#144 原始の香り パプアニューギニア訪問から(3)
2004-10-15 号
白川 由紀(紀行フォトエッセイスト)
(前回に続く)
パプアニューギニアの国営航空“Air Nugini”は、世界で一番ハイジャックが簡単な飛行機だった。
国内線は、預け荷物のX線検査なし。
機内持ち込みの手荷物についても、検査なし。
普通だったらチェックインの時の渡される、ボーディングパスもなし。
これでどうして自分の座席を確保できるんだろうと思っていたら、航空券に手書きで殴り書きされていた。
そしてふと、通路に目をやると、逞しい足、足、足。
みんなビーチサンダル、またはハダシで飛行機に乗ってきた。
(なんだか……ノンキ、だなあ……)
ノンキと言えば、機内の座席ポケットに入っている“緊急時の対応”について書かれた説明書もノンキだった。
酸素マスクをつけているオネーサンのイラスト。髪型はちゃんとアフロになっていた。
狭い機内は強烈な体臭に満ちていた。
あたしはあの匂いを嗅ぐと、なぜか精子が活発に動き回っている絵柄が頭に浮かぶ。
そう、ここはパプアニューギニア。
原始の力を備えた人々達が逞しく生きる国だった。
耳に触れる人々の会話がどことなく可愛らしい。
カイカイは、食べ物。
サクサクは、植物。
ペックペックは、トイレ。
カウカウは、さつまいも。
デムデムは、かたつむり。
ピテュピテュは、さとうきび。
それらの単語が合わさると、『カイカイカウカウピテュピテュペックペック』。
もし魚が口をパクパクさせている時に音が出ていたらこんな音声になるのかなあ、という音を、アフロ頭のいかつい体をしている人々が発していた。
隣に座った女の人は、女の人、なのに、ヒゲが生えていた。
たまにイスラム圏やロシアでも、あごに産毛の延長のような毛を生やした女性を見かけることがあったけれど、パプアニューギニアのそれは全く違っていた。
“もじゃもじゃ”という言葉がぴったりだった。
あごにもクルクルアフロがしっかりと根を張っている。
あたしはあのアフロという髪質に昔から興味があった。
それはあたしが持っていないから。持とうと思っても、決して持てないから。
彼らの髪というのは、カットしないでいると、永久に弧を描いて伸び続ける。
髪は下に向かって伸びると思っているのは、直毛を持っている人達の考えで、彼らの髪は球を作るように伸び続けるから、“下に向かって伸びた”後は、“上に向かって伸びる”というわけ。
あたしが興味深げに彼らの髪を触りながら、「そっか、あなた達の髪は、“髪が伸びた”とは言わないわけよね」と言うと、「そう、“髪が膨らんだ”とは言うけど」と。
半永久的にくるくると、ステンレスのたわしが次第にめを詰めて大きくなっていくように、彼らの髪は成長する。
「だから、カットしないと大変なことになるんだよね。湿気が頭の中に溜まって、頭痛が始まるんだよ」。
いわゆるハゲという人種も、どうも日本やヨーロッパなどに比べて少ないように思える。
「そうだね、でも数は少ないけれど、ハゲもいるにはいるよ」
その場合は、天辺だけをつるつるにしたまま、頭にねじりハチマキを巻いたタコのようになる、というわけ。
(アフリカも、同じだったなあ……)
髪の毛一つとっても、やっぱり世界は広かった。
パプアニューギニアの人々は、“ブタこそ財産だ(Pig is Money)”という。
ある時、こんなことがあった。
コテージにいた時、そこで働くスタッフのラーメンさんが、あたしに唐突に訊いてきた。
「君はどこまで教育されている?」
日本では今、大学へ行くのはごく普通。
あたしは素直に「大学、だよ」と言った。
その瞬間、彼が一瞬たじろいだのをあたしは見逃さなかった。
パプアニューギニアでは、自分が結婚しようとする女性が何かの付加価値を持っていればいるほど、支度金として新妻の家族に渡さなければいけないお金が増える。
お金、それはイコール、ブタの数。
あたしが“大学出”だと言った瞬間。
ラーメンさんの脳裏にはきっと、何頭ものブタが横切っていったはずだった。
“大学出”。それは決して痩せた子豚ではなく、丸々と太ったブタと同義語だった。
例えば村同士。何かもめ事があった場合には、彼らはお詫びをブタで返す。
原始に近い社会では、お金なぞという、食べてもお腹がいっぱいにならない紙切れより、即効性のあるカタチの方がよっぽど重要だということだった。
ちょっと引き潮の沖に出たオジサンは、ものの20分で30匹あまりの魚を捕まえてくる。
そしてイモなら何もしなくても、勝手に自生する。
そういう生活を何十年何百年も続けてきた彼らにとって、『これが不足しているから、次はここをこう改良しよう』という発想が全くないのは、ある意味、当然だった。
だからいわゆる加工品と言われるものは、何一つない。
だから、生きるために食べる分さえ確保できれば、あとは寝るかトランプして遊ぶ。
働く気がしない、んじゃなくて、そこに食べるものがあるんだから、働いても意味がない。
だから、銀行で両替しようと思えば、100ドルを替えるだけなのに、50分かかる。
ホテルのチェックアウトだって、チェックアウトするだけだけれど、40分かかる。
沖に出ればエサは必ずあるわけだから、先々を心配して予定調和になる必要性がまずない。
「Tomorrow is another day.(明日は明日、です)」
そういう人々が外国人がやってくるホテルを運営すると、本当にいろんなことが起こる。
日本でなら、半年、一年、十年、三十年先までを見通しながら今を決めるけれど、パプアニューギニアは明日はあくまで明日になってみないとわからないことだから、ホテルの予約だってあってないようなもの。
あたしは一緒に仕事で行った人達三人と、それぞれ別々の部屋を取っていた。
そしてそれは、あたしがパプアニューギニアをたつ日まで、“予約”されていたはずだった。
けれど。明日は、あくまで明日。
ある日、ホテルのマネージャーが「困った困った」と慌てていた。
何かと思ったら、前々からその日、そのホテルにパプアニューギニアの副大統領が来ることになっていた。
彼らの感覚としては、その時に良ければそれでオッケー。
だから、簡単にその“予約”を引き受けた。
が。
当日になってみたら、部屋の数が足りないことがわかった。だから。
「4人で一つの部屋にまとまってくれませんかね?」
絶対的予定調和で動く日本人だったら、その日ホテルの部屋数が足りなくなることが予めわかっていながら、なぜその予約を受けるんだ?と理解に苦しむ。
けれど、“明日”の概念がない彼らにとっては、実際その明日になってなんとか問題解決を図ろうとするのは、至極当たり前のこと。
日本人は遠い過去から現在、そして遠い未来までの、一つのつながった時間構造の中でモノを考えるところを、彼らはその時、そう在るという点の連続としての時間構造の中でモノを考えるってことらしい。
そういう彼らと仕事をやる側としては、誠に困ったことだらけなのだけれど、反面あたしは羨ましくも思えた。
「ホテルのデータを雑誌に掲載しなければいけないので、後で必ず、資料を下さいね」
この“後で”っていうのがくせ者だった。
だって、彼らの感覚の中で“後で”っていうのは、“今”とつながった“後”ではなく、“後”はその時になってみないと決してわからない“後”でしかないから。
15回同じことを言っても、一歩歩きだしたが最後、忘れちゃう。
歩き出したその時には、もう歩き出す前とはつながらない時間がまた、新しく始まっている。
大げさに言えば、彼らの時間は、毎日毎日が新しく、毎時間毎時間が新しく、毎分毎分が、毎秒毎秒が新しい。
(仕事のパートナーとしては、非常にやりにくいけれど……)
(過去と未来にがんじがらめになっているあたしとしては、彼らを拝みたい……)
三回言っても、五回言っても、あたしの出発当日も、やっぱり資料を持ってくるのを忘れてしまったスタッフの彼女を、あたしは憎めなかった。
そこでふと、あたしは自分の国を思い出す。
日本はシステマチックに動いているという点で、本当に賞賛に値する。
その代わり。就労者達が単位時間あたりにこなしている労働量というのは、おそらく世界で三本の指に入る。
(日本の滞りの全くない機能というのは、そういう努力に支えられているんだよなあ……)
自然物だけの世界は、浜に転がるお花一つがすでに立派なオブジェ
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同じ時間を同じ時代に過ごしているはずなのに……。
パプアニューギニアでの“時間”は、あたしが考えるそれとは全く違う。
知れば知るほどこちらの尺度では計り知れない何かがそこに潜んでいるこそに、あたしは気持ちをワクワクさせながら、またうっとりしてしまうのだった。
(次回に続く)