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28重力が無くなる。地面と空の境界線がなくなる。
景色が飛んでいく。遠近感がなくなり、世界が溶け出していく。
そして、全ての記憶が泡となる。時間の流れが崩れていく。
時間圧縮と驚く間もなく、身体が不意に空へと投げ出されていた。
混乱しながら周りを見渡すと、世界が上下を反転している。
俺の身体は地面から離れて吸い込まれるように空へと落ちていく。
記憶の泡でいっぱいになった星空に、俺は引っ張られていった。
寒々しい星空に浮かんだ泡たちが、俺の横を通り過ぎていく。
泡たちが動いているのか動いていないのかすらわからない。
時々ぶつかりそうになる泡は、俺の知らないスコールたちを写していた。
そのまま、俺の身体は避けきれそうもない泡の一団に向かっていく。
これはぶつかったらどうなるんだろう?と恐怖を感じ。
とはいえ今の俺には避けられるような身体の自由なんてない。
ついにやってきた直撃の瞬間に、俺は目を閉じていた。
ぽしゅん。
待っていたのはなんだか気の抜けた音とふわふわした感触であった。
は?と思いつつも目を開くと、今度は空を地面に向かって落ちていた。
落ちているとは言っても、ゆっくりなスピードで加速もしていない。
このまま行くのなら、地面に着地もできそうだ。風の抵抗も感じない
さっきまでのスピードで地面についていたらどうなっていたろうか。
ふわふわと落ちて行く俺には、
おなじくふわふわと浮かんでいる泡に目を向ける余裕があった。
そこにあった泡たちは、間違いなく俺の記憶であるといえた。
ガーデンの書類を片づけている俺。
これはきっと凄く最近の記憶だろうな。
ああ、あの書類はトラビア生徒を返したときの補給案である。
喧騒の中しかめっ面をしている俺。
これはガーデンの一階ホールか。
ガーデン戦争のとき通信しかしてなかったからな。眉間に皺がある。
リノアと話している俺。
執務室にリノアが1人で来たのはあの時だけだな。
みんなの邪魔しちゃだめだと一生懸命なんだよね、リノアって。
F・Hでのコンサート。
俺がスコールを案内している姿が見えた。
キスティスの酔い方が面白かったんだ。スコールに絡んでさ。
セルフィを乗せて荒野を車で駆け抜けている俺。
これは、ミサイル基地の時か。
よく上手くいったよ、セルフィの頑張りは本当に感謝するしかない。
ここまで来て、俺は昔へと旅を続けていると気がついた。
遡っていく記憶は、一体どこを終着点とたどり着くのだろうか。
ここに来てからの記憶が終わったら、その後は?
魔女暗殺計画。大統領誘拐計画。seed認定パーティ。
ドールでの実地試験。今年度のクラス発表。
始めて受けたキスティス先生の授業。遠巻きにみたゼルの大惨事。
始めて専門部の授業を受けた日。専門部に昇級した日。
スコールを構い、見守り続けていたあの日々が。
俺の目の前を通り過ぎて行く。懐かしさと恥ずかしさで一杯だ。
そして、初めて会話をした、あの食堂の記憶が通り過ぎていった。
俺の記憶からスコールが消え去った。
続いて映るのは、魔術師と呼ばれていた数年間の記憶たち。
俺が地味な学生としてスコールたちに近づかなかったあの頃。
初ジャンクションの日。魔術の授業を始めて受けた日。
違う常識に慣れられない俺。こっちに来て始めての友達が出来たこと。
そして、始めての授業。段々と最後まで時間を遡っていく。
もう少しで。もう少しで終わると思うと涙が出てくる。
俺の5年間はこんなに短かい、あっという間に振り返られる。
さらスコールと出会ってからは、まだ二年しか経っていないのだ。
俺の部屋に案内されたあの日。カドワキ先生の医務室。
そしてこの世界での最初の記憶、目覚めたその瞬間を終えると。
俺が知らない最後の記憶、この世界に来た瞬間が。始まらなかった。
ぽしゅん。気づいたら足元に泡が来ていたらしい。
また間抜けな音を立てて俺は泡の中に入り込む。今度は夕方の空だ。
落ちる速度はさっきまでと変わらない。ゆっくりとしたままだ。
ふと。
俺は誰かの気配を感じた。
辺りを見回してみるが、泡以外には特になにもありはしない。
だけど、気のせいと言い切るには無理がある感覚だった。
俺の身体全身に走る違和感は、身についた危機察知の警報を鳴らす。
警戒しながら俺は更に落ちて行く。
周りの泡が何を写しているのか、興味を持って覗くと案の定だった。
俺自身の記憶である。シオンではなく、一介の大学生であった俺の。
流れていく記憶たち。
俺が生まれてから、そして大学生に上がるまでの優しい記憶たち。
もう手の届かなくなってしまった過去に、俺は手を伸ばす。
そうしても、泡がぼしゅんと消えるだけ。
決してもう戻れない記憶。せめてその残骸をこの手で抱きしめた。
なんでこんなことになったのだろう、と少しの寂しさと共に。
その記憶たちは時間通りに流れていった。
生まれて、育って、そして大学にあがって。
俺の覚えているところで記憶は途切れる。最後まで行かない。
俺の持っている俺の記憶はこれで終わりである。
いつからシオンになったのか。
待ち受ける記憶を早く見たいと思った瞬間、足元に突然泡が生まれた。
3度目の泡の先は夜だった。
だが、それ以上に俺は耐えがたい全身の違和感を感じていた。
頭の中がぞわぞわする。身体中がぞわぞわする。
思わず身体を抱き込んで、辺りを見回す。
今度は一体何が起こるんだよ。
これからどんどんこの違和感がひどくなってくとかいうなよな。
そう思いながら、周りの泡をにらみ着ける。
すると、そこには俺の知らないはずのものが映っていた。
見たことのない2人が、小さな少年を連れながら買い物をしていた。
場所は、日本ではない。これは見たことのある場所だけど。
「ティンバーの駅前、か?」
違う。重要なのは場所じゃない。これが一体誰なのか。
見たことがないけど、見覚えのある黒髪の男性と、茶髪の女性。
そして父親らしき男性に抱えられている茶髪の少年。
全身の違和感が更に強くなってくる。
まるで叫びだしているかのように、俺の身体はうずき続けている。
ええい、違う。今はそんなことに気を取られている場合か。
幾つかの幸せそうな家庭の記憶が流れた。
家族でピクニックにいったこと。お誕生日パーティをしたこと。
学校に入る手続きをしたこと。学校鞄を買いに行ったこと。
そんな記憶が流れて、俺は嫌な予感を隠せなかった。
俺が知っているあの人なら、この後は。次の記憶では1人だった。
まだ小さな少年に、テロだよと教えるのはガルバディアの兵士。
彼の両親を奪ったそれは、少年にも大きな傷跡を残していた。
そして少年は孤児院に預けられた。
孤児院はおなじような境遇の子どもしかいなかった。
空虚なまま数年が過ぎた。友達も出来たし学校にも通った。
だけど決して埋まらない何かが、ずっとそこにあり続けた。
そして、だんだんと傾いて行く孤児院の経営。
先生たちは子どもたちには必死に隠していたけど、みんな知ってた。。
毎日の食事はギリギリまで変わらず、ついに少し粗末になった。
ごめんね、という院長先生が自費も出していたのを知っていた。
だから“俺”たちはガーデンに入ることを決めたんだ。
場面が変わった。整備された町並みの中を車がかけて行く。
時間帯は深夜、間違いなく日本の風景であった。
俺はこの風景を知っていた。俺の大学のすぐ近くの道。
酒に酔った俺は独り暮らしの友達と、その家に行こうとしていた。
ふらふらとしている俺たちは周りから見ても危なっかしい。
恥ずかしいなと思って見ていると、遠くから車の音が聞こえてきた。
あ。
もしかしてこれは。
凄く陳腐な予感。まさかこんな詰らない理由だったりしないよな。
見ていると、案の定トラックの運転手はうつらうつらとしていた。
ああ気づけ。俺でもいい友達の誰かでもいい。このままじゃ死ぬぞ。
トラックの運転手は深い眠りに落ちたのか、更に身体を落とした。
その分握っていたハンドルは回され、道路から外れようとしていた。
あああ。気づいてくれ。本当にお願いだから。
俺はみんなが死んでしまうような光景なんてみたくない。
俺はこんな最後なら知りたくなかった。
その時。俺はどうやら何かに気づいたらしい。
俺の記憶であるからか。
まるでスローモーションのようにゆっくりと動き始めた。
ふらふらになっているみんなを突き飛ばし、俺は地面に倒れる。
ゆっくりと近づいてくるトラック。
酒によったままの俺は、目を閉じて――――――――音がした。
あは。
やるじゃん俺。
最高じゃん俺。
なんだよ。
俺は俺の期待を裏切らなかった。俺は俺の望みをかなえてくれた。
あっははは。やっぱり俺は死んでいたんだ。
ずっとそうじゃないかと思っていた。
こんなありがちな終わり方で。
こんなありがちな死にかたで。
満足している俺が面白くて仕方がない。
ああ、きっと“違和感”も見ているんだろ?
おまえずっと気づかれないようにしていたみたいだけど、無理だぜ。
だって俺たちは一つなんだもん。流石にここまで見たら気付くよ。
なあ、おまえの最期も見せてくれよ。俺だけじゃなくてさ。