ニキビ肌が汚い時に、友人に遊びに誘われた話
ニキビの赤みが酷く、人と会えるような肌じゃない時に誘われた
肌が最高に汚い時に友人に遊びに誘われたらどうすればいいだろうか?行きたい気持ちは山々だが、肌がヤバいから流石に無理だ・・・と思った経験が俺にもある。
都合があって数年に一度しか会えない友人からの誘いだからとても行きたかった。だからその日までの数日の間でなんとか隠せる位にしてやろう!と、とりあえず了承だけし、隠せなかったらドタキャンしよう・・・なんて考えていた。
結局、そんな短期間で治るハズもなく当日になり、俺は完全にドタキャンムードだった。そんな話。
行っちゃえば肌のことなんて忘れて楽しめる
魔法の言葉「とりあえず」
親しい友人だから何か酷いことを言われることはまず無い、だが自分がそんな肌だというのが悔しいし、肌汚いと思われたくなかった。だから完全にドタキャンしてやろうと思っていた。
けど、やっぱり心の底では「久しぶりだし会いたい」という気持ちが強かった為、とりあえず出かける格好に着替え、とりあえず外に出て、とりあえず集合場所に向かった。
そこに行くまでに気分が変わったら引き返して帰ればいいし、とりあえずね。全く行く気ではなかったが、とりあえず行動してたら「大丈夫かもしれない」と思ってくるのだ。だから俺は意を決して友人たちとの集合場所に行った。
友人なら全く気にしない
もうね、フツーーーーーに接してくれるし、フツーーーーーに何も変わらない。
俺があれだけ気にして、「本当にニキビ最悪だよもうよりによってこのタイミングか!」「会いたいけど肌がな~~」「もう~絶対この肌じゃ無理だよ~」とネガティブになっていたのに、友人は全く気にしていない。
そうなんだ、やはり過剰になっているのは自分だけなんだ、自分自身の問題だから過剰に反応してしまっているだけなんだ。例えばその場で友人が禿げてしまっていても、「ふーん」くらいで全く気にしないだろう。(良い意味で)他人なんてそんなものだ。
自分だけ無駄にネガティブになっていたのがバカみたいだった、俺の友人が良い人だっていうのもあるだろうが、大体の人は他人のことなんてそこまで気にしてはいない、だからあなたもそんなに過剰に反応しなくてもいいと思う、俺はね。
とりあえず、とりあえず思考しとこう
ただ、やっぱり他人目線になるのってとても大変で、何事も自分目線で考えてしまう。自分目線で考えると、肌の汚さとかそういうコンプレックスばかりに目が行ってしまうから、どうしても足がすくんでしまうと思う。
でも、本当は行動したいハズ。ニキビで肌が汚くなってるからって家に引きこもっていたくないハズだ。
そういう時は「とりあえず」だ。
まずは、とりあえず誘いをOKし、とりあえず着替える、とりあえず出かけて、とりあえず集合場所付近まで行ってみる。完全にドタキャンする気でも、とりあえず行動してみるんだ。
そして、とりあえず集合場所付近まで行ってみれば自分の心は決まる。そこまで行って「やっぱり無理だ・・・」ってなったらとりあえず引き返して、とりあえず「遅れます!」と電話しておこう。そして、ちょっとブラブラして心を整理してトライだ。
そこまで行って「このままノリで行ける!」と思ったらそのまま集合場所に行けばいい、自然に友人と会える、その瞬間からは安心感を感じて肌のことなんて全く気にしないだろう。
そこで行かなかったら、これからの人生がもっと辛くなる
そこで無事、友人と会うことができれば、きっとその日は楽しい一日になり、「そんなに気にしなくてもいいんだ」という気付きも得られ、その後の人生でもちょっとだけ積極的になれるかもしれない。
だが、そこで「やっぱり無理だ・・・」と帰ってしまったらどうなるか?
- この肌さえなければ友人と会えて楽しい1日を過ごせたのに
- これからもずっと友人の誘いを断らなければいけない・・・
- 汚い肌のせいで人生最悪だ・・・
- ニキビが憎い、綺麗な肌で楽しくしているのが憎い
- もう誰とも会えない…
今回、会うのを諦めてしまった事で、「結局この肌じゃ楽しく遊ぶことなんて不可能なんだ」と思い込み、その後の誘いも断るしかなくなり、肌を、ニキビを、人生を憎み、暗い人生を送ることになってしまう。
俺もその境をさまよっていた。「今日いきたい…だけど行ったら肌が…でも…」と悩みまくった。でも、「とりあえず」行ったからこそ、「もうどうでもいいや、行っちゃえ」って気になったし、そこで普通に何事もなく受け入れられ、楽しい1日を過ごせた。
友人と会った日、俺は帰りはとても良い気分だった。数時間前まで汚い肌のことであんなにも悩んでいたのに、友人と会って話しただけでこんなにも明るくスッキリした気持ちになれたのだ。やはり人との関わりは人の心に良い影響を及ぼすんだろう。だがそれだけではなく、「本当は行きたい!」という気持ちに素直に行動し、後悔せずにすんだことがとても気持ちよかったんだ。
きっとそこで行かなかったら、その日の夜には「はぁ…なんで行かなかったんだろ…行けばよかった…でも肌がなぁ…」とネガティブな思考を巡らせて、後悔していただろう。そういう後悔は人の心を弱くし、暗くする。それを避けられた、だから良い気分になれる。
これからの人生のために
きっと無理して友人と会わなければ、傷つくリスクもないし、肌を見られる不安も避けられて楽なのかもしれない。でも、本当に楽なことだけしていていいのだろうか?楽なことだけしていてニキビは治るのだろうか?
無理して友人と会ったからってニキビが治るわけではない。だが、自分のコンプレックスである肌を晒してでも友人と会うというその意思に意味があると思う。
傷つく事を恐れて人を避け、自分の意志を曲げて生きていたら、きっと人との関係はどんどん疎かになり人との関わりが無くなるに従い、自分の心も弱く、暗くなっていくだろう。それは明るい未来に続いていると思えるだろうか?俺はその道は絶望的で、孤独で、憎しみが溢れる未来にしか続いていないように思う。
だが、その辛い瞬間を耐えて、頑張って集合場所まで行ってしまえば、それだけでその日はハッピーに過ごせて、新たな気づきも得られて明るくなれて、これから先の未来も明るくなる。
たった少し、たった少しの不安を乗り越えるだけなんだ。
偉そうに言っているが、俺もその不安に悩んだからこそ分かる、あの不安は悩んでいる瞬間はとても強く感じる!だからドタキャンするくらい打ちのめされてしまう。だけど乗り越えた後に見てみれば、ほんの小さな不安だったんだ、そのことに俺は気付いた。
あの不安を乗り越えられていなかったら、今頃も絶望しながら生きていたのかもしれない。そう考えると人生のターニングポイントの1つといっても過言ではないだろう。本当に乗り越えられて良かった!
「肌が汚くて会うの無理」と思っていても、「本当は会いたいけど」と心の底で思っているのなら、頑張って不安を乗り越えてみてみないか?自分の殻を破ってみないか?それだけで人生が明るくなるハズだ。
コメント一覧
>>あきなさん
大丈夫です。ただ先述したように、患部よりもちょっとだけ広い範囲に塗るといいです。