ウェブブラウザのJavaScript(ジャバスクリプト)の設定が無効になっています。Javascriptが無効になっていると、サイト内の一部機能がご利用いただけません。 いつもご閲覧ありがとうございます。無駄無駄…に長い本編とは関係なく、年末ということで、思いつきですが“If”仕様で番外編を書いてみました。・時代は現代・冒頭は共通・軽くいちゃこら当初はひとつの場面におけるキャラの書き分け練習的な発想だったのですが、そういえばこれ逆ハー目指してたのに最近みんな大人しいなと思って方向転換。番外編というかパラレルなので、それぞれのキャラと同棲してる設定です。本編で叶わない夢を……。なるべく長さを揃えようと思ったものの個人差がありますwどんな家か謎ですが、多分マンションの一室で、周りにみんな住んでてしょっちゅう誰かが遊びに来る感じ。私物も置いてっていいし、共用スペースにおやつやお酒も持ってって、何かあればみんなで飲み会。楽しそう。*2017/1/1 あけましておめでとうございます!年末の話なのに所用にて遅れてしまいましたが、更新させていただきます。なぜか前半より全体的に絡みが多いです。_______________「あ、れ…?」 背伸びして覗き込んだ戸棚、ハイエロちゃんがするりと中を見分しても目的のものは見当たらない。先週末にはたしかにそこに見慣れたパッケージが置かれていたのを記憶している。「まったく、だれが食べたやら」 戸を閉めながら小さくため息をついた。探していたのは切り餅で、置いてあった場所は普段から共用スペースみたいなところだから、本当は誰が食べても別に問題はないのだ。ただ、タイミングが悪いだけで。「お雑煮つくるのにさすがにお餅が無いとな…買っておこう」 本日、12月30日。必要になるのは2日後だし、簡単な切り餅くらい明日コンビニでも買えるけど、今日用意しておくに越したことはない。どうせだからいつものスーパーに行って買い出しもしてしまおうか。「…さて」 昼食の後片付けを終えたところで、普段使いのカバンに財布が入っていることを確かめ、充電していた携帯を握りしめた。外気温は5度を下回っているらしい。玄関に向かい、分厚い上着が無尽蔵に積み重なったコート掛けから自分のダッフルコートを引っ張り出していると、うしろから私を呼ぶ声がした。***「どうした、典子」[jump:2]「よう。買い出しか?」[jump:3]「典子さん。おでかけですか?」[jump:4]「?かのく行かこど」[jump:5]「あれ、どっかいくの?」[jump:6]「おやおや、お出かけの準備ですか」[jump:7]「どどどど、どこかへおでかけされるのですか?」[jump:8][newpage]<鳳凰>「どうした、典子」 いつのまに書斎から出て来たのか、廊下をこちらに歩いて来る鳳凰が首をかしげた。「あ、鳳凰ちゃん。ちょっとお買い物にいってくるね」「買い物だと?」 疑問文の発音にやや棘が含まれている気がする…なんだか知らないけど、ちょっと不機嫌そう。さっさと回避だ。「うん。お餅と、ついでに色々買っておこうかと思——っと、うええっ?!」 てきぱきコートを着込み、気づかないふりをしてムートンブーツをいざ履こうとしゃがんだ瞬間。腕を引かれて後ろにこてんと転がる羽目になった。「なっ、なにすんの」「まったく、我に声もかけず出かける準備など」 ぶつぶつ言いながらも流れる動作でコートの留め具を外していく鳳凰にされるがままになっていると、はっと気づいた時には私の上着は元のコート掛けの頂上に至極適当な感じでぶら下がっていた。あれま。「なになに?なんなの?どうしたらいいの?」 意味がわからなくてオロオロしている私に鳳凰がしびれを切らしたのか——さっと片膝をついて私を抱き上げた。「ちょっ、え?!あのっ、正月の買い出しがっ」「そんなもの誰かに行かせれば良い。それより今は膝を貸せ。昼寝する」「昼寝の枕だと?!」 鳳凰は私の動揺をよそにすたすたと自室へと戻って行く。お昼を食べて眠くなったのね…突飛なわがままは今に始まった事ではないし、まあ、甘えられていると思えば可愛いもので、悪い気はしないのだが。「…はー、仕方ないなあ」 買い出しは夕方でもいいか——ちらりと見上げれば、いつもよりトロンとした瞳と視線が絡む。どうやら本当に眠いらしい。 のしのし進んだ廊下の先、言われるまでもなく手を伸ばして扉を開けてあげる。南向きの大きな窓からは真冬とは思えない日差しが差し込んでおり、温まった畳からいぐさのいい香りがした。私が猫ならここに陣取るだろうなと思っていると降ろされて、鳳凰はそのまま私の太ももに頰を押し付ける形でうつ伏せに寝転がり目を閉じた。腰に回された腕にやんわり抱き寄せられる。その仕草が子供みたいで自然と頬がほころんだ。「ねえ、見たい夢を見れるおまじないをかけてあげようか?」「いらぬ」 結わえたままの黒髪の手触りを楽しみながらたずねるが、眠気に抗うつもりのない鳳凰は顔も上げずにぼそりと返事をよこす。「目が覚めた時に…おぬしがいればよい」「さようですか」 恥ずかしげもなく言い切ってしまう鳳凰に、二の句が継げなくなるのは私の方で——ほら、やっぱり、悪い気はしない。 買い出しはやっぱり明日でいいかも、なんて思いながら窓越しに見上げた空は、どこまでも淡く透き通った冬晴れの昼下がりでした。[newpage]<蝙蝠>「よう。買い出しか?」 顔をのぞかせた蝙蝠がすたすた廊下をこちらに向かってきた。ムートンのブーツに足をいれながら笑顔を向ける。「そうなの、お餅がきれてて。忘れないうちに買っておこうかと」「…わりぃ。それ、おれと川獺と狂犬だ」「犯人は獣組かー!」 ばつが悪そうに後頭部をぽりぽり掻いたのち、蝙蝠が突然コート掛けに手を突っ込んだ。見つけたらしい自分のコートを幾重にも重なる上着の下から器用に取り出してさっさと着込んでいく。「おれが行ってくっから、典子は休んどけ」「え?いやいやいや、いいよ。すぐそこだし」「…相変わらず甘えるのが下手くそだよな」「甘え下手は関係ないでしょ?買い出しくらいいつもしてるし…」 困ったように肩をすくめた蝙蝠に反論すべく口をすぼめるが、当の本人は気にもとめず三和土へ下りてきた。「もっと頼れっていつも言ってるだろ——それとも、」 ずいっと急に近寄った顔に息を飲む。唇に吐息がかかる距離で、蝙蝠が楽しそうに目を細める。「出歩けないよう足腰立たなくしてやろうか」 その視線だけで背筋をざわざわと予感めいたものが駆け抜け、唾を飲み込むことすら躊躇した。「————なーんてな!きゃはきゃは!」 ぐるりと変わった空気に知らず肩の力が抜ける。「……丸もち、3パックお願いします」「りょーかい。ま、いい子で待っててな」 蝙蝠が自分の言葉を冗談に言い換えるまでの数秒間がやけに長く感じて、湯気が出るんじゃないかというくらい火照った頬を両手で隠す。くそう、目が本気だったぞ。蝙蝠のこういう演技がかった演出はさすがである。魂掴まれかけたわ。「典子」「ん?」 ごついけどおしゃれなスニーカーの紐を結ぶ姿をぼーっと眺めていたのがまずかったらしい。呼ばれて靴から視線を上げた瞬間、視界がかげって唇に柔らかいものが当たる——続いて湿った暖かいものが口角から入り込んでぬるりと歯茎をなでていった。全身の毛穴がぶあっと開いた。「っ?!」 舐められた、と理解した時にはすでに蝙蝠は玄関扉に手をかけてにやにやと笑っていた。「帰ったらご褒美にもっと気持ちいいの、してやるからよ」「いらんわ!はよいけ!」「きゃは」 真っ赤な顔はこれ以上隠しても意味がないと知って拳を振り上げるが、余裕綽々な蝙蝠はひらりと扉を出て行った後で。しかし彼の有言実行する性質を身を以て知っている私としては、蝙蝠の帰宅までに出来る家事は済ませてしまおうと慌ててキッチンへ戻ったのでした。 [newpage]<蜜蜂>「典子さん。おでかけですか?」 ひょこっと居間の扉から顔を出した蜜蜂がそのまま廊下に出てきた。「うん、忘れないうちにお餅を買いに行こうと思って。すぐ帰ってくるね」 コートの留め具をとめつつムートンブーツに足を突っ込んでいると、背後に気配を感じて振り返——ろうとした体を、後ろから抱きしめられていた。「えっと…蜜蜂くん?」「…だめですよ」「っ」 耳のそばで囁かれ、思わず体が小さく跳ねてしまった。くすりと笑う気配を感じて頬が熱くなる。「ちょっ、今のは反則!」「何のことかわからないな——さ、ブーツを脱いで、コートも預かりますね」「およよ…?」 とめかけのコートをあっさり脱がされ、手を引かれて廊下に上がる。頭にハテナを浮かべている横で蜜蜂がてきぱきと外出の準備を整えていた。キャメル色のアウトドアブーツの紐をキュッと結んで顔を上げた蜜蜂がにこりと優しい笑みを浮かべる。「ちょうど外出する用があるので、僕が買ってきます。典子さんはゆっくりしていてください」「ええっ?そんなの悪いよ、用事があるなら一緒に行くってば」「だめです。昨日から体調良くないんじゃあないですか?喉痛いんでしょう」「…なんでバレてるし」 確かに昨日の夜から喉に違和感があって、でも自分ではまだ風邪をひいたと思わないようにしている段階なのに。思わず喉に手を当てると、ミリタリーコートの袖を少しまくって、蜜蜂が手のひらを私のおでこに当てた。少しひんやりして気持ちいい。「熱はないみたいですね。僕の戸棚に生姜湯が入っているので、それを飲んで待っていてください」 悪いよ——と言いたくなる気持ちをぐっとこらえる。「あ…りがとう」 素直に感謝して厚意を受け取るのは、実はとっても照れ臭いのだけれど…こうして気持ちを伝えると蜜蜂が喜ぶことも理解している。だって、ほら、見てよこの嬉しそうな顔。効果音は“パアァアアア”だ、後光の効果線付き。「すぐに戻ります!」 にこにこして出て行った蜜蜂を見送り、言われた通り生姜湯を作ってダイニングでテーブルちびちび飲んでいるうちに玄関の鍵を回す音がした。ほんとに早いな、自分の用事なんてただの口実にちがいない。「おかえり〜」 生姜湯あっつい、なかなか冷めん。両手でマグカップをも持ち、ふーふー息を吹き掛けながら視線だけあげると、リビングの扉を開けた蜜蜂と目があった。「……っ!」「?」「な、なんでもありません」 何か知らんがツボったらしい。あー、たしかにちょっとあざとかったかもしれない。てへぺろ。 再起動した彼はおもむろにキッチンへ向かい、買ってきたものを戸棚にしまう音がした。最後にぱたんと冷蔵庫の扉の開閉音が聞こえ、何かを手に持って蜜蜂が戻ってきた。「アイスクリームを買ってきましたけど、食べますか?」「アイス!たべる!」 とたんに元気になった私に苦笑いして寄越してくれたのはちょっと高級な海外ブランドのバニラアイス。自分はいらないからとスプーンを渡される。いただきます、と手を合わせてから至福の時を過ごす私の隣、蜜蜂は机の上で腕を組んでにこにことこちらを見守っている。「美味しいですか?」「ん!ひとくちいる?」「…じゃあ、ひとくちだけ」「はい——い?」 差し出したスプーンを無視して、蜜蜂の指が私の顎をとらえた——ちゅ、と音を立てて唇が離れていく。「…お…美味しかっ…た?」 なけなしの負けん気をもって尋ねると、蜜蜂は少年のように恥ずかしそうにはにかんで「もちろんです」と答えた。やめて、照れないで。こっちが恥ずかしぬわ。「でも、残りはあとにとっておきますね。ゆっくり味わいたいので——また、夜に」「んぶふっ、ごほっ、げほっ」 気道に入った。なんてセリフを言うんだ!恨めしげに睨むが、いたずらが成功したように唇で弧を描いているものだから悔しくなる。一体どこからどこまでが計算なんだってばよ。「じゃ——じゃあ、今夜のデザートは、たんと召し上がってね」 典子よ、女優になるのだ。上目遣いに視線を合わせたまま自分の唇をぺろりと舐めて見せると、さすがの蜜蜂も息を飲むのが見て取れる。あれ、わたしいますごいこと言った気がする。忘れてください。 いろいろ誤魔化すために手に取ったマグカップ、いつのまにか生姜湯は飲み頃になっていた。[newpage]<白鷺>「?かのく行かこど」 声に振り向くと、いつのまにか白鷺が腕を組んで立っていた。寝起きなのだろう、すこし髪が乱れている姿がなんだか可愛い。「あ、白ちゃん。ごめん、起こしちゃったね」 昨夜遅くまで仕事をしていた白鷺が明け方近くに就寝したのを知っていたのでなるべく静かにしていたつもりだが、さすがに気取られないわけがなかった。「ちょっとお餅買って来る。何か他にほしいもの、ある?」「あ…がれお日昨らなれそ?…餅」 どこかぼんやりとひとりごちた彼は、急になにか思い出したのかくるりと踵を返して自室へと入っていった。開けっ放しのドアからごそごそと荷物をひっくり返す音がする。迷惑そうに三毛にゃんが走り出てリビングの中へ逃げて行った。「白ちゃーん?」 音が静かになってもなかなか戻ってこない彼を不思議に思って靴を脱ぐ。コートは着たまま部屋を覗くと、普段から(上下逆さまに)整理整頓されている本棚の前で白鷺が手の中の何かをじっと眺めていた。「どったの」「たけつ見をのもいしか懐」「うん?」 差し出されたのは小さな紙きれ――上から縦に一文字ずつ、ひらがなが書いてある。「えーと…よ、だ、き、す、い、だ」 何の気なしに声に出して読み上げた瞬間、記憶が蘇ると同時に顔に血が上るのがわかった。「なっ――なんでこんなの、とってあるの!」「ぜだつとひの宝のれお、ろだいい」「やだやだ、よくない。捨ててえ!」「よなう言かば」 テンパる私を他所に、非常に満足そうな白鷺はその紙を本の間に挟んで棚に戻した。うぬぬ、その本覚えたり…!「れほ」「え、なに?」 自分の恋文まがいを目の当たりにして動揺している私の手に、白鷺が足元のビニール袋を拾って渡してくる――ずっしりと重い。中にはよく見知ったお餅のパッケージ。「あれっ、買って来てくれたの?」「などけたてれ忘りかっすはのう舞仕、ああ」「わー、ありがとう!助かる!」 とりあえず今日は出かけなくても良いかと袋を握りしめ、ならば今から何をしようかなと頭を巡らせる。「こりの」「ん」 呼ばれて顔を上げる。優しく目を細める白ちゃんが近づいて、額で「ちゅっ」と可愛い音がした。「るてしいあ」 それは最後まで聞かなくても、逆から考えなくても、とっくに意味を知っている甘いひとこと。白鷺の額に自分の額をこつんと当てれば、自然と至近距離で視線が交わる。「…わたしもだよ」 目を閉じると同時に唇に触れた暖かさを確かめていると、廊下から「にゃおん」と三毛にゃんの自己主張が耳に届いたのだった。[newpage]<川獺>「あれ、どっかいくの?」 部屋から出て来た川獺が伸びをしながら歩いてくる。仕事がどうのと言っていたので、ひと段落ついたのだろうか。「うん。お正月のお餅とそのほか諸々を買ってくるよ」「餅なら戸棚にまだ——あ、」 座ってムートンブーツを履く私を見下ろす川獺が「やっべ」と小さく呟いたのを耳が拾った。「悪い、そういや蝙蝠と狂犬と一緒に残りを食っちまったんだ」「犯人は獣組かー!」「ごめんごめん」 一応ポーズだけで謝罪を示した彼はそのまま踵を返すと早足で部屋に戻り、そして再び足音も立てずに戻って来た。黒いニットの上に焦げ茶色のダウンを羽織っている。おや?と思っている私の横に彼も座り込んでスニーカーの紐を結び始めた。「おれもいくよ」「え、いいよ、すぐそこだし」「買い出しするなら荷物持ちが必要だろ?」「でも」「いいの、おれがのりと出かけたいの。な?」 にこっと笑いかけられてしまえば返す言葉もございません。「…そんなに言うなら、しかたないなあ」 デートじゃん、なんてにやける頬を隠しもせずにいると、靴を履き終えた彼が立ち上がって手を差し伸べてくれた。「ほら、手ぇ出して」「えへへ」 しかし、手を伸ばしかけた状態で私は凍結することになった。自分の手と川獺の手を視線だけが数回往復する。「…あー…えっと…」 川獺の手は毛皮があって水掻きがあって鋭い爪があって——見た目は獣じみているけれど、とっても器用だし、暖かいから大好きだ。奇異の目に晒されることは多くとも本人は無頓着で友人たちも気に留めない。それはもちろん私も然り——だが、ひとつだけ、問題がある。「なに?後ろ暗いことでもあるっての?」 私のあからさまな態度に口元から笑みを消した彼の目をまっすぐ見れない。「そ、そういうわけじゃ、ない、けど」「じゃあ問題ないだろ。ほら」「うう…」 差し出された手のひらに恐る恐る指先を乗せる。と、ぐいっと手を掴まれ、いつになく強引な感じに少しだけ胸がきゅんとした。いや、している場合ではない!「あっ、あのね、そういえばさっきテレビでね——」「…あの羊羹ひとりで食っちまったのか」「ぎゃー!バレたー!」 話の矛先を変えて彼のサイコメトリをあやふやにしたかったが、あえなく失敗。指輪を擦ってくるその指先から逃れるすべもなく、しぶしぶと立ち上がる。「く、空腹に…耐えかねました…」 とはいえ、である。彼を責めるつもりはないが、食事に出かけようと約束して待っていたのに川獺はなかなか帰らず、空腹のあまりとっておきの甘味、最後のふた切れをぺろりと食べてしまったのは昨日のこと。私だけが悪いわけじゃないよね?仕方ないじゃん、限界まで待ってたんだよ。だが血糖値が限界を下回ると本能には抗えぬものだ。「冗談だって。悪かったよ、待たせちまったのはおれだもんな」 心の声が顔に出ていたらしい。「許してよ」と打って変わって甘い声で私のご機嫌をとりに来た彼に向かって、ぎゅっと手を握り返しながら「どうしようかな」と白を切る。「…よし。夕飯はおれが作ろう。のりの好きな肉じゃがでどう?」 おおっ、ラッキー!川獺兄貴の肉じゃがは私の大好物でありんす。「それとも」「へ」 鼻歌を歌いかけた瞬間に体ごと引っ張られて、瞬いたのちには背中から壁にもたれかかっていた。指を絡めたままの手まで顔の横で壁に押し付けられ、足の間にはご丁寧に川獺が片膝を割り入れている。そして目前にはまつ毛が1本ずつ見える距離に彼の瞳——なんだっけこれ、ああ、壁ドンってやつか。「…こっちのほうがいい?」「ふあ」 べろん、と首筋を舐め上げられて心臓が口から出そうになったので慌てて閉口する。…が、私は飴かと思うほど執拗に舐められ、しまいには甘噛みされて息も絶え絶えである。おいこら、玄関でなにすんじゃ。ちょ、ほんと勘弁してください。「やーらしいな、こっちが良いって顔してる」「な、な、な…!」 ふと顔が離れ、まるで何もなかったかのような爽やかな口調で決めつけられて我に返るが、いかんせん頭がオーバーヒートして口が回らない。「しかたないなあ。両方するから許してくれよ」「はいいぃ?!」「じゃ、さっさと用を済ませて続きをしようか——おれのお姫さま」「っ」 ふに、と唇を押し付けるだけのキスをして、がちゃりと音を立てて川獺が扉を開く。釈然としないというか、焚きつけられたのに不完全燃焼というか…むずむずする胸の内はさておいて。いまだ繋いだままの手を引かれて飛び出した玄関、火照った顔に冷たいはずの空気がやけに心地よかった。[newpage]<喰鮫>「おやおや、お出かけの準備ですか」「ふおっ」 いつのまに背後に立っていたのか、気配を微塵も感じさせないまま喰鮫が私の耳元で囁いた。驚きすぎて心臓痛い。「び、びっくりした…そうやっておどかすの本当にやめてってば!いつか心臓とまるって!」 振り返って恨めしげに見上げるがこの男は微塵も気にも留めない。「おばかさん。そうなる前に早く気配の読み方を覚えてください」「あれっ、そういう問題かな?!——ってなにしてるの」 納得いかない私をくるっと回し、背後からぐいぐい押してくる喰鮫。靴下とフローリングの摩擦係数では踏みとどまるに至らない。「ちょっ、私、出かけるんだけど…」「後にしたら良いんです。じゃなかったら誰がわたしにコーヒーを淹れるんですか」「いや、自分で淹れろし」「悲しいですね悲しいですね、分かっていただけなくて悲しくなってしまいます——わたしはいま、貴女がわたしのために淹れたコーヒーが飲みたいんです」「それで上手く誤魔化してるつもりなのかな?!コーヒー飲みたいだけでしょうが!」「そうですとも」 抵抗もむなしく半ばフローリングの上を滑るようにしてキッチンまで連れ戻される。これはもはや外出するために彼の目的を果たすというクエストか。「…しかたない、やるか…」「ちなみにミルクと砂糖を入れたい気分ですので」「あいあいさー」 一旦コートを脱いでその辺に置き、ニットの袖を肘まで捲った。わざわざ私の頭に顎を乗せて背後霊よろしくくっついている喰鮫は邪魔だけれど、まあ慣れているので問題ない。二人きりだと異様に甘えてくることが時々あるのだ。 コーヒー用の注ぎ口の細長い薬缶を火にかける。ペーパーフィルターをドリッパーに乗せ、戸棚から出したコーヒー粉をスプーンで入れ、水切りかごからとったマグカップに乗せる。「お餅をね、買いに行こうと思ってたんだけど」 お湯を待機している間にぽつりとこぼしてみた。「なぜですか」と頭上で声、同時に顎が頭頂部にあたって地味に痛い。「お雑煮に必要だからだよ」「ふうん。別に、なくても良いのでは?」「お雑煮?お餅いれないの?それアリかな?限りなくナシだと思うけど」「さあ。わたしとしてはあってもなくても構いませんが——それよりも、お湯が沸きましたよ」「…はいはい」 お湯を注いでしばらく蒸らしたら、少しずつお湯を追加してドリップ開始だ。嗅ぎ慣れた香ばしいアロマに混じって水滴の軽やかな音が部屋の空気を心地よく緩める。その間に冷蔵庫からミルクを出し、小さな容器に注いで軽くレンジで暖めておく。誰かからお土産にもらった角砂糖の箱は紅茶の缶の横に隠れていた。「ミルクはたっぷりにしておくよ。砂糖はいくつ?」 ドリッパーを流しに置いたついでにティースプーンをとって、ミルクとコーヒーをかき混ぜながら後ろの人に訊ねる。「ひとつ…いえ、ふたつで」「珍しい」「そういう気分なもので」 砂糖も溶けたカフェオレを渡そうと手に取ったところで、後ろからへそ前に腕が回った。そのまま再び歩き出す気配がして慌ててコーヒーに集中した。あっぶね、こぼしたら火傷するわ。ダイニングを通ってリビングのソファまで一直線。座るときはさすがにローテーブルにマグを置いて、喰鮫の好きなようにさせる——今日は稀に見る甘えたモードのようだ、まるでぬいぐるみのように彼の膝に抱えられたままソファに座ることになった。「嫌なことでもあったの?」「さあ、なんことやら」「ふうん…まあ、いいけど」 手を伸ばしてたぐり寄せたマグを渡すと、頭上でそれを飲み始める喰鮫。コーヒーのいい香りがする。私はそのままの体制で手近にあった雑誌を斜め読みし始める。あ、このキャンドル可愛い。「それでは、ちょっと失礼しますよ」「うん——えっ?!」 “冬のおもてなしアイディア”と題されたページを真剣に読んでいると、コトンと音を響かせて喰鮫がマグカップを机に戻した。伸ばしたその腕が知らない間に服の裾から侵入して少し冷たい指先がヘソの周りをくるりとなぞった。「ちょっと待った、鮫ちゃん何するの?!」「何と言われましても」「や、ちょ、まっ——ふ、あっ」 制止の手をかわして動き回る彼の手が、体のあちこちをかすめて行くうちに——“こそばゆい”から“ムズムズする”、果ては“きもちいい”に変化していく感覚。ぶるりと肩を震わせた拍子に、必死に堪えていた吐息が喉の奥から逃げ出した。下着を押し上げ胸の谷間を沿って柔らかい部分に沈みこんだ指が行き場のないもどかしさを助長する。抵抗する暇もなく首の後ろをなんども啄ばまれては、さすがのハイエロちゃんもあっというまに腰が砕けて隠れてしまった。「やぅ…さ、さめちゃん…だめ…」 次に与えられるであろう快感を期待したのか自然と足をすり寄せていることに気がつき、なけなしの羞恥心でどうにかこうにか彼の骨ばった手首を掴んだそのとき。「——いっ」 後ろから鎖骨ごと首筋を噛まれた。ちょ、ゴリって言ったけど?!うああ、痕つけるなっていってるのにいいい!抗議の言葉が出るより先に痛む部分を掠めるように舐められて、再び思考が茹っていく。ああ、今日もまた喰鮫のペースじゃあないか。「さて、さて、さて——これでもまだ、お出かけするおつもりでしょうか」「う、う、ぐう」 下腹部の際どい場所で指を組んだ男の声が背中から脳髄を刺激する。力の抜けた私が今から外出するために必要な回復時間はいかほどか。それより、更なる熱を求めてしまう体を満足させられる方法がひとつ。「こ——このまま、続き…して、ください…」 ようやく伝えたものの恥ずかしくてぎゅっと目をつぶっていると、「よくできました」と満足そうに喰鮫の声が背中を通して肺の空気を揺らし、私はもう一度肩を震わせていた。[newpage]<人鳥>「どどどど、どこかへおでかけされるのですか?」 ぺたぺたと軽やかな足音を立てて廊下を走ってきたのは人鳥だ。「うん、ちょっとお餅買いに。ぺんぎんちゃんも一緒に行く?」「はい!しょ、少々お待ちくださいっ」 お出かけに前向きな彼はすぐさま部屋に戻るとものの数十秒で着替えて走って来た。あ、クリスマスにあげた靴下はいてくれてる。先にブーツを履いた私は彼がせっせと上着を着込み靴を履く姿を見て癒されていた。「おっ、お待たせしました…!」「よーし。出発進行だぜ」 玄関を開けた途端に冷たい風が頬を撫でる。思ったより寒い。「あ…あの…」「ん、どした?」 下から差し出された小さな手のひらを見て、ポケットから手袋を出そうとしていた手を止めた。「そ、その、よかったら手を、つなぎませんか?えっと、えとえとえと、ぼ、ぼくは子供なので体温が高いとよくいわれるし、あっ、でも、お嫌でしたら」「うちのぺんぎんちゃんまじ天使!」 でれでれしながらその手を取って、まるで親子のように笑い合う。可愛いなもう、今日のご飯はきみの好きな物全部作っちゃう。「あらん」「あっ」 マンションのロビーを抜け木目の自動ドアが開いた瞬間、向こう側に立っていた人とばちりと目があった——って、狂犬だ。「なあに二人とも、お出かけ?」「ねーさん、おかえりなさい。ちょっと買い出しに行ってくるよ、すぐ戻るからお茶飲んでて」「ううん、せっかくだもの、一緒に行くわん」 嬉しそうに飛び跳ねながら隣に並んだ狂犬が、私と人鳥の手を見て微笑ましいとでも言うように目を細めたのが見える。人鳥が狂犬にも手をつなごうと提案するかドキドキしていたが、さすがの彼も少し恐縮しているようだ。「おや。揃ってお出かけかね?」 いきつけのスーパーへ至る小さな商店街の通り、後ろからかけられた声にみんなして振り返った先には、穏やかな笑みを浮かべてのんびり歩くその人。「海亀さま!」「あ、じいじ。おかえり」 年内最後の会議があると朝から出ていた彼は、なぜか可愛らしい紙袋をひっさげている。サイズ感からしてケーキだと私の勘が囁いた。大歓迎です。「年末年始の買い出しよん。海亀ちゃんもいらっしゃいな」「はっはっは。ならば最高格好よくて最高いかした最高強い最高もてもて最高金持ちの、わしも行こう」 そうして4人で団欒しながらたどり着いたスーパーの入り口、引っ張り出したカートに人鳥がカゴを上下ひとつずつセットしてお買い物開始である。そういえば今日のご飯どうしよう。「あ」 きんぴら用にごぼうと人参を握りしめた瞬間、携帯が震えてメッセージの着信を知らせた。七実からだ。『あとで伺ってもいいかしら』——もちろんです。どったの?『蟹をいただいたんだけれど、二人では食べきれそうになくて。迷惑じゃなければ持って行きたいの』——なんと!ウェルカムです!え、じゃあウチで一緒に食べようよ、騒がしくなると思うけども。『ありがとう。じゃあ、そうさせてもらいます。うふふ、楽しみ。』——私も楽しみ!あ、蟹も嬉しいけど、七実ちゃんとご飯食べるのひさしぶりで嬉しいな!『そうね。じゃあ、またあとで』 携帯をしまって突然挙手した私にみんなの視線が集まった。「みなさまに朗報、今日の晩御飯には蟹が出ます!七実ちゃんちがおすそ分けしてくれるそうです!」「なんと、年の瀬に豪勢な」「ラッキーねん。あとは何がいいかしら、お鍋?」「えとえとえと、あの、今日はタコの特売日なので、た、た、たこ焼きも、いかがでしょうか?」「さすが人鳥だの。ではひとつ頼もうか——この店でいちばん良い蛸を」「はい!」 海亀からの指令に生真面目な人鳥は大きくうなづき、おそらくこの地域でいちばんの激戦区へと出立した。「のりちゃん、あたしお酒見てくる」「はーい」 きょろきょろしていた狂犬も鼻歌交じりにアルコールのコーナーへ方向転換して離脱する。二人の背中を見送った私たちも鍋の具材を見繕いつつ先へ進むことにした。「おや、今日はよく外で人に会う日だ」「ん?」「典子さん!」 海亀の言葉に豆腐から視線をはずすと、私を呼ぶ人鳥の声が聞こえた。「よお、皆さんお揃いで」「こんにちは。今日は冷えるわね」 おそらく蛸のパックとたこ焼きの粉、それに10個入りパックの卵を抱えた人鳥の後ろに並んでいるのは蝶々と鴛鴦だ。「おー、二人も買い出し?」 蝶々の持つカゴにはシチューを連想させる具材が収まっている。「そうだ。今日うちで七実ちゃんたちとご飯食べるの。よかったらおいでよ」 蟹と鍋とたこ焼きと…考えているメニューを指折ると、「そういや蟹がどうのって蟷螂さん言ってたな」と蝶々が呟いた。「楽しそうね。お邪魔じゃなければ、ご一緒させてもらおうかな。どうかしら、蝶々さん」「鴛鴦がそう言うなら勿論いいに決まってるぜ」「ひー、ふー、みー…8人かしら?でもまだ増えるかもしれないし…私もなにか作って持って行きますね」 おっ、なんか持ち寄りパーティーみたいで楽しいね。今のうちに人数を確認しておこう、声かけたらみんなくると思うけど、それならそれで量が必要だ。「おれ以外が鴛鴦の手料理が食べられるなんて、今日だけ特別だからな!」「ちょっと、なにばかなこと言っているの!」「わ…わーい楽しみー」 夫婦漫才ごちそうさま…やや遠い目になってしまいつつも二人と別れ、レジに向かう頃にはカートの買い物かごは二段ともいっぱいだ。重さがなるべく均等になるように分けたレジ袋を海亀と狂犬と私で持ち、軽めの袋と卵を人鳥に渡してゆっくり帰宅したのだった。「このポテサラうまいね、誰がもってきたの?」「鴛鴦の手作りだ、うまいにきまってんだろ!普段からこんなうまいもん食ってるおれってほんと幸せもんだよなー!」「もう、恥ずかしいからちょっと静かにしてて…。あ、鳳凰さまもいかがですか?」「ふむ、盛り付けも凝っている。少しもらおう」「たこ焼き出来ましたよ。召し上がる方はいらっしゃいますか?」「あたし食べるわん」「わしももらおうか」「あっ、なにするんですか蝙蝠さん!」「油断してる方がわりーんだよ。きゃは」「落ち着け蜜蜂、蟹ならまだある——七実」「ええ。残りも湯がいてきます、少々お待ちください」「あっ、七実ちゃん、手伝うよ」「ぼ、ぼくもお手伝いしますっ」 すっかり軽くなった大皿を持って七実とともに台所へ入る。誰が持って来たのか、大きな鍋にたっぷり水を入れて火にかけながら、七実と人鳥と3人で今年の思い出話や新年の過ごし方などを話していた。 結局この日の夕食時には全員集合、総勢14人で食卓を囲むことになった。誰かが持って来た一升瓶が数本壁際に整列し、空き缶だけでゴミ袋が1杯埋まった。まあ、いつも通りの光景だ。「また明日な〜」「はいはい、気をつけて帰ってね」「おやすみ」「片付け手伝いますよ」「大丈夫だよ、もう遅いし明日やるから。ありがとね」 ほろ酔いもしくはへべれけになった仲間たちを追い出し、リビングのローテーブルの下で寝ていた狂犬はもう絶対に起きないので引っ張り出してソファに寝かせる。おねむな人鳥をさっと風呂に入らせてからおやすみのキスをして、洗い物を開始した頃にはすっかり酔いがさめていた。「明日にするんじゃなかったかの」 ゴミを出して戻って来た海亀が横からグラスを出して蛇口から水を汲んで行った。「こういうのって、やる気になった時にやらないとね」「やる気になったと」「そ」 さすがに蟹の香りで目覚めたくないし…途方にくれるかと思った洗い物も手を動かして入れば少しずつ減ってゆく。ラスボスである大鍋を泡まみれにしていると刺さるような視線を感じてちらりと肩越しに振り返る——椅子に後ろ向きに腰掛けてこちらを眺めている海亀と目が合った。「あのう…見過ぎじゃない?面白いことなんもないでしょうに」「そんなことはないぞ。色々と感慨深いものがあるからの」「あはは、なにそれ」 笑って元の作業に戻ると、しばらくして椅子の足がフローリングを擦る小さな音が聞こえた。そして背後に人の体温、両脇から流しの端に大きな手が乗る。「典子…感謝しておるぞ、わしらの真ん中で笑っていてくれることを」 肩口に顎を乗せながら囁かれた言葉は優しく甘い声音でできていて。「だが——今だけはおれのものだ」「っ…!」 前へと回り込んだ手がへその前で指を組むと同時に、耳を優しく囓られた。「…こういう時だけ急に年相応になるのって、ずるいと思う」 洗剤を洗いながした手を濡れたまままで彼の手の上に置く。こぼれた水滴が服を抜けて肌に触れた。「いつもそれでいいのに」「そういう訳にもいかんのだよ——まあ、やる気になった時にやらないと、な」「やる気になったと」「そういうことだ」 二十分前と同じ問答をしてクスクス笑っていると、リビングの方から物音がした。狂犬が寝返りを打ったらしい。「ここでというのもなかなか乙だが——部屋でゆっくり話でもしようではないか、ケーキもあるぞ」 そういえばケーキのこと忘れていた。ずっと開閉していたキッチンの冷蔵庫にはなかったので、海亀が自室に置いていたらしい。「それはそれは、魅力的なお誘いですね」 棚からデザート用の小ぶりなフォークを出している傍らで海亀がワイングラスを二脚取り出していた。なんと、秘蔵のワインを開けてくれるに違いない。ふたりだけで内緒のいたずらをするようなワクワク感を抑えきれぬまま、私たちは扉を静かに閉めたのだった。 (人鳥とみせかけてまさかの海亀)Still want more? There's one left…→[newpage]<右衛門左衛門>「あ、れ…?」 背伸びして覗き込んだ戸棚、ハイエロちゃんがするりと中を見分しても目的のものは見当たらない。先週末にはたしかにそこに見慣れたパッケージが置かれていたのを記憶している。「あ!そっか、ポルナレフにあげたんだ」 戸を閉めながら小さくため息をついた。探していたのは切り餅で、先日ふらりと遊びにきたポルナレフに手土産として持たせたのだった。「上顎にくっついて気色悪い」だの「ガムを食べているみたいで変」だのと文句を言っていたが、なんだかんだで気に入ったらしく欲しがったのであげてしまった。もったいないことをしたかもしれない。「お雑煮つくるのにさすがにお餅が無いとな…買っておこう」 壁のカレンダーを確認する——今日は12月27日。必要になるのは数日あとだが、こちらでは店の予定は急に変更されることもある。今日なら店は開いていると誰かが言っていたし、早いうちに用意しておくに越したことはない。少し遠いから昼過ぎに出ればいいか。「…さて」 昼食の後片付けを終えたところで、普段使いのカバンに財布が入っていることを確かめ、充電していた携帯を握りしめた。外気温は3度を下回っているらしい。玄関に向かい、コート掛けからダークグリーンのロングダウンコートを手に取った。 コートのジッパーを噛み合わせたところで着信を歌い始めた携帯電話。慌ててポケットから取り出した液晶には“えもちゃん”と表示されている。通話ボタンをスライドしてスマホを耳に当てる。「はーい、あなたの典子ちゃんですよう」『…寝ぼけているのか?』「ひどい」 いつも通り冷静なツッコミに笑いながら片足を部屋履きからムートンブーツに突っ込んで、羊毛でめくれ上がったジーパンの裾を指でしまい込む。「仕事終わったの?やけに早いけど」『ああ、ようやく片付いた——ところで餅は四角いやつでよかったか?』「はえ?」 もう片足をブーツにねじ込んだところで電話口の言葉に一時停止。よく耳をすませば背後のざわめきに日本語が混じっている気がする。「え、なに、えもちゃん買い物してくれてるの?」『ちょうどピカデリーに寄る用事があった。それに餅は正月の食卓に欠かせないんだろう?』 酔って正月のなんたるかをとうとうと語りまくった先日の出来事を思い出して閉口していると電話の向こうで彼がふと笑う気配がした。『他にも必要なものは大体揃えたと思うが…特別必要なものがあれば、今言ってくれ』 だいたい、て!口頭でかごの中身を確認すると、私が買おうと思っていたものがそっくりそのまま揃っていた。「ひええ、エスパーがいるううう」『否正——何を言っているんだ。自分が昨日リストアップしていただろうが』「してたけど…あれ、そういえばあのメモどうしたっけ」『…わたしが持っている。気付いてもいなかったということだな』「いま知りました」 耳元でため息が聞こえた。待ってよ、あれを見ながら買い物してるの?!だってあれ、ワイン飲んでたから殴り書きだったし超テキトーだったんですけど。ちゃんと綺麗に書いておけばよかった…。『まあいい。会計したらまっすぐ帰る』「はーい…ありがとうございまする…」 通話を切って、靴を脱ぐ。えもちゃんのデキ男っぷりによって自分のズボラさが際立った気がして意気消沈しつつ居間に戻った——くやしいから夕食は頑張ろう。 ソファで紅茶を飲んでいるうちにうとうとしてしまったらしい。キッチンから物音がして目が覚めた。「…ん…」「すまない、起こしてしまった」 タオルで手を拭きながら出てきたえもちゃんはスーツのジャケットを脱ぎネクタイを外し、シャツの袖を肘まで捲って水仕事をしてくれていたようだ。「体調が悪いのか?」 ぼんやりする頭でとりあえず彼の動きを目で追っていると、心配そうに覗き込まれて少し意識が戻ってきた。「だいじょぶ、眠かっただけ――おかえり!」 くあ、とあくびをして両腕を前に伸ばす。抱えていたクッションが足元に落ちた。はっきりした意識で、だけどどこか締まり切らないままへらりと笑う。「なら良い」 すとんと隣に座ったえもちゃんが、背を丸めてクッションを拾いあげて私の膝に置く。そのまま深く坐り直すかと思いきや、パイル織の生地を離れた指先が私の頬を撫でてソファがきしりと音を立てた。沈んだ反動で少しだけえもちゃんの方に傾いだ身体を抱き寄せられる。「…どしたの?」「――悪かったと、思っている。クリスマスも落ち着いて過ごせなかった」「どしたの?!」 いつもより歯切れの悪い言葉に思わず笑ってしまった。仕事なら仕方ないし、クリスマスといっても日本人の自分には豪華なディナーを食べられる日くらいの認識でしかない。クリスチャンの多いここでは正月のように家族で過ごす大事な休暇らしいけれども。「…でも、そんなに悪いと思ってるなら…そうだなあ…」 休暇返上でほぼ家に帰らず職務を全うしてお疲れのはずなのに、そんなこと言われるとこちらが申し訳なくなってくる――が、あえて小悪魔を装って含み笑い。「明日の朝はベッドの中で朝ごはんを食べたいなぁ。スクランブルエッグとカリカリのベーコン。トーストじゃなくてパンケーキがいいなぁ」「…飲み物は」「カフェオレでお願いします」「承知した」 口角を上げて笑ったえもちゃんが、おもむろに体重をよせてきた――おっと、ちょ、押すなって、バランスが、およよよ。腰から上が完全にソファに横倒しになったところで、覆いかぶさっている彼の手が私の額から耳の後ろ、首筋をたどって鎖骨にたどり着く。「えっと、あのっ、晩御飯の準備が――」「まだ時間はある」 窓の外はだいぶ暗いが壁の時計を見るとまだおやつの時間なわけで、晩御飯云々は言い訳にもならず。それに久々の触れ合いに嬉しくないわけがなく。「へくちっ」「寒いか?」 タイミング悪く堪えきれなかったくしゃみを一つ。えへへと笑ってえもちゃんの首に腕を回す。「大丈夫。たくさん暖めね――――なんちゃって」「…仰せのままに」 恭しい台詞とともにするりと靴を脱がす手がこそばゆくて、くすくす笑いながら重ねたキスはどこかもどかしく感じた。 ___________*現代かつスタクル存在という並行世界、ロンドンらへん。ジャパセンもといジャパンセンター、かつて大変お世話になりました。**大雑把にはこんなイメージで書き分けてます。特に鳳凰と右衛門左衛門は似ているようで正反対というか。鳳凰は料理できなさそうで、えもはなんでも一通り自分でできそう。川獺が蜜蜂の作戦仕様になってます。だれ。海亀は…おれとか言ったら萌えるなと…人鳥少なめですみません(^ω^;)以上、ご閲覧ありがとうございました。今年もよろしくお願いいたします!