぐらいしか着ない状態で捨てたのだが、その後臭いとは言われなくなったものの、それは臭いくないからか、同僚に注意されてMちゃんも考えたのかわからない。

他にも、久しぶりに会ったときに開口一番、「太った?」などと、思ったとおりのことを言うのも閉口である。実際太ったのなら悲しいし、そうじゃなくてたまたま着ている服でそう見えるときもあるし、たまたま前の日飲みすぎてむくんでいたかもしれないし、見間違い目の錯覚ということもある。その上今の日本で、女性に太った?と口にするのは気をつけたほうがいいし、久しぶりに会ってこっちは「あら、久しぶりだね」と挨拶しているのに、挨拶も交わさないで「太った?」と言うのは、大人としてどうかと思う。わたしは苦笑しながら、「さあ?洋服がきついってことはないけど、そもそも元から痩せた人じゃないからねえ。どうなんでしょうね?」と答えておいたけど、この人のこういうところが苦手だわと思ってしまった。

Mちゃんは顔はかわいいけど、スタイルはあまり良くない。足が短くてかなりのO脚で、彼女の後姿を見ると、およそあのかわいい顔の子だとは想像できないほどである。しかし、そんなことを彼女に言ったことは一度もないし、言うつもりもない。言ってどうなるというのだろう?そして、そんなことを言うことが正義だとは思えない。

彼女の肌は割と色黒で、「地黒と言われて傷ついたことがある」と本人も言っていたことがある。だったら他人の事も気をつけて言えば?と思うのだけど、「本当の事だもん、何が悪い」という考えの方が強いみたいで、ちょくちょく直球発言をしてしまう。前述の、上司に気持ち悪いと言った話だってそうだ。その上司(男性40代後半)は、癖で仕事中きょろきょろするのである。同じフロアの人はみんな気付いていて、なんで仕事中にきょろきょろして人のことを見ているのかしら、ちょっと気持ち悪いわよねえと、陰ではこっそり言っていた。しかし、本人にそんなことは言いづらい。本人に言っても、「え?そうですか?見てませんよ」と言われそうだし、どうも本当に何気なく意識しないで癖できょろきょろしているだけっぽいのである。それをMちゃんは、「気持ち悪いからこっちを見ないで下さい」と言ってしまったのである。案の定、その上司は、「え?わたし、見てますか?」と驚いていたらしい。もしも本当に、きょろきょろ見られて気持ち悪かったとしても、そういう言い方をしないと思うのだ、普通は。そして、本当に気持ち悪くても、「あんたは気持ち悪い」などとは言えないと思うのだ。言っちゃいけないというか。犯罪行為、たとえば痴漢行為をしているような人には言ってもいいかもしれないが、単に癖できょろきょろしている程度で、人に面と向かって気持ち悪いと言っちゃう人は、そっちのほうが危険のような気がする。

噂ではMちゃんは結婚して子供を産んだらしい。わたしはこっそり、「Mちゃんみたいなお母さんいやだな。ズケズケ言いそうだもん」と思ってしまった。勿論、わたしは本人には言わない。

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