2011/06/17
先日、あるちょっとしたことがあってから、急に寝付きが激しく悪化してしまった。
いつものように処方されてる睡眠薬などを服用して布団に入るものの、2時間経っても3時間経っても寝付けない日が続いていた。

そんな訳で、先日13日(月)に通院してきた。
主治医には、その「ちょっとしたこと」がトラウマに直結しているからこそ、こうやって噴き出している時が処置できる絶好のタイミングだ、なんとか人に聞いてもらうなり何かに書くとかして吐き出して、そのトラウマを処置しましょうと言われた。
んで、それとは別に寝付きの良くなる薬として「アモバン」という薬を処方された。
主治医が「苦いですよー」と言っていた。

夜になって、いつも処方されてる薬に追加してアモバンも服用。
「苦いですよー」と言われていた割に、別に普通の錠剤で、普通に服用した。
なんだったんだろーと思いながら布団に入った。また寝付きは悪かった。
ただ、それまで3時間以上かかっていたのが2時間ほどで寝付けたので、まぁいっかと、起きた時に思った。

それで翌日起きて、食事の前に水を一杯飲んだ時に、初めて異変に気付いた。
むっちゃくちゃ苦い。普通の水なのにとにかく苦い。なんだこれー!
個人的に、ビールの中ではキリンビールが一番苦いと思っているのだけれど、そのキリンビールの30倍くらいの苦さだった、ただの水が。
これが、主治医の言ってた事かと、その時に初めて理解。
食事は、レーズンぎっしりパンとアイスティーだったが、大好きなレーズンパンなのに、苦味がひど過ぎる。なんか苦味がものすごくある中に、甘みが若干混じってる感じ。要するにまずい。
あまりにも苦みがひどいので、口を流そうと無意識にアイスティーを飲むのだが、これもまた、とてつもなく苦い。
とにかく凄まじくひどい苦みだった。

あまりの苦さをツイートしたところ、アモバン服用経験者からリプ(返事)が来た。
彼自身は、この苦さは全く感じなかったらしいけれど、精神科医がアモバンについて記載しているブログを紹介してくれた。
また、他のマイツイさんからもリプをもらった。彼女は服用して30分程度でものすごい苦みに襲われたそうだ。
副作用の出方は人それぞれということが、良く分かった。

アモバンそのものは、短期型の睡眠薬。寝付きの悪いのに用いられる一方で、熟睡できない・中途覚醒するなどの睡眠障害には使われない。
ハルシオンよりも切れがいいとのことで、主治医は2~3時間で薬効が切れると言っていたが、ブログにも4時間程度と書かれていた。

にも関わらず、昨晩飲んで、寝付けたのが2時間後で、12時間たっても副作用に悩まされるのは納得いかなーい。
などと思いながら、その苦味は結局、火曜日いっぱい続いた。寝る前も、まだ水でさえ苦かった。
そんな訳でアモバンは、通院した月曜の夜に服用しただけで、それ以降は服用していない。

それとは別に、その火曜の昼過ぎくらいから、何となく頭痛がしていた。
気管支喘息持ちの私は、鎮痛剤を服用しすぎると喘息発作が起きるため、余程のことがない限り、鎮痛剤を飲まないようにしている。
そんな訳で、夜になってもまだ頭痛はしていたが、頭痛薬は飲まなかった。一晩寝れば治るだろうと思っていた。

しかし水曜、頭痛はますます激しくなった。
次第に頭痛と肩こりが激しくなってきた。右目の奥とこめかみがとくに痛くて、集中力が切れてイライラしてしまうような、異様に鋭い痛みだった。
昼ごろ、とうとう耐えかねてバファリンを服用。
日頃、昼寝すると夜の寝付けきが悪くなるからと昼寝しないようにしていたが、それどころじゃなくなった。
ひと眠りしてバファリンが効いてくれればと思った。・・・しかし、全く効かなかった。
この日の夜は、アモバンはもちろん服用せず、ノーシンを追加して服用。これで明日の朝は楽になっていればと思った。
頭痛のおかげで、本当に久々にコトンと眠りに落ちたのが幸いだった。

しかし、木曜になっても頭痛は一向に収まらない。ますます悪化の一途。
改めてアモバンの副作用を検索すると、頭痛も書かれてあった。・・・これも副作用か?
どうして、効き目が4時間で切れる薬の副作用に3日も振り回されてるのか分からなかったが、とにかく鎮痛剤が効いてくれるのを期待して飲むしかなかった。
木曜の22時ごろはまだ、頭痛がひどくて吐き気もしていたのを覚えているが、その後、日付が変わる頃にストンと頭痛が切れてきた。
心からホッとした。
頭痛でヘトヘトに疲れていたのか、この日も珍しくすんなり寝付けた。

今日(金曜)は、頭痛はほとんど消えていて、肩こりが激しい程度。
ただ、とにかくだるくてだるくて(このだるさもアモバンの副作用らしい)、今日も少し昼寝した。
今夜、ちゃんと寝付けるか不安だけれど、まぁ仕方ないや。

というわけで、その寝付きが悪くなった元々の発端なのだが、あまり大したことではない。
7日(先週の火曜日)に妹Fからメールが来たのだった。内容は、
「お父さんから連絡があって、ねーちゃんに掛けてる生命保険が満期を迎えたので、免許証か保険証のコピーを送ってほしいって」というもの。

18年前に結婚して以来、父とも母とも一切連絡を取っていない。
こちら神奈川に引っ越してきた時には、妹たちとも連絡を断ってしまっていた。
その後、妹Fが結婚式を挙げる時に、旦那の実家経由で連絡先を調べて連絡してくれて、妹たちとは連絡を取るようになった。
しかし、父と母とは今も連絡を取っていない。

一昨年12月に旦那のお父さんが亡くなった時も、父にも母にも連絡しなかった。
旦那にも義父にも申し訳なかったけれど、あの人たちが来たら大変な事になるし、旦那の親戚の中で私が恥ずかしい思いをするだけだからと、旦那は気にしてなかった。
そしておそらく私が死亡しても、旦那は妹たちには連絡しても、父や母が来ることは拒むだろう。少なくとも私自身が来てもらいたくない。
にも拘わらず、その私の生命保険を掛けていたのか・・・ばかばかしいにも程がある。ちょっと吹いた。

まぁそれはさておき、書類が必要なら送ってやろう。
免許証だと顔写真もあるし、何よりここの住所が父に知られてしまうので、送るのは保険証のコピーにした。
旦那に経緯を説明して、うちの複合プリンターで保険証をコピーしてもらって(コピーくらい、ちゃんと自分で使いこなしましょー(^_^;)ゞ)、簡単に説明だけ書き添えた。
「結婚してからの名字になってるけど、いいんかなあ」と旦那は言ったが、それを言われても何ともしようがないので、そのまま。
それを父親宛に便箋に入れて、封をした。宛先に実家の住所を書いたが、まだ覚えているのが意外だった。もちろんこちらの住所は書いていない。
これが、父に関連する今生最後の作業になるはずだと思った。

翌日、旦那が出社がてら投函してくれた。これで、この件は片付いたハズだった。何一つ問題なく。

しかし・・・そうも行かなかった。
ぐるぐる考え始めてしまう。
どうして親と縁を切らなきゃいけなかったのかを。
いろんなシーンがフラッシュバック(本人の意思とは関係なく記憶が蘇ること)する。
結婚も、普通なら祝福されて旅立つだろうに、どうして夜逃げでもするかのようにコソコソと毎日少しずつ荷物を車に積んで引っ越し先に運ばなきゃいけないのだろう、とか。
それまでも、進学や就職など事あるごとに、私の決めた事に後になって文句を付けられてきたこと、例えば高校の入学式の通学途中に「やっぱりこの高校より、あちらの高校の方が良かったんじゃないか」と言われた事とか。
大学入試の時にも、「何か」があって、入試直前に3日くらい何も食べられなくなったのだった。親に何をされて何を言われたのか全く覚えていないけれど。そんな状態で受けたものの、この短大が受かるなら普通受かるだろうと言われていた国立大学に落ちた。
どうしても4年生大学に行きたかったが「女のくせに浪人なんて」と言われ、その受かっていた滑り止めの私立の短大に通わざるを得なかった。

父親からの、主に暴力で半殺しにされた虐待シーンを思い起こすことはなかった。それらの記憶は、ほぼすべて乖離している。
思い起こしていたのは、私からすれば取るに足らない些細なちっぽけな事柄ばかりだった。
にも拘らず、眠ろうとして布団に入ると、他にやる事もないまま頭が切り替わらず、昔の再現映像がずーっと流れ続けるのだった。

ある夜、いつものように結婚後に住む予定のアパートに向かって、自分の荷物を実家から運びながら、車の運転中、赤信号で止まっている時に、突然泣き出してしまったことがあった。
一度涙をこぼしたら、止まらなくなった。
信号が青に変わり、泣きながら運転していたら危ないと頭では分かっているのに、嗚咽が止まらない。

その日を最後に、実家に足を運んでいない。
積み残した荷物も思い出も、たくさん実家に残っているが、取りに帰る術もない。
いつの日か、父も母も死んだら、あの実家に改めて足を運びいれる機会があるかもしれないけれど。