「世界一流スプリンター」を検索ワードとしてウェブで調べたところ、次のようなページがありました。

 「走動作の分析と総合(主観と客観のずれ)」小田伸午(京都大学総合人間科学)、バイオメカニククス研究2巻1号 56-62ページ

 ランニングフォームについての考え方や視点が詳しく説明されています。
 まず、「脚の後方スイング」という小タイトルで、1991年に東京で行われた陸上競技の世界選手権において観測され、1994年にまとめられた分析結果の報告書についての説明があります。7項目に分けられています。

 1) スイング期(キックし終えた脚が次の着地をするまでの局面)の動作で、疾走速度と正の相関があったのは、接地直前の振り戻し速度であり、その他の動作(引き付け、もも上げ、振り出し)は疾走速度と関係がなかった。
 3) キック期の動作で疾走速度と正の相関があったのは、股関節の最大伸展速度であり、膝関節、足関節(足首)の伸展速度は疾走速度と関係がなかった。
 4) 股関節と足関節を結んだ線分、つまり脚全体の後方へのスイングの速度を求めると、疾走速度との相関関係は股関節との場合より高くなった。(以下略)

 7項目の中で力学的に本質的なものは、この1) 3) 4) でした。1) は本質的ではないかもしれません。3) では「股関節」について論じられていますが、これは、キック脚の太ももの動きのことです。このときの角度は、上半身の胴体から測られているようです。これだと、上半身の動きが変数として組み込まれてしまいます。水平線や鉛直線からの角度を調べたほうが、太ももの動きを特定しやすいと考えられます。
 4) では「脚全体」の動きが疾走速度と関係していることを述べています。これは、ごくごくあたりまえのこととして理解できます。
 私は「高速ランニングフォームのメカニズム」というページで、キック脚を力学的に考えてゆくため、少し抽象化し、腰点(W)と膝点(K)と地面での支点(A)の△WKAをイメージします。この記号によれば、上記の「股関節」とは、辺WKについて考えたことになります。「脚全体」とは、辺WAについて考えたことになります。
 1994年の報告書では、観測されたことから、分析できそうなことをことこまかに調べています。このときの方針として、スプリンターの画像をステックピクチャーへと変換し、それらのステックの角度についての変化を調べているようです。これは第一段階の分析としては正しいものです。見えていることの違いを調べようとしているわけです。そして、いろいろな選手のデータを統計的に調べ、正の相関をもつ要素を探し出す。科学的な探求における基本的な手順を踏んでいます。しかし、科学的な探求というものは、ここで終わってよいというものではありません。それらの観測事実が、何故そのようになっているのかということを説明するというステップがつづくのです。そのステップに関して、1994年の報告書では、じゅうぶんな説明がなされていません。そして、いろいろと文献などを調べてゆくと、そのステップのところが、ここ最近においても、1994年の段階で止まっているように思えます。

 「走動作の分析と総合(主観と客観のずれ)」の中盤のところでは、「トム・テレツのスプリントクリニック」と「ターンオーバー」と「腕振りと脚の動きの連動」という小タイトルで分割しながら、トム・テレツ氏のコーチングについて論じられています。トム・テレツ氏は、カール・ルイス選手を育て上げました。日本から、高野 進氏がランニラングフォームについて学びにゆき、その後、末續選手や塚原選手を指導されました。私が「高速ランニングフォーム」と呼んでいるものの、日本での観測データの最初のものが、末續選手のものでした。末續選手が東海大学の4年生だったときの関東インカレの100mレースをビデオで撮影して分析したわけです。
 トム・テレツ氏のもとへは、高橋萌木子選手や高平慎二選手も指導を受けに行っているそうです。高平選手のフォームについてはまだ調べていませんが、高橋選手のフォームは何歩分か調べました。「高速ランニングフォーム」としての動きは、まだ洗練されていないようです。
 本筋へもどりましょう。小田伸午氏が説明しているトム・テレツ氏の技術についてです。重要だと思われるところを、次に幾つか抜き出します。

 T1) 日本のスプリンターのどこがいけないのか
   → とにかく日本人の脚はターンオーバーしていない。
 T2) 脚を真下に踏みつけよ。
 T3) 脚を意識して後方へ引き戻す(reach)と、脚のターンオーバーを遅くさせ、疾走スピードが上がらない。
 T4) 親指の付け根で地面をとらえ、キックして、その反動で脚が上にあがってきます。
 T5) 上がってきた後、地面を踏みつけることを意識します。踏みつける場所は体の真下です。
 T6) 体の前に脚を振り出してはいけません。

 このT6は「意識して振り出してはいけない」という意味で、自然と振り出したようになるということを禁じているわけではないと、私は理解しています。ランナーが意識していないとしても、ビデオ画像に撮影して観察すると、前方へとかなり振り出されているものです。ここのところを取り違えて、かつて指導していた選手に、前方への振り出しを意図的に小さくさせて、下へと動かすようにしたところ、結果的に、体の真下で地面を下に押すことができず、キックポイントが少し遅れて、効果的に疾走速度を上げられなくなりました。
 自分の体でテストしました。前方への脚の振り出しは、意識して動かすのではないけれど、膝下の力を抜くリラクセイションによって自然と前方へと振り出すこととなり、接地のときの足先が、重心直下より、いくらか前方にあるという状態からキック動作をはじめようと心掛けないと ちょうど身体重心直下のところからキックするということができないのです。このようなタイミングを調整しているとき、さいしょは、いくらか前方で着地しているため、スパイクが地面に引っかかっているという感覚を覚えます。「足が地面につっかかっている感じ」と私は表現しています。しかし、トレーニングを重ねてゆくことにより、動作の速さや力の入れ具合が洗練されてきて、何も違和感をもつことなく、うまく重心直下のところからキックできていると感じられるようになります。このあとビデオ画像で観察しても、やはり、地面への接地は、重心直下より少し前になっているのです。
 小田伸午氏は、T1の「ターンオーバー」という表現が、具体的にどのようなことについてのべられたことなのかということを明らかにしようとしています。
 まず、英語のturn over の意味を確認し、「波を受けてポートがターンオーバーした」などと使うことから、「くるっとひっくりかえってしまうような回転のしかた」だと述べています。「ぐるぐるまわるターンラウンド」と「くるっと反転するターンオーバー」という違いがあるのだそうです。
 それでは何が「ぐるぐるまわるターンラウンド」をしたり、「くるっと反転するターンオーバー」したりするのかということを確認するため、ランナーの脚の重心の動きを調べたそうです。このときの、重心を求める手順の説明は次のようになっています。
 「股関節(大転子)と膝関節を結んだ線分と、膝関節と足関節を結んだ線分をそれぞれ2等分する内分点を求め、この2点を結ぶ線分を2等分する点を脚の重心点とした。」
 これはかなりおおざっぱなやり方です。この解析当時の「コンピュータ画像分析」のソフトでは、重心解析のアルゴリズムが組み込まれていなかったようです。現在私が組みあげたソフトでは、次のようにしています。脚の各部の質量分布を近似するような、小質量の離散的な分布を決めておき、それらのx座標とy座標について、小質量の「重みづけ平均」をとれば、重心座標が決まります。身体各部に配置する小質量は、全身の1/36とし、これらの小質量を、へその位置で上下に18個ずつとなるようにし、各部の重みに対応するように、距離としての位置を配慮しつつ分布させておきます。もっとげんみつにしようとするなら、36個ではなく、もっと増やして、連続的な分布に近づけてやればよいのです。しかし、現時点での研究段階では、そのような体型の違いまで議論すべき問題について考えているわけではないので、小質量36個のモデルとしています。
 小田氏の論説へと戻ります。小田氏は、ランナーの脚の重心軌跡を描いたそうです。すると、「ルイス、バレルの重心軌跡は平らな形になっていて、くるっと反転」しており、「井上、山下の脚の重心点はぐるぐるまわるターンラウンド型」となっているというわけです。
 脚の重心軌跡が「平ら」で「くるっと反転」しているというわけですか。はたして、このようになっているのでしょうか。小田氏のこのページには、残念ながら、本文に書き込まれている図が組み込まれていません。