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「ニキビ改善相談役こころさん」のブログを読ませていただき、そういや、むかし俺もニキビで顔が覆われていたなあ、と懐かしく思い出した。
それはもう34年も前になる。
俺は高校生だった。そして、顔はニキビで覆われていたのだ。勉強もしないくせにド近視で、しかし眼鏡が嫌いで所有してはいたが掛けてなかった私に見える世界は全てがぼやけていた。
網膜に映る映像がぼやけていると、頭の中もぼやけるのである。俺の中間及び期末テストの成績は同級生が480人いる中で、いつも470番目であった。
まだ下に10人もいるのか⁉︎と自分でも驚いたのだが、よく聞くと後の10人は暴走族などに入隊されたりしてお忙しくて学校におこしになることができない方々で、つまりテストを受けたカタギの生徒の中では俺はダントツの最下位なのであった。
俺にとって外界の全てはボヤけたものであり、それは己の顔も例外ではなかった。
洗面所には鏡はあったが(当然だな)、信じられぬことに自分の顔がニキビに覆われていることを知らなかったのである。
ある時、1人の友人(男)が俺に向かって言った。「お前の顔、きたないのう...」それはいかにもきたないモノを見るメツキであった。
「失敬なことを言うな!」俺は激昂し、その男に殴りかかった。などと言えばカッコいいのだろうが、勉強できない、ケンカ弱い、根性もない、と三拍子見事に取り揃えた俺は何も言い返すこともできず、早く帰って眼鏡をかけて鏡を見てみようと家路を急いだのであった。
机の引き出しの奥ふかくに閉じ込められていた眼鏡様を取り出し鏡を見た瞬間を思い出すと、今も全身に鳥肌が立つほどである。
顔全体が、醜い赤いブツブツで覆い尽くされているじゃあないの!
き、気持ちワル~!
これホンマに自分の顔⁉︎ 
顔はニキビ、身体は鳥肌で、もう全身ブツブツだらけだったろう。
俺は慌てて「クレアラシル」というニキビの薬を買いに薬局に走った。母に「クレアラシル」を買うからカネくれんか、とねだると今頃己の顔のきたなさに気がついたのか、という感じで呆れたような顔をしてお金をくれた。
なぜ俺が「クレアラシル」を知っていたか、というと当時よくテレビでコマーシャルしてたからである。当時はまだ青春真っ只中の若者人口も多く、ニキビの薬はよく売れたんだろうな。テレビコマーシャルはガンガン流れてたのだろう。バカの俺でも頭に残るくらいだもの、大したもんだ!
今でもあるんだろうか、クレアラシル。
若者人口が減っているから商売厳しいだろうなあ。「あの頃はさあ、クレアラシルが飛ぶように売れてさあ、すぐ品切れで困ったもんだよ!」などとすでに定年退職された薬剤師の方などにインタビューすると答えてくださるのだろうか。
そして毎朝クレアラシルを顔面に塗りたくる日々が始まった。クレアラシルを塗るとなんだか(気のせいであったかも知れぬのだが)その塗った部分が白く乾いたようになり、確かにニキビは多少赤みを減らしたように見えるのであった。
「顔が脂ぎっていてフケツだからニキビができるのだ」などと誰かに言われ、「クレアラシル石鹸」(ソープだったっけ?)を買ってきてそれでガシガシ顔を洗うようにした。
親父は俺が13歳の時に突然亡くなり、母は懸命に働き俺と妹2人を育ててくれた。母は朝早くに家を出て会社に行く。妹2人は学校だ。うるさい人がいなくなるのをこれ幸いと、俺は朝はゆっくり起きて昼飯前に学校に着くという日々を送っていた。
今考えればなんという愚か者、親不孝者であろうか。当時にタイムスリップできれば、寝ている俺をぶん殴ってやるんだけどなあ。
毎日の重役出勤いや重役登校を、学校が見逃すはずがなかった。俺の担任は「キリン」という醜名で呼ばれる背の高い嫌な数学教師だった。このキリンがある日俺を職員室に呼び出しこう言った。「あと一回遅刻したら、お母さんに連絡する」。金属製の眼鏡の奥の眼は、ガラス玉のように無表情であった。
さすがは数学教師(あまり関係ないか)、俺の弱みを知り尽くしている。キリンは静かに続けた。
「お母さんはさぞかし悲しむだろうなあ、お前が毎日まじめに学校に行っていると思ってるんだろうなあ、お母さんは亡くなったお父さんの分も頑張ろうと思ってらっしゃるんだろうなあ、親不孝だなあ、オマエって本当に」
確かにそうだな、と思った。悔しかったが認めざるを得なかった。母のことだからきっと泣きはしないだろうけど。
面倒だったので、とりあえずしばらくは、朝遅刻せずに行こうと決めた。俺が時間通りに登校してくるのを見て驚いて、いったい何があったんだ?と心配して声をかけてくれるアホなクラスメートもいたなあ。
顔面をクレアラシルだらけにして、俺は朝から学校に通い始めた。なにせ、後一回遅刻で親に連絡が行き、重役出勤いや重役登校を始めとする日頃の悪行の数々が母にバレてしまうのだ。
俺の朝は忙しかった。俺を悩ませていたのはニキビだけではなかった。どういうワケか、やたらと口内炎ができるのだ。顔はニキビだらけ、口は口内炎だらけ、という悲惨な顔面なのであった。
口内炎というヤツはなったことがある方はおわかりになるであろうが、とにかく痛い。
よく友人と餃子の王将に行ったのだが、餃子のカタクアツク焦げた部分がラー油とともに口内炎の白く皮の剥けたようになっているところに触れたりすると、もう、何とも言えぬ激痛に襲われ、本当に眼から涙がダラダラと流れ出るのであった。
口内炎になる原因には細菌、ウイルス、疲労、体力の低下、ビタミン欠乏、精神的ストレスなどが考えられるらしいが、「後一回遅刻で母に重役出勤じゃなくて重役登校をしていたことがバレる」という恐怖のもと、毎朝時間通りに学校にゆく、ということはよほどの精神的ストレスであったのだろう。そしてそのストレスは俺の若い肉体を蝕んでゆきつつあったのだ(なんて、ただの口内炎だけどね)
あまりと言えばあまりに痛いので、俺は再び薬局に走った。また来やがった、きたない顔しやがって、という眼でジロリと俺を見る白衣でキメたオバハン薬剤師に口の中がイタイだ、口内炎のクスリをくだせえ、おねげえだ、と懇願したら、「ケナログ」なる小さなチューブ状の塗りグスリをくれた。もちろんタダではないが。
さっそく塗ってみる。舌に触れると何だかヘンな感触だが、口内炎の白くタダれた部分にいるに違いない細菌の野郎どもが悲鳴をあげるのが確かに聞こえた気がした。
顔面に塗る「クレアラシル」に加え、口内には「ケナログ」を。
俺は朝、鏡の前にケッコウ長い時間居座らねばならなくなった。そんなある日の朝、俺は目覚めてすぐ時計を見て声にならぬ悲鳴をあげた。 起きあがらねばならぬ時刻を大幅に過ぎていたのだ。
遅刻するわけにはゆかぬ!俺は自分でも驚くほどのスピードで行動を開始した!
まず3秒で洗顔を行う。もちろん「クレアラシル石鹸」でだ!1秒も無駄には出来ぬ。
次に「クレアラシル」だ!焦るな。急いては事を仕損ずる、というぢゃないか?
無理矢理落ち着いた表情を作り、軽く深呼吸を行い、俺はクレアラシルを豪快に顔面に塗り込んだ。
ん⁈ 何だかいつもと感触が違うなあ。なんかゴロゴロする感じが...ま、まさか...
「ひぃ、やぁ〰︎っ!」手にしていたチューブを見て、俺はその日すでに二度目の声にならぬ悲鳴をあげることとなった。鏡に顔面を近づける。いつもの白く乾いたクスリではない、半透明のノリ状の物体がニキビの山にかぶさるように光っている。「け、け、け、ケナログをニキビに塗り込んでしもうたあ⁉︎」
俺は時間が経つのも忘れ、顔面のケナログ除去作業を開始した。気のせいか、ニキビが痛み始めたような気がします。俺は狂ったようにクレアラシル石鹸で顔面をガシガシ洗い続けた。どれくらいの時間が過ぎたであろうか...気がつけばもう、ゼッタイに、遅刻!という時刻を時計の針は指していた。
「もう終わりや...」
ヤケクソになった俺は、再びベッドに潜り込み、久しぶりの重役出勤じゃない重役登校を楽しんだのであった。
キリンは情け容赦なく母を学校に呼び出し、俺の重役登校や数々の悪事は白日の元にさらされた。母は怒りもせず、泣きもせず、静かにキリンに向かってこう言った。「留年なり退学なり、学校の規則に従って処分してやってくださいな...」
それを聞き、なぜか突然、激しく、俺は自分のだらしなさを後悔し、そして嫌悪した。
クレアラシルとケナログを正しく使い、とにかくまずニキビと口内炎を治そうと思った。
ニキビと口内炎が完全に治れば、俺は立ち直れるかもしれない。そんな気がしたのだな。
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