ウェブブラウザのJavaScript(ジャバスクリプト)の設定が無効になっています。Javascriptが無効になっていると、サイト内の一部機能がご利用いただけません。 美味しいって、幸せ2016年2月6日 21:32「もう、信じられない。このタイミングでみかんのパウドケーキなんて、しかもみかんのピールジャム付きなんて、食べちゃうに決まってるじゃない!……おかわりするわよ!」ほんとーに、むかつくわ、美味しくて!最後までは、怒りを持続していられない、といった感じで、唇だけを尖らしたナミが空っぽにした皿を給仕するサンジへ突き出す。うやうやしく、受け取って、サンジはすでに用意済みの、添えたジャムを、みかんの果肉を混ぜ込んだシャーベットに変えた皿を、ナミの前へ差し出す。どうぞ、こちらもおススメです、と微笑んで。その皿を見た瞬間に、くっ、とナミは悔しそうに唇を噛んだ。なんだって、ちょっと口をさっぱりさせたいな、なんて自分もはっきりとは自覚してなかった欲求を、彼には知られてしまうのか。悔しいけれどかなわない。そして、ーーもう飽きるくらいで、何度目かも覚えていないけど、ーーこの船に乗る限り、この美味しい料理と引き換えに自分は、女の子の憧れを諦めなければならない、って残酷な確信に、暗くなりながらナミは、今回の敗北を宣言する。「お気に入りのブランドの新作デニム、すっごくかわいかったけど、すっごく、すっごく、かわいかったけど………っ、諦めるわ。」 ほんとーに、むかつくわ、美味しくて!みかんのシャーベットも、やっぱりほんとに絶品で、こんな時も口をつくのは賞賛の言葉だったから、それが余計悔しくて、ナミは恨みを込めた手のひらを振って、サンジをわざと邪険に追い払う。あ〜不機嫌なナミさんも素敵だ〜、とメロメロ飛んで行ったサンジの背中に、けっと吐き捨てて振り返ると、ロビンがケーキを食べる手を止めて目線をよこした。「とても気にいっていたでしょう?なぜ?」つい先日の、新作発表の記事の載った雑誌を、きらきらした目で見るナミを思い出して、不思議そうにロビンが聞くので、ナミは悔しい気持ちを分かって欲しくて、前のめりになる。「だって!ダイエットに挫折したんだもの。あのデニムは、ジャストサイズじゃなきゃ、だめなの!でも、だからってワンサイズあげるなんて絶対にいや!そんなの耐えらんない!屈辱よ、屈辱!だから、もう買わないの!」わかるでしょ?!と詰め寄られて、ふふとロビンは困ったように口元を緩ませる。「そんなこと、ないと思うけど。」「あるわよ!大あり!!」そう、息込んで、鼻息を荒くしてから、なんだか興奮しているのが自分だけな気がして、ナミは、はた、とアイスティーのストローに手をかけるロビンを見た。いつだってロビンは冷静だけど、女同士でするおしゃれや美容の話なんかは、もうちょっと、こう、なんてゆうか、多少ギラついたマジな感じで聞いてくれたような、そんな気がするのに、なんだか最近のロビンはそっけない。そもそも、ウォーターセブンでの食っちゃ寝の生活で恐ろしいことになってしまった体重計の針に悲鳴をあげたナミが、もう何度目かの、ダイエットに励んでいることだって、みんなには言ってなかったけれど、一緒の部屋で寝起きするロビンと、コックであるサンジはすぐに気がついた。サンジは、毎回そうするみたいに、ちょっと悲しそうな顔をしてみせて、ナミさんは今のままが一番素敵だよって囁きながら、隙を見てはナミの好物をサーブしてきた。さっきのみかんのパウンドケーキみたいに。それに今回も自分はまんまと籠絡されたわけだけど。ロビンは、そういえば、今回は、ナミがおやつを断ったり、メイン料理をルフィにあげてしまうのを、どこかさびしげな瞳で見ていた気がする。そんなこと、今までなかったので、気になっていた。そうしながら、ロビンはナミがびっくりするくらい、食欲旺盛だった。ガレーラでの宴の時も、仲間を増やして出航してからも。料理をどんどん食べて、お酒もじゃんじゃん飲んだ。これまでが、食の細いロビンだったから、ナミを含めクルーはみんなそんなロビンを喜んだけど、ナミは、ひとり気になっていたことがあった。「そういえば、気には、なってたの。…少し、ほんのすこーしだけ、ロビン、太った…?」サンジが男連中におやつを与え始めた騒がしさに、紛れ込ませるように、ナミがそっと尋ねる。その、遠慮がちな問いに、大して気にしないわ、と伝えるように、アイスティーの氷をカランとひとつ鳴らして、ロビンは答えた。そうね、と瞳の色が優しい。「私、ルフィのように、食べたいものを、食べたいだけ、食べることにしたの」だから、太ったってかまわないの、とロビンが晴れ晴れ笑う。時々、ロビンの笑顔は子どもにかえったみたいだ。この顔を見られると、クルーはみんな、うれしくなる。それはもう文句なしに。世界を敵にまわしても、この笑顔が見たかったんだから。「どうして?」だから、もちろん、ナミの問いはロビンの言葉を否定した訳じゃなくて、言葉通りどうしてなのかを、尋ねただけだった。聞かれて、一瞬、びっくりして、嚙みしめるみたいに、苦い顔をはさんで、それから最後はやっぱり、微笑みを戻したロビンは、ゆっくりと甲板を見渡す。みんな、楽しそうに、午後のおやつを食べている。今日のおやつは最高においしい。昨日も、その前もとっても美味しかった。おやつだけじゃなくって、朝も昼も夜も、みんなで囲む食卓は愉快で、食べる料理はいつだって美味しい。「だって、美味しいって、幸せだわ。私、もっともっと、幸せになりたいの。」一言一言をとても大事に発音して、最後に、贅沢よねと、ロビンが笑う。ひとりで、固くなったパンを齧っていた子どもが、笑顔の食卓なんて、知らずに大人になってしまった自分が、こんな贅沢な願いを、口にしている、それだけで、もうすっかり満足しているって、いうみたいな顔で。だから、ナミは、一呼吸だっておかずに、ううん、全然、と答える。一味を代表して、否定する。一瞬の間だって入ることは許さないっていうふうに、急いで。答えてしまうと、なんだか、突然鼻の奥が痛くて、読んでいた雑誌を急いで目の高さまで引き上げなきゃいけなかった。だから、あとに続けた言葉は、ロビンにそんな姿を悟られないための、ほんの場つなぎみたいに口をついたのに、案外いつか伝えたかった本心になった。「でも、私、綺麗なロビンが好きだわ。憧れなの。きっと、みんな、そうよ。」自分で言って、余計、雑誌から顔を上げられなくなってしまったナミを、ロビンは、心底愛おしいな、と思う。この船の、自分を迎えに来て、生かしてくれた、仲間たち。みんなが、私は心の底から愛おしい。「ふふ。ありがとう。うれしいわ。じゃあ…、そうね、運動をするわ。」ぱん、と胸の前で手を鳴らして、名案という風にロビンは続けた。「ゾロから、錘を借りて。ウソップとフランキーに、エアロバイクを作ってもらうわ。チョッパーに、代謝をあげる漢方を煎じてもらって。ルフィの、鬼ごっこに付き合って、鬼をするの。ナミとは、ベリーダンスなんてどうかしら?とっても楽しそう。」順に指を折って、片手を楽しげな仮定でいっぱいにしたロビンと、雑誌から目だけ覗かせたナミの目があった。にっこり、とロビンが笑う。時々、ロビンの笑顔は子どもにかえったみたいだ。この顔を見られると、クルーはみんな、うれしくなる。「そしたら、また、すごくおなかが空いて、サンジの料理をおなかいっぱい、食べられるわね。」きっとルフィにも負けないわ。なんて、冗談とも言い切れないくらい、輝いた顔をして、ロビンはほぅ、と息をつく。ロビンの語った運動は海賊船でするには、あんまり馬鹿馬鹿しく、気が抜けているし、そんな仮定の話をまるで夢見る少女みたいに目を輝かせて語るのだって、本当は笑う所なのかもしれないのに、ナミは笑みより、何か、違うものが自分からこぼれ落ちそうで、だから、また急いで雑誌を目の高さまで引き上げなきゃならなかった。ロビンが望むなら、みんな本当になればいいんだ。馬鹿馬鹿しく、気の抜けた運動も、きっとクルーは応援するに違いない。ナミは、雑誌の隙間から、ロビンがパウンドケーキの最後の一口を運ぶのを見る。ロビンがそれを大事そうに飲み込んだら、きっとすぐ、おかわりはいかが?って、サンジが飛んでくる。日が傾いたら、みんなで食堂に集合して、今日も賑やかに夕食を食べるだろう。今日の夕ご飯は何かな。おやつが済んだばかりなのに、そう考えて、ナミは少しロビンの気持ちがわかったような気がする。美味しいって、幸せ。はぁあ、と雑誌を顔に乗せたまま、ナミはデッキチェアに寝転ぶ。とりあえずは、この船に乗る限り、自分のダイエットは必ず失敗するのだ。それでも、自分はきまぐれのようなダイエットをやめたりはしないだろう。ダイエットするのも、お腹いっぱい食べるのも、食べさせるのも、お酒を飲むのも、騒ぐのも、何もかも自由だから。この船で行く限り。