#142 原始の香り パプアニューギニア訪問から(1)

2004-10-01 号

白川 由紀(紀行フォトエッセイスト)

ポートモレスビー行きの飛行機が扉を開けると、強烈なほろ苦さをもった匂いが鼻をくすぐった。
あのむせかえるような人々の体臭は、どこか原始の底深い力強さを感じさせる。
あたしは大きく深呼吸した。ついに来ちゃった。
いつか読んだ本の中でも、パプアニューギニアの話だけは記憶に深かった。
とあるジャーナリストの人が、吉永小百合さんらそうそうたる日本の女優さんのブロマイドを持ってパプアニューギニアを訪れた時、現地の人にこの写真のどれが“美しい”か、ということを訊いた。
そしたら、現地の人は、「どれもブスだ」と言った。
「じゃ、あなたがきれいだと思うのは、どういう人ですか?」とそのジャーナリストが質問したところ、「うちの母ちゃんだ」と答えたという。
その“うちのカアちゃん”は小屋でブタと添い寝をしていた。
どれだけ人の美的感覚は千差万別で、どれだけ世界は広いかということを、あたしはその本の中で知った。

その本が書かれてから、40年あまり。
偶然にも、仕事で憧れのパプアに行かせてもらえることになった。
現地で、現地の案内人と話すうち、あたしが訪ねたケビエンという町に地元の人から絶大な人気を得ているという魔術師がいるときき、その人に出会わずには日本に帰れないと思った。
なんでも噂によると、町に泥棒が出た場合や紛失物があった場合には、必ずその魔術師の人が登場するという話。
「こちらの言葉で魔術師のことを“プリプリ”というんだけどね。ここの社会はプリプリ抜きにしては語れないだろうね」と、その案内人の方はおっしゃった。
絶大な政治力を持つその役職の名称が“プリプリ”。
あたしは、あたしの未来をそのプリプリさんに託してみることにし、魔術の儀式を行ってくれることを依頼した。


彼が人々の絶大な信頼を得ているプリプリさん
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あたしの目の前に現れたプリプリさんは、短パンにジャングルの草を巻き付け、頭はハイビスカスの花で飾るという出で立ち。「年齢は?」「わかりません」。
パプアでは、何才?と訊く時に、How much christmas?(何回クリスマスを経た?)と訊くのだけれど、プリプリさんは、別に自分の年齢など知らなくても十分生きていけるし、これまでも生きてきたと言わんばかりの雰囲気だった。
プリプリさんの、あまりのアバンギャルドな装いに、あたしはひっくり返って笑いたくなる心境と、いや笑っちゃいけない、彼らは真剣なんだからと思う気持ちとの両方を味わい続けなければならなかった。
木には竹の棒が吊られており、その棒にいろいろ質問をしながら、“答え”を得ていくのだという。
プリプリさんは、折れた木の幹を指差しながら、誇らしげに何かを説明し始めた。
「いや……先日もね、泥棒探しの依頼を受けたんです。それがねぇ……この竹の棒が犯人を見つけた途端、狂ったように動き出してね、これを吊っていた木の方がボキリと折れちゃいました……」
え? 竹の棒が、泥棒を探し出す? どうやって?
「ここにいた人のうちの一人を、竹の棒が指し示したんですよ」
あたしは首を傾げた。でも、まさか、それで本当に捕まえちゃうなんてことはないだろうなあ。
「もちろん!」
プリプリさんは小さな体をピンと伸ばし、誇らしげに言った。
「もちろん!警察はすぐに彼を捕まえました」
あまりにも、異次元の宇宙で最初はプリプリさんが何を言っているのか全く把握できなかったのだけれど、要するにコックリさんのようなものを想像すれば、理解できる。

あたしは中学生の時に、親友のヒトミちゃんと恋愛について放課後に学校の踊り場でこっそりやったコックリさんを思い出した。
ヒトミちゃんもあたしも、同じクラスのタカノくんが本命だった。
だから、タカノくんがヒトミちゃんとあたしのどちらが好きかが、大問題だった。
今思えば、もちろんタカノくんがヒトミちゃんとあたし以外の女の子を好きである可能性だって十分あったはずなのに、なぜかその時は、ヒトミちゃんとあたしのどちらかという二択しか考えられなかった。
ヒトミちゃんは気の強い子だった。
あたしは本当に気が弱い子だった。
だから、あたしはいつもヒトミちゃんにくっついていて、ヒトミちゃんがタカノくんがどちらを好きか、コックリさんに訊いてみるよと言い始めた時も、あたしはそれに逆らえなかった。
ヒトミちゃんが力強く人差し指を乗せた十円玉は、迷わずに“ヒ・ト・ミ”という文字を導き出した。
あたしはいたく落ち込んだ。以来、コックリさんを全く信用しなくなった。

コックリさんは、中学生だったあたし達の中だけで信奉されていた不文律みたいになっていたのだけれど、パプアニューギニアのコックリさん竹の棒版は、それが導き出す答えが、社会の掟となってしまっているところに、そのスゴミがあった。
だから、例えば大事なモノをなくした人がいた場合。
プリプリさんが操る竹の棒が指し示す方向を辿って行くと、必ずそこから失くしものが出てくると、地元の人はみんな、信じていた。
実際、現地では高級品も高級品の電動のこぎりをなくした人は、プリプリさんと竹の棒をトラックの荷台に担ぎ込み、ちょっと進んでは止まって、竹の棒にどこにあるかのおうかがいを立てながらトラックを走らせ、ついに電動のこぎりは見つかったという話を、プリプリさんはしたり顔でエッヘンと胸を張って語った。


プリプリさん宅の前の庭で、竹の棒を使った魔術が始まる
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「で、あなたは何をわしに訊きたいんだね?」
「……じゃ、えーっと……」
案内人の人に、択一式で質問をして下さい、そうでないと、竹の棒がちゃんと反応できないのでと言われた。
「じゃ。これを訊いて下さい。結婚するか、しないか」
こっくりと頷いたプリプリさんは、ぶつぶつ何かを呟き始めた。
「この、日本から来たオナゴは、結婚しない……ブツブツ」
竹の棒は微動だにしなかった。
「このオナゴは……結婚する。ブツブツ」
木に吊られた竹の棒が、びゅんびゅん揺れ始めた。
いや、プリプリさんが揺らしていた。
それでもあたしは、希望ある未来に、機嫌が良くなった。
「あ、じゃ、プリプリさん、ついでに訊きます。その相手はいい人ですか?悪い人ですか?」
自分でも、このあまりにも単純な二択を滑稽だなあと感じつつも、そういう形で質問をしてくれと無邪気に頼まれたのだから、仕方がない。
眉間に皺を寄せて真剣そのもののプリプリさんは、ひと呼吸おいて、また静かに竹の棒に手を添えた。
「ワルイ人……。イイ人……」
竹の棒はイイ人のところで、びゅんっっと勢い良く揺れた。
「じゃ、ついでにもう一つ!その人はお金持ちかな?それとも貧乏?」
竹の棒は、“お金持ち”のところで、木からひきちぎれんばかりに反応した。
あたしよりも背の小さなプリプリさんは、あたしを見上げながら目を細めた。
「というわけで……あなたは、お金持ちのいい人と、結婚しますよ」
あたしは……意味もなくニヤニヤした。

未来のことなんて、誰にもわからない。それはパプアも日本も一緒。
だから、日本の細木数子さんも、パプアのプリプリさんも、占い師はみんな、相談者に希望を与える答えを出す。
それが、未来を占う占い師の役割なんだと思う。

そして。いざこざが勃発した時。ヒトは必ずどこかに納得できる理由を求める。
それもパプアも日本も同じ。
日本は法治国家だから、裁判で争うことになるわけだけれど、パプアはまだそういう制度ができあがっていない分、モノが失くなったなどというハプニングが起きた時には、竹の棒にとりあえず犯人を「決めて」もらい、そこにみなの“納得”を置くようにできているんだなあ……。ヒトってそういうものなんだなあ……。

プリプリさんの所へ案内してくれたアランさんは、パプアニューギニア在住11年のニュージーランド人だった。
いろいろ話をするうちに、彼のお父さんはニュージーランドでプロのマジシャンをやっていたことを知った。
「じゃ、いろんなマジックを披露して、ここの人達を驚かしてあげることができるじゃないですか」
あたしは冗談交じりで、けらけら笑いながら言った。
「いや……それがね、ここだからこそ、そんなことができないんだよ」
「僕は地元の人と明らかに顔が違う新参者だ。それで間違って地元の人の前でマジックなんてやろうものなら、それこそ純粋な地元の人はオレを悪霊だといって、怖れるだろうね。
「実はオレはそれを一番懸念しているんだ。ここは、プリプリが掟を決めて行くような社会。そこで村の誰かが、オレのことを少しでもプリプリに悪く言おうものなら、オレはすぐさまこの土地を追い出される。どころか、真っ先にプリプリに何かの犯人にされてしまうよ。おお、コワコワ……。はっはっはっ」

本でしか知らなかったパプアニューギニア。
なんだかとてつもない底なしの魔力に引きずり込まれていくような気がした。